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冤罪で停学の俺を捨て教師と浮気した元カノへ。今更泣きつかれても、君たちの情事映像を全校生徒に流して社会的に抹殺済みですが何か?  作者: ledled


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7/8

サイドストーリー 『氷の女王が溶けるとき』――孤独な塔に囚われていた私が、復讐の共犯者である彼に心を奪われ、不器用な恋を知るまでの物語

私立神楽坂学園の最上階にある特別室。そこから見下ろす校庭の風景は、いつもミニチュアの箱庭のようにちっぽけで、退屈なものだった。


「……くだらない」


私は手元のタブレットを放り投げ、革張りのソファに深く身を沈めた。

私の名前は天城夜空あまぎ よぞら。この学園の理事長の孫娘であり、生徒たちからは「氷の令嬢」などと呼ばれ、恐れられている存在だ。

容姿、頭脳、家柄。全てを持っていると人は言うけれど、私にあるのは底なしの退屈と、周囲の人間に対する冷めた諦観だけだった。


すり寄ってくるのは、私の「家柄」に媚びを売る教師か、私の「容姿」に目をつけた浅はかな男子生徒ばかり。彼らの瞳の奥にある欲望や計算高さを見るたびに、胸の奥が冷えていくのを感じていた。

この世界は嘘と欺瞞でできている。

誰も私自身を見てはいない。

だから私は、自分だけの「塔」に引きこもり、学園の監視システムを通じて、彼らの滑稽な生態を観察することだけを楽しみにしてきた。


そんな私の灰色の日常に、強烈な色彩が飛び込んできたのは、あの日――弓道部の横領事件が起きた時のことだった。


***


九頭竜咲夜くずりゅう さくや。……彼が犯人?」


報告書を見た瞬間、私は鼻で笑った。

学園のサーバーにアクセスし、裏の情報を握っている私には、真犯人が誰かなど一目瞭然だったからだ。

蛇神錬次。あの爬虫類のような目をした顧問教師。以前から女子生徒への接触が多く、経理の処理も杜撰で怪しいとマークしていた男だ。


九頭竜咲夜という生徒のことは、少しだけ知っていた。

弓道部のデータ管理をしている、地味で目立たない男子生徒。成績は中の上。素行に問題なし。

特筆すべき点のない「モブキャラ」。そう思っていた。


(可哀想に。教師の不正の身代わりなんて。きっと今頃、泣きながら親にすがっているか、絶望して部屋の隅で震えているでしょうね)


興味本位で、私は校門の監視カメラの映像を切り替えた。

そこには、ちょうど学校を追い出され、とぼとぼと歩く彼の姿が映っていた。

だが、彼がふと足を止め、夜空を見上げた瞬間。

モニター越しに目が合ったような錯覚を覚えた。


その目。

絶望に濁った、死んだ魚のような目ではない。

暗く、深く、静かに燃える青白い炎を宿した目。

理不尽な運命を呪いながらも、決して屈服せず、喉笛を食いちぎる機会を虎視眈々と狙う、傷ついた狼の目。


「……ふふっ」


喉の奥から、久しぶりに熱いものがこみ上げてきた。

面白い。

こんなに面白い「目」をする人間が、この退屈な学園にいたなんて。


「いいわ。気に入った。……私が力を貸してあげる」


私はすぐに秘書に連絡し、車の手配を命じた。

これは単なる気まぐれだ。

腐敗した教師を排除するための駒として、彼が使えると判断しただけ。

そう自分に言い聞かせながら、私は鏡の前で髪を整え、少しだけ口角を上げた。


***


「復讐したいんでしょう? 力を貸してあげてもよろしくてよ」


校門の前で彼に声をかけた時、近くで見たその瞳は、モニター越しよりもずっと綺麗だった。

彼は私を警戒していたけれど、私の差し出した手を握り返してきた。

その手は熱く、力強かった。

私の冷たい指先が、彼に触れた瞬間、ジンと痺れるような感覚が走ったのを覚えている。


彼を私の隠れセーフハウスであるマンションに招き入れた時、私は少しだけ緊張していた。

男子生徒を部屋に入れるなんて初めてだったし、ここには私の趣味であるハイスペックなサーバーや機材が詰め込まれている。

「オタクっぽい」と引かれるかもしれない。そんな不安が一瞬よぎった。


けれど、彼は私の機材を見るなり、目を輝かせた。


「すごいな……これ、全部君の?」


その言葉には、お世辞や媚びは一切なかった。純粋な敬意と、同好の士としての親近感。

彼は私の「家柄」ではなく、私が作り上げた「要塞」を見てくれたのだ。


そして、彼の実力もまた、私の想像を遥かに超えていた。

キーボードを叩く指の速さ。論理的な思考。セキュリティホールを見抜く鋭い直感。

私が教えるまでもなく、彼はプロ顔負けのスキルを持っていた。


(……すごい。私と対等に渡り合える人間がいるなんて)


二人でモニターを並べ、夜通しデータを解析する時間は、不思議と心地よかった。

サーバーの排熱音と、キーボードを叩く音だけが響く部屋。

時折、「コーヒー、飲む?」「ありがとう」と言葉を交わす。

それだけのことが、どうしようもなく満たされた時間のように感じられた。


だが、そんな穏やかな空気は、彼が仕掛けたカメラの映像を確認した瞬間に凍りついた。


彼の恋人だった姫川璃々花と、蛇神の密会映像。

彼女が彼を裏切り、嘲笑いながら、あの男に抱かれている姿。

あまりにも残酷な真実。


「う、ぅぷ……っ!」


彼が口元を押さえ、机に突っ伏した時、私は咄嗟に彼に駆け寄っていた。

背中をさすり、冷たいタオルを首筋に当てる。

普段の私なら、他人に触れることなんて絶対にしない。ましてや、吐き気を催している人間に近づくなんてありえない。

でも、この時は体が勝手に動いていた。


彼の震える背中から、言葉にならない悲鳴が聞こえてくるようだった。

信じていたものに裏切られる痛み。

世界が崩れ落ちる音。

それが痛いほど伝わってきて、私の胸まで締め付けられた。


(許せない……)


彼を傷つけたあの女が許せない。

彼を陥れたあの男が許せない。

私の「共犯者」を、ここまでコケにした連中を、絶対に許さない。


「……よく見たわね」


私は彼に声をかけた。

同情はいらない。彼は狼だ。ここで慰めて牙を折ってはいけない。

彼に必要なのは、共に怒り、共に戦うための武器を渡すことだ。


「殺意に近い復讐心、か。……いいわよ。その目、ゾクゾクするわ」


顔を上げた彼の瞳には、以前よりも冷たく、鋭い光が宿っていた。

その強さに、私は思わず見惚れてしまった。

傷つきながらも立ち上がり、戦おうとするその姿は、どんな宝石よりも美しかったから。


***


文化祭当日。

私たちは放送室をジャックし、断罪のショーを開始した。

私の役割は、システムを掌握し、教師たちの介入を阻むこと。

彼の役割は、真実を突きつけ、彼らを地獄へ叩き落とすこと。


阿吽の呼吸だった。

言葉を交わさなくても、お互いの次の行動が分かった。

まるで一つの生き物になったような一体感。


スクリーンに映し出される蛇神と璃々花の醜態。

慌てふためく教師たち。

掌を返す生徒たち。


モニター越しに見るその光景は、最高のエンターテイメントだった。

でも、それ以上に私の心を震わせたのは、隣にいる咲夜の横顔だった。

彼はマイクを握り、冷静に、淡々と、しかし確実な言葉で彼らを追い詰めていく。

迷いはない。慈悲もない。

ただ純粋な正義の執行者として、彼はそこに立っていた。


「……ああ。すっきりしたよ」


全てが終わり、ヘッドセットを外した彼が、小さく息を吐いた。

その表情には、憑き物が落ちたような安堵と、少しの寂しさが混じっていた。

私は思わず拍手をした。


「ブラボー。最高のショーだったわ、咲夜」


彼を守りたかった。

復讐を終えて空っぽになりそうな彼の心を、私が埋めてあげたいと思った。

いつの間にか、私の中で彼は「面白い観察対象」から、「なくてはならないパートナー」へと変わっていたのだ。


放送室に教師たちが雪崩れ込んできた時、私は悠然と紅茶を啜ってみせた。

「私の彼に指一本触れさせない」

言葉にはしなかったけれど、全身でそう威圧した。

彼は私が守る。誰にも文句は言わせない。

それが、私の新しい「退屈しのぎ」……いいえ、生きる意味になった。


***


グラウンドでの最後の幕切れ。

璃々花が彼にすがりつく姿を見て、私はどす黒い嫉妬と、激しい嫌悪感を覚えた。

なんて浅ましい女。

自分から彼を捨てたくせに。彼の価値に気づかなかったくせに。

今さら「愛してる」なんて、よくもぬけぬけと言えたものだ。


「……触るな」


咲夜が彼女を拒絶した時、心の中で快哉を叫んだ。

そうだ。お前に彼はもったいない。

彼はもう、私だけのものなのだから。


彼が彼女を振り切り、私の元へ戻ってくる。

隣に並んで歩き出した時、彼の手が私の手に触れたような気がした。

実際には触れていないけれど、私たちの間には、誰にも断ち切れない見えない糸が繋がっていると確信できた。


***


騒動が落ち着き、彼が名誉を回復した後。

学園は平和を取り戻した。いや、以前よりもずっと風通しが良くなった。

腐敗した教師たちは一掃され、いじめに関与した生徒たちも消えた。

祖父である理事長は、咲夜のことを大層気に入ったようで、「将来は私の右腕に」なんて冗談交じりに言っている。


放課後の屋上。

そこは、私たち二人だけの秘密の場所になった。

夕日が校舎をオレンジ色に染める中、フェンス越しに並んで街を見下ろす。


「遅かったじゃない」


私はわざと不機嫌そうに言った。

彼を待っていた時間を悟られないように。本当は、授業が終わってからずっと、彼が来るのを心待ちにしていたなんて、口が裂けても言えない。


「悪い、ちょっと担任と話しててさ」


彼は申し訳なさそうに頭をかいた。

その無防備な仕草も、私だけに向けられる柔らかい笑顔も、全てが愛おしい。

かつての「氷の女王」はもういない。ここにいるのは、ただの恋する一人の少女だ。


「ねえ、咲夜。私との契約、まだ覚えてる?」


私は勇気を出して切り出した。

復讐という共通の目的がなくなった今、私たちが一緒にいる理由はなくなってしまったのかもしれない。

そんな不安が、胸の奥で渦巻いていた。

もし彼が「もう用済みだ」と言ったらどうしよう。またあの孤独な塔に戻るのは嫌だ。


「契約? ……復讐を手伝う代わりに、俺のITスキルを貸すってやつ?」

「そう。復讐は終わったけれど……契約終了にするつもり?」


声が震えないように必死だった。

彼は少し驚いた顔をして、それから真剣な眼差しで私に向き直った。

そして、私の手をそっと取った。


「契約終了なんて言わせないよ。……俺は、これからも君の隣にいたい」


ドクン、と心臓が跳ねた。

期待していた以上の言葉。


「最初は利害関係だけだったかもしれない。でも、今は違う。俺は、夜空のことが好きだ」


好きだ。

その言葉が、私の頭の中で反響する。

耳が熱い。顔が火が出るほど赤いのが自分でも分かる。

ああ、もう、格好がつかない。クールな令嬢を演じていたのに、台無しだ。


「……な、生意気ね。私を守るなんて、百年早いわよ」


照れ隠しで、精一杯の憎まれ口を叩く。

でも、口元が緩んでしまうのを抑えられない。


「でも……あなたがそう望むなら、特別に許可してあげる。私の隣に立つ権利を、あなたにだけあげるわ」


私は彼の手を強く握り返した。

この手を、もう二度と離さない。

彼が私を孤独から救い出してくれたように、私も彼を支え続ける。

どんな理不尽な敵が現れても、二人なら怖くない。

だって、私たちは最強の「共犯者」なのだから。


「ありがとう、お嬢様」

「もう、その呼び方はやめてってば」


私たちは顔を見合わせ、笑い合った。

西日に照らされた彼の笑顔は、今まで見た中で一番優しくて、温かかった。


これが、私の初恋。

少し歪で、過激で、でも最高に幸せな物語の始まり。

ねえ、咲夜。

私の硝子の靴は砕けない。あなたが隣にいてくれる限り、私は自分の足で、どこまでも歩いていけるから。

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