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第31話 メイドさん、宣戦布告される

ACT6は途中に戦闘を挟みますが、バトル回ではなくACT3と同様の日常ノリです。


「──チェックメイト、です」


 本日3度目の勝利宣言を突き付けられた俺は、愕然(がくぜん)とした表情でソファに沈み込んだ。

 休日昼間のメイド学科。正面には木製のチェス盤。白と黒の兵士たちが入り乱れる戦場の向こうに、名軍師と名高いユニ参謀の申し訳なさそうな顔が見えた。


「どうして勝てないんだ……」


「でも、今のはいい線行ってましたよ。僕も途中で何度かヒヤッとしました」


「ならいいけど、クイーン抜きでようやく互角ってのもなぁ……」


 わしゃわしゃと頭をかきつつぼやきを漏らす。盤上では漆黒のナイトが防衛線を突き破り、俺のキングに矛先を定めていた。

 ユニは大人しい性格だが、ことゲームに限って言えば年相応の闘争心を持ち合わせている。

 従者志望というからにはてっきり接待プレイでもしてくれるのかと思いきや、結果はこれである。

 ユニいわく「わざと負けるのは相手に失礼だから」とのこと。魔物との戦いに明け暮れるクリシュカ人らしい価値観であった。


「もう一戦しますか? 次は勝てるかもしれませんよ」


「ドツボにハマりそうな気がするからやめとくよ。今までずっと我流でやってきたから、いい加減ちゃんとした理論を学ばないと」


 3度に渡る敗北は俺の未熟さを浮き彫りにしていた。素人同士の対局ならともかく、ユニのような実力者相手に無策で挑むのは自殺行為だ。


「本格的にチェスの勉強をするんですか? なら、クリシュカだけじゃなくて外国の指南書もあわせて読んだ方がいいですよ」


「国によって打ち方が違うのか?」


「結構違いますね。僕の読んだ本だと、クリシュカ流は山賊じみた荒っぽい打ち方なんだそうです」


「言ってる意味が分からない……」


 指南書に書いてあるくらいだから何かしらの根拠があるはずだが、想像力の(とぼ)しい俺には何のこっちゃという感じだった。


「ルールは同じなんだから、定石だって統一されてないとおかしいと思うんだけどな。極論するとパターンは有限なわけだし」


「いずれはそうなるのかもしれません。でも、外国の方と対局する機会って滅多に無いから、ノウハウの共有がなかなか進まないみたいです」


「へえ……身内同士で打ち続けてると自然とクセが付いちゃう、みたいな感じなのかな」


「逆に言うと、複数の打ち方を知っていればそれだけ戦術の穴を突きやすくなるってことです」


「……こんなことなら日本でもチェスの勉強をしておけば良かった。そうすればクリシュカでチャンピオンになれたのに」


「あはは……ご愁傷様です」


 後悔先に立たず。俺は過去の自分を心中で呪った後、本来の作業に戻ることにした。

 本来の作業、というのは備品の虫干しだ。今日は依頼が早めに終わったので、俺とユニでメイド学科の倉庫を整理していたのだ。

 で、その最中に偶然チェスのセット一式を見つけて……そこから先はもう言わなくても分かるだろう。大掃除の最中に古いおもちゃや漫画を見つけた時のアレだ。


「にしても、メイド学科にこんなものがあるなんて全然知らなかったな。誰が遊んでたんだろう?」


「僕も初めて知りました。たぶん、卒業した先輩方が置いていったんじゃないでしょうか?」


「先輩は? ……ああ、その、ミスティア先輩のことだけど」


「ふふっ、分かってますよ」


 ユニは恥じらう俺に優しい笑みを見せた後、


「ミスティア先輩がチェスをしてる姿を見たことは無いですね。でも……」


「強いだろうな、絶対」


「チェスに限らず、勝負事に弱いイメージがありませんよね……」


 あの人がチェスなんていう"それっぽい"競技に手を出していないはずが無い。

 「メイドとして当然のたしなみでございます」なんて言いながら妙手を連発する姿が目に浮かぶようだった。


「……とりあえず、俺たちがもうちょっと強くなるまでこれは隠しておこう。じゃないとスカンピンにされそうだ」


「さすがにお金は賭けないと思いますけど……」


 俺もそう思う。だが尊厳はどうだろう? 負けたら女王様と呼べとかメイド服を着ろとか、あの人がいかにも言いそうなことだ。

 不吉な予感に身震いした俺が急いでチェス盤を片付けようとした、まさにその時だった。


「たのもう!!」


 (とどろ)く声が建物を揺らす。

 窓は震え、ユニはよろめき、盤上の部隊はあっけなく壊滅した。

 俺たちは四方八方にコロコロと落ち延びていく駒を拾うことすら忘れ、声のする方へと視線を向けていた。

 玄関のドアはまだ閉まっている。だが、その向こうに(非常識な)何者かがいることは明白だった。


「も……もしかしてまたラオフー先生じゃないですか? どうしますソウタさん?」


 前回の襲撃がトラウマになっているのだろう。ユニは部屋の隅っこまで退避すると、ビビリ気味に俺の顔とドアを見比べていた。

 俺はすぐさま首を振り、


「ラオフー先生が律儀に挨拶(あいさつ)してから入ってくるわけが無い。たぶん、もうちょっと理性的な人だと思う」


「ええ……?」


 あれ? 俺は今おかしなことを言ったのか? どうしてユニがドン引きしているんだ?

 ユニの不可解な反応はともかく、来客を待たせるのはメイド学科の流儀に反する。最低限のマナーさえ守ってくれれば、それこそ魔物だろうと格闘学科だろうと話を聞くのが俺たちメイド学科だ。


「たのもう!!!」


 などと考えている間に2発目が来た。衝撃が空気を震わせ、棚の食器が恐怖におののいた。

 どうやら来客はかなりせっかちな人のようだ。あるいは余程の一大事なのかもしれないが、せめて呼び鈴の存在には気付いてほしいなぁと思う俺であった。


「はい、今開けます!」


 機先を制して叫んだおかげか、3発目は来なかった。

 ユニに身振りでお茶の用意を頼むと、強張った指先でドアを開ける。

 そこにいたのは完全武装の大男だった。

 身長は190cmはあるだろうか。浅黒い肌をした、やや面長な男性だ。

 短く刈り込んだ黒髪と銀色の全身鎧はクリシュカ軍正規兵の基本的なスタイルだが、威厳に満ちた顔つきはこの男がただの一般兵でないことを匂わせていた。

 男は高い位置から俺を見つけ、「むっ」と一息吹いた後、先ほどよりも少しだけ抑えた大声を出した。


「お初にお目にかかる! 自分は王都第3特務部隊の隊長を務めるビカールと申す者! ここにメイド学科なるものの窓口があると聞いて参ったのだが、責任者はいずこにおられるか!」



 新たに先輩とポピー先生を加えたメイド学科一同は、ビカールと名乗る軍人と相対していた。


「ビカールさん、だったかしら。まずは椅子に座って楽にしてくださいな。昨日、知り合いの先生から良いお菓子をいただいたところなのよ」


 向かい側に座ったポピー先生が柔和な笑顔で着席をうながした。が、ビカールさんは直立不動の体勢を崩さない。


「……ビカールさん?」


 微動だにしない客人に眉をひそめるポピー先生。するとビカールさんは、


「気遣いは無用! 自分は常在戦場の心構えでここに立っているゆえ!」


 言葉と共に風が吹き付けてきた。ついでにつばも飛んできた。

 ユニが思わず顔をしかめ、さりげなく移動した先輩がユニの風よけとなる。そして、先輩に引っ張られた俺が2人の風よけとなった。あれ?

 誰にもかばってもらえなかったポピー先生はハンカチで顔を拭くと、子供に言い聞かせるように言った。


「とても立派な心構えだけれど、あいにく私たちはもうお茶とお菓子の用意をしてしまったのよ。ビカールさんが召し上がってくださらないと、みんな捨てることになってしまうわ」


「……(いた)し方ない。そこまで言うならいただくとしよう」


 ビカールさんは皿に盛られたクッキーをむんずとつかむと、そのまま口に放り込んだ。だが椅子に座る気配は無い。

 どうやら、このあたりが妥協可能な最低ラインのようだ。ポピー先生もそれで納得したのか、それ以上しつこく言うことは無かった。

 先生は紅茶のカップにテンポ良く角砂糖を落としながら、


「ごめんなさいね。軍人さんが訪ねてくるなんて初めてのことだから、どういったおもてなしをすればいいのか分からなくて」


「お気になさるなご婦人。そちらに落ち度は無い」


 ビカールさんは一口で紅茶を飲み干し、


「時間が無いゆえ、さっそく本題に入らせていただこう。話というのは他でもない、我ら第3部隊に関することだ」


「そういえば特務部隊って言ってましたけど、それってどういう部隊なんですか?」


 俺が疑問を口にすると、ビカールさんは簡潔に答えた。


「特殊な任務に関わる部隊だ」


「は、はあ……」


 天然なのかわざとなのか微妙なラインだ。俺が反応に窮していると、後ろにいた先輩が耳元でささやいた。


「国王陛下の直属部隊でございます。軍の指揮系統から独立した権限を持っておりますので、たとえ将軍であろうと彼らの行動を縛ることはできません」


「近衛兵みたいなものですか? 何かカッコいいですね」


 続けてユニが顔を出し、にわかに息を弾ませながら、


「カッコいいなんて言葉じゃ語り尽くせませんよ! クリシュカ最強のエリート部隊、男の子みんなの憧れです! しかも、隊員全員が騎士の称号を持ってるんですよ!」


「ユニ、今は大事なお話の最中ですよ。もう少し声を抑えなさい」


「す、すみません!」


 先輩にたしなめられたユニは顔を真っ赤にして引っ込んでいった。

 話の腰を折られたビカールさんは迷惑そうな顔をしていたが──いや待て。訂正しよう。

 ベタ褒めされたビカールさんはむず(がゆ)そうな顔で照れていたが、すぐに顔を引き締め、


「現在、我々が駐留している前哨(ぜんしょう)基地において、さる重大な問題が発生している。貴殿らにはそれを解決していただきたい」


「まあ、それはたいへん。いったい何に困っていらっしゃるのかしら?」


「軍事機密に触れることゆえ、詳細は現地にて説明させていただく」


「ですが、それでは準備のしようがありません。せめてどういった種類の問題が起きているのかだけでも教えてくださいませんか?」


 責めるような口ぶりで反論する先輩。さしもの先輩も、ぶっきらぼうな態度を続けるビカールさんに業を煮やしつつあるのだろう。

 しかし、それでもビカールさんの返答が変わることは無かった。


「我々は極めて重要な任務を遂行中ゆえ、情報の取り扱いには細心の注意を払わねばならぬ。どうかご理解いただきたい」


 取り付く島もない、という感じの対応に、先輩は大きく息をついた。


「……承知いたしました。でしたらまずはその前哨基地とやらに参りましょう」


「それはいいんですけど、クリシュカに前哨基地なんてありましたっけ? その手の単語を聞いた覚えが無いんですけど」


 俺の知る限り、この国の軍事施設は町の中もしくは隣に建てられている。"前哨"というからには生活圏から離れた場所にあるのだろうが、これまでの冒険でそのような施設を目にしたことは一度も無かった。

 それは他の面々も同じだったようで、俺の問いかけに対して皆一様に首を振っていた。

 ならばとビカールさんに水を向けると、彼は淡々とした口調で、


「それについても答えることはできぬ。貴殿らは黙って自分に付いてくればよろしい」


 おおむね予想通りの答えにユニは苦笑し、先輩は無言で口をへの字に曲げた。


「また機密なの? はあ、軍人さんって言えないことばかりなのねえ……」


「いや、こちらは機密扱いでは無い。だが公式発表を待たずして情報を広めるのは立場上よろしくないのでな」


「じゃあここだけの話ってことでいいじゃないですか。どうせすぐに分かるんだし」


「このようなあばら()ではどこから話が漏れるとも知れぬ。隙間風は貴殿が考えるよりもおしゃべりなのだ」


 だんだん分かってきた。この人は真面目だが、絶望的なまでにデリカシーが足りていない。いやまあ、俺も他人のことは言えないが。

 

「困ったわ。どうやらビカールさんは私たちを信用してないみたい」


「勘違いめされるな。貴殿らの人格を疑っているわけではない。……だが、貴殿らの能力には未だ疑義が残る」


「能力? どういうことですか?」


 ビカールさんは厳かに目を閉じ、


「貴殿らのことは調べさせてもらった。メイド学科……人々の悩みを解決する市井(しせい)のお助け人。その活動範囲は広く、官民問わず多くの者たちが貴殿らの活躍を評価している。我々がメイド学科に頼ることを決めたのも、ルブリン侯爵の口利きあってのことだ」


「侯爵様が俺たちを推薦したんですか?」


「うむ。貴殿らはこれからのクリシュカに必要不可欠な人材であると太鼓判を押されていた」


 先輩と顔を見合わせ、照れがちに笑ったのも束の間。ビカールさんはだが、と続け、


「正直、貴殿らのような弱卒(じゃくそつ)が有能と言われても、にわかには信じがたい。そのような細腕では人々を助けることはおろか卵の殻すら満足に剥けるとは思えぬ」


 いぶかしげに首をひねった。

 何だか前にも聞いたようなセリフだ。この言い回し、もしかして流行ってるんだろうか?

 などと懐かしんでいたら先輩が鋭い目つきで前に進み出た。これも前に見た光景だ。今度はクマちゃんボタンの出番が無ければいいが。


「おそれながら、ビカール様は心得違いをなさっているようにお見受けします。物事を解決するために必要なのは力だけではございません。下女の細腕にしか解きほぐせぬ結び目もございます」


「承知している。だがそれとて我々に敵うとは思えぬ」


 ビカールさんは般若(はんにゃ)のように顔を力ませ、


「我が特務部隊は民草の規範となるべき存在。剣や魔法は言うに及ばず、戦術、教養、忠誠心、果ては礼儀作法に至るまで、心技体全てを備えた者だけがこの栄誉ある職に就くことを許されるのだ。その我らでさえ手を焼く難題を、一介の炊事婦風情に解くことができようか!」


 それを聞いた瞬間、先輩の表情がスッと消えた。

 一瞬ののち、計算され尽くしたような営業スマイルが装着される。

 ヤバい。ダリル先輩やラオフー先生ですら突き崩せなかった先輩のメンタルに黄信号が(とも)り始めた。

 まだキレてはいない。キレてはいないが、これは相当ストレスが溜まっている。そして多くの場合、ストレス解消の矛先は俺とユニに向けられる。

 俺は噴火寸前の先輩から目をそらし、この状況を収拾できそうな大人に視線を投げかけた。ポピー先生だ。

 ポピー先生はビカールさんの無自覚煽りに対しても平静を崩さなかった。半年出禁になったラオフー先生の時とはえらい違いである。

 良くも悪くも一本気なビカールさんの性格が気に入ったのだろうか?

 いや、案外ラオフー先生が生理的に受け付けなかっただけかもしれない。あの人は態度がふてぶてしいからな……。


「ビカールさんがご自分のお仕事に誇りを持っていることは良く分かったわ。だけど、あなたたちの手に負えなかったからこうして他人を頼っているんでしょう? だったらもう少し私たちを信じてくださってもいいんじゃないかしら」


 ビカールさんのいかめしい顔が気まずそうに歪む。

 続いてポピー先生は先輩に目を向け、


「あなたもよ、ミスティ。ここに来るお客様はみんな(わら)にもすがる思いで私たちに助けを求めているの。少しくらい失礼なことを言われたからといってムキになってはいけないわ」


「……猛省いたします」


「いい子ね」


 両者が矛を収めたことを確認すると、ポピー先生はパンパンと手を叩いた。


「さあさ、早くお出かけの準備を始めなさい。メイドたるものお客様をお待たせしてはいけないわ」


 微笑と共に目を細め、老獪(ろうかい)な光をたたえた視線を俺たちに向ける。


「頼んだわよ、私の愛しい子供たち。自分の見ているものが世界の全てだと思い込んでる頭でっかちさんに、炊事場から見える景色を教えてあげなさい」


「先生も割かし煽ってるじゃないですか……」


「売られた喧嘩はきちんとお返しして差し上げるのが礼儀というものよ」


 おどけたように眉を上げるポピー先生。

 先輩も同じ動きでそれに応え、続いて挑戦的に口の端を上げた。


委細承知(いさいしょうち)いたしました。メイド学科に万事お任せを」



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