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第27話 メイドさんは点が辛い・上

10分後に「メイドさんは点が辛い・下」を投稿します。

 メイド学科は冒険者のために活動しているが、だからといって冒険者だけを相手にしているわけではない。

 俺たちが助けるのはメイドの力を必要とする者全てだ。そこに一切の例外は無い。

 西に行っては町のゴミ拾いをし、東に行っては孤児院で子守りをする。時には屋根裏のネズミ退治に駆り出されることだってある。(余談だがネズミ退治は魔物討伐クエストにカテゴライズされるらしい。なんで?)

 とはいえ基本は個人相手の仕事ばかりを請け負っており、大口の依頼を受けることは滅多にない。というか、今の人員では対応できない。

 なので、そういう時は別の組織を紹介するか、泣く泣くお断りすることになるのだが……諸々のしがらみによって、どうしても受けざるを得ないケースもある。

 例えば、めちゃくちゃ偉い人からの依頼、とか。


「皆様、右手をご覧くださいませ。あちらに見えますのが東部都市ピオネールを治める領主様、ルブリン侯爵閣下のお屋敷でございまぁす」


 揃えた指先をピンと伸ばし、溌剌(はつらつ)とした声でツアーガイドを務めるのはミスティア先輩だ。

 とはいえここにいるのは先輩を除けば2人だけ。彼女が何やら真偽不明の逸話を語る中、俺とユニはボケっとした表情で領主の館を眺めていた。

 正確には館そのものではなく、館を出入りする人々の多さに目を奪われていた。


「すごい人だなぁ……。なあユニ、これ全部パーティーの関係者なのか?」


「そうですよ。あ、でも……時間的にゲストの皆さんはまだ到着してないと思います。今来てるのは僕たちと同じで領主様に雇われた人たちですね」


「嘘だろ……まだ増えるのか……」


 館の前庭。空港のロータリーのように大きな噴水広場は、今や荷物を満載した馬車と、それを運ぶ人員で埋め尽くされていた。

 荷物の中身は食材、家具、花、楽器に衣類、その他もろもろ。これらは全て、今夜のパーティーで使われるものだ。

 なんでも、ピオネールの町が誕生してから何百年目だかの記念パーティーということで……

 いや違った。そうじゃなくて領主の誕生日、だったか? 何かの戦勝記念日だったかもしれない。

 ここに来る道すがら、先輩がノリノリで説明していたことは覚えている。のだが、あまりにも長ったらしい名目だったので、途中から脳が理解することを拒否していたのだ。

 とにかく、なんやかんやでパーティーが開かれることは事実なのだ。そして、なんやかんやで俺たちメイド学科が助っ人に駆り出された、というわけだ。

 ……自分で言ってて悲しくなるくらい曖昧な認識だった。


「それにしたって、ここまで大がかりなパーティーじゃなくてもいいと思うんだけどな」


 配送センターみたいに積み上げられた木箱を仰ぎ、独りごちる俺。

 思いのほかキツい口調になっていたのだろうか。ガイドさんごっこをやめた先輩がこちらに目を向けた。


「あら、ソウタ様はこういった(もよお)しがお気に召しませんか?」


「いや、好き嫌いの話じゃなくて……」


「でしたら、"領民の血税を無駄にするな"とおっしゃりたいのでしょうか?」


「そ、そこまで言うつもりはありませんけど」


 俺はちらりと周囲を見回した後、やや声を抑えて言った。


「今のクリシュカって、ダンジョンのせいで色々と大変な時期じゃないですか。なのに、こんなにのんきな事してていいのかなって」


 ダンジョン発見からおよそ100年。魔物との戦いは今やクリシュカの日常と化しているが、戦況は決して楽観視できない。

 この平穏は兵士や冒険者の尽力によってかろうじて成り立っているものだ。少しでも気を抜けば、この国はあっという間に押し潰されてしまうだろう。

 財政に関しても同じことが言える。さすがに今日明日破綻することは無いだろうが、台所事情は(かんば)しくないはずだ。


「これだけ大きな町を治めてる人がダンジョンを軽く見てるはずがないって事はちゃんと分かってます。ただ、こうして目の前で贅沢ぶりを見せつけられると、どうしても温度差を感じてしまうというか……」


 不謹慎などと言うつもりは無いが、現場サイドの人間としては色々と思うところもある。

 具体的に言うと、「どうせならこのお金で武器や防具でも作ればいいのに」とか、ダリル先輩みたいなことを考えてしまうのだ。

 俺が悶々とした本音を吐き出し終えると、先輩は手を合わせてほほ笑んだ。


「なるほど。ソウタ様はやはりソウタ様でいらっしゃいますね」


「あの……それは褒めてるんですか? それとも馬鹿にしてるんですか?」


「花丸99点でございます」


「花丸なのに、99点?」


「はい。ソウタ様がこの国を案じてくださるのはたいへん嬉しいのですが、少々心得違いをしておられるようなので1点減点させていただきました」


 意味深な採点基準に頭をひねっていると、ユニが解説を引き継いだ。


「ソウタさん、このパーティーに招待されてるのは外国の投資家たちなんです」


「え? それじゃあ、領主はただの道楽でパーティーを開いたわけじゃなくて……」


「外交政策の一環ってことです」


 ユニは微笑と共に指を立てると、


「だから、節約なんてもってのほかなんです。うんと贅沢して、クリシュカはすごいんだぞってアピールしないと投資してもらえませんからね」


「お金を使ってお金を集めるのか……俺みたいな小市民には考えつかない方法だなぁ」


 損して得取れ、ということか。

 やはり貴族というだけあって、資産の効率的な運用法というものを俺たちの何倍も熟知しているらしい。短絡的にもったいないなどと思っていた自分がちょっとだけ恥ずかしくなった。

 となれば、先輩がこの依頼に乗り気な理由もおのずと分かってくる。

 このパーティーが成功すれば、クリシュカ政府はさらなる戦費を調達できるようになる。言い換えれば、それだけ現場の──ひいては冒険者の負担が軽くなるというわけだ。


「だけど、そう簡単に投資してくれるのかな……。今のクリシュカに投資するのってかなりのリスクだと思うんだけど」


 クリシュカという国を企業に例えるなら、ダンジョンは巨大な不良債権だ。

 いつ弾けるとも知れない爆弾を抱えたこの国が、海千山千の投資家から高い評価を得られるとは思えない。

 向こうだって慈善事業ではないのだから、回収のめどが立たないような投資には慎重になりそうなものだが。

 

「たしかにこの国の状況は厳しいですけど、この国ならではの強みもあるんですよ」


「強み、ねえ……。そういえば、地下資源が豊富って話を先輩から聞いたけど」


「それ以外にもあるじゃないですか。例えば魔物とか」


「魔物!?」


 ()頓狂(とんきょう)な大声を上げる俺に対して、ユニは事も無げに、


「魔物の毛皮や爪が高値で取り引きされることはソウタさんも知ってますよね? 鍛冶職人や錬金術師にとって、魔物だらけのクリシュカは宝の山なんです」


「開き直って魔物が多いことを売りにするのか。逆転の発想というか何というか……」


「他の国では伝説扱いのドラゴンやフェニックスも、この国ではそれほど珍しい魔物じゃありませんからね。これはもう立派な"資源"ですよ。だったら活用しなきゃ損でしょう?」


「フェニックスの話はしたくない……」


「あっ……ご、ごめんなさい」


 一瞬過去のトラウマが蘇りそうになったが、それはそれとして、ピンチをチャンスに変える領主の手腕は見事なものだと思う。

 ピオネール領主にして今回のパーティーの主催者──ルブリン侯爵。冒険学部生である俺たちにとって、その名前はそこそこ聞き馴染みのあるものだ。

 クリシュカ東部地域の実質的な統治者であるルブリン侯爵は、領地の平和を維持するために冒険者ギルドの力を頼っている。冒険学部に流れてくる依頼の中に侯爵の名前を見かけることも珍しくない。

 かくいう俺も、クエストの進捗を報告する際に何度か顔を合わせたことがある。(もっとも、向こうはこちらの顔など覚えてはいないだろうが)

 当時の印象は"物腰柔らかな切れ者"といった感じだったが、今回の話を聞く限りそのイメージはあながち的外れでも無さそうだ。


「さて。このパーティーの意義がご理解いただけたところで、そろそろ参りましょうか」


 俺の疑問が解消されたところで、先輩が改めて音頭を取った。


「ソウタ様はユニに付いて左手の勝手口からお入りくださいませ。わたくしは厨房の方へ参ります」


「あれ、先輩は別行動なんですか? てっきり同じ場所で仕事をすると思ってたんですけど」


「わたくしも心苦しゅうございますが、なにぶん重要な任務を仰せつかっておりますので」


「任務……ですか?」


 先輩はふふんと鼻を高くして、


「なんと! 料理の味見役でございます!」


「……えっと、いわゆる毒見ってやつじゃなくて、ただの味見ですか?」


左様(さよう)でございます」


「それだけ?」


左様(さよう)でございます」


「…………」


 喉に物を詰まらせたような顔で固まっていると、ユニが慌てて補足を入れた。


「夕食に各国の料理をお出しするので、味の管理にはいつも以上に気を配らないといけないんです。故郷の味と違う、なんて言われたら大変ですから」


「ああ、つまり先輩の味覚が料理長のお眼鏡にかなったってことか。何だかすごいな……」


 俺が素直に称賛すると、先輩はさらに天狗になった。

 と思いきや、今度はさめざめと嘆くように顔を伏せ、


「わたくしと離れ離れになりたくないというソウタ様のお気持ちは重々承知しております。ですが、これもまた神の采配。なにとぞご辛抱くださいますよう、平に、平にお願い申し上げる次第でございます……!」


 相変わらず情緒の安定しない人だ。そのうえどこまで本気なのかも分からないから、余計にたちが悪い。

 だが、まるきり冗談というわけではないのだろう。先輩は意外と照れ屋なので、コテコテの演技で本音をラッピングすることがよくあるのだ。


「そんな大げさに言われても困りますけど……まあとにかく、あんまり無理はしないでくださいね」


「……それは調子に乗って食べ過ぎるなという意味でございましょうか?」


「ちょ……急にキレないでください! 言葉の綾ですよ!」


「うふふ、期待通りのリアクションをありがとうございます」


 けろりとした顔で矛を収める先輩。この人は本当に意地が悪い。


(まったく、こっちは純粋に心配してるっていうのに……)


 格闘学科の一件が片付いた後、心身に多大なダメージを負った俺は一週間ほど休養を取っていた。

 その間、身の回りの世話をほとんどやってくれていたのが先輩だ。メイド学科の仕事を続けながらということもあって、かなり忙しそうにしていたことを覚えている。

 だが先輩とて無限のスタミナを持っているわけではない。このまま無理を続ければ、いずれどこかでしわ寄せがやってくる。

 そうなる前にしっかりと休息を取って欲しい、というのが俺の希望だが……ここ最近の流れを見る限り、メイド学科に余裕ができるのは当分先になりそうだ。


「……と、もう着いてしまいましたね。それではここでしばしのお別れでございます」


 勝手口の前で足を止める先輩。


「ユニ、ソウタ様はこういった仕事に慣れていらっしゃいませんので、フォローをお願いします」


「任せてください!」


 はきはきと返事をするユニ。

 先輩は満足げにうなずいた後、こちらに視線を移した。その表情は真剣そのものだ。


「こちらの仕事が終わり次第、わたくしも会場のヘルプに回ります。厳しい戦いになるかと思いますが、どうか耐え抜いてくださいませ」


「耐え抜くって……そんなに大変なんですか?」


「お屋敷仕事は体力勝負ですので。とりわけパーティーともなれば、文字通り目の回るような忙しさでございます」


「体力なら俺だって自信ありますよ。伊達に格闘学科を受講してるわけじゃありません」


 胸を叩いて言い張ると、先輩は「はっ、なんも分かってねえなコイツ」みたいな顔で冷笑した。


「おそれながら、ソウタ様は貴族の催しというものを甘く見ていらっしゃるようにお見受けします」


「先輩こそ、俺をいつまでも素人だと思ってませんか? メイド学科に入ってからもう1年も経つんですよ」


「ふふふ、でしたらソウタ様のお手並み拝見とまいりましょうか」


「嫌味な言い方だなぁ……まあ、見ててくださいよ」


 見下しオーラ全開の先輩に、少しカチンと来た。

 先輩やユニほどではないが、俺だってメイド学科の一員なのだ。ちょっとやそっとの忙しさでへこたれるような軟弱者ではない。いや、むしろ俺の成長を見せつけるいい機会かもしれない。

 ラスボスめいた余裕を見せる先輩に一瞥(いちべつ)をくれると、俺は大股歩きで領主の館へと入っていった。



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