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第32話 メイドさんは勝手口を使う

 俺、ミスティア先輩、ユニの3人はビカールさんと共に冒険学部を出発した。

 ビカールさんは行き先についてほとんど語らなかったが、彼が買い込んだ食料の多さを見れば、それなりに遠い場所であることは予想できた。

 川を渡り、いくつかの町を経由し、古い街道に沿って北に進路を取る。かなりの強行軍だったこともあり、俺たちはほんの2日ほどでクリシュカの中央部に到達していた。

 なお、"クリシュカの中央部"とは、すなわちこの国で最も危険度の高い地域──つまり、最もダンジョンの多い地域を意味する。

 このあたりまで来ると町らしき町はほとんど見当たらず、代わりに打ち捨てられた廃墟や耕作地の痕跡が目立ち始める。魔物の増加によって放棄された村だ。

 俺たちは何度となく魔物の襲撃に遭いながら、未だ見ぬ前哨基地を目指していた。


「──うむ、敵の掃討を完了した。各員、戦闘態勢を解け! 5分の休憩ののち、再び移動を開始する!」


 最後の魔物を難なく切り捨てると、ビカールさんはよく通る声で号令をかけた。

 といっても戦っていたのはビカールさんただ一人だ。俺たちが加勢するまでもなく、彼は全ての魔物をたちどころに退治してしまった。

 その戦いぶりを一言で表現すると、ダリル先輩の完全上位互換だ。ラオフー先生のような化け物クラスには及ばないが、剣術と魔術を組み合わせたフレキシブルな戦闘スタイルは魔物たちに付け入るスキを全く与えなかった。

 加えてその戦術眼にも目を見張るものがある。ここに来るまでの間、彼の優れた機転によって無用な戦闘を回避できたことは一度や二度ではない。

 これでもう少し言動に気を遣ってくれれば言うことは無いのだが、さすがにそれは高望みか。

 偉い人が偉そうなのは当たり前。誰にでも分け隔てなく接してくれるルブリン侯爵のような人間は例外中の例外なのだ。


「ユニ、そっちは大丈夫か? ケガとかじゃなくて、体力的な意味で」


 この分だと戦闘はビカールさんに丸投げでいい。問題は行軍速度だ。

 ここまで相当なハイペースで進んできたので、そろそろ疲労を感じ始める者が出てきてもおかしくない。差し当たって一番心配なのはユニだった。


「ちょっと辛いですけど、まだ余力はあります。それに、僕一人のせいで皆さんの足を止めてしまうわけにはいきませんから」


 木陰に座り込んだまま、力無い笑みを返すユニ。やせ我慢をしているのがバレバレだが、俺はあえて指摘しなかった。

 こう見えてユニだって立派な男の子なのだ。先日のパーティーに引き続いて仲間の足を引っ張るような真似は男としてのプライドが許さないのだろう。


「ならいいけど、無理そうなら遠慮せずに言ってくれよ。俺やビカールさんを基準にしてると身が持たないぞ」


「ありがとうございます。でも、今は僕のことよりミスティア先輩を気にかけてあげた方がいいと思います」


「先輩を?」


「上手く言えませんけど、さっきからちょっと様子がおかしいんです」


 様子がおかしいと言われても、そもそも俺は様子のおかしくない先輩を見たことがない。

 俺は事の重大さを理解できないまま、きょろきょろと先輩の姿を探した。

 と、その時。上着の(すそ)を遠慮がちに引っ張るものがあった。


「……先輩、何かあったんですか?」


 そこにいたのは自信に満ちたメイド神ではない。どんより陰気なヘタレメイドだ。

 背中を丸め、いじけるように両手をこね回す姿に普段の面影は微塵も感じられない。心なしか寝癖もついている気がする。

 俺が当惑した視線を向けると、先輩は捨てられた子犬のような顔でこちらを見上げ、


「ビカール様はお世話のし甲斐がありません……」


「ああなんだ、そんなことですか」


「"そんなこと"ではございません! これはメイドにとって死活問題です!」


 我らが先輩はビカールさんの有能さにたいそうご立腹のようだった。

 負けず嫌いの先輩のことだ。ビカールさんのミスや見落としをフォローして「メイドも捨てたものではございませんでしょう?」とドヤドヤするつもりだったのだろう。

 ところが相手はクリシュカ(いち)のスーパーエリート兵士。ちょっとやそっとのことでスキを見せるはずがなく、逆に俺たちの方が助けられているくらいだ。

 ちなみに昨日の夕食はビカールさんに作ってもらった。

 見た目通りの"男の料理"か、はたまた宮廷料理のフルコースかと色んな意味でワクワクしていたのだが、出てきたのは非常に平々凡々、それでいてクオリティの高い料理だった。

 シンプルイズベスト、とでも言うのだろうか。華のある料理ではないが、これはこれで一つの完成系と言っていいだろう。

 それ以外にも移動ルートの選択や野営のコツなど、ビカールさんの効率的な手法から学び取れることは多い。そんなわけもあって、俺やユニはそこそこ友好的にビカールさんと付き合っていた。


「別にいいじゃないですか。俺たちの出番が少ないってことは、それだけ旅が順調に進んでるってことなんですから」


「ですが、このままお世話日照りが続けばわたくしどもは干上がってしまいます!」


「干上がるのは先輩だけだと思いますけど……」


 メイド依存症であるところの先輩は、定期的に他人のお世話をしないと禁断症状が出てしまうのだ。難儀な性分である。

 しかも今回はビカールさん1人に対してメイドが3人も付いている形なので、必然的に先輩の仕事量は普段より少なくなる。むしろ今までよく持った方だと思う。


「メイド学科を認めさせたい気持ちは分かりますけど、もう少し落ち着いてください。俺たちの仕事はビカールさんのお世話をすることじゃないでしょう?」


「それは、そうですが……」


 なおも不服そうな先輩をどうどうとなだめながら、


「本番は現地についてからです。向こうで何が起きてるのか知りませんけど、とにかくパパっと解決してビカールさんの鼻を明かしてやりましょうよ」


 ポンと肩を叩くと、落ち込む先輩を元気づけるように笑いかけた。

 そのまま髪に手を伸ばし、寝癖を優しく()かしつけてやる。外ハネした髪が落ち着きを取り戻すにつれ、先輩の表情が和らいでいった。


「……申し訳ございません。思うように物事が進まず、つい声を荒げてしまいました」


「気にしてませんよ。いつものことですから」


「それではわたくしが情緒不安定なように聞こえます」


「だからそう言ってるんですけど……」


 もう寝癖は残っていなかったが、それでも俺は機械的に同じような動きを繰り返していた。

 それは単に間を持たせるためかもしれないし、心地よい感触をもう少し楽しむためかもしれない。どちらにしても、先輩が満足ならそれでいいのだ。


「……と、忘れてた。そういえば先輩におやつを持って来たんです」


 先輩の髪から手を離すと、右手を掲げるようにして上着の袖口(そでぐち)を見せた。


「あ、ボタンが」


 外れかけの飾りボタンを見た先輩が小さく声を上げる。その目は光り物を目にしたカラスのように輝いていた。


「さっき、茂みの中で引っ掛けちゃったみたいなんです。このままだといつ取れてもおかしくないので、直してもらえませんか?」


「……ふふっ、かしこまりました」


 先輩はもうすっかりいつもの調子を取り戻していた。

 包み込むような手つきで俺の腕をつかむと、布地に素早く糸を走らせていく。いつ見ても惚れ惚れするような腕前だ。


「……あまりじっと見られると緊張してしまいます。見ていて面白いものではございませんでしょう?」


「そうでもないですよ。魔法みたいで綺麗だなって思います」


「魔法ではなく、たゆまぬ訓練の賜物(たまもの)でございます」


「はいはい、先輩がその道のプロだってことはちゃんと分かってますよ」


「ええ。ですので、糸の状態を見ればほつれた原因もすぐに分かってしまいます」


「何のことやら」


 先輩はそれ以上追求しなかった。

 作業の手を止め、服の上から俺の腕を少し強めに握る。ほのかなぬくもりを感じた。


「はぁ……やはり脇の甘い殿方は素敵でございますね。メイド冥利に尽きると申しましょうか」


「ありがたいと思ってるなら普段から行動で示してほしいんですけど……」


「そうしているつもりですが……そこまでおっしゃるのなら、もう少し分かりやすい形で感謝を伝えさせていただきます」


 彼女は糸の切れ端を丁寧に断ち切ると、ボタンにそっと口づけた。まるで祝福を授ける巫女のように。

 瞬く間に修繕を終えた先輩は、他のボタンにもほつれが無いがチェックを始めた。互いに息のかかるような距離で、俺たちはつれづれに言葉を交わす。


「前から思ってたんですけど、先輩は何か趣味を持った方がいいんじゃないですか?」


「と、申しますと?」


「仕事とは別のところにも軸を置いてくださいって意味です。メイドの仕事が好きなのは分かりますけど、ちょっと暇になった程度でパニックを起こすのはあんまり健全な状態じゃないと思うんですよね」


「失礼な。わたくしとて趣味くらいございます」


「それは初耳ですね。どんな趣味ですか?」


 先輩は恥じらいがちに、


「その、アンティーク食器のコレクションなどを少々……」


「それはメイド学科で使うやつじゃないですか! そうじゃなくて、いわゆる気晴らしっていうか……」


 俺がそこまで言った時、向こうから大声が響いてきた。


「休憩終了だ! 各員集合! 駆け足!」


 体育教師みたいな掛け声につられて顔を上げると、ビカールさんが一直線に腕を突き上げていた。そのたもとでは、すでに元気を取り戻したユニが手を振っている。

 もしかして、俺たちの邪魔をしないように気を遣ってくれたのだろうか? だとしたら申し訳ないことをしてしまった。


「先輩、俺たちも行きましょう」


 視線を戻すと、もうそこに先輩はいなかった。俺を置いてそそくさと歩き出している。

 くっついてきたと思ったら急に素っ気なくなったり、本当に猫みたいな人だ。俺はやれやれと首を振り、


「あ」


 その異変に気付いた。

 上着の袖口を飾る大粒のボタンが、一つだけ別の物に変わっている。先輩イチオシ、桃色のクマちゃんボタンだ。


「くそっ、やられた!」


 今、理解した。この人の趣味はアンティーク収集なんかじゃない。俺をからかうことだ。

 俺は威嚇するように歯を剥くと、ほくそ笑む先輩を追いかけていった。



 移動を始めて10分と少し。俺はウザ絡みしてくる先輩を適当にあしらいながら、前を進むビカールさんに問いかけた。


「もう結構な距離を歩いてますけど、あとどのくらいで到着するんですか?」


 現在俺たちがいるのは、とある廃村のメインストリートだ。

 申し訳程度に残っている石畳の直線路、その両脇に倒壊寸前の民家がぽつぽつと立ち並んでいる。城壁に囲まれていなかった村の悲惨な末路というわけだ。

 人気の無い道を進むビカールさんはしばらくの間返事を保留していたが、ややあってから前方を指し示した。


「距離的には全行程の8割を終えたところだ。あれを見よ」


「あれって……普通の家ですよね? まさかあれが前哨基地……なわけないか」


 そこにあったのは一軒の廃屋だった。

 外壁は頑丈そうなレンガ造りだが、その荒廃ぶりは他の家々とそう変わらない。当然、人が住んでいるような気配も無い。


「廃屋に偽装した秘密基地ということも考えられますが、それなら見張りがいないのは不自然かと。いえ、それどころか……この近辺には人の往来すらありません」


 それは俺も気になっていた。

 基地というからには人の出入りがあるはずだ。巡回の兵はもちろん、商人や冒険者が立ち寄ることだってあるだろう。

 だが……ここに来るまでの間、俺たちはそれらしき人物に一切出会わなかった。基地まであと少しというところまで来ているにも関わらず、だ。


「ビカールさん、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないですか? 前哨基地っていったい何なんです?」


「もう少し待て。すぐに分かる」


「まだ秘密なんですか? やけに引っ張るなあ……」


「意地悪をしているわけではない。だが、どうせなら己の目で見た方が早いと思ってな」


 そう言うと、ビカールさんは含みを持たせるように笑った。機密保持うんぬんではなく、単純に俺たちを驚かせたいだけのようだ。

 この人もそんな顔をすることがあるんだな、と妙に感心しつつ、俺たちは廃屋へと近づいて行った。

 廃屋の窓は板で打ち付けられ、入り口はバリケードによって固く閉ざされていた。が、無残に崩れ落ちた外壁を見る限り、住人たちの抵抗は無駄に終わったようだ。

 瓦礫を乗り越えて中に入ると、やや広めの空間に出た。

 おそらくここは食料の貯蔵室として利用されていたのだろう。タルの破片と干からびた作物が散乱する中、やけに鮮やかな色彩が目に飛び込んできた。


「落とし戸? 地下倉庫でもあるのかな」


 くすんだ床の上に見えたのは、黄色のペンキで塗られた鉄製の落とし戸だった。全てのものが色あせたこの空間の中で、こいつの存在だけが明らかに浮いていた。


「ここだ」


 両手を使ってゆっくりと落とし戸を開けるビカールさん。

 蝶番(ちょうつがい)がか細い悲鳴を上げ、内部の景色に少しずつ光が当たっていく。

 そこにあったのはお待ちかねの前哨基地……ではなく、スロープ状のトンネルだった。

 人一人がようやく通れそうなくらい小さな通路が、緩やかなカーブを描きながら下に伸びていた。明らかに人の手で、ごく最近掘られたものだ。


「まさか……」


 行く手は闇に閉ざされている。しかし、その先にあるものを俺たちは知っている。

 一歩、また一歩と、這うような足取りで地下深くへと降りていく。確信に満ちた思いを胸に。

 トンネルの終わりが見えてきた時、ビカールさんの声が壁に反響しながら俺たちの耳を打った。


「クリシュカはダンジョンと戦っている。であれば、新たな軍事拠点を建設するにあたって最もふさわしい場所はここを置いて他に無い」


 終点は行き止まりになっており、少し手前に狭い横穴が空いていた。

 穴の向こうからは様々な音が聞こえてくる。

 耳障りな鳴き声。何かがぶつかり合う音。この世のものとは思えない断末魔。魔物たちの争う音だ。

 ビカールさんは魔物たちに気付かれぬよう慎重に横穴から這い出ると、俺たちを無言で手招きした。

 かくして地の底に降り立った俺たちが見たものは、寸分違わず予想通りの光景だった。


「我々の前哨基地は、ダンジョンの奥にあるのだ」



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