第16話 メイドさん、企業体質を憂う
昼時の食堂は人でごった返していた。
テーブルは満席。カウンターは寿司詰め状態。
あちらこちらで奇声が上がり、厨房の奥からは殺気立った怒鳴り声が飛んでくる。魔物の悲鳴も聞こえたような気がしたがおそらく聞き違いだろう。この学園ではよくあることだ。
「さて、先輩は……って、あれ?」
混雑を避けながら歩いていくと、ある程度進んだところで急に人の波が途切れた。
妙だ。
この先にあるのは冒険者ギルドの受付カウンター。メシ、魔物、クエスト以外の言葉を知らない冒険学部生が餓鬼のように徘徊する危険地帯だ。
だというのに、今日に限ってほとんど人がいない。奥に視線を向けると、その理由はすぐに分かった。
「……営業時間外?」
と書かれた札が吊り下がっており、カウンターには頑丈そうなよろい戸が降ろされていた。掲示板のクエスト依頼書も一つ残らず片付けられている。
そして、人気の無いカウンターの前で向かい合う人影が2つ。ギルドの親父とミスティア先輩だ。なんだかデジャブを感じる絵面だった。
「先輩!」
「……ソウタ様?」
俺が声をかけると先輩は一瞬だけ驚いた顔を見せた。
が、すぐに気を取り直したようだ。控えめに服の裾を持ち上げ、淑女然としたあいさつを返す。
毎度のことながら、あらゆる動作が絵になる人だ。ポピー先生は見栄を張っていると言っていたが、これはもう体に染みついた動きなんじゃないだろうか?
「お、誰かと思えば坊主じゃねえか。お前も例の件で来たのか? それともジェイクの近況でも知りたくなったか?」
「たぶん前者だと思いますけど、一応ジェイクさんの事も聞かせてください」
「まあボチボチってところだな。たった数日で何が変わるわけでもねえが、顔つきはいくらかマシになったらしい」
「なら良かったです」
とりあえず再犯してないことが分かっただけでも安心だ。してないよな? そういうことにしておこう。
「と、それより本題に入りましょう。例の件っていうのは、先輩が請け負ってるクエストのことですよね?」
「ええ、その通りですが……もしや、ソウタ様はわたくしを手伝いに来てくださったのですか?」
「どちらかというと社会見学に近いですね。先輩一人でも大丈夫だけど、俺も行った方が勉強になるからってポピー先生に勧められました」
「わたくしを手伝いに来てくださったのですね?」
「相変わらず話が通じない」
まるで無限ループだ。ゲームでよくある「はい」を選択しない限り話が進まない場面を思い出して、俺は閉口した。
先輩は自分が望む答えを引き出すまでこのやりとりを続けるつもりだろう。それこそ二時間でも三時間でも。
どうせ根負けすることが分かっているので、俺は早々に白旗を挙げた。
「ええそうですよ。先輩を助けに来たんです。俺で力になれることなら何でも言ってください」
「まあ、頼もしいお言葉ですわ。ソウタ様はわたくしを喜ばせる術をすみずみまで熟知していらっしゃるのですね」
先輩はしなを作るように両手を合わせると、わざとらしい作り笑顔を見せた。何とも小憎らしい態度だ。
「おい、漫才は終わったか? 早いとこ話を始めたいんだがな」
「す、すみません」
まるで俺が話を脱線させたような扱いだがこの際我慢しよう。
俺たちは気を取り直して親父の話に耳を傾け──ようと思ったその時だ。
「ふふ」
先輩が俺にほほ笑みかけていた。
先ほどとは打って変わって柔らかい雰囲気。
彼女はこちらの視線に気が付くと、少しはにかんだような表情で、わずかに唇を動かした。
(……はあ、やれやれ)
この時の先輩が何を言っていたのかは、その、秘密だ。
結論から言うと、先輩はとても意地悪で、素直じゃなくて、そのくせたまにとんでもないくらい素直になる女性だということだ。
振り回される方はたまったものじゃないが、もう慣れた。人間諦めが肝心だ。
「まずはクエストの詳細を聞いてもいいですか? ポピー先生は何も教えてくれなかったんですよ」
「何だそりゃ。あの婆さんも適当だな」
「まあ、その辺は色々と事情があるんです」
俺が事の次第を説明すると、2人はすぐに納得したようだ。
語学の知識を要求されるクエスト。そしてリラ先生復権のカギとなるクエスト。
だがしかし、満を持してお出しされた答えに俺は思わず頭をひねった。
「冒険者ギルドで大規模な新人研修をすることになってな。正規の職員だけじゃ監督役が足りねえもんで、お前らメイド学科にお呼びがかかったわけだ」
「ちょっと待ってください。新人研修ってことは、ギルドが新しい冒険者を募集してるんですか?」
「なんだ、意外か? まさかクリシュカの冒険者が全員冒険学部の卒業生だと思ってたのか?」
「さすがにそんなことはないですけど」
クリシュカ国内では多くの冒険者が活動しているが、冒険学部生の占める割合はそれほど多くない。
なぜなら、冒険者を志す者のほとんどはすでにある程度の技能を習得しており、その経験を活かして成り上がっていくからだ。例えば、盗賊という前歴を持つジェイクさんのように。
冒険者というシステム自体が余った労働力の有効活用に端を発しているのだから、当然といえば当然である。一から勉強を始める俺たちの方が特殊なのだ。
ただ、ギルドがここまで積極的に人材を集めているとは思わなかった。
「やっぱり危険な仕事だからなり手が少ないんですか?」
「そういうわけじゃねえが、単純に数が足りねえからな。魔物だらけのこの国じゃ、需要が供給を下回ることは無いだろうよ」
そう言って忌々しげに頭をかく親父。一見豪胆に見えるこの人も、陰で様々な心労を抱えているのだろう。
「そんなわけで今回の研修だ。ギルドのツテを使って大陸中に声をかけてみた結果、嬉しいことに結構な数が集まってきた。まさに命知らずのオールスター。ギルドにしてみりゃこのチャンスを逃す手は無い」
「新人研修の意義は分かりましたけど、それと語学がどう関係するんですか?」
大陸中というからには候補者の多くは外国人なのだろうが、この世界ではほとんどの国で同一の言語が使用されている。言葉が通じないなんてケースはめったに無いはずだが……。
というか、そうなった時に必要なのは外国語の知識であってこの国の言語ではない。やっぱり語学は無力じゃないか。
いぶかしげな目を向ける俺に対し、2人はにやりと一言。
「そのうち分かる」
「どうぞお楽しみに」
変なところで息ぴったりの2人にイラっときたが俺は耐えた。
ニンジンに釣られたロバのような気分だ。行けども行けども答えは得られず、結論はどんどん先延ばしになっていく。
「そうふてくされるなよ坊主。どのみち研修が終われば分かることだ」
親父は手にしていた書類を脇に挟むと、空いた手で近くの勝手口を開けた。
「行くぞ。集合場所はピオネールの町の冒険者ギルドだ」
「えっ、親父さんも行くんですか?」
「お前らと違って裏方だけどな。人手不足は冒険者だけじゃねえってこった」
愚痴っぽい口ぶりで"営業時間外"の札をあごで示す親父。なるほど、だから今日は臨時休業だったのか。
そういえば、ここってワンオペなんだろうか。これまで意識したことは無かったが、親父以外の職員を見た記憶が無いぞ。
「冒険者ギルドってブラックなのかな……」
「ソウタ様、それ以上追及すると消されます」
「消されるのは嫌だなぁ……」
どの世界においても社会の厳しさは変わらない。
俺たちは勤め人の悲哀を感じつつ親父の後を追った。
*
東部都市ピオネールはクリシュカ第二の大都市である。
西には王都。東には多数の鉱山。南に目を向ければ、見通しの良い平野の果てに国境を示す大きな川が流れている。
その恵まれた立地ゆえに古くから交通の要所として栄え、ダンジョン発生以後は貴重な国際交流の窓口としても機能している。
はるばる外国から訪れた新人冒険者がピオネールに集められたのはそういった経緯もあるのだろう。
で、そのピオネールがヴィエッタ学園からどのくらい離れているのかというと……ぶっちゃけ隣同士である。
なんならピオネールを囲む城壁の延長線上に冒険学部の(貧相な)石垣が建っている。何も知らない人が見れば「城壁の拡張工事中かな?」と思うだろう。
なぜ冒険学部を都市の中に作らなかったのか。なぜこのような隔離措置を取ったのか。
入学当初は不思議でならなかったが、結果的に先人たちの判断は正しかったように思う。一部の冒険学部生は魔物より始末に負えないのだから。
「ここがピオネールの冒険者ギルドか……」
中央広場を抜け、石畳の敷かれた緩やかな坂を上り切ったところで俺たちは足を止めた。
この辺りはちょうど市街地と高級住宅街の境界に位置している。右手を見れば、軒の高い集合住宅と庭付きの一戸建てを隔てるように巨大な建物が横たわっていた。
俺と先輩は入口の前で立ち止まり、しばし圧倒されたようにその姿を仰ぐ。
「さすがに大きいなあ……」
「なんだ、来るのは初めてか?」
「わたくしどもは訪れる機会がございませんので」
「そりゃそうか。クエストの手続きは全部俺がやってるんだもんな」
大都市に置かれた支部ということもあって、建物のサイズはちょっとした商業施設に匹敵していた。
ただ、外観はそこまで独特なものではない。余計な装飾を排した白い壁は周囲の景色と完全に溶け込んでいる。
思っていたより地味だな、というのが俺の第一印象だった。正直なところ、もう少し個性的というか厳つい感じを予想していたことは確かだ。
とはいえ、内部はどうだろう?
何といってもここは冒険者のアジトなのだ。それこそ西部劇の酒場よろしくアウトローな世界が広がっていてもおかしくない。
俺が知っているギルド関係者といえば親父だけだ。この人がギルド職員のステレオタイプだと仮定すると、俺の妄想もあながち的外れではなくなってくる。
扉を開けるや否や親父のような強面職員ににらまれ、親父のような飲んだくれに煽られ、親父のような冒険者に喧嘩を吹っ掛けられる……いかん、そんなことを考えていたら中に入るのが怖くなってきた。
「何モタモタしてやがる。さっさと中に入れ」
扉の前で二の足を踏んでいると、親父(本物)が怪訝そうな顔で俺を急き立てた。
「いや、ちょっと心の準備が……」
「あぁ? こんなもんに何の準備が要るんだよ。お貴族様に謁見するわけじゃねえんだぞ」
「ソウタ様、気後れしていらっしゃるのですか?」
「なんでうれしそうなんですか先輩」
「あぁ申し訳ございません、つい顔に出てしまいました。このミスティア一生の不覚でございます」
「顔に出さなきゃいいって話じゃないんだよなぁ……」
アリの巣を水攻めする小学生みたいなはしゃぎぶりだった。この人はきっと天性のサディストに違いない。
「ですが痛いのは初めのうちだけと申します。親愛なるソウタ様におかれましては、未知を恐れず、常に新しい刺激を求めてくださればと愚考する次第でございます」
「つまり俺がビビったり驚いたりする様子を眺めて楽しみたいってことですか」
「滅相もございません」
「舌を出しながら言われても説得力がありませんよ」
「ですが、緊張はほぐれましたでしょう?」
「脱力はしました」
「それは何よりでございます。……というわけで、いざ出陣とまいりましょう!」
言うが早いか、先輩は俺の背中にどーんと体当たりをぶちかました。
「ちょっ……先輩!?」
先輩の手が肩に添えられ、俺の体を押し出していく。
突然のことにバランスを崩した俺は、前のめりの姿勢でじりじりと前に進むしかない。
「いかがなさいますか? このまま女の細腕に負けてしまうのですか? それとも男らしいところを見せてくださるのでしょうか?」
挑発的な声。じゃれつくように体を押し付ける先輩は心底楽しそうだった。
このまま彼女を押し退けることは容易い。だけど、俺はそうしなかった。
「もう……分かりましたよ。行けばいいんでしょ、行けば」
「それでこそソウタ様ですわ」
肩に置かれた手がぎゅっと握られたかと思うと、次の瞬間には俺から離れていた。
まったく、ちょっと躊躇しただけでこれだ。この人が傍にいると気の休まる暇がない。
肩に残ったぬくもりを感じながら、俺は正面にある扉を両手で押し開けた。
「──っ」
一瞬、照明の光に目がくらんだ。
数度のまばたきを経て視界を取り戻した俺は、目の前の景色を見てあれ?とつぶやいた。
掃除の行き届いた広いロビー。高い天井。綺麗に磨かれた窓。
暖色系の魔石ランプがいたるところに吊るされ、カウンターの向こうではパリッとしたスーツ姿の職員が静かに業務をこなしている。
来場者は多いが、酒盛りや喧嘩が行われている様子も無い。まるで銀行か役所にでも迷い込んだような気分だった。
俺はあんぐりと口を開けたまま周囲を見回し、職員のフォーマルないで立ちに目を向け、チリひとつ無い床と艶光りする長椅子に目を向け、
「……綺麗だ」
「い、いけませんわソウタ様っ。そういったお言葉は二人きりの時に……!」
「内装の話ですよ、先輩」
「はあ、存じておりますが」
「この人は本当に……」
先輩にからかわれるのは癪だが、予想していた光景とのギャップに驚いたのは紛れもない事実だ。
ぽかんとした俺の顔がよほど面白かったのか、親父の方も笑いを嚙み殺していた。
「どうした? まるで狐にでも化かされたような顔してるじゃねえか」
「想像と違ったのは確かですね。冒険者ギルドってもっとこう……その」
慎重に言葉を選ぶ俺を見て親父は意地悪そうな笑みを深める。
「構やしねえ。言ってみろ」
「……汚くて、散らかってて、ガラの悪い人たちが大騒ぎしてる感じです」
「ははは! まあそういうところもある。だがクリシュカのギルドは王家がパトロンをやってるからな。そんなんじゃカタギが寄り付かねえってことで、だいぶ前に改装したんだよ」
「イメージ戦略ってやつですか」
「顧客の幅が広がるに越したことはないからな。……おっと、クラシックスタイルをお望みならあっちを見てみな」
「あっち?」
言われるままロビーの右奥に視線を凝らすと、ガラス戸で仕切られた向こう側に広めの空間が見えた。
その場所に存在したのはおおむね俺のイメージ通りの冒険者ギルドだった。無論、客層もそれに準ずる。
「これは……見事な住み分けかと存じます。ですが、いったいどのような魔法を使われたのですか?」
「封じ込め政策の輝かしい成果ってやつだ」
ガラス戸の前、目立つ場所に置かれた立て札にはこう書かれていた。
喫煙コーナー。酒類の提供もこちらで行っております。
「……なるほど」
ナッジ理論を利用した非常にスマートな解決策に俺は舌を巻いた。
それから数分ほど雑談で時間を潰していると、いよいよ研修の開始時刻が迫ってきた。
カウンターの奥がにわかに慌ただしくなる。続いて数人の職員がロビーに出て声を張り上げた。
「まもなくギルド組合員の新人研修を開始します。参加者の皆さんはこちらに集まってください」
呼びかけに反応して、ロビーにいた数人が席を立った。同時に"古き良き冒険者ギルド"の扉が開き、中からいかにもといった感じの男たちが吐き出されていく。
「そろそろだな。じゃあ俺は中に引っ込むから、ここから先は現場の連中に従ってくれ」
どうやら親父は抜けた職員に代わって事務作業をこなすために来たようだ。
ガタイの良い人だが、ああ見えてデスクワークの方が得意なのかもしれない。だからといってワンオペはどうかと思うが。
「監督役って言ってましたけど、具体的に何をすればいいんですか?」
「そこまで堅苦しいものじゃねえ。とにかく上の指示通りに動いて、新人どもが無茶しねえように見張ってるだけでいい」
「……今さらなんですけど、学生の俺たちに監督役を任せていいんですか? 一応、俺たちも立場的には見習い冒険者なわけで」
冒険学部生は学園側が承認したクエストしか受けることができず、探索できるダンジョンにも制限が課されている。
冒険者として活動していることは確かだが、胸を張って有段者ですと名乗れるかというと微妙なところだ。
が、疑問を呈した俺に対する親父の反応は酷く冷たいものだった。
「お前、この期に及んで『ぼくはまだ半人前です』なんてほざくつもりか? まったく、ヘソで茶が沸くぜ」
「そこまで言うつもりはありませんけど、研修生の人たちに舐められないかなって」
「んなもん黙ってりゃバレねえよ」
親父は投げやりに言い捨てると、
「いいか、今の自分を学生だと思うな。最強でイケメンで超天才の英雄様だと思え。そうすりゃ相手の方が勝手に勘違いしてくれる」
「何だか自己啓発みたいになってきましたね……」
「さすがソウタ様! よっ! クリシュカ一!」
「その褒め方はやめてください……」
恥ずかしさに顔を覆う俺の周りで、先輩がクリシュカの小さな国旗をひらひらさせていた。




