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第19話 大丈夫。メイドさんの攻略本だよ。

 ボダッハ討伐を終えてギルドに凱旋(がいせん)した研修生ご一行様は、卑劣な罠によって塗炭(とたん)の苦しみを味わっていた。


「はい、再提出です」


「はあ!? ふざけんな! これで三度目じゃねえか!」


「そう言われましても……規定の要件を満たしておりませんので」


 受付ロビーには阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。

 腕自慢の男たちに先刻のような覇気は無い。彼らは眉間にしわを寄せながら、死人のような目で机と向き合っていた。

 こだまするのは怨嗟(えんさ)の叫び。そして再提出を告げる職員たちの無慈悲な声だ。

 順風満帆に見えたクエストのゴール直前に現れた最大最強最後の壁。それは、


「報告書、かぁ。その発想は無かったなぁ……」


 そう、ギルドに提出するクエストの達成報告書である。

 何だそんなことか、と思ったあなたはこいつの大変さを分かってない。冒険者ギルドの報告書は、適当に空欄を埋めれば受理されるような代物(しろもの)ではないのだ。

 魔物のパラダイスであるクリシュカにおいて、城壁の外を自由に動き回れるのは力あるものだけだ。一般市民は護衛なくして町の外に出ることはできないし、ダンジョン探索なんてもってのほかである。

 よって、人々が国内の状況を把握するためには冒険者の持ち帰った情報が必要不可欠となる。そこで報告書の出番というわけだ。

 記載すべき項目は多岐に渡る。

 何月何日、どのダンジョンにどんな魔物が現れたのか。どこの町でどのような事件が起きたのか。

 町の物価は? 道中で誰と出会った? 当時の天気は?

 情報はギルドによって吸い上げられ、バラバラに分断されたクリシュカの地を結ぶ巨大なネットワークとなる。クリシュカという国が今もなお国家として機能しているのはそうした尽力あってのものなのだ。


「大事なことだって分かってるんだけど、やっぱりめんどくさいよなぁ」


 俺だって、できることなら書きたくない。ダンジョンから疲労困憊で帰ってきて最初にやることがデスクワークだなんて、あまりにも理不尽だ。

 とはいえ書かない限り報酬はもらえないし、時間が経てば経つほど記憶はあいまいになっていく。襲い来る眠気に耐えながら必死で筆を動かした経験は一度や二度では無い。

 そのうえ俺はメイド学科だ。ものぐさなクラスメートと一緒にクエストをやろうものなら、


「そういやお前、メイド学科を受講してたよな。じゃ俺寝っから後頼むわ」


 だの、


「まさか、パーティーの体調に責任を持つべき人がレディに過重労働を要求したりしないわよね? 徹夜はお肌の大敵なの」


 だのと言いくるめられて、結局俺一人で……ううっ、なんか無性に悲しくなってきた。

 とにかくそういうこともあって、俺は研修生たちをおいそれと馬鹿にすることができなかったりする。

 情けない男と言わば言え。書類仕事は、つらいのだ。


「報告書の作成は冒険者の基本業務です。手を抜くことなく、一字一句丁寧に書いてくださいね」


 そう呼び掛けるディケットさんの声はどこか弾んでいた。

 報酬増やせと大騒ぎしていた連中に仕返しできたのがそんなに嬉しいか。気持ちは分かるが。


「ディケットさんは最初からこうなることが分かってたんですか? ……いや、むしろこれが研修の目的だった? 新人冒険者の鼻っ柱を折るために?」


 俺がたずねると、ディケットさんはわずかに口角を上げた。


「彼らは優秀な戦士ですが、優秀な戦士と優秀な冒険者は似て非なるものです。ですから、我々はまず初めに彼らの目を覚ましてやる必要がありました」


 ディケットさんの視線が研修生たちに注がれる。

 もう職員をカカシと見下す者なんて誰もいやしない。職員の指導に耳を傾ける彼らの姿は、魔物を相手にしていた時よりずっと真剣だった。


「一般的に、冒険者の仕事は非常に単純なものだと思われています。力さえあればいい、結果さえ出せれば問題無い……それも一つの真実ですが、それだけで冒険者は務まりません」


「務まらない? どうしてですか?」


「冒険者は人と関わる仕事だからです」


 ディケットさんは"人"という部分に強めのアクセントを置いた。


「冒険者はクエストをこなし、魔物と戦います。では、なぜ彼らはそうするのでしょう? 金? 名声? ならばそれらを生み出すものは? 我々はなぜ冒険者を称えるのでしょう?」


「それは……冒険者が人の役に立っているから?」


 あ、そういうことか。

 俺は目からウロコが落ちたような気分だった。


「冒険者は冒険者だけじゃ成り立たない。彼らを頼り、彼らを応援する人々がいることで初めて意味を持つ。だから本当に必要なのは強い人じゃなくて──」


「ご自身が社会の一員であるという自覚を持つお方、ということでございます」


 最後の最後でミスティア先輩がかっさらっていった。この人はいつもそういうことをする。

 先輩はいたずらっぽく笑うと、スカートをはためかせて俺の前に(おど)り出た。繰り出されるのは一つの問いだ。


「それではここで質問タイムでございます。冒険学部のカリキュラムになぜ語学の勉強が含まれているのでしょう?」


 今日一日俺を悩ませ続けてきた疑問。その答えはまさに目の前にあった。


「人と関わる時に必要だから。もう少し詳しく言うと、情報を正確に伝えたり、誤解や食い違いによるトラブルを防ぐためです」


 自信を持って答えると、正解を知らせるように軽い音が弾けた。

 見れば、先輩が小さなクラッカーを鳴らしていた。この人は何でも持ってるなぁ……。


「満点の回答ですね。やはり冒険学部の生徒さんは見込みがある」


 クラッカーの紙吹雪を払いながらディケットさんが言う。

 いや何か、本当にすみません。先輩は調子に乗ると周りが見えなくなるので……。


「言語とは、ただ読み書きできればいいというものではありません。適切な言葉を適切なタイミングで使わなければ、それは正しく相手に伝わらない。言葉一つで真逆の印象を与えることさえあります」


「正しい情報を共有できなくなったらダンジョンの攻略なんて絶対にできませんからね」


 俺は誘蛾鉱区(ゆうがこうく)のトロールを思い出す。

 あの時の俺たちが適当に報告書を書いていたら、トロールに不意打ちされて命を落とす者が続出していたことだろう。

 誤解を招くような表現。慣用句の誤用。たどたどしい文章。もしくは、情報を受け取る側の知識不足。

 小さな歪みがいくつも積み重なり、最終的に大きな事故を引き起こす。そうなってからでは遅いのだ。


「もちろん報告書だけの話ではありませんよ。我々がこうしてコミュニケーションを取る際にも言語は欠かせません」


 ディケットさんの言葉は俺たちだけに向けたものではない。多くの研修生が手を止め、彼の話を傾聴していた。


「時には依頼人と直接顔を合わせることもあります。気弱な方もいれば気難しい方もいるでしょう。そんな時、自分の言葉がつたないばかりに相手の機嫌を損ねてしまうかもしれません。それは誰にとっても不幸なことです」


 何人かが決まりの悪そうな顔をする。

 彼らが歩んできた道のりは千差万別だが、その多くは何かしらの事情で社会のレールから外れた者たちだ。色々と思うところもあるのだろう。


「こういった話を口で伝えることは簡単ですが、それでは相手の心に届きません。新人の皆さんにより実感を伴った教訓を、ということで、このような機会を(もう)けさせていただきました」


「つまり、あのクエストは持ち上げてから落とすための前振りでしかなかったんですね……」


「痛みと恥は最高の教師ですから」


「なんてスパルタな価値観なんだ……」


 とぼけた顔をしているが、この人もれっきとしたギルドのエージェントということか。こういった考え方もまた、今の俺に足りないものの一つだ。

 ロビーを見渡してみたが、新たに報告書を提出しようとする者は少なかった。

 一度打ちのめされたことで慎重になっているのだろう。筆の進みは遅く、一通り書き終えた者も推敲(すいこう)に余念が無い。

 これは長丁場になりそうだなと俺が思っていると、見慣れた人影が受付に向かって歩いていくのが見えた。

 エクレールさんだ。

 彼女は無言で報告書を突き出すと、そのままの姿勢で奥の壁を見つめていた。

 口元を固く結び、判決を待つ被告さながらに合否を待つエクレールさん。この人もこんな顔をすることがあるのか。

 考えてみれば、俺はエクレールさんのことをほとんど知らない。

 あるいは彼女も、表に出していない様々な過去を抱えているのだろうか。だとしたら勝手な先入観で相手を見るのは危険だ。

 報告書を受け取った職員は目を皿のようにして確認作業を済ませると、やや抑えがちな声で言った。


「はい、たしかに受理しました。記載された内容にも問題はありません。ですが……」


 その先を言いあぐねるように口を閉じる職員。

 問題ないと言いつつ、なぜか問題があるような口ぶりだった。

 その態度を不思議に思った俺はくだんの報告書に目を落とし、あっと声を上げた。


「これは……」


 なるほど。あの職員がコメントに窮するのも納得だ。

 報告書としての体は成している。記録は詳細だし、言葉遣いも正確だ。

 傭兵団でそれなりの地位に就いていただけあって、この手の内勤業務にもある程度慣れているのだろう。

 ただ……


「気を遣わなくていいさ。はっきり言いなよ。ヘタクソだって」


 吐き捨てるようにつぶやくエクレールさん。

 彼女の字はお世辞にも美しいとは言えなかった。筆跡は乱暴でトゲトゲしく、まるで小さなくさびを組み合わせたようだ。

 どんなに字が下手な人でも、普通の書き方をすればこんな形にはならない。異世界人である俺が言うんだから間違いない。

 7歳から戦場に出ていたと聞いた時に気付くべきだった。

 この人は誰にも教わることなく、見よう見真似で文字を覚えるしかなかったのだ。


「お里が知れるってのはこういうことかもね。ほんっと腹立たしい」


「エクレールさん……」


「同情は要らないよ。余計(みじ)めな気分になる。いっそ笑われた方がマシだ」


「笑いませんよ」


「やめなって言ってるだろ!」


 ぴしゃりと言い放つエクレールさん。俺がなおも言葉を重ねようとした瞬間、


「いいえ。わたくしどもは決してあなた様を笑いません」


 先輩がエクレールさんの前に立った。

 確固たる意志を感じさせる瞳。エクレールさんが気圧されたように息を飲んだ。


「エクレール様、あなた様はギルドがなぜ此度(こたび)の研修を開催したのか分かっていらっしゃるのですか?」


 機先を制するように問いを投げる先輩。エクレールさんは鼻息荒く、


「獣のしつけと同じさ。私らの鼻を明かして上下関係をはっきりさせたかったんだろう」


「違います。皆様と対等なビジネスパートナーになるためです」


「笑わせるんじゃないよ。せっかく捕えた家畜の縄を解く馬鹿がどこにいるのさ」


「おそれながら、わたくしどもは家畜風情に手間暇をかけるほど酔狂ではございません。一方が一方を飼い馴らす関係ではなく、共に利益と責任を分かち合える人材をわたくしどもは求めているのです」


 喉に物を詰まらせたように沈黙するエクレールさん。

 思ってもみなかった返答に動揺しているのだろう。対等という概念は、厳格な力関係によって成立する傭兵の世界には無いものだ。

 だがそれが冒険者だ。冒険者は自由であり、自由こそが彼らの原動力なのだ。


「ギルドがその気になれば、冒険者の全てを管理し、忠実な手駒とすることは可能でしょう。ですが心無き駒にクリシュカは救えません。わたくしどもに必要なのは己の意思で考え、決断できる"人"なのです」


 ですから、と続け、


「わたくしどもは"できない人"を笑いません。捨て置くこともいたしません。全力でお助けし、激励し、成長を期待し──いつか友として並び立つ日を、心待ちにするばかりでございます」


 しめやかに言葉を結ぶ先輩。

 いつの間にか、この場にいるすべての者が2人を見つめていた。

 ディケットさんも、他の職員も、エクレールさんの部下も、それ以外の研修生まで。

 彼女を笑う者は一人もいなかった。

 笑えるはずが無い。そこにいるのはかつての自分、あるいはもしもの自分に他ならないのだから。

 言葉を失い、途方に暮れたように立ち尽くすエクレールさん。

 そんな彼女に対して、先輩はある物を差し出した。

 それは手のひらサイズの小冊子だった。ワインレッドの表紙にはギルドの印章が添えられている。


「これは?」


「ギルドの手続き全般や文書作成のセオリー等、新人冒険者が押さえておくべき情報をまとめた『冒険者ギルド必携ガイドブック』でございます。僭越(せんえつ)ながら、わたくしも監修として参加させていただきました」


「それを、私に?」


「巻末には正しい文字の書き方も掲載しております。諸々の事情で満足な教育を受けられない方もいらっしゃるかと思いましたので、念のために盛り込ませていただきました」


「…………」


「よろしければ、お受け取りいただけますか?」


 先輩は一歩も動かず、冊子を持った両手を伸ばし続けている。

 エクレールさんはこれを(ほどこ)しだと感じるだろうか? それとも駆け引き?

 だが俺は信じていた。

 先輩の言葉はきっと届くはずだと。


「……ざまあないね。この国に来てから調子が狂いっぱなしだ」


 疲れたように首を振るエクレールさん。再び顔を上げた彼女は苦笑いを浮かべていた。


「だけど、ちょうどいい機会かもしれないね。私はもう傭兵じゃないんだ。過去のプライドなんて邪魔なものはかなぐり捨てて、もう一度ゼロから始めてみるのも悪くない」


「歓迎いたします。ようこそ冒険者ギルドへ」


 彼女が冊子を受け取ると、先輩はにっこりとほほ笑んだ。場の空気が一気に和らいでいく。

 伝えるべきことは全て伝えたと思ったのだろう。ディケットさんが目くばせすると、職員たちが全員に冊子を配り始めた。

 頼れる相棒を得た研修生たちは順調に報告書を書き進めていく。その瞳に未来への希望をたたえながら。

 それを見た俺は理解した。この時をもって、冒険者ギルドの新人研修は真の意味で終わりを迎えたのだと。


「なお、中級者のためのステップアップ教材といたしまして『冒険者ギルドコンプリートガイド』『冒険者ギルド解体新書』『冒険者ギルドウルティマニア』『冒険者ギルドで働き尽くす本』等がございます。定価は銀貨2枚となっておりますので、ご興味がおありの方はぜひお近くの職員にお声掛けくださいませ」


「先輩!? このタイミングで急に商売っ気を出さないでください!」


「お得なサブスクリプションにご加入いただければ定期購読もできますよ! 今ならキャンペーン中で初月無料です!」


「ディケットさんもやめてください! せっかくいい雰囲気で終われそうだったのに!」


「やめません! これが私の仕事なんです!」


 汚い大人が大声で宣伝を始めたせいで研修生たちがまた騒ぎ始める。

 彼らも慣れない書類仕事で相当フラストレーションが溜まっていたのだろう。「うるせえぞ馬鹿」「引っ込んでろ」等の罵声が飛び交うロビーから急いで逃げ出すと、俺はげんなりしたようにため息をついた。

 もう知らん。この後どうなろうが俺には関係無い。そっちで勝手にやってくれ。

 そんなことより、俺にはまだやるべきことが残っている。

 俺がここに来た本来の目的。この一件で得た知識を最大限に活用して、リラ先生の失われた誇りを取り戻すのだ。



 翌日。語学の授業は喧々諤々(けんけんがくがく)の大混乱に陥っていた。


「はい、それでは3行目の文章『幸いなるかな、王冠を(いただ)くラクロームは3つの赤子に過ぎぬ』ですが、これはコカトリスのトサカを2枚要求しているという意味です」


「分かるわけねーだろボケッ! 何の暗号文だよ!」


「はぁ~……察しが悪いですねえ」


 大声で抗議する生徒に対し、哀れみに満ちた目を向けるリラ先生。いつになく態度のデカい先生に生徒たちは困惑気味だった。

 前回とは全く違う授業形式。黒板にはびっしり書かれた謎の詩文。

 ぱっと見舞台演劇の台本にしか見えないが……実はこれ、クエストの依頼文なのだ。


「皆さんも知っての通り、叙事詩(じょじし)において暴君ラクロームはコカトリスの尻尾という隠語で示されます。このシーンでは貴族たちが幼いラクロームから王位を簒奪(さんだつ)しようとしていますから、コカトリスのトサカに関するクエストであることは明白です」


「知っての通りって……そんなの聞いたこともないよ!」


「そんなことはありません! これは前史時代の叙事詩を読み解く際の基本事項です! 先週の授業でちゃーんと説明しました!」


 いつもなら生徒の圧に押し負けるリラ先生だが今日は一味違った。不平不満の大合唱を受けても毅然(きぜん)とした態度を崩さない。


「百歩譲ってそうだとしても、トサカが2枚はおかしいですよ! 3歳なんだから3枚に決まってます!」


「文章をちゃんと見てください。これは旧字体で書かれた文章ですから、当時の慣例に(なら)って数え年で表記されているんです。つまりこの時のラクロームはまだ2歳だったということです」


「まるっきり屁理屈じゃねーか! だいたい、そんな引っかけ問題みたいな依頼が存在するわけねーだろ!」


「いいえ、あります。これは過去に冒険者ギルドが受理した依頼をそのまま引用したものなんです」


「はぁっ!?」


 信じがたい一言にどよめく生徒たち。

 だがこれは事実だ。何しろそれを先生に教えたのは俺なのだから。

 基本的に、クエストの依頼文は分かりやすい文言のものが多い。冒険者が依頼内容を誤解すれば関係者全員が被害をこうむるのだから、当然といえば当然である。

 が、どの業界にも金と暇を持て余した奇人変人は存在するわけで。

 一部の金持ちや知識人は、わざと分かりにくい依頼文を作成することで冒険者をからかうのだ。

 わらべ歌になぞらえた依頼もあれば、辞書にしか載っていないような専門用語を羅列した依頼もある。中には冒険者を騙して違約金をせしめることを目的とした悪質なものまで。

 これらの依頼はギルドにとっても悩みの種であり、申請段階で弾かれることがほとんどなのだが……たまにチェックを抜けてくるやつがある。

 俺はそうした"地雷案件"を書類にまとめ、リラ先生にこっそり渡したのだ。

 で、結果がこれだ。

 学園側の検閲を受けた依頼だけを経験してきた冒険学部生にとって、目の前の怪文書は非常にセンセーショナルなものだった。

 語学に関する深い教養が無ければまともにクエストすら受けられない──その恐怖と焦燥感が彼らを突き動かしていた。おかげで今日の授業は居眠りゼロだ。

 ただまあ……卒業した俺たちがこの手の依頼に出くわす確率はほとんど無いと思う。

 実際、数年に一件とかだし。そういう意味ではみんなを騙していると言えなくもない。

 だが、リラ先生は真実より実利を優先したようだ。さすが語学担当というべきか、巧妙に虚実織り交ぜながら生徒たちの関心を煽っていく。


「貴族の中には自らの権威を誇示するためにあえて難しい言葉遣いや回りくどい表現をする方がいらっしゃいます。そうした人々が分かりやすい文章を書くことは滅多にありません。つまり──高額なクエストは総じて難解な依頼文とセットになっているんです!」


 とんでもない極論だが、それはそれとして効果はてきめんだった。

 高額、という言葉が出てきた瞬間、生徒たちの目の色が変わった。なんて現金な奴らなんだ。


「ちなみに、このクエストの報酬は金貨5000枚でした!」


 ダメ押しの一言でどよめきは加速する。補足しておくと、金貨が5000枚あれば町はずれにそこそこ大きな家が建つ。

 後はもう、リラ先生の独壇場だった。


「というわけで、今後は心を入れ替えて語学の勉強に勤しみましょう! 怠けているといつまで経っても大金持ちになれませんよー!」


 大はしゃぎで黒板をバンバン叩くリラ先生。そして、一攫千金を夢見て目を輝かせる生徒たち。

 大筋では間違ってない。あながち嘘ではない。解釈によっては事実と言えなくもない。それはたしかにそうなんだけど。


「これだけ盛り上がっちゃうと、バレた後が怖いよなぁ……」


 という俺のつぶやきをかき消すように、リラ先生の高笑いがいつまでも響いていた。





 ──以上をメイド学科の活動報告として提出する


 神聖歴1522年4月9日

 ソウタ=マツユキ

 ミスティア=ファルクーレ


 【担当者から一言】

 リラ先生からお菓子の差し入れをいただいたわ。

 なんでも王室御用達の高級店で買ったものだそうよ。

 リラ先生にしてはずいぶんと奮発したみたいだけど……いったい何があったのかしら?


 メイド学科担当教師 ポピー=ハミルトン



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