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第11話 メイド・アンド・シーク

 "誘蛾鉱区(ゆうがこうく)"への侵入を果たした俺たちは、土ぼこりが漂う細道を進んでいた。

 自然あふれる"花冠(かかん)の沼地"とは打って変わって殺風景な景色。岩だらけの地面は起伏が激しく、まだら模様の地層には鈍色(にびいろ)の鉱脈が蛇のようにのたうっている。

 その鈍色にわずかな違和感を見つけた俺は、ジェイクさんに小声で呼びかけた。


「右手前方にガルムがいます。数は一匹。鉱脈のそばでキョロキョロしてるやつです」


 灰色の毛皮は一見すると鉱石の色と区別がつかない。ガルムの奇襲を避けるため、俺たちはいつも以上に慎重な姿勢で探索に(のぞ)んでいた。


「少し距離がありますけど……ジェイクさん、いけますか?」


「むしろいい的だな」


 ジェイクさんは気楽に答えると、だらしない仕草で右手を掲げた。


「見てな。さっきみたいに吠え面かかせてやるからよ」


 ジェイクさんの指先にほのかな光が(とも)る。

 それは神秘の顕現を意味する魔術の光。光は赤く瞬き、瞬時に炎の形を得た。

 炎といってもダリル先輩の火球ほど大きなものではない。それこそロウソク程度の小さな(あかり)だ。


「行きな」


 ジェイクさんはにやりと笑うと、手首のスナップを利かせて指を振った。すると灯が指先を離れ、風に吹かれた綿毛のように飛んでいく。

 その歩みは蝸牛(かぎゅう)のように緩慢だが、決して止まることは無い。

 灯はガルムの視界を避けるように大きく迂回し、音も無く背後に忍び寄ると、


「トびな!」


 ()ぜた。

 蛍のような輝きからは想像もつかないほど激しい閃光と音。俺はとっさに顔を背け、先輩は頭を覆うような姿勢でしゃがみこんだ。

 前もって覚悟していた俺たちでさえこうなのだから、不意を突かれたガルムが正気でいられるわけがない。

 ガルムは電気ショックを受けたように跳ね起きたかと思うと、見る間に遠くへ走り去っていく。

 最後に残ったのは、洞窟内にこだましていく残響音だけだ。


「あばよワン公。せいぜいケツに火が点いてないことを祈ってやるぜ」


 ジェイクさんはニヒルに口の端を上げると、魔術を放った指先で鼻の頭をかいた。

 特殊な炎で爆発を起こし、戦わずして魔物を追い払う。これがジェイクさんのやり方だ。

 ジェイクさんは入口にいたガルムにも同じ方法で対処していた。盗賊という経歴から隠密行動を得意とすることは予想していたが、まさか魔術まで習得しているとは思わなかったので、初めて見た時は大層驚いたものだ。


「すごいですね。普通の火球なら何度も見てきましたけど、こんなに器用な使い方をする人は初めて見ました」


「わたくしもです。もしやジェイク様は高名な魔術師に師事していらっしゃったのですか?」


「当たらずとも遠からずだな。頭の固え魔術師なんぞに教えを()う気はさらさらねえが、奴らの書いた魔導書には熱いキッスをしてやってもいい」


 ジェイクさんは歌い手のように手を広げ、


「ああ、わが麗しの故郷、魔術の聖地ヘクセンモーゲンに幸あれかし! あのゴチャゴチャした街並みを丸ごとひっくり返せば、人間が思いつくたいていの魔術は転がり出てくるもんさ」


「ああ……つまりそれが"休眠資産"ってやつですか」


「マヌケな連中だぜ。奴ら、魔術のお勉強は得意だが、それ以外のことがてんでなってねえ」


 当時を思い出すように笑うと、こちらに顔を寄せた。


「いいか? 俺ぁ盗みに入る前に必ず手紙を送るんだ。"おたくの魔導書、たしかに頂戴(ちょうだい)しました"ってな。そしたら連中、血相変えて確かめに行くのよ。額縁の裏、彫像の下、魔法のカギに秘密の言葉、アブラカダブラ開けゴマ。ひひひ、窓の外で誰が見てるかなんてまるで気に留めちゃいねえ」


「……あの、本当に足を洗ったんですよね?」


「お? おー、そりゃ、もちろんさ。今の俺は世のため人のため、魔物と戦う正義の冒険者だからな!」


「ひとまずそういうことにしておきます」


 疑惑は残るが、本件と関わりのない事案についてはひとまず置いておくことにしよう。


「ところで先輩、何をメモしてるんですか?」


「お気になさらず。後学のためでございます」


「そうですか」


 先輩はとても勉強熱心な人だ。なので、これからはカギの隠し場所を変えておこうと思う。

 と、言ってる間にまたガルムだ。小さい奴が一匹だけ、所在なさげにあたりをうろついている。

 ジェイクさんに視線を送ると、すぐさま灯を飛ばして追い払った。もう慣れたものだ。


「……ちょっと気になったんですけど、どうして魔物を倒さないんですか? あれだけ大きな爆発なら、直接当てればガルムくらいなら倒せそうな気もしますけど」


 俺がたずねると、ジェイクさんはすぐに振り返り、一拍置いて口を開いた。


「あー、そりゃ、手負いの獣ほど厄介なものはねえからな。半端に手を出すくらいなら戦いは避けた方がいいだろ?」


「まあ、それもそうですね……」


 少し、今の態度は妙だった。

 たしかに魔物を舐めてかかるのは危険だが、たかがガルム相手にそこまで神経質になる人も珍しい。

 ああ見えてダリル先輩のような性格なのだろうか? まさかの動物好きという可能性も考えられる。

 あるいは。


「ふ~っ♥」


「うわぁっ!」


 気が付くと先輩が耳に息を吹きかけていた。


「うふふ、とても素敵な反応をありがとうございます。やはりソウタ様はリアクション上手ですわ……」


「何するんですか先輩。びっくりするじゃないですか」


「良いタイミングでソウタ様がぼーっとしておりましたので、つい出来心で。可愛いメイドのほほえましいイタズラでございます。どうか広い心でお許しくださいませ☆」


「こんなに心がこもってない謝罪は初めてですよ☆」


 ギャルみたいなポーズを決める先輩に背を向け、前を進むジェイクさんに視線を移した。


「先に言っておきますけど、2回目は本気で怒りますからね」


「存じております。わたくしとて限度は心得ておりますので」


「じゃあなんで俺の耳を凝視してるんですか?」


「いえ、その……」


 先輩は少しもじもじした様子で、


「お耳が汚れていらしたので、のちほどお耳掃除をして差し上げようかなと……」


「……えっと、気持ちはありがたいんですけど、そういうのは自分でやりますから」


 正直に言うと今の態度にはかなりクラッと来たが、俺は鋼の自制心で先輩の提案を拒絶した。

 理由は恥ずかしいからではない。どんなイタズラがセットで来るのか分からないからだ。俺が求めているのはお耳の平穏であってスリルではないのだ。

 しかし、先輩は一度のNOで止まるような物わかりのいいメイドさんではない。彼女は怒ったように眉を立て、


「いいえ、素人がお耳掃除をするとかえって鼓膜を傷つけてしまう恐れがございます。ここは専門家であるメイドにお任せくださいませ」


「じゃあ帰ってからユニに頼みます」


「ですがユニは執事です。殿方のお耳を優しくお慰めして差し上げるのは執事ではなくメイドと相場が決まっております」


「いかがわしい表現をしないでください」


「い、いかがわしくなどありませんっ! そう思うのはソウタ様の御心が汚れていらっしゃるからです!」


「そんなに顔を赤らめないでください! こっちまで恥ずかしくなってくるじゃないですか!」


 俺たちがギャーギャー言い争っている間にジェイクさんは奥の様子を確認に行っていた。

 その足取りは軽いが、靴音は不自然なまでに小さい。(あら)い砂利の上だというのに、まるでふかふかの絨毯(じゅうたん)の上を歩いているかのようだ。

 昔取った杵柄(きねづか)というやつだろうか。隠密学科顔負けのステルス技能に俺は舌を巻くばかりだった。


「また靴紐(くつひも)のことを気にしていらっしゃるのですか?」


 ジェイクさんの足元に視線を向ける俺がよほどおかしく見えたのだろうか。先輩が苦笑を浮かべながら俺の顔を観察していた。


「この前と同じ事故が起きないとは限りませんからね。まあ、それだけじゃありませんけど」


「何が気掛かりなのかお聞かせ願えませんか? お力になれることがあるやもしれません」


 お姉さんぶった態度で話を(うなが)す先輩。俺は言葉を選びながら、


「何というか……意外と順調だなって、そう思っただけです」


「喜ばしいことかと。伝え聞いていた以上にジェイク様が探索慣れしていたのは幸いでございました」


「だけど、それならどうしてクエスト達成率が落ちてたんでしょう?」


「単にものぐさなだけだったのかもしれません。物事を先送りにする性分は簡単に治るものではありませんから」


「それだけならいいんですけど」


「……ソウタ様?」


「可能性の話ですよ。俺の考えすぎかもしれません。……そろそろ行きましょう。このままじゃジェイクさんに置いて行かれます」


 ジェイクさんはさらに下層へと進むトンネルの入り口で俺たちを待っていた。

 緩やかな下り坂。一本道の先にはまたガルムがいた。たった一匹だが、落ち着きなく周囲を見回している。

 ところがジェイクさんは先ほどのように魔術を使わず、シリアスな表情でガルムを見つめていた。


「……やっぱ妙だな」


「あのガルムがどうかしたんですか?」


「さっきも言ったろ。ガルムは群れで行動する。ピンで狩りをするのは群れから追い出された奴だけだ。……だってのに、思い出してみろよ? ここに来るまで見てきたガルム、どいつもこいつもはぐれ狼だったろ? しかも連中、様子がおかしい。よく分からんが浮き足立ってやがる」


「……言われてみれば」


 自覚した途端に寒気がしてきた。

 魔物が少なくてラッキー、などと喜んではいられない。物事には必ず原因がある。そして、その原因が俺たちにとって良いものであるとは限らないのだ。

 俺の経験上、こういう時はロクなことが無い。


「こりゃ、何か匂うぜ。嫌な感じだ。このダンジョンには初めて来るが、ここがいつも通りの状態じゃないことだけは自信を持って言える」

 

「ジェイク様のおっしゃる通りです。ここは今以上に気を引き締めて──」


「うし、じゃあ今日は手仕舞いだな。さっさとズラかるとしますか」


「ジェイク様!?」


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 判断が早過ぎませんか!?」


 あっさりと(きびす)を返すジェイクさんを2人して止める。

 ジェイクさんはめんどくさそうに眉を歪め、


「融通の利かねえやつだな。何も無理して虎の尾を踏むこたあねえだろ」


「それは分かりますけど、まだ何があるのかもはっきりしてない段階じゃないですか。せめて異変の正体を突き止めてからでも」


「安全第一だよ、安全第一。引き返せるうちに引き返すのが探索の基本だぜ?」


「クエストはどうなさるのですか? サボタージュと見なされれば違約金が課せられることもございます」


「必要経費ってやつだな。時には諦める勇気ってのも大人には必要──」


 はたと背後に視線を投げかけるジェイクさん。

 俺たちの会話を聞きつけたのか、さっきのガルムがゆっくりとこちらに近づいていた。位置的に俺たちの姿を見たわけでははいないのだろうが、このままいくと間違いなく鉢合(はちあ)わせする。


「ほれ見ろ。ったく、お前らが騒ぐから手間が増えたじゃねえか」


 やれやれとかぶりを振ったジェイクさんが投げやりに指を振る。

 生じた灯はガルムの死角から回り込み、耳元で盛大な爆発音を響かせた。

 これまでと何一つ変わらない流れ。耳毛を焦がしたガルムが子犬のように泣き叫び、ダンジョンの暗闇へと逃げ去っていく。

 その後ろ姿が、尻尾の先まで完全に闇へと飲まれたその時だった。


「──!!」


 闇の奥から奇妙な音がした。

 それは肉と骨が盛大に砕ける音であり、恐怖に染まったガルムの断末魔を伴っていた。

 皆に注意を呼びかけようとした瞬間、俺の体は岩陰に引きずり込まれていた。先輩もだ。

 見れば、ジェイクさんが険しい目つきで俺たちの腕をつかんでいた。

 呼吸を抑え、石のように身をひそめることしばし。

 10秒ほど経過した頃だろうか。トンネルの奥から重量感のある足音が聞こえてきた。

 大きな影が、闇の奥からゆっくりと姿を現した。

 それはカバのような姿をしていた。

 だが、少なくとも俺の知るカバはあんなに大きくないし、2本の足で歩いたりもしない。岩のようにごつごつした指は、ガルムの折れ曲がった首を乱暴につかんでいた。


「あれは……トロール?」


 魔物学の授業で目にした挿絵を思い出す。硬い皮膚と厚い脂肪、そして尋常ならざる食欲で恐れられる大型の魔獣。

 トロールは目玉をぎょろつかせて獲物を探していたが、やがて興味を失ったのか、今来た道を引き返していった。

 奴の気配が完全に消えた後、俺たちは揃って大きな息を吐いた。


「やっぱりな。嫌な予感ってのは、どうして当たるもんだ」


 岩肌に背中を預けながらジェイクさんがぼやく。

 どうやら、今回の仕事も一筋縄ではいかないようだ。



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