表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/25

第14話 被害者はメイドさん

 数時間後。近くの町にたどり着いた俺たちは、空気の抜けた風船のようにへたり込んでいた。


「いやー、久しぶりに全力疾走したら腰が痛いのなんの。やっぱ人間、程々に頑張るのが一番ってことだな!」


 あっけらかんと言い放つジェイクさんに恨めしげな視線を向ける俺たち。皮肉の一つでも言ってやりたい気分だったが、疲れきった体は子供じみた反抗心よりも呼吸を優先した。

 あの後、地底砂漠を脱出した俺たちを待ち受けていたのはトロール軍団との終わりなき逃走劇だった。

 どうやらあの時の戦闘がトロールたちの闘争心に火をつけてしまったらしい。奴らは俺たちを執拗(しつよう)に追い回し、俺たちは必死で逃げ続けた。

 命がけの鬼ごっこはダンジョンを出た後も続いた。

 俺たちはトロールを()くために林を抜け、川を渡り、丘を越え、街道を駆け抜け、最終的に町の中へと逃げ込んだ。木々の向こうに高い城壁が見えてきた時の安心感は筆舌に尽くしがたいものがあった。

 結果的に大量の魔物を守備隊に押し付ける形になってしまったことは本当に申し訳なく思っている。

 ジェイクさんは手間が省けて助かるなどと喜んでいたが、俺と先輩の肝っ玉はそこまで丈夫じゃない。

 「てめえよくもやってくれやがったな」みたいな視線をひしひしと感じながら町の門をくぐり、そのまま道端でダウン。そして今に至る。なんともグダグダな幕切れだった。


「……だけど、それでもやり遂げたんだよな、俺たち」


 落ち着きを取り戻した心に一足遅れて達成感がこみあげてくる。

 俺たちはクエストを成功させたのだ。

 誰一人欠けることなく、一切の妥協を許さず、全力でクエストに挑み、そして勝利した。その事実が何よりうれしかった。

 先輩も同じ気持ちなのだろう。彼女は乱れた髪を丁寧に整えると、疲れた顔をリセットするかのように顔を覆い……そこでようやく笑みを見せた。


「お二人とも、見事な仕事ぶりでした。わたくしもたいへん誇らしゅうございます」


 屈託のない笑顔で声を弾ませる先輩。

 普段の底知れない営業スマイルも悪くはないが、俺としては彼女がたまに見せてくれる素の笑顔の方が好きだった。無論、そんなことを口にすればどんな辱めが待っているか分からないので内緒だが。

 先輩は今日一日を振り返るかのように空を見上げ、ややあってからジェイクさんに問いかけた。


「ジェイク様、わたくしどもは"魔物"を(はら)えましたでしょうか?」


 魔物。

 ジェイクさんの心に巣くっていた存在。そして、おそらくは誰しもが抱えているもの。

 ジェイクさんは下唇に手を当ててしばし熟考。数秒の沈黙を経て、彼なりの答えを導き出した。


「魔物なんて、初めからいなかったんじゃねえかな」


「いなかった……ですか?」


「自分で言うのも変な話だけどな」


 どうやらジェイクさん自身もこの結論に納得していないようだ。彼は憮然(ぶぜん)とした顔で首をひねると、


「おかしいよな。俺ぁずっとビビリ散らかしてたはずなんだ。てめえの全部をさらけ出した時に、くだらねえゴミしか出てこないんじゃないかって。"こんなもんかよ"ってガッカリするのが怖かったんだ。……だけど、どうだよ?」


 眉根を寄せて、苦笑。


「いざやってみたら何て事はねえ。そこには何も無かった。いい物も、悪い物もな」


「?? つまり……どういうことですか?」


「すっかり忘れてたってことだ。今の今までな」


 そう言って、彼は呆れたように両手を広げた。


「まったくもって肩透かしだ。成功だの、失敗だの、才能だの、そんな小難しいことを考えてる暇なんてありゃしねえ。やらなきゃならねえことが山ほどあって、目の前の問題に手いっぱいで、あっちこっち夢中で駆けずり回ってるうちに……気が付いたら全部終わってた」


 馬鹿馬鹿しいといった風に首を振るジェイクさん。しかし、その横顔はどこかさっぱりとしたものを感じさせた。


「駆け出しの頃を思い出したぜ。あの頃は考えなしに突っ走ってばかりで、とても褒められたもんじゃなかったが……それでも後悔はしてなかった。つまるところ、俺みたいな馬鹿にはそういう生き方が似合ってるのかもな」


 杯中蛇影(はいちゅうだえい)。ひとたび疑心が生じれば、人は何でもない物事にさえ魔性を見出してしまう。

 しかしそれはただの見間違いに過ぎない。まばたき一つで消えてしまう、あやふやな幻なのだ。

 ゆえに俺は理解した。ジェイクさんが己にあらがうことを決めた時点で、魔物は滅びていたのだと。


「ともあれ、お前らには礼を言っておかなきゃな。それと、お前らを寄越したどこぞのおせっかい野郎にも」


「お気付きになっていたのですか?」


「逆にバレないと思ってたのかよ……。必死すぎるんだよお前ら」


「あはは……すみません」


「冒険者としてはそこそこやるようだが、詐欺師としては半人前だな。学べよ、若人(わこうど)


 冗談とも本気ともつかないエールを送ると、ジェイクさんは俺の肩を叩いた。たぶんこの人は冒険者の何たるかを誤解していると思う。


「さて、あとはギルドから報酬をいただくだけだが……その前にいっちょ祝勝会と洒落込(しゃれこ)むか」


「飲み食いは後にした方がいいんじゃないですか? あまりゆっくりしてるとギルドが閉まっちゃいますよ」


「そこまで大がかりなものじゃねえよ。今のうちにささやかな戦利品を分かち合おうぜって話だ」


 ジェイクさんは背負っていた荷物を降ろすと、中から小さな紙袋を取り出した。

 袋の中にはどこかで見たような形の洋菓子が詰められていた。その正体に気付いた先輩が驚きの声を上げる。


「これは……ププラン! トロールに食べられたはずでは?」


「他の店で購入した、ってわけじゃないですよね。だとしたらどうやって……?」


 先輩が作ったププランはトロールを誘き寄せるために全部使ってしまった。バスケットごと放り投げた俺が言うんだから間違いない。

 となると、このププランは俺たちがトロールと遭遇する前に持ち出されていたわけで。


「……まさか」


 俺は疑惑の眼差しをジェイクさんに向ける。容疑者は悪びれもせず"戦利品"のププランを口に放り込んでいた。


「ガキの頃から甘いものには目がなくてな。大人しく飯の時間まで待ってても良かったんだが……まあ職業病ってやつだ」


「わたくしからスリ取ったのですか!?」


「細かいことにいちいち目くじら立てるんじゃねえよ。おかげで美味いもんにありつけるんだから言いっこなしだろ?」


「開き直らないでください! っていうか足を洗ったって話はどこに行ったんですか!」


「悪いがその話は無かったことにしてくれや。怪盗グラスホッパーは生涯現役ってことで、ひとつよろしくぅ」


 俺たちはとんでもない犯罪者を目覚めさせてしまったのかもしれない。

 頭を抱える俺のすぐ後ろで、"魔物"がそれ見たことかと笑みを浮かべているような気がした。



「──報告は以上でございます。ジェイク様は無事クエストを完遂し、スランプを脱出なさいました」


「若干余計な事した感はありますけどね……」


 翌日。ヴィエッタ学園に帰ってきた俺たちは、今回のあらましを親父に報告していた。

 親父は終始真剣な面持ちで俺たちの話を聞いていたが、最終的には満足そうな顔で「よし」と言ってくれた。

 なお、ジェイクさんの盗癖についてはノーコメントだった。

 いいのか、この結果をよしとして。いいのか冒険者ギルド。


「いいんだよこの際。あの野郎が冒険者って名前の首輪に繋がれてるうちは、そこまで大それた事件は起こせねえだろ」


「だといいんですけど」


「つくづく心配性だなてめえは……。俺が大丈夫っつったら大丈夫なんだよ。キャリア20年のベテラン様を信じろ」


 親父は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、先輩の手から報告書の束をもぎ取った。これ以上の問答は受け付けんということらしい。

 先輩はそのままの姿勢で虚空に指をさまよわせていたが、ふと思い出したように口を開いた。


「そういえば、ジェイク様から言伝(ことづて)を預かっております。支部長様のおせっかいに感謝を、とのことです」


「あん? 俺に礼を言ったって仕方ねえだろ。こっちはギルドから降りてきたクエストをお前らに回しただけなんだからよ」


「ですが、このクエストの依頼人は支部長様なのでしょう?」


 先輩が笑みで圧をかけると(器用な人だ)、親父は口の中で悪態をついた。


「……なんでそう思った?」


「"お節介が過ぎるから"でございます」


 先輩の視線が怜悧(れいり)な光を帯びる。


「成績不良の冒険者に対する支援というものは、本来ならば直接的な指導や研修を伴ったものになるはずです。ですが、この依頼はあくまでジェイク様の自発的な奮起を(うなが)すような内容となっております」


「たしかに……組織がマニュアル通りにやってる感じはしませんでしたね。むしろ気遣いみたいなものを感じます」


「他の物好きが依頼したのかもしれねえだろ」


「でしたらギルドが発行したなどと噓をつく理由がありません」


「嘘じゃねえさ。俺はギルドの職員なんだから、つまりはギルドの依頼も同然だろ?」


「そこまで意地張らなくてもいいと思うんですけど……」


 ふん、とこちらを一瞥(いちべつ)し、報告書に一枚一枚印を押していく親父。


「……あの野郎は俺が下っ端職員だった頃に見出した男でな。だからってわけじぇねえが、冒険学部(こっち)に転属してからもちょくちょく気にかけてたんだ」


「友達だったんですか?」


「勘違いするなよ坊主。これは友情じゃねえ。ギルド職員としての責任感だ」


 親父は視線を動かさず、黙々と作業を進めている。俺たちは静かに話の続きを待った。


「前にも言ったが、冒険者ギルドは社会に馴染めねえ奴の最後の()り所なんだよ。連中は人間らしいまっとうな生活と居場所を求めてギルドの門を叩く。そんな奴らが夢破れて人知れず腐っていくなんて、あんまりじゃねえか」


「親父さん……」


「だからお前らには感謝してる。この国じゃ冒険者は注目の的だが、冒険者一人一人に目を向けてくれる奴は多くないからな」


 最後の一枚に力強く押印すると、そこで親父は笑みを見せた。


「冒険者のためのメイドか。いいじゃねえか。……これからも期待してるぜ、メイド学科」





 ──以上をメイド学科の活動報告として提出する


 神聖歴1522年4月5日

 ソウタ=マツユキ

 ミスティア=ファルクーレ


 【担当者から一言】

 私たちはいくつになっても転んで覚えるしかないのよ。

 もっとも、私みたいなおばあちゃんは転ばないように杖を使うのだけれど。

 なあに、ずるいって?

 これも大人の知恵よ。文句を言わずに頑張りなさい、私の可愛い杖さんたち。


 メイド学科担当教師 ポピー=ハミルトン


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ