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第2話 メイドさん、煽動する

 北方国家クリシュカが初めてダンジョンの脅威にさらされたのは、今から100年前のことだ。

 争いとは無縁の平和な国に突如として現れた大地の裂け目。裂け目の数はゆうに100を越え、地下から這い出た魔物たちは瞬く間にクリシュカ全土を飲み込んだ。

 戦う意思のある者はこぞってダンジョンに挑んだが、無事に帰ってきた者はごくわずかだった。ダンジョンはあまりにも広大で、危険に満ちていた。

 そんなクリシュカの窮地を救ったのが"冒険者"と呼ばれる人々である。

 自由気ままな荒事(あらごと)よろず請負人(うけおいにん)であるところの彼らは、過酷なダンジョンにおいても持ち前の野心と勇敢さを存分に発揮した。

 魔物の鋭い牙も、悪意に満ちた地形も、彼らの快進撃を止めることはできなかった。いかなる強敵にも恐れず立ち向かうその姿に、人々はクリシュカの希望を見た。

 そんなある日のことだ。どこかの誰かが、こんな言葉を口にした。


「いっそのこと、我々の手で次代の冒険者を育成してみないか?」


 かくして思い付きは実行に移された。世界初の冒険者学園、ヴィエッタ学園冒険学部の誕生である。

 学部のモットーは自由と自立。重視するのは独創性。

 汎用性など何のその。千変万化のダンジョン攻略に求められるのは、個性が生み出す荒削りな突破力に他ならない。

 必要なのは洗練された群ではなく不揃いな個、とは冒険学部の長エカテリーナの言葉だ。


「そう、必要なのは洗練された群ではなく不揃いな個……この冒険学部にメイド学科が設立されたのは歴史の必然でございました。今まさに、わたくしどもメイドの抜きん出た個性が求められているのです」


 で、そのエカテリーナ女史の発言を都合のいいように解釈する彼女が、メイド学科のエースを務めるミスティア先輩である。


「戦闘向きの学科ではないという理由でメイド学科を敬遠する方もいらっしゃるでしょう。ですがそれは大きな間違いでございます。メイドこそ戦いの要。一杯の紅茶が戦士の心を奮い立たせ、時として竜をも打ち倒す力を授けるのです!」


 勇ましく声を張り上げ、携帯用の黒板を教鞭(きょうべん)で叩く先輩。黒板持ち係の俺はヨタヨタと後ずさることで衝撃に耐えた。

 俺たちがいる場所は、冒険学部の敷地内にあるメイド学科の講堂だ。

 講堂といっても何のことは無い。簡素な造りのログハウスに家具一式が置いてあるだけのアットホームな空間だ。イメージとしては山小屋の宿泊施設に近い。

 受講者の多い学科はそれこそ体育館のような大きさの講堂を持っていたりするのだが、俺たちのような弱小学科には縁の無い話だ。

 とはいえ嘆いていても仕方ない。受講者が少ないのなら、増やすまで。

 そんなわけで、本日は新規勧誘を目的としたプレゼンテーションの真っ最中というわけだ。


「わたくしとてこの国の未来を憂う者の一人。自らの手で人々を守りたい、憎き魔物の首を討ち取りたいという皆様のお気持ちは痛いほど分かります。ですが、今一度お考え下さいませ。屈強な剣士が乾坤一擲(けんこんいってき)の一太刀を繰り出す時。魔術師の放つ稲妻が敵を貫く時。華々しい活躍を見せる彼らを陰で支えているのは、いったい誰なのかということを」 


 胸に手を置き、すらすらと持論を語る先輩。彼女の語りに合わせて、燕尾服(えんびふく)の少年が穏やかにバイオリンを奏でていた。

 部屋の真ん中には10人ほどの少年少女が座っており、皆が真剣な面持ちで先輩の演説を拝聴していた。

 (おり)しも今は4月の初頭。新学期の幕開けであると同時に、入学直後の1年生が学科見学にやってくる時期でもある。

 右も左も分からない彼らにとって、自信たっぷりに話すメイドさんの姿は実に頼もしく見えることだろう。その発言がどれほどの誇張を含んでいたとしても、だ。


「思い浮かべてくださいませ、メイドのいないパーティーというものを。度重なる戦闘で衣服は汚れ、その姿はまるで幽鬼のよう。硬いパンを貪りながらぼろきれのような毛布で寒さをしのぎ、魔物の遠吠えに夜も眠れぬ日々……」


 先輩は舞台演劇よろしく大げさにため息をつき、


「それが毎日のように続くのです。恐ろしいと思いませんか?」


 ほほ笑むと同時、ゾッとするほど低い声を出した。

 怪談じみた語り口に応じて、バイオリンの調べも悲愴なものに変わっていく。ベタな小細工だが、世間知らずの1年生には劇的な効果があったようだ。

 不安そうに顔を見合わせる後輩たちを見て、若干の罪悪感にさいなまれる俺。

 すまない、これ全部創作なんだ。全くの嘘ではないが、さすがにここまで酷くない。

 だが嘘も方便を地で行く先輩にとってはどうでもいいことのようだ。彼女は後輩たちに恐怖の感情が染み込んだことを確認すると、一転して大きな声を出した。


「ですがご安心を! この冒険学部にメイド学科ある限り、冒険者の皆様に(みじ)めな思いはさせません! ダンジョンの見えざる脅威からパーティーをお守りする慈愛の女神、それがメイドなのです!」


 拳を振り上げ、声高らかに宣言する先輩。その姿はエネルギーに満ちあふれ、バイオリンの奏でるファンファーレが正のイメージを助長する。

 まるでどこぞの決起集会だ。異様な空気に飲まれた後輩たちがキラキラと目を輝かせ、中には危ない顔つきの者まで出始めていた。

 ……これ、色々と大丈夫なんだろうか?

 などと冷めた目を向ける俺をよそに会場はヒートアップしていく。

 先輩はその後も小難しい理屈を並べ立て、黒板に意味不明な数式とベン図を書き込み、その度に周囲から拍手が沸き起こった。もうわけ分からん。

 カルト的な演説はその後も時間いっぱい続き、盛り上がりがようやく落ち着いてきたところで先輩が終わりの言葉を述べた。


「以上を持ちまして、メイド学科の受講説明会を終わらせていただきます。受講を希望される場合は申請書を後ほど本館受付の方に提出してくださいませ。──皆様が奉仕の尊さに目覚める時を、心よりお待ちしております」


 包み込むような口調で生徒たちを啓蒙(けいもう)すると、先輩は深々と頭を下げた。

 趣向を凝らした演出にすっかり感化され、夢遊病者のような足取りでメイド学科を後にする1年生。洗脳完了、といったところだろうか。

 だが、この洗脳も長くは続くまい。あと数時間もすれば彼らは夢から覚めて、戦士学科や黒魔術学科といったメジャー学科の話題に熱を上げていることだろう。

 とはいえ、運が良ければ1人か2人くらいはメイド学科の存在を覚えてくれるかもしれない。あるいは優柔不断な者が試しに一度だけ受講してみようと考えるかもしれない。

 そういう者たちは、その後も先輩の強い押しに負けてズルズルと受講を続けるのだ。

 そして気付けば長い月日が経過しており、もはや引くに引けなくなってしまう。

 はい、俺のことですね。


「やりましたねソウタさん! 新入生の皆さん、すごくいい顔で帰っていきましたよ!」


 俺が入学当時の過ちを思い返していると、燕尾服(えんびふく)の彼が興奮した様子で駆け寄ってきた。

 俺より一回り小柄な、純朴(じゅんぼく)そうな少年だった。灰色の髪はさらさらで、どこか中性的な雰囲気を漂わせている。

 彼の名前はユニ。メイド学科の一員であり、俺の貴重な友人であり、先輩の奇行に振り回される被害者の一人である。


「最初はどうなることかと思いましたけど、終わってみれば大盛況でしたね。きっとたくさんの人が受講してくれるようになりますよ」


 シビアな目で見ていた俺とは対照的に、ユニは期待に胸を膨らませていた。誰かさんに毎日のように(いじ)られてもこういった素直さを失わないのがユニのいいところだと思う。


「って言っても、さっきのは先輩の話術ありきだしなぁ。ほとんどの人は他の学科の合間に顔を出してくれる程度だと思うよ」


「それでもいいじゃないですか。0より1、ですよ」


「それもそうか。こっちも選り好みしてる場合じゃないしな」


「今のメイド学科には僕たちしかいませんからね。とにかく興味を持ってくれる人を増やさないと、メイド学科そのものが無くなっちゃいます」


 この際だから白状するが、メイド学科はそこまで人気のある学科ではない。

 現在、受講生は俺と先輩、ユニの3人。助っ人扱いの俺を除けばレギュラーメンバーが2人だけという結構ヤバい状況である。

 元々受講者の少ない学科だが、ここ1年で先輩方がまとめて卒業してしまったのが特に大きな痛手となった。

 さすがに即廃止ということは無いだろうが、新規が全く入らない状況は色々とよろしくない。先輩が詐欺まがいのやり方に手を出したのもこれが理由だったりする。


「今さらだけど、あのまま流れで講義を受けさせても良かったんじゃないか? 説明を聞くだけじゃなくて実際にやってみた方が学科の魅力が伝わると思うんだけど」


「そうしたいのは山々なんですけど、強引な勧誘は禁止されてますから」


「えっ? 俺の時は無理矢理連行されたような気がするんだけど?」


「ソ、ソウタさんは特別ですから!」


「うれしくない特別だ……」


 一方、俺を連行した主犯はちょうど1年生の見送りを終えたところだった。

 先輩は終始しめやかな様子で玄関口にたたずんでいたが、それも最後の一人がいなくなるまでのことだ。

 全員の姿が見えなくなった瞬間、彼女はその場でくるりと反転。

 ふわりとひらめくロングスカート。風にたなびく桃色の髪。

 そうしてこちらを振り向いた先輩は、お茶目な仕草で指を立て、不敵な笑みを浮かべていた。


「ふふふ、いかがでございましょう? わたくしの手に掛かればお可愛らしい雛鳥(ひなどり)たちを手玉に取ることなど造作もありませんわ」


「騙すんじゃなくて正攻法でアピールしてくださいよ」


「ですが嘘から始まる恋もあると申します。ひとまずの取っ掛かりにはなりましたので、理想と現実のギャップはおいおい埋めていけばよろしいかと」


「価値観が完全にアウトローなんだよなぁ……」


 悪役のようにほくそ笑む先輩を前に、俺とユニは複雑な表情を浮かべていた。


「そう心配なさらないでください。わたくしはあくまできっかけを与えて差し上げただけ。無理強いするつもりなど毛頭ございません」


「俺は無理強いされたんですけど……」


「ソウタ様は押せば入科()れるタイプだと判断いたしましたので。口では嫌がっていても体は正直、というやつでございます」


「ヤクザメイドめ……」


 俺の非難をすまし顔で受け流す先輩。彼女は視線を横に移すと、その先にいるユニに合図を送った。


「そろそろ通常業務に戻りましょうか。ユニ、本日のタスクは?」


 問われたユニは慣れた手つきでメモ帳を開き、


「ええと、学生寮の掃除と教職員の洗濯物は午前中に終わらせてありますから……今のところは何もありませんね」


魔物使い(テイマー)学科から依頼が来ていたはずですが……」


第二厩舎(だいにきゅうしゃ)のやつですね。もしかしたら説明会が長引くかもと思ったので、エサの搬入は昨日のうちに済ませておきました」


「よろしい。それでは次の仕事が入るまで休憩としましょう」


 言うなり姿勢を崩し、椅子の上で猫のように伸びをする先輩。

 先輩は自他共に認めるパーフェクトメイドだが、そんな彼女でもプレゼンは緊張するらしい。目をぎゅっと閉じて両手を伸ばす先輩の姿はいつもより少し幼く見えた。


「……? あの、わたくしをじっと見つめていらっしゃるようですが……どうかなさいましたか?」


「いや、珍しいものを見たなと思って」


 俺が笑ってそう言うと、先輩もすぐに笑顔を返し、


「銀貨2枚でございます」


「容赦ないですね……」


「淑女の艶姿(えんし)値千金(あたいせんきん)と申しますので」


「だったらこんなところで艶姿(えんし)を振り撒かないでください。避けようが無いじゃないですか」


「投資する権利を差し上げたまでです。このミスティア、殿方に決して損はさせません」


 「ね?」とでも言いたげにウインクする先輩。愛嬌のある女性って得だなとつくづく思う俺であった。

 まだ少し肌寒さの残る北国の春。暖炉の残り火に当たりながら依頼人の訪れを待つ俺たち。

 ここで言う依頼人とは、メイド学科が行っている家事代行サービスの利用者だ。家事を生業とするメイドにとっては貴重な学びの機会であると同時に小遣い稼ぎの場でもある。

 学園側から仕事を委託されることもあれば、生徒が直接依頼しに来ることもある。

 たいていの場合は洗濯か掃除の代行。ダンジョン探索用に弁当を作ってほしいという依頼もそこそこ多い。

 だが、時にはいかにも冒険者らしい依頼が舞い込んでくることもある。


「……あ、さっそく誰か来たみたいですよ」


 呼び鈴の音が響き渡ると同時、ユニがいち早く顔を上げた。


「はーい、今行きます!」


 はきはきとした声で返事をするユニ。しかし、彼がそう言い終わらないうちに向こうから扉が開いた。

 現れたのは背の高い青年だった。

 歳は先輩より少し上だろうか。顔立ちは整っているが、目つきは鋭く、少し不愛想な雰囲気を漂わせていた。

 青年は玄関から一歩も入ることなく俺たちを観察していた。

 敵意は無いが、かといって好意的でもない。どちらかというと、こちらを値踏みしているような印象だった。

 ユニが応対に向かうと、青年は一枚の紙を手渡しながら抑揚のない声で言った。


「依頼内容はダンジョン探索の補助。出発は明日の朝。こちらのパーティーは2名。探索期間は2~3日を予定している。詳細は依頼書を参照してくれ」


 ぶっきらぼうだが非常に簡潔な内容だった。機嫌が悪いというより、単純に無駄話をしないタイプなのかもしれない。

 探索の補助、というのは要するに同行依頼だ。

 難度の高いダンジョンに向かう際、パーティーの負担を軽減するためにメイドを雇う冒険学部生は少なくない。彼もその一人なのだろう。

 こちらが依頼書を受け取ったことを確認すると、青年は早々にその場を立ち去ろうとする。その背中に先輩が慌てて声をかけた。


「お待ちください。確認のため、学年とお名前を口頭でお伝えいただくことになっております」


 青年はぴたりと停止し、こちらに顔だけを向けると、


「4年生のダリルだ」


 それだけ言い残すと、彼は校舎の方へと消えていった。


「……いったい何だったんだ?」


「さあ……」


 奇妙な来訪者に面食らう俺とユニ。

 先輩はユニから奪い取った依頼書に素早く目を走らせていたが、やがて「ふむ」と(ひと)りごち、


「どのような方であれ、助けを求める冒険者に手を差し伸べるのがメイドの使命でございます」


「じゃあ、受けるんですか?」


 言ってから、この質問は無意味だなと思った。

 冒険メイドの主人は他でもない冒険者なのだ。(あるじ)の頼みを断る従者など、いるわけがない。

 案の定、彼女はにこりとほほ笑むことで俺への返答とした。


「わたくしはこれから食材の調達に向かいます。ソウタ様は探索の準備を。ユニは学園に待機して他の依頼に対応するように」


「了解です、先輩」


「お二人の留守は任せてください!」


 先輩の号令の下、俺たちはさっそく行動を開始する。

 正直、面倒なことになりそうな予感はあった。

 依頼人は一癖も二癖もありそうな人物だし、ダンジョン探索にトラブルは付き物だ。冒険学部に入ってから1年経つが、何事もなく探索を終えられた経験なんてほとんど無い。

 だが、どうということはない。

 冒険学部は個性を重んじる。ゆえに癖の無い生徒など存在せず、トラブルの絶える日も無い。

 つまりはこれが、俺たちの日常なのだ。



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