第10話 メイドも方便
クリシュカの人々にとってダンジョンは不倶戴天の敵だが、ダンジョンがもたらすのは必ずしも災いだけではない。
陽光の届かない場所で育つ貴重な薬草。あるいは地中深くに横たわる鉱脈。ダンジョンは魔物の巣であると同時に、類まれなる資源の宝庫でもある。
現在俺たちが向かっているダンジョン──"誘蛾鉱区"も、そうした資源を有するダンジョンのひとつだ。
この"誘蛾鉱区"には貴重な鉱物が大量に埋まっている。その埋蔵量たるや途方もなく、すでに確認されている分だけでも大規模な鉱山に匹敵するとまで言われている。
入口にほど近い上層には比較的質の低い鉄鉱石や銅が。下層に潜ればミスリル銀を始めとする貴金属の鉱脈が壁一面を彩っている。奥に進めば進むほど、高価なものを採掘できるというわけだ。
だからこそ、このダンジョンで命を落とす冒険者は非常に多い。際限の無い欲望が彼らの目をくらませ、正常な判断力を奪ってしまうからだ。
地獄への道はきらびやかな財宝によって舗装されている。引き際を見誤れば、行き着く先は魔物の腹の中だ。
ゆえに、人々はここを"誘蛾鉱区"と名付けることにした。欲深な冒険者が"飛んで火にいる夏の虫"にならぬよう、最大限の戒めを込めて。
「それで、ジェイクって人が受けたクエストの目的は……魔石の採掘? なんだ、めちゃくちゃ浅いところにあるじゃないですか」
親父からもらった資料を読み上げながら、俺は拍子抜けしたようにつぶやいた。
ヴィエッタ学園を出発し、街道を東へ進むこと数時間。山岳沿いに位置する曲がりくねった道を俺たちは歩いていた。
あちこちに見える大きな岩場と、その隙間を埋めるように立ち並ぶ木々。ここから街道を離れて獣道を10分も進めば、"誘蛾鉱区"が見えてくるはずだ。
「こんなにすごい石がそこらじゅうに埋まってるってのも不思議な話ですよね。この世界に来たばかりの頃はもっとレアなものかと思ってましたよ」
言いつつ、俺は資料の挿絵を軽く指で弾いた。
魔石はミーディアムとも呼ばれ、魔術の触媒に欠かせない素材だ。
見た目は水晶に似ており、結晶の内部に魔力を蓄える特殊な性質を持っている。
加工することで魔術の効果を高めたり、果ては魔術そのものを封じ込めることもできるため、その用途は多岐に渡る。
この世界の文明が魔術を中心に発展してきたことを考えれば、魔術の根幹を支える魔石の重要性は計り知れない。
「そこらじゅう、という表現はさすがに大げさですが、金や銀に比べれば産出量の多い鉱物であることは否定いたしません。逆にありふれているからこそ、これほど多くの使い道が研究されてきたのでしょう」
俺の持つ資料を覗き込むようにしてミスティア先輩が言う。
意図して足並みを揃えていたつもりはなかったのだが、先輩は俺の行軍ペースに難なくついてきていた。
こう見えて先輩はなかなかの健脚なのだ。今さらだが、あんなに長いスカートでよくダンジョンの中を走り回れるものだ。
「クリシュカは鉱物資源が豊富な土地柄ですので、地表付近に魔石の鉱脈が存在することはさほどおかしなことではございません。裏庭を半日掘れば魔石か魔物が顔を出す、などと言われることもございます」
「おちおち庭いじりもできないじゃないですか」
「ええ。ですからこの国でガーデニングや家庭菜園をする際は専門家の許可もしくは立ち合いが必須となっております。ソウタ様もご自宅をご購入の際はくれぐれもお気を付けくださいませ」
「はは、皮肉の利いたジョークですね。一瞬真に受けそうになりましたよ」
「えっ?」
「えっ?」
互いに真顔で探り合いを始める俺たち。
気が付けば、"誘蛾鉱区"のかなり近くまで来ていた。地図によると、ちょうど目の前の林を抜けた先に入り口があるようだ。
「ダンジョンまでもうすぐですけど……結局ジェイクさんとは合流できませんでしたね」
ここに来る途中でジェイクさんの自宅をたずねたのだが、その時にはもうジェイクさんはダンジョンに向けて出発していた。
何せ俺たちが親父と話をしたのはついさっきだ。当然ながら、ジェイクさんは俺たちが同行することなど知る由も無い。
つまり、俺たちはまずジェイクさんを探すことから始めないといけないのだ。
ギルド直々の依頼という割にはやけに段取りが悪いような気もするが、今さらあれこれ言ったって仕方ない。引き受けた以上は全力を仕事をこなすのが冒険者だ。
「支部長様のお話によると、ジェイク様は昨日の午後にクエストを受けたばかりのようです。かなり急いで来ましたので、時間的にはそろそろ追いつく頃かと存じます」
「できればダンジョンに入る前に捕まえたかったんですけど……っと、ちょっと待ってください」
一瞬、視界の隅に何かが見えたような気がした。
「ソウタ様、どうなさいました?」
「何かいます」
先輩にその場で待つようにジェスチャーし、茂みの間から向こう側に目を凝らす。
いた。緑色のマントを着た陰気な男が、岩陰でひっそりと体を休めている。のんきな様子で紙タバコをくゆらせながら。
「待ち人来たり、でしょうか? やはり朝ソウタ様にはご利益がございますね」
俺の顔つきで正体を察したのだろう。先輩が無邪気に顔をほころばせた。
「うーん……似顔絵にそっくりだし、あの人がジェイクさんで間違いないと思いますけど……」
「……? 何か問題でも?」
俺はわずかに言いよどんだ後、
「あ~、その、一服してます」
「あらあら」
しばらく観察していると、向こうもこちらに気付いたようだ。ぎょっとした様子でタバコをもみ消し、こちらを警戒するようににらみつけた。
俺は敵意が無いことを知らせるように両手を見せると、ジェイクさんにゆっくりと近づいていった。
「お前ら、なにもんだ? みょうちきりんなカッコだが……お貴族様の使い走りってわけじゃねえよな?」
俺たちの姿──正確にはメイド服を着た不審な女──を見たジェイクさんは露骨に怪しんでいた。先輩には悪いが至極まっとうな反応である。
俺は先輩が余計なジョークで場を混乱させる前にと説明を始めた。
「ええと、俺たちはヴィエッタ学園の生徒です。冒険学部って言った方が分かりやすいですかね?」
「冒険学部? ……ああ、そういや聞いたことがあるな。この国には冒険者になるためにわざわざガッコに通う変わり者がいるってな」
「か、変わり者ですか……」
「そりゃお前、普通の奴は高い金払って魔物をブチのめすお勉強なんざしないだろ? ったく、どうせならもっとためになるものを学べばいいだろうによ」
もったいない、とでも言いたげに首を振るジェイクさん。やはり冒険者の学校というのは外部から見てもヘンテコな存在に見えるようだ。
「ま、いいや。追手じゃないならお前らが何者だって構いやしねえ」
「追手?」
「ああ、まあ……色々あってな」
ジェイクさんは思案したのち、俺たちに自己紹介をした。
「俺はジェイク。グラスホッパーのジェイクだ。昔はヘクセンモーゲンで慎ましく暮らしてたんだが、仕事の最中に下手こいてな。もうあの国にはいられないってんで、せっかくだから心機一転、クリシュカでヒーローになってやろうと思い立ったわけよ」
「その、やらかしたっていうのは……」
「ん? まあ、ちょっとした見解の相違ってやつだ。ごうつく魔術師どもめ、こっちは休眠資産を掘り起こしてやっただけなのにムキになりやがってよ」
「休眠資産? ジェイク様は財務官のようなお仕事に就いていらっしゃったのですか?」
「いやいや、そんなかたっ苦しいもんじゃねえよ。いわゆるボランティアだな」
照れたように笑うと、ジェイクさんはニカっと無邪気に歯を見せた。
「俺ぁよ、貴重な魔導書が窮屈な倉庫の奥で朽ち果てていくのは社会にとって大きな損失だと思うわけ。だからまあ、ほんのすこーしばかり、かわいそうな魔導書ちゃんをお日様の当たる場所に連れ出してやったのさ。囚われの乙女を救い出すのは英雄の役目っていうだろ?」
「そ、そうですね……」
ロマンチックな言い方をしているが、要は高価な専門書を売っ払って荒稼ぎしただけだろう。
親父には悪いが、冒険者ギルドはもっと審査を厳格化した方がいいと思う。これ絶対反省してないやつだ。
「で、お前らは何しに来たんだ? この辺はお毛毛も生え揃ってないヒヨコちゃんがピクニックに来ていい場所じゃねえぞ」
「いや、俺たちはジェイクさんに──」
「実を申しますと、わたくしどもはこの先にある"誘蛾鉱区"に用がございまして」
先輩が俺の話をさえぎるように進み出た。彼女の意図を察した俺は急いで話を合わせる。
「俺たち、学園からの依頼で魔石のサンプルを集めてくることになったんです。でも、このあたりで魔石を採取できるダンジョンはここしかなくて」
「店売りのやつで済ませようとは思わないのか? どうせバレやしねえだろ」
「それでは学びを得る機会を逃してしまいます」
「へっ、学生さんは勤勉だねえ。だが、さすがに今回は考え直したほうがいいと思うぜ。このダンジョンはお前らにゃ荷が重い」
ジェイクさんはあごに手を当てると俺たちに厳しい目線を向ける。その目は明らかに俺たちの実力を疑っていた。
無理もない。俺だって17そこらの少年とメイドさんが丸腰でダンジョンに潜ると言い出したらこんな顔をするだろう。
もっとも、今回に限ればその反応は好都合だったりする。
「あの、差し出がましいこととは存じますが、ジェイク様のお力を貸していただけませんか?」
「ああん?」
意外な提案にジェイクさんが目を丸くする。
「おっしゃる通り、わたくしどもの実力で"誘蛾鉱区"を探索することは難しいと言わざるを得ません。ですので、ジェイク様のようなプロの冒険者が同行してくださればたいへん心強いのですが」
「こんなところで休んでるってことは、ジェイクさんもこれから"誘蛾鉱区"に向かうところなんでしょう? だったら3人で力を合わせた方が効率的じゃないですか?」
「そりゃ、たしかにそうだが。というか、俺も魔石が目当てだしな……」
なぜか言い辛そうにつぶやくジェイクさん。先輩はここぞとばかりに明るい声で、
「それは渡りにメイドでございます。決してご迷惑はおかけいたしませんので、なにとぞわたくしどもをパーティーに加えていただきたく存じます」
「あ、もちろん成功報酬はちゃんと山分けしますよ。ヴィエッタ学園は金払いがいいので期待しててください」
ここで正直に事情を話すのは悪手だ。
ジェイクさんの人となりを見て確信した。「あなたの業績が悪いので仕事ぶりを確かめに来ました」などと言おうものなら、この人は高確率でヘソを曲げる。
金で釣るような形になってしまうのがちょっとアレだが、この際うまくいけば結果オーライだ。
で、そのジェイクさんだが……どうにも反応が悪い。
俺たちの畳みかけるようなセールストークに多少は心を動かされたようだが、それでも彼は首を縦に振ろうとはしなかった。
「はあ……俺だってな、不憫なガキどもを見て知らんぷりを決め込むほど薄情な人間じゃねえ」
ジェイクさんはぐるりと首を回し、
「ただ、アレだ。今日はちょっとばかし気が乗らねえっていうか……良くない兆しがあるっていうか……。とにかく悪いことは言わねえ。ここは諦めて別のダンジョンを当たりな」
「意味が良く分からないんですけど……どういうことですか?」
「具体的に言うとだ。あれを見な」
ジェイクさんが投げやりに自分の背後を指し示す。まばらな木々の先に見えるのは"誘蛾鉱区"の入り口だ。
茶色い岩肌にぽっかりと空いた横穴。そこをふさぐような形で、灰色のオオカミが周囲を油断なく見回していた。
「あれって……ガルムですよね」
「資料の情報とも合致しております。"誘蛾鉱区"の上層にはガルムが住み着いていると記載されておりました」
「ああ。だからやめとけって言ったろ?」
「え? でも……ただのガルムですよ?」
俺たちはジェイクさんの言っていることが理解できなかった。
ガルムというのはクリシュカに生息するオオカミのことだ。魔物との交配によって生まれたこの獣は、一般的な野生動物とは比べ物にならないほど高い身体能力を備えている。
が、それはあくまで普通の犬猫と比べた時の話。
魔物天国のクリシュカにはもっとヤバい魔物が山ほどいるので、ガルムは相対的に影が薄い。一般人ならいざ知らず、現役の冒険者が恐れるような相手ではないのだ。
「あのガルムに何か秘密があるんですか? 見たところ、特におかしな点は見当たりませんけど」
「はー、分かってねえなお前は。いいか、ガルムは群れで動くんだ。一匹だと思って油断してるとあっという間に取り囲まれてお陀仏よ。ガルムが一匹いたら50匹はいると思えって言うだろ?」
「それは知ってますけど、あのガルムの近くには何もいませんよ。むしろチャンスじゃないですか?」
「いやいや、そこが素人のダメなとこなんだわ。冒険者は常に最悪を想定してだな……」
グダグダとゴネ続けるジェイクさんからはひとかけらのやる気も感じられなかった。落ち着きなく動く視線には、とにかく何かしらの理由をつけて探索を切り上げたいという思いがありありと滲んでいた。
……この人、いったい何のためにここまで来たんだ?
とにかく、こんなところでグダっていても埒が明かない。何を躊躇してるのか知らないが、俺たちだって彼をこのまま帰すわけにはいかないのだ。
さてどうやって説得したものかと考えていると、先輩がおもむろに歩き始めた。
「致し方ありません。わたくしが一肌脱ぐといたしましょう」
まるで決闘に挑むかのような面持ちでガルムに近づいていく先輩。その手にあるのは大きなボックス型のバスケットだ。どこから出したのかは知らない。
彼女はガルムに気付かれないギリギリの位置まで来ると、バスケットのフタを開けた。
「おいおい、何しようってんだ一体? 一応忠告しとくが、ガルムってのは素人が小細工でどうにかできるような相手じゃ──」
何の気なしにバスケットを見たジェイクさんが、途端に言葉を失った。
そこに入っていたのは、小さいシュークリームのような焼き菓子だった。
ふんわりと膨らんだ生地の中には淡雪のようなクリームがぎっしりと詰められており、その周囲を色とりどりのジャムやフルーツが飾り立てている。
しかも1つや2つではない。数えきれないほど大量のシュークリームもどきが、大きなバスケットを所狭しと埋め尽くしていた。
まさにお菓子の宝石箱。甘味好きが見れば垂涎必死の光景だ。
そして甘味好きはここにもいたようだ。ジェイクさんは唇をわななかせ、あぜんとした顔でバスケットを見つめていた。
「こりゃあ、ププランじゃねえか……! しかもこれだけの量、王都の店で買ったら金貨がいくらあっても足りねえぞ……」
「ププラン? それがこのお菓子の名前なんですか?」
「左様でございます。ともすれば気が滅入りがちなダンジョン探索のお供にと、腕を振るって作らせていただきました」
「お、おお、そうかよ……。だが、それを……どうするつもりなんだ?」
山盛りのププランに目を奪われ、ごくりと生唾を飲み込むジェイクさん。
その様子を盗み見た先輩は、キツネのようにずる賢い笑みを浮かべた。
しかしそれも一瞬のこと。再び微笑の仮面をかぶり直すと、バスケットを底から持ち上げ、
「このププランで……あのガルムを餌付けいたします!」
「ちょっと待てええええええ!!」
先輩がバスケットをブン投げようとした瞬間、ジェイクさんがつかみかかるようにそれを阻止した。
「てめえこのっ、なんつー馬鹿げた真似をしやがるんだ! 物の価値ってもんを知らねえのか!?」
「止めないでくださいまし! もはや残された道はこれしかございません!」
「落ち着け嬢ちゃん! 早まるんじぇねえ!」
演技過剰に嘘泣きする先輩と、彼女を必死で引き留めようとするジェイクさん。
どこか見覚えのある絵面だと思ったら時代劇だ。先輩が世を儚んで身を投げようとする町娘なら、ジェイクさんは偶然居合わせた三枚目役者か博打うちのおとっつぁんといったところか。
町娘はおとっつぁんが網にかかったことを確認すると泣き真似をやめ、
「魔物とて、腹を満たせば人を襲うことはございません。あのガルムは飢えをしのぐ食べ物を手に入れ、わたくしどもは安全にここを通ることができる。双方が利益を得られる取引かと存じます」
「だからってこんなに値の張るものを食わせるのはもったいねえだろ! だいたい、匂いに惹かれて他の仲間が集まってきたらどうするつもりだ!?」
「そちらも想定済みでございます。ププランは非常に胃もたれしやすいお菓子ですので、これだけあればガルムが何十匹来ようと問題ありません。食事を終えたガルムたちは肉より先に水と胃薬を求めることでしょう」
ぐ、と言葉に詰まるジェイクさん。
こんなに美味しそうなものを魔物ごときに渡したくない。かといって素直に食べたいと言うのはがっついているようで恥ずかしい。ぐらつく瞳の奥で、食欲と男のプライドが激しくせめぎ合っていた。
それを見た先輩はこれ見よがしに振りかぶり、
「ジェイク様にもご納得いただけたようですし、さっそく餌付けを始めさせていただきます。そーれっ」
「もういい! 分かった! あんな犬コロ、この俺様がすぐに追っ払ってやる! だからやめろっつってんだろおおおおおおおお!」
そんなわけで、"誘蛾鉱区"はその名の通り、新たな冒険者を誘い込むことに成功したのだった。
メイド三訓その2:主の胃袋をつかめ




