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第22話 燃えよメイドさん

 ラオフー先生と合流した俺たちは、ヴィエッタ学園を出て東に進んだ。目的地は山岳地帯の裾野に位置する小さな荒れ地だ。

 あたりは岩だらけで、でこぼこした地面は非常に歩きにくい。後輩たちが転ばないように目を光らせながら、俺たちは荒れ地の奥へと足を踏み入れていった。


「まず初めに、そなたらが学ぶべき力の何たるかを教えるとしよう」


 ラオフー先生は俺たちより一段高い場所に腰を下ろすと、悠然とした態度で語り始めた。

 真昼の日差しが先生の体を余すところなく照らし、仏像のような神聖さを醸し出す。

 もしかして、この演出のためだけにここを選んだのだろうか? だとしたら努力の方向性が間違っていると思う。


「我が武術の名は克虎拳(こっこけん)。克虎拳は気功術に端を発し、その源流を仙術にまでさかのぼることができる。山紫水明、神仙は森羅万象を司る元素を山河の内に見出し、人もまた一切自然のうんぬんかんぬん……」


 これはいけない。ラオフー先生の話がさっそく横道にそれ始めた。

 生徒たちが知りたいのは戦闘技術であって歴史ではない。アスファルは早くも貧乏ゆすりを始め、フェザーもどこか上の空で話を聞いている。当初の懸念とは別の意味でハラハラする展開だった。


「ソウタ様、ラオフー様の講義はいつもこのような感じなのですか?」


 授業崩壊を危ぶむ者がここにまた一人。口元を手で隠しながらこしょこしょとささやくミスティア先輩だ。


「ラオフー先生の話が要領を得ないのはよくあることですよ。俺はいつもセイレンに要約してもらってます」


 観念的な話が蛇のしっぽのようにダラダラと続いているが、どうせ最後にセイレンのまとめが入るだろう。そこさえ聞けば問題は無い。

 ん? じゃあ最初からセイレンに任せればいいのでは……?


「っていうか、克虎拳なんて名前だったんだ……知らなかった」


「えっ? ソウタ様もご存じなかったのですか?」


「いや、だって教えてくれなかったし……俺が聞き逃してたのかもしれませんけど……」


 俺は悪くない。ラオフー先生の話がグダるのが悪い。あの長話の中から意味ある言葉をすくい出すのは藁山(わらやま)の中から一本の針を探すようなものだ。

 何となく居心地の悪い気分にさいなまれていると、セイレンがぼそっと情報を補足した。


「師範は定期的に武術の名称を変えるんです。前回は羅生転生でした」


「自作の必殺技を考える子供みたいだ……」


「服の裾直(すそなお)しをするようなものですよ。武術は時代と共に進歩していくものですから、それに見合った呼び方が必要なんだそうです」


「変なところにこだわる人だなあ」


 毒気を抜かれたようにつぶやく俺。逆に先輩は得心がいったようだ。


「東方では成人すると幼名を捨てて新たな名を名乗る風習があると聞きます。ラオフー様にとって名を変えることは己の殻を破った証でもあるのでしょう」


「だからって何度も改名してたらありがたみが薄れますよ。何回成人するつもりですか」


慶事(けいじ)はいくらあってもいいものですから」


 先輩に含蓄(がんちく)のある返しをされた俺は押し黙るしかなかった。

 ラオフー先生が飽きるまでもう少し時間が掛かりそうなので、俺たちは今のうちに周囲の安全を確認することにした。

 見通しが悪く日陰の多い岩場。あまり大立ち回りできる地形ではないが、魔物の気配は感じられなかった。


「ざっと見た感じ、差し迫った危険は無いみたいだけど……土地勘の無い場所だからなぁ」


「私もです。いつもならもっと魔物の多い場所で修業をするのに」


「それはそれで駄目じゃないかな……」


 疑問は残るものの、魔物の姿が見当たらないのは純粋に喜ぶべきことだと思う。講義の最中に後ろからコンニチハ、なんて展開は絶対に勘弁してほしいからだ。


「先輩はこのあたりに来たことってありますか? できれば詳しい情報なんかを教えてくれたら嬉しいんですけど」


「過去に訪れたことはございません。ですが、データならございます」


 なぜだか得意げな様子の先輩。

 彼女はどこからともなく取り出したメガネを装着すると、気取った仕草で青い冊子を掲げた。

 なるほど、こいつはクリシュカ在住冒険者の頼れる味方、メイド学科監修の冒険者ギルドパーフェクトガイド(1522年版)だ。


「ふむふむ……この荒れ地は古代の火山活動の名残とのことです。山のふもとに流れてきた溶岩や噴石が堆積し、結果としてこのような地形を形成したと考えられております」


「へえ……。どんな魔物が住み着いてるんですか?」


 先輩はおしゃれな縁無しメガネをくいっと持ち上げ、


「該当データ無し、でございます」


「魔物がいない? でも、ここはクリシュカですよ。そんなことってあるんですか? それとも調査してないだけ?」


 先輩は再びメガネをくいっと上げて、


「周辺には水場もなく、魔物の生息に適した環境ではないことが理由に挙げられます。ピオネール騎士団の年次報告書にも特筆すべきデータは記載されておりません」


「近くにダンジョンは無いんですか? ダンジョンから出てきた魔物が迷い込んでくるケースもあると思うんですけど」


「付近にダンジョンの入り口はございません。最も近いのは誘蛾鉱区(ゆうがこうく)ですが……それでもある程度の距離がございます」


「ということは……意外と安全? 何か釈然としないなぁ」


 煮え切らない表情でうなる俺に対して、先輩はメガネをみたび持ち上げ、


「ですが、データは嘘をつきません」


「……ひょっとして、さっきからメガネの感想を求めてるんですか?」


「ふふふ、ソウタ様がそうおっしゃるであろうことは既に予測しておりました。データ通りの行動パターンでございます」


「人間はデータじゃない! 無限の可能性を秘めてるんだ!」


「そんなっ、こんなのわたくしのデータにありませんわっ!」


 俺たちはひとしきりキャッキャッと騒ぐと、


「ですので、魔物の襲撃を過度に恐れる必要はございません。はぐれ者に出くわすことはあるかもしれませんが、数匹程度なら危険も少ないでしょう」


「不安要素が一つ減ったのはありがたいですね」


「お二人とも切り替えが早いですね……」


「慣れだよ」


 過ぎたことをいつまでも引っ張らないのが先輩と上手く付き合う秘訣なのだ。

 話を戻すが、この荒れ地に魔物がほとんどいないのは事実のようだ。フェザーとアスファルもそのことに気付いたのか、先ほどよりリラックスした状態で話を聞いている。

 しかし甘いぞ、後輩たちよ。格闘学科の講義で一番怖いのは魔物ではない。最大の敵は君たちの目の前にいる。

 老師ラオフーの行くところ、常に嵐が吹き荒れるのだ。


「なあ先生。お勉強はもういいからさ、そろそろ修行を始めようぜ」


 いい加減退屈になってきたのだろう。地面にあぐらをかいていたアスファルがじれったそうに叫んだ。

 口にこそ出さなかったが、フェザーも同じことを考えていたのだろう。アスファルの抗議に合わせてすがるような視線をラオフー先生に向けた。


「こらえ性のない(わらべ)よな。まだ話は半ばだというのに」


「だけど、話を聞くだけじゃいつまで経っても強くなれないぜ! 俺たち、学者じゃなくて冒険者になりたいんだ!」


 胸を叩いて大声で宣言するアスファル。フェザーも激しい首肯(しゅこう)で同意する。


「むう……」


 思わぬ反論に面食らうラオフー先生。先生はしばらく難しい顔で沈黙していたが、やがて表情の険を緩め、


「だが、そなたらの言うことにも一理ある。生き急ぐのは若さゆえ。であれば、私のような老骨が若者の足を止めるべきではない」


 言うなり跳躍。小さな影は俺たちを軽々と飛び越え、音もなく着地した。

 眼前には山と見まごうばかりの巨大な岩塊があり、ラオフー先生は静かな気迫と共にそれを見上げた。

 ただならぬ雰囲気を感じた後輩2人が慌てて起立し、先生のすぐ後ろまで移動する。


「よいか、人間に秘められた力はそなたらが思っているほど脆弱なものではない。己の内なる声に耳を傾けることができれば、魔術などというまがいものに頼らずとも──」


 息の詰まるような緊張感。耳が痛くなるほどの無音。ラオフー先生の姿がとてつもなく大きく見えた。

 俺たちが固唾(かたず)を飲んで見守る中、先生は空気をつかむような動きで拳を作ると、


「──こんなものよ!」


 大爆発が起きた。

 少なくとも、俺にはそう表現することしかできなかった。

 轟音。突風。強い揺れ。俺はよろめく先輩の体を抱いて爆発の衝撃に耐える。

 揺れが収まり、あたりを包んでいた土煙が少しずつ収まっていく。

 そこで俺たちが目にしたのは、木っ端微塵に吹き飛んだ岩山の残骸だった。

 岩山のあった場所は広場に変わっていた。地面のいたるところに大きな破片が散らばる様は、まるで荒れ果てた墓地のようだ。

 そして、爆心地にてうやうやしく合掌する男が一人。ラオフー先生だ。


「見よ。これが人の持つ真の力である。そなたらもこの境地を目指して奮励努力するのだぞ」


「ラオフー先生、2人とも気絶してますよ」


「なんと」


「なんと、じゃないでしょう。もうちょっと加減してくださいよ」


 新人相手にカッコつけたい気持ちは分かる。だけどいくらなんでもやり過ぎだ。

 あの2人は不幸にもラオフー先生のすぐ近くにいた。つまり、あの壮絶な爆発を間近で体感してしまったということだ。

 2人は音と衝撃のせいで完全に目を回しており、地面の上で仲良く大の字になって伸びていた。飛んできた破片で怪我をしていないのが唯一の救いだった。


「と、そうだ。先輩は大丈夫ですか?」


 俺は腕の中で浅く息をする先輩に意識を向けた。一応俺が風除けになったので大丈夫だとは思うが、やはり確認はしておきたかった。

 先輩はずれたメガネをたどたどしい手つきで直すと、はっとしたような顔で俺を見上げた。


「どうしました? どこか痛いとか?」


 先輩は心ここにあらずといった様子で、


「痛くはありませんが……その、いつになく強引なソウタ様にくらくらしております」


「そのくらくらは物理的な原因だと思いますよ」


「ソウタ様は罪作りなお方ですわ……」


 三半規管の異常を俺のせいにされても困る。まあ、とにかく無事で良かったということにしておこう。

 講義を一時中断し、ダウンした後輩たちを介抱することしばし。


「すっげええええええええええええええ!」


 目を覚ましたアスファルの第一声がこれだった。


「これだよこれ! 俺ってば、こういうやつをずーっと求めてたんだ!」


 つたない語彙(ごい)だが、その表情を見れば彼の言いたいことは理解できた。それは紛れもなく、ヒーローに憧れる男の子の顔だ。

 そしてフェザーはといえば、くりくりの目を大きく見開いて立ち尽くしていた。その目に浮かぶ感情は恐れよりも感動の色合いが濃い。

 どうやら、今期の新入生は予想以上に肝が据わっていたようだ。


「ぼ、僕たちもこんなことができるようになるのかな……?」


 半信半疑といった風に岩山の残骸を見つめるフェザー。彼はこちらを振り向くと、


「あの、ソウタ先輩もラオフー先生と同じことができるんですか?」


 期待を込めた眼差しに対して、俺は包み隠さず真実を告げた。


「逆立ちしても無理だよ。……だけど、ラオフー先生だって最初からあんなに強かったわけじゃない。自分を信じて努力し続けたから今の姿があるんだ」


「じゃあ……!」


「つまり、修行を積めば誰にでも可能性はあるってことだよ。先生も言ってただろ、人間はすごい力を秘めてるって」


 フェザーの顔がぱあっと明るくなる。

 今の話は決して誇張ではない。俺はラオフー先生の人格を疑ったことは何度もあるが、武術家としての実力を疑ったことは一度も無い。

 この人に師事すれば間違いなく強くなれる。そう確信したからこそ俺は格闘学科に入ったのだ。


(問題は、強くなる前に命を落とすかもしれないってことだけど……)


 こればかりはラオフー先生の気分と運次第だ。あの人が妙な思い付きさえしなければ、俺だってもうちょっと擁護できるのだが。

 そんな俺の葛藤など無視して講義は進んでいく。


「先生……いや、師匠! 早くそのなんとか拳ってのを教えてくれよ! これ以上お預けされたらどうにかなっちまいそうだぜ!」


「僕からもお願いします! どんな修行にも耐えてみせますから!」


 大がかりなデモンストレーションのおかげで後輩たちのやる気と期待値は最高潮に盛り上がっていた。

 彼らの態度に気を良くしたラオフー先生は、ご満悦の様子で本格的な指導を開始した。


 さあ、ここからが本番だ。

 平和な説教タイムは終了し、真の地獄が幕を開ける。

 もう何が起こってもおかしくない。ほんの一瞬目を離しただけで、後輩たちがボロ雑巾になっているかもしれない。

 最悪の想像が現実にならぬよう、俺は最大限の警戒をもって事態を注視することにした。

 最初のステップは、なんとか拳の基礎となる気功の習得だ。詳細は省くが、ざっくり言うと人体の潜在能力を解放するコツみたいなものである。

 ラオフー先生がふわっとした説明をした後、セイレンが実演をまじえた分かりやすい解説を付け加える。

 その後もセイレンが手取り足取り指導したことで、2人は割とすんなり気功を習得することができた。


「あれ?」


 次は体さばきの訓練だ。ラオフー先生のお手本に従って、戦闘時の構えや効率的な歩法を体に覚えこませる。

 さすが戦士学科の生徒というべきか、これに関してはラオフー先生が舌を巻くほどの飲み込みの早さだった。


「えっ? えっ?」


 続いてはアスファルお待ちかねの攻撃訓練。近くの岩をターゲットに見立て、打つ、蹴る、突くといった基本の型をセイレンの丁寧な指導の下で


「いやおかしいだろ!? これじゃあまるで普通の講義じゃないか!」


「ソウタ様!?」


「す……すみません、取り乱してしまって……」


 引き気味に俺を見つめる先輩の視線が痛い。

 だけど信じてください。おかしいのは俺じゃなくて向こうなんです……。


「あのですね、誤解の無いように言っておきますけど、いつもはこんなに和やかな講義じゃないんです。血で血を洗うバイオレンスな光景が広がっているはずなんです」


「ええ、そういった話は何度も耳にしましたが……」


「だからこれは何らかの罠だと思うんです。こうやって俺たちを油断させておいて、最後の最後で裏切るつもりなんです。俺たちは騙されてるんですよ!」


「何やら陰謀論めいてまいりましたが……」


「きっとそうです! そうに決まってる!」


「ですが、今のラオフー様がまっとうな指導をされていることは事実です」


「……それはそうですけど」


 先輩の落ち着いた声が()だった頭を冷やしていく。

 たしかにそうだ。この場面だけを切り取って見れば、ラオフー先生は極めて常識的な言動しかしていない。

 生徒の悲鳴が聞こえることもなければ、骨の砕ける音もしない。とても穏やかで和気あいあいとした空間がそこに広がっていた。

 だからこそ、信じられない。俺の知っている格闘学科はそんなチャラチャラした集まりではなかったはずだ。


「アスファル様とフェザー様は入学したばかりですから、ラオフー様も配慮したのではありませんか?」


「配慮? あり得ませんよ……ラオフー先生にそんな優しさがあるわけない……だってあの人、俺が魔物にかじられてるのに、平気な顔で……ぶつぶつぶつぶつ」


「ソウタ様!? 暗黒面に飲まれてはいけません!」


「……はっ!」


 危なかった。もう少しで「俺が苦しんだ分後輩も苦しむべき」みたいな思考のパワハラ運動部員になるところだった。

 汗まみれの手をじっと見つめる俺の背後から、先輩の諭すような声が響く。


「ラオフー様の真意は分かりませんが、平穏無事に講義が終わることを皆が望んでおります。無論、ラオフー様ご自身も。なら、ひとまずそれで良いのではありませんか?」


「……いいんでしょうか?」


 まだ納得のいかない俺に、先輩は笑顔を返した。

 俺はうつむいたまま、これまでの出来事を一つずつ思い返していく。

 ……あるいは、本当にそうなのかもしれない。

 ラオフー先生だって馬鹿じゃない。生徒を危険にさらすようなやり方を続けていれば、そのうち居場所が無くなることくらい分かっていたのだろう。

 ひょんなことから将来に危機感を覚えた先生が、自らの生き方を見つめ直したとしても不思議じゃない。

 時とともに人は成長する。羅生転生が克虎拳に進化したように、ラオフー先生もまた、新たな自分に生まれ変わったのかもしれない。

 俺は感慨深い思いを胸に、講義を続けるラオフー先生に目を向けた。

 先生は孫と遊ぶお爺さんのような表情を浮かべながら、


「うむ、2人ともなかなか筋が良いな。では、そろそろ仕上げに移るとしよう」


 その瞬間、俺の思考は甘い幻想から引きずり出された。

 やばい。論理的に説明できないが、今のセリフは絶対にヤバい。この人は何かを企んでいる。

 しかし気付いたのは俺だけだ。先輩も、セイレンも、この場の緩みきった空気にやられて鈍感になっている。


「へへっ、ようやく修行の成果を見せる時が来たってわけか」


 何も知らないアスファルが無邪気に拳を掲げ、フェザーも対抗するようにファイティングポーズを取った。


「じゅ、準備はできてます。先生の教えを全部理解することはできなかったけど、それでもできるだけやってみますから」


「組手でもすんのか? それともさっきの師匠みたいに岩をバーン!ってさせてもらえるのか? どっちでもいいぜ。とにかく思いっきり動きたくてうずうずしてるんだ!」


「そう急かすでない。そなたらにふさわしい強敵を用意しておる」


 「強敵」という言葉を聞いて、彼らもようやく不穏な気配を感じ始めたようだ。

 皆が一様に口を閉じ、深海のような静寂があたりを包む。わけもなく寒気を感じた俺は上着のボタンを上まで閉めた。

 息が詰まるような緊張感の中、ラオフー先生だけが平然とした顔をしていた。

 先生は好々爺(こうこうや)のようなほほ笑みをたたえたまま、何気ない口調で、


「しからば試練と参ろうか。鉄は熱いうちに打て。その日の教えはその日のうちに血肉とせねばなるまいて」


 ラオフー先生の脚が地面を穿(うが)つ。

 落雷のような衝撃と同時、固い地盤に亀裂が走った。

 亀裂は火花の()ぜるような音と共に広がっていき……周辺一帯を覆い尽くした後、崩壊を引き起こした。

 現れたのは穴だ。10メートル四方の地面が陥没し、大きな穴を作り出したのだ。

 穴の奥には空洞が広がっていた。空洞は見渡す限りどこまでも続いており、一見すると果てなど無いように思える。


「……ああ、最悪だ」


 俺は口の中で悪態をつきながら穴の底に目を凝らした。

 "冒険者ギルドパーフェクトガイド"の情報は正確だった。この近くにダンジョンの入り口は無い。

 だが、無いのは入口だけだ。ダンジョンの通路は、クリシュカの地下を縦横無尽に走っている。

 要するに、ラオフー先生はダンジョンの天井に直接穴を空けやがったのだ。


「先輩、もう一度確認させてください。ここから一番近いダンジョンってどこでしたっけ?」


「ゆ……誘蛾鉱区でございます……」


 震える声で先輩が答えた。

 だが、答えを聞くまでもなかった。とても見覚えのあるシルエットが、暗闇の中にうっすらと見えていたからだ。

 カバのような頭。相撲取りのような体格。野生由来の狂気を感じさせる目。


「あ……あ……」


 アスファルとフェザーがじりじりと穴から離れていく。恐怖に顔を引きつらせながら。

 そして、そいつが穴の中からにょきっと頭を出した時。2人は同時に、


「トロールだあああああああああああああああ!!」


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