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第18話 メイドさん、外来魚を駆逐する

 クリーク川はクリシュカ東部を流れる一大河川である。

 この川は多くの町で貴重な水源として利用されており、無論ピオネールの町やヴィエッタ学園も例外ではない。

 そんなところに魔物が住み着いたとなれば、人々はおちおち水をくむこともできなくなる。魔物が水路を通って町に入り込んだら一大事だ。

 冒険者ギルドにボダッハ討伐の依頼が舞い込んだのはある意味当然のなりゆきだった。


「魔物の討伐を開始する前に、注意事項等を確認させていただきます」


 春の暖かな日差しの下、眼鏡の事務員……ディケットさんの声が響き渡る。

 背後には豊かな水をたたえたクリーク川。川幅は広いが、水深は足がつく程度に浅い。

 俺たちは河原に入る手前で一旦足を止め、話が終わるのを待った。


「討伐目標はボダッハです。依頼書にイラストが記載してあったかと思いますが……ええと、あれですね。はい、あちらに見えているのが全てそうです」


 そう言うと、ディケットさんは川のあちこちに存在する黒っぽい岩のような(かたまり)を順々に指し示した。

 よく見るとそれは魔物の群れだった。鋭いヒレを備えたカサゴのような頭が、潜望鏡のように水面から突き出ているのだ。

 数は少なく見積もっても100以上。奴らは落ち着きなく頭を動かしながら、新たな獲物を待ち構えていた。


「俺たち、こんな川の水を飲んでたのかよ……」


 ディケットさんの説明が続く中、誰かがぽつりとつぶやいた。他の者たちも神妙にうなずきを返す。

 これは市民生活を揺るがす危機だ。ボダッハがクリーク川に存在する限り、俺たちは毎日こいつらの出汁(だし)で顔を洗わなきゃいけない。

 それは、絶対に、嫌だ。

 体に害があるかどうかの問題ではない。生理的に無理なのだ。

 どうやら俺も含めた全員が同じ感想を抱いていたらしく、研修生の顔つきには未だかつてない熱意が見て取れた。


「……とまあ、長々と語らせていただきましたが、やるべきことはいたってシンプルです。皆さんにも分かりやすい言い方をさせていただくと──」


 と、ディケットさんがそこまで言った時だ。

 川岸近くの水面が急に激しく波打ったかと思うと、大きな何かが飛び出してきた。ボダッハだ。

 体長は3メートル超。水かきのついた4つの足をバタつかせ、すさまじい勢いで地上を走ってくる。がちがちと嚙み鳴らされる口には無数の牙が生えていた。

 ……足? 魚の魔物って言ってなかったっけ?

 話が違う。どこからどう見ても魚人じゃないか。

 横目でミスティア先輩を見やると、彼女はそっぽを向きながら口笛を吹いていた。くそっ、また(かつ)がれた。

 そんな俺の動揺を知ってか知らずか、陸に上がったボダッハは研修生そっちのけで俺の方に突撃してきた。

 包み隠さず本音を言わせてもらうと、かなりキモい。

 姿もキモいし動きもキモい。とはいえいくらキモくても、なさねばならぬ時はある。

 俺がひとまずディケットさんに指示を仰ごうとした、その瞬間。


「見つけ次第ぶっ殺せ、だろ?」


 鞭打つような鋭い音がしたかと思うと、怪獣じみたボダッハの頭が弾けるように吹き飛んだ。

 音の出所に目を向けると、エクレールさんがいた。大型のボウガンを片手で構え、小粋に顔を傾けている。


「え……ええ。その通りです」


 あっけにとられたディケットさんがやっとのことで答えると、


「だったら話は終わりだ。長いこと突っ立ってるもんだからいい加減肩が凝っちまったよ。あんたらもそうだろう?」


 ボウガンのストックで自らの肩を叩く。返答は男たちの勇猛な雄たけびだった。

 ディケットさんの号令を待たず、武器を構えて河原になだれ込む研修生たち。そんなこんなで討伐作戦が開始された。



 一時間ほどが経過した。

 研修生たちの戦いぶりは、その荒っぽい見た目に反して堅実そのものだった。

 基本は釣りだ。飛び道具や魔術で水中にいるボダッハを刺激し、河原に上がってきたところを複数人で叩く。決して水には近づかない。

 意気揚々と川に飛び込む者が何人か出るだろうと思っていただけに、この展開は意外だった。

 くわえて実力も申し分無い。どの研修生も危なげなくボダッハを撃破しており、周囲との連携も上々だ。

 皆、過去に何かしらの戦闘経験を積んでいたのだろう。冒険者としては新米でも、戦士としては間違いなく一流なのだ。

 職員たちも余計な口出しはせず、彼らの好きなように戦わせている。少なくとも戦闘に関しては100点満点、ということか。


「おーい、こっちで一匹仕留めたぞ。早く持ってってくれ」


「はーい!」


 で、俺の仕事はというと、死骸集めである。

 依頼内容はたしかにボダッハの掃討だけだが、その目的は水源の安全を確保することだ。

 ボダッハの血が混ざった川の水なんて飲みたくないし、死骸を放置すれば他の魔物が集まってくるかもしれない。

 なので、倒したボダッハはギルド側が即回収。後でまとめて処分するとのことだ。

 ギルドなりのアフターサービスというやつだろうが、丸投げされたこっちは一苦労だ。俺はのほほんと談笑する職員をしり目に生臭いボダッハを引きずっていった。


「先輩、また一匹追加です」


 俺は河原から上がると、少し離れた場所にいる先輩に向けて手を振った。

 先輩は川沿いの街道で荷車の番をしていた。

 荷台の上にはすでに山盛りのボダッハが積み上げられており、ちょっとした弾みでこぼれてしまいそうだ。

 見ようによっては漁港の水揚げ現場に見えなくもない。奴らに手足さえ生えていなければ、だが。


「ソウタ様、お疲れ様でございます。そちらは3つ目の荷車に積み込んでくださいませ」


「了解……っと!」


 木製の荷台が重みで大きく揺れる。

 ぎし、と嫌な音が聞こえてきて一瞬ヒヤリとしたが、荷車はかろうじて耐えていた。根性のあるやつだ。

 俺は汚れた手をタオルで拭うと、高々とそそり立つボダッハ山を仰ぎ見た。


「まずいですね。もう全部満杯ですよ」


「だからといって置いていくわけにはまいりません。もう少し詰めてみましょう」


「何匹かこの場で処分した方が良くないですか? ちょっとヌメヌメしてますけど、ある程度乾けば焼却できると思います」


「ですが、焼くにしてもまずはワタ抜きをいたしませんと」


 うん? 今なんて言った?


「ああ、細かく切らないと燃えにくいって話ですか。そんなことしなくても炎の魔術を使える人に頼めば大丈夫ですよ」


「それでは火加減が調節できません」


「……先輩、さっきから何の話をしてるんですか?」


「調理方法ですが」


 俺は先輩の顔を見て、濁った目を天に向けるボダッハを見て、不気味なウロコに覆われた手足を見て、それからもう一度先輩を見た。


「先輩、このボダッハは最終的にどうなるんですか? 処分するんですよね?」


 俺は沸き起こる恐怖を抑えながら、平静を装った声で言った。先輩はこともなげに、


「ええ。ピオネールの市場に払い下げる予定となっております」


 これだからクリシュカ人ってやつは! 肉が付いてりゃなんでも食べていいと思ってるのか!

 と怒鳴りたい衝動をこらえ、諭すような口調で先輩に告げる。


「ボダッハは食べられませんよ。っていうか、どう見たって食べられる見た目をしてないじゃないですか」


「ですが、魚です」


「地球じゃ4本足で動き回る生き物を魚とは言わないんですよ」


「それはびっくり仰天カルチャーギャップでございます」


 両手を頬に当てて「オーマイガー」みたいな顔をする先輩。俺は異世界人との絶対的な価値観の差をひしひしと感じていた。

 くらくらする頭を押さえながら河原の方に目を向けると、ちょうど一匹のボダッハがこちらに近づいてくるところだった。


「珍しいな。水場からこんなに離れるなんて」


「弔い合戦に来たのでしょうか?」


「そこまで頭は良くないと思いますけど……」


 あるいは運よく研修生から逃げおおせたところなのかもしれない。どこか作為めいたものを感じたが、深く考えるより先に体が動いていた。

 俺はポケットをまさぐり、河原で拾った平たい石を取り出した。

 あとは十分引き付けて、奴が飛び掛かろうとした瞬間に投げつけるだけだ。

 そして、距離を詰めたボダッハの前足が鋭く地面を蹴った時。


「それっ」


 我ながらジャストなタイミングだ。不用意に頭を上げたボダッハは、顔面ど真ん中に石の直撃を受けてしまった。

 仰向けにひっくり返り、痛みに手足をばたつかせるボダッハ。俺はすかさず追撃を……と思ったところでかすかな風切り音がした。

 ぴたりと足を止める俺。

 その直後、ボダッハの胴体に綺麗な風穴が空いた。ボウガン用の極太の矢が、奴の胸部を周囲の肉ごと(えぐ)り取ったのだ。


「ありがとうございます、エクレールさん。助かりました」


 やっぱりこの人だったか。俺は軽く頭を下げると、ボダッハを誘導したであろう犯人に礼を言った。

 エクレールさんはボダッハの死骸からつまらなさそうに視線を外すと、肉食獣じみた笑みをちらつかせた。


「どんな反応をするのか見せてもらおうと思ってたんだけど……予想以上だね。まさか石ころだけで魔物を倒しちまうなんて」


「倒したというか、ひっくり返しただけですよ。とどめを刺したのはエクレールさんじゃないですか」


「同じことだよ。戦場でしりもちついたら、地獄までまっしぐらさ」


 言うなり、荷車に背中を預けるエクレールさん。持ち場を放棄してサボり始める彼女に先輩が不思議そうな目を向けた。


「クエストはよろしいのですか? 怠けていると評価を下げられる恐れがございます」


「外野の評価なんて知ったこっちゃないね。今はそんなものより優先すべきことがある」


「それは何でございましょう?」


「もちろん、あんたらさ」


 切れ長の目に好奇の火が灯る。


「メイド学科、ねえ。ずいぶんとユニークな活動をしてるらしいじゃないか」


「どこでそれを? ……っていうか、学生だって知ってたんですか?」


「口が堅いのは死人だけさ。覚えておくんだね」


 まさかと思ってあたりを見ると、少し離れたところでディケットさんが手を合わせていた。あの人、口を滑らせたな。


「安心しな。その程度であんたらに対する評価が変わるわけじゃない。むしろその若さでギルドに見込まれてることの方が驚きだね」


「よく知らないんですけど、俺たちってそんなに期待されてるんですか?」


「さもなきゃここに来てないだろう?」


 案の定というか何というか、俺たち2人はエクレールさんにロックオンされてしまったようだ。あれだけ目立てば当然か。

 悪意あってのものではないのだろうが、彼女のそれが純粋な好意かというとちょっと違う気がする。例えるなら音の出るおもちゃを見つけた子供に近い。


「それはそうと……あんたら卒業した後はどうするつもりだい? もちろん冒険者になるんだろうけど、具体的にどのクランに入るのかもう決めてるのかい?」


「クランって何ですか?」


「ん? ああ、悪い。こっちの業界じゃそういう言葉は使わないんだね」


 エクレールさんは頭の中を整理するように目を閉じると、適切な言葉を選ぶように言った。


「つまり、傭兵団みたいな組織のことさ。大勢を雇い入れて、全員が統一された指揮の下で動く。一人で活動するよりそっちの方が効率的に稼げるだろう?」


「わたくしの知る限りそのようなものはございません。数人でパーティーを組むことは珍しくありませんが、軍隊のような組織行動は冒険者の苦手とする分野ですから」


「冒険者は少数行動が基本ですからね。それに、頭数が必要なクエストは今回みたいにギルドが音頭を取ってくれますし」


「そっか……だったら冒険者ギルドそのものがでっかいクランと言えなくもないのか。ややこしいね」


 じれったそうに顔をしかめるエクレールさん。しかしすぐに気を取り直して、


「ま、それならそれで構わない。要するに私と組まないかって言いたいのさ」


「ストレートに来ましたね」


搦手(からめて)で外堀を埋めてほしかったのかい?」


「いえまったく」


 俺が慌てて首を振ると、エクレールさんは意地悪そうに笑った。しまった、藪蛇(やぶへび)だったか?

 だがそれは杞憂だったようだ。エクレールさんはひとしきり笑った後、急に真面目な顔で言った。


「ソウタ、あんたの実力はよく分かってる。ギルドで見せた駆け引きは見事なものだった。さっきの動きを見る限り、戦闘だってそこそこできる方なんだろ?」


「そうですね。俺は戦闘系の学科も受講してるので」


「だったらちょうどいいじゃないか。私らは戦いのプロだ。1年あればあんたを最高の戦士にしてやれる」


「出会ってから半日も経ってないのに、ずいぶんと高く買ってくれますね」


「才能はダイヤと同じさ。見る者が見れば真贋(しんがん)なんて一目で分かる」


「買いかぶりすぎだと思いますけど」


「私の眼は確かだよ」


 エクレールさんが次に話を向けたのは先輩だった。


「ミスティア、あんたも中々素質がありそうだ。うちで働けばそこらの男どもより100倍は強くなれるよ」


「そうおっしゃられましても、わたくしはメイドですから」


「前に出るのは性に合わないかい? もったいないと思うけどね」


「申し訳ございません」


「いいさ。こっちも無理強いするつもりは無い」


 さばさばした口調で言うと、エクレールさんは河原に向かって歩き出した。さすがにこれ以上サボるのはまずいと思ったのだろう。

 とはいえ、もう少し食い下がると思っていただけに拍子抜けした気分だった。案外ただの思い付きだったのかもしれない。


「何も今日明日決めろって話じゃない。あんたらが卒業して、その時に気が向いたら改めて連絡してくれればいい」


「気の長い話だなぁ」


「若いうちからつば付けておいた方が長く楽しめるだろ? 早業のエクレールは手を出すのも速いのさ」


 エクレールさんは一度だけ振り返ると、妖艶な仕草でこちらに舌を見せた。

 抜き身の剣のような、どこか危険な魅力を感じさせる美しさだった。

 彼女は俺を駆け引き上手だと褒めたが、それはきっと社交辞令だ。

 相手を手玉に取る技術はあちらの方がずっと上。あんな表情を見せられたら、たいていの男は尻尾を振って彼女の後をついていくだろう。

 ただ、俺はもっと綺麗な人を知っているのでそれほど心が揺さぶられることは無かった。目が肥えているとこういう時に助かる。

 来客は帰路につき、いっときの静寂があたりを包む。

 聞こえるのは風が草を撫でる音。河原の喧騒もここには届かない。

 先輩は近くの岩に腰掛け、物思いに(ふけ)っていた。俺も何とはなしに隣に座る。

 先に口を開いたのは先輩だった。


「以前から気になっていたのですが……ソウタ様はご自身のお力を小さく見積もりすぎではありませんか?」


「そうですか? 俺としては適正な自己評価を下してるつもりなんですけど」


「いいえ」


 はっきりとした否定。普段から飄々(ひょうひょう)としている先輩らしからぬ態度だった。


「わたくしはソウタ様を弱いと思ったことは一度もございません。それどころか、一流と呼ばれる方々と比べても決して引けを取らないとまで考えております。これはひいき目などではなく、メイドとしての客観的な評価です」


「そ、それはありがとうございます」


「にもかかわらず、ソウタ様はいつもご自分が青二才であるかのように振舞われます。なぜそこまでご自分を卑下なさるのですか?」


「それは……」


 こちらを問い詰める先輩は心配そうな顔をしていた。

 自覚は無かったが、俺はそこまで自信なさげに見えていたのだろうか。気遣わしげな視線を向ける先輩を見て、ちくりと胸が痛んだ。

 誤解の無いように言っておくが、俺は今の自分が弱いとは思っていない。

 冒険学部での日々は俺を確実に成長させていた。地球にいた頃よりもずっと。

 今ではそこら辺の魔物に襲われても負ける気はしないし、それは人間が相手でも同じだ。最強冒険者決定戦なんてものがあれば、優勝はできないまでも、そこそこの成績を収めることはできるだろう。

 だが……俺に言わせれば、そんなものには何の意味もないのだ。

 だから俺は先輩の問いに対してこう答えた。


「……それは、強さだけが冒険者の価値じゃないからです」


 ダリル先輩と本気で戦えば、俺はかなりいい勝負ができるかもしれない。

 だが魔物の知識はどうだろう? ダリル先輩が魔物の二手三手先を見通す中、俺は未知の魔物相手に苦戦しているかもしれない。

 ジェイクさんの動きは素早いが、小柄で軽装だ。落ち着いて対処すれば、思いのほか簡単に倒すことができるかもしれない。

 だが盗みの腕はどうだろう? ジェイクさんがクエストアイテムをこっそり横取りした場合、俺は盗まれたことにすら気付かないだろう。


「冒険者は戦うだけが仕事じゃありません。俺たちに求められてるのは単純な腕っぷしじゃなくて、目の前のありとあらゆる状況を打開するための力です。それは逃げ足の速さかもしれないし、美味しいご飯のレシピかもしれないし、おべっかの上手さかもしれない。もちろんメイド学科の活動だって」


 多種多様な魔物が生息するクリシュカの地。奥へ進むにつれその姿をがらりと変えるダンジョン。

 冒険者を待ち受ける苦難は無数に存在する。そして、それらすべてに力だけで対処するのは不可能に近い。


「強さなんて、数あるパラメータの一つでしかないんです。他にも知識とか経験とか、生き抜くために必要なものはたくさんあって……俺にはそれが無い。全然足りてない。だから俺はまだまだ未熟者なんです」


 こればかりは一朝一夕で手に入るものではない。長い人生をかけて、少しずつ積み上げていくしかないのだ。

 それまではずっと半人前。厳しい話だが、えてして仕事とはそういうものである。


「だいたい、力だけでダンジョンが攻略できるなら最初から冒険者なんて必要無いんですよ。それこそ闘技場のチャンピオンとか、世界最強の騎士に全部任せればいいじゃないですか」


「"金拍車(エプロンドール)の騎士"のような?」


「いやだからその人誰なんですか」


「ご安心くださいませ。わたくしも存じ上げません」


「じゃあなんで引き合いに出したんですか……?」


(おり)しも、わたくしの心がソウタ様の困り顔を欲しておりましたので」


「性格が悪過ぎる……」


 口を押さえてくすくすと笑う先輩。良かった。何とか機嫌を直してくれた。

 俺の身を案じてのことだと分かってはいるが、それでもこの人に暗い顔はしてほしくない。


「……ですが、今のでようやく()に落ちました。ソウタ様がなぜメイド学科の活動に力を注いでいらっしゃるのか」


「はい。俺にとってメイド学科は戦うこと以外の色んなものを学ぶための場所なんです」


 先輩の狡猾な勧誘に屈したのがそもそもの始まりとはいえ、それだけで1年も続けられるほど楽な学科じゃない。

 一見意味が無いような知識でも、意外なところで役に立つかもしれない。他のものと組み合わせれば思わぬ効果を発揮するかもしれない。

 知見を広げる度に、己の中の選択肢は無限に広がっていく。

 だからこそ俺はメイド学科に価値を見出した。この場所にいればきっと俺の知らないたくさんの何かが得られると、そう確信したから。


「まあそんなわけで、他の学科に浮気しつつ美味しいところだけつまみ食いさせてもらってるんですけど……動機が不純すぎますかね?」


「とんでもございません。とても意識高い系の素晴らしいお考えかと存じます」


「もうちょっと別の表現にしてほしいんですけど?」


「でしたらこういう言い方はどうでしょう? ……こうしてあなた様と共に歩めることを誇りに思います、と」


 しっとりとした声。先輩の雰囲気が一段と柔らかくなった気がした。

 その時、気まぐれなつむじ風が俺たちの間を駆け抜けていった。

 それは先輩の長い髪を舞い上げ、俺の腕に強く絡ませる。

 絡んだ髪を丁寧にほどき、手慰みに手櫛(てぐし)をかける。先輩は短く息を吐いた後、静かに目を細めた。


「……あ、向こうも終わったみたいですね」


 河原に目を向けると、ボダッハを串刺しにした男が槍を掲げて高らかに勝利を宣言していた。

 もはやクリーク川にボダッハの姿は無い。クエストは無事完了したのだ。


「先輩、今日もお疲れさまでした。撤収しましょう」


 結局、語学とクエストの関係性は最後まで分からなかったが、後で先輩にでも聞けばいいだろう。いくら先輩でもこれ以上もったいぶるような真似はするまい。

 ズボンの汚れを払いつつ、帰り支度を始める俺。そして先輩は、


「……先輩?」


 違和感に気付いた俺は動きを止めた。

 先輩の様子がおかしい。

 彼女は先ほどから微動だにせず、無邪気に喜ぶ研修生を見つめている。その後ろ姿には何やら不穏なオーラが。

 とてつもなく嫌な予感がした。


「あの、先輩? まだ何かあるんですか?」


 俺は努めて距離を取りながら、おそるおそる先輩の顔を覗き込んだ。

 そして後悔した。


「あらあら、皆様何を勘違いしていらっしゃるのでしょう? ──本当の研修はこれからでございますのに」


 その時の先輩は、過去に類を見ないほど邪悪な表情を浮かべていた。



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