表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冤罪で停学の俺を捨て教師と浮気した元カノへ。今更泣きつかれても、君たちの情事映像を全校生徒に流して社会的に抹殺済みですが何か?  作者: ledled


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/8

第二話 『堕ちた偶像』――停学中の俺を嘲笑うクラスメイトと、顧問の腕の中で喘ぐ彼女の裏切り映像

カーテンの隙間から差し込む朝の光が、これほど疎ましいと感じたことはなかった。

俺、九頭竜咲夜の「自宅謹慎」生活は、まるで深海に沈められたような息苦しさの中で始まった。


学校からは「事実関係の調査中」という名目で登校を禁じられているが、実質的には退学へのカウントダウンだ。

両親は共働きで、朝早くから家を出ている。母は「咲夜を信じてる」と言ってくれたが、父は「火のない所に煙は立たない」と苦渋の表情を浮かべていた。家庭内の空気は重く、澱んでいる。


ピロン、とスマホが通知音を立てる。

見るべきではないと分かっていても、指が勝手に画面をタップしてしまう。


『犯罪者がのうのうと生きてて草』

『弓道部の恥さらし』

『早く退学しろよ、目障りだ』


クラスのグループLINE、そして学校の裏掲示板。そこは俺への罵詈雑言で埋め尽くされていた。

匿名という鎧をまとった彼らの悪意は、ブレーキが壊れたダンプカーのように暴走している。昨日までは「おはよう」と挨拶を交わしていたクラスメイトたちが、掌を返して石を投げてくる。


さらに、嫌がらせはネットの中だけではなかった。

昨日の深夜、家の外壁にスプレーで『泥棒』と落書きされた。

今朝は、ポストの中に大量のゴミと、切り刻まれた俺の写真が詰め込まれていた。


「……くだらない」


俺はスマホをベッドに放り投げた。

怒りがないわけではない。だが、今の俺の心の大半を占めているのは、空虚な喪失感だった。


璃々花。

彼女の笑顔が、脳裏に焼き付いて離れない。

『咲夜くん、大好き』

そう言って抱きついてきた彼女の体温、柔らかさ、甘い香り。それらすべてが嘘だったのか。

いや、嘘であってほしくないという未練が、俺の判断力を鈍らせていた。もしかしたら、彼女は蛇神に脅されているだけではないか? 本当は助けを求めているのではないか?


そんな甘い幻想を抱いていた俺のスマホが、再び震えた。

表示された名前は『天城夜空』。昨夜、無理やり連絡先を交換させられた、あの「氷の令嬢」からだ。


『迎えの車を行かせたわ。裏口から出てらっしゃい。十分後よ』


一方的な命令。だが、今の俺には渡りに船だった。

この閉塞した空間にこれ以上いたら、気が狂ってしまうかもしれない。

俺はパーカーのフードを目深に被り、両親に見つからないよう静かに裏口から外へ出た。


そこには、住宅街には不釣り合いな高級黒塗りセダンが停まっていた。

後部座席の窓が音もなく開き、中から夜空が手招きをする。


「乗って。ここは空気が悪いわ」


車内に滑り込むと、高級な革の匂いがした。

車は音もなく走り出し、風景が流れていく。俺は窓の外を見つめながら、ポツリと漏らした。


「……どこへ行くんだ」

「私の隠れセーフハウス。学園の連中の目も、あなたの両親の目も届かない場所よ」


夜空は足を組み、タブレットを操作しながら答える。その横顔は冷ややかだが、どこか楽しげでもあった。


「九頭竜咲夜。あなたの『武器』、使う準備はできているかしら?」

「……ああ。データを取りに行く」


俺の答えに、彼女は満足そうに口角を上げた。


車が到着したのは、都心を見下ろす高層タワーマンションだった。

オートロックを顔パスで通過し、最上階へ。通された部屋は、生活感が皆無なほど広く、そして洗練されていた。

リビングの中央には、最新鋭のサーバーラックと、マルチモニターが鎮座しているデスクが置かれている。


「すごいな……これ、全部君の?」

「趣味よ。それに、祖父の――理事長の裏の仕事を手伝うこともあるから、設備は最高級のものを揃えているわ」


夜空は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、俺に放った。


「さあ、始めましょうか。あなたが弓道場に仕掛けたという『罠』の中身、見せてもらうわよ」


俺はゴクリと唾を飲み込み、デスクの前のゲーミングチェアに座った。

指先が震える。ここにあるキーボードを叩けば、真実が見える。それは、俺が見たくない現実かもしれない。

それでも、知らなければならない。


俺は慣れた手つきでVPNを構築し、学校のネットワークのセキュリティホールを潜り抜ける。

俺が弓道場に設置したのは、市販の防犯カメラではない。自作の極小カメラと高性能集音マイクだ。データは部室のPCを経由して、海外のクラウドサーバーに自動バックアップされる仕組みになっている。


「……接続完了。データ、あります」


モニターに、日時ごとに整理されたフォルダがずらりと並ぶ。

俺の手が止まる。

心臓の鼓動が、痛いくらいに早くなる。


「怖いの?」


夜空の声が、耳元で響いた。彼女はいつの間にか俺の背後に立ち、モニターを覗き込んでいる。


「……怖いさ。これを見たら、もう後戻りできない」

「そうね。でも、見なければあなたは一生『泥棒』で『振られた男』のままよ。それでもいいの?」


挑発するような口調。だが、その奥には「進め」という激励が含まれている気がした。

俺は意を決して、昨日の日付――俺が冤罪をかけられた日の、数時間前のデータの再生ボタンを押した。


画面にノイズが走り、次の瞬間、鮮明な映像が映し出される。

誰もいないはずの部室。

そこに入ってきたのは、蛇神と璃々花だった。


『せ、先生……こんなことして、本当に大丈夫なんですか?』


璃々花の声だ。おどおどしているが、拒絶しているわけではない。


『大丈夫だよ、璃々花ちゃん。全て計画通りだ。あの陰気な彼氏がいなくなれば、僕たちはもっと自由に愛し合える』


蛇神が璃々花を背後から抱きすくめる。

俺の目の前で、俺の知らない璃々花がそこにいた。

頬を赤らめ、とろんとした目で蛇神を見上げている。


『でも、咲夜くん、退学になっちゃうかも……』

『かまわないだろう? あいつは君の才能を縛り付ける鎖だ。僕なら、君をもっと輝かせてあげられる。……それに、君も気持ちよかっただろう? 僕との「特別レッスン」』


蛇神の手が、璃々花のブラウスのボタンに掛かる。

俺は目を逸らしたくなったが、夜空の手が俺の肩を強く掴み、それを許さなかった。


「見なさい。これが現実よ」


画面の中の璃々花は、一瞬だけ躊躇いを見せたものの、すぐに自ら蛇神の首に腕を回した。


『……うん。私、先生のこと信じる。咲夜くんのこと……もう、どうでもいいかも』


その言葉が、俺の心臓を貫いた。

どうでもいい。

一年半の思い出が。交わした約束が。積み重ねた時間が。

「どうでもいい」の一言で、ゴミのように捨てられた。


『あんなガキより、僕の方がいいだろう?』

『あっ、ん……! はい、先生の方が……大人で、強くて……素敵です……っ』


そこから先は、地獄だった。

部室の長机の上で繰り広げられる、醜悪で、しかし生々しい情事。

俺が大切にしてきた彼女が、俺が座っていたその机の上で、他の男に乱暴に、しかし喜んで抱かれている。


『あはっ、すごい、先生すごい! 咲夜くんと全然違う……!』

『そうだ、もっと言ってごらん。彼氏なんていらないって』

『いらない! 咲夜くんなんていらない! 先生がいい、先生のがいいぃッ!』


俺の耳に、璃々花の嬌声と、俺を嘲笑う言葉が流れ込んでくる。

胃液がせり上がってくる。吐き気が止まらない。

目の前が真っ白になり、指先が冷たくなっていく。


「う、ぅぷ……っ!」


俺は口元を押さえ、机に突っ伏した。

涙は出なかった。代わりに、口の中から鉄の味がした。唇を噛み切り、血が滲んでいたのだ。


「……よく見たわね」


夜空が、映像を停止した。

静寂が部屋に戻るが、俺の頭の中では、璃々花のあの声が反響し続けている。

『咲夜くんなんていらない』


「これで分かったでしょう。彼女は被害者じゃない。共犯者よ。それも、あなたを裏切ることに快楽を見出している、堕ちた偶像」


夜空が冷たいタオルを俺の首筋に当てる。その冷たさに、少しだけ理性が戻ってくる。


「……ああ、分かったよ。嫌というほどな」


俺は顔を上げた。

鏡に映った自分の顔は、酷く青ざめていたが、その瞳には、かつてないほど暗く、冷たい光が宿っていた。

未練は消えた。

愛も、情も、きれいさっぱり焼き尽くされた。

後に残ったのは、純粋な殺意に近い復讐心だけだ。


「夜空。……頼みがある」

「何かしら」

「こいつらを、社会的に抹殺したい。ただの退職や停学じゃ生温い。一生、日の当たる場所を歩けないように、徹底的に叩き潰したい」


俺の声は、自分でも驚くほど低く、落ち着いていた。

夜空は、俺のその目を見て、恍惚とした表情を浮かべた。


「ええ、いいわよ。その目、ゾクゾクするわ。……私たちが手を組めば、この学園の腐った膿をすべて出し切れる」


彼女は別のウィンドウを開いた。そこには、学園の文化祭の実行委員会の資料が表示されている。


「三日後、文化祭のメインステージがあるわ。全校生徒、保護者、来賓……そしてマスコミも呼べるかもしれない。最高の処刑台だと思わない?」

「ああ。最高だ」


俺はキーボードに手を戻した。

今度は、迷いなど微塵もない。

サーバー内のデータを検索し、さらに深い階層へと潜っていく。


「蛇神のパソコンからもデータを吸い上げる。あいつは脇が甘い。パスワードなんて誕生日か何かだろう……ビンゴだ」


数分後、俺の目の前には、横領の証拠となる裏帳簿のデータと、蛇神が璃々花以外にも複数の女子生徒に手を出していた証拠写真、そして校長や教頭との癒着を示すメールのやり取りが表示されていた。


「すごいわね……あなた、本当にただの高校生?」

「ただのパソコンオタクだよ。……怒らせてはいけない相手を怒らせた、な」


俺たちは顔を見合わせ、凶悪な笑みを浮かべた。


そこから三日間、俺は夜空のマンションに泊まり込み、復讐の準備を進めた。

学校側には、夜空の権限で「体調不良のため入院した」と伝えさせ、油断を誘った。

蛇神と璃々花は、俺が恐怖で部屋に引きこもっていると思い込み、さらに大胆に行動していた。その様子も全て、カメラを通じて俺たちの手元に集まってくる。


璃々花が教室で、友人に嘘を吹聴している音声も拾った。


『咲夜くん、実はお金に困ってたみたいで……私、止めたんだけど聞かなくて』

『えー、最低じゃん』

『璃々花ちゃん、優しいから言えなかったんだね』


その音声を聞くたびに、俺の心は冷徹に研ぎ澄まされていく。

もう痛みはない。あるのは、獲物を追い詰める狩人の愉悦だけだ。


そして、運命の文化祭当日。


俺は夜空と共に、学園の裏門に立っていた。

制服に着替え、ネクタイを締める。これが、この制服を着る最後の日になるかもしれない。だが、悔いはない。


「準備はいい? 咲夜」


夜空が俺の腕に手を回す。

いつの間にか、彼女と俺の間には、共犯者以上の奇妙な信頼関係が生まれていた。彼女の存在がなければ、俺はとっくに壊れていただろう。


「ああ。行こう、夜空。……パーティーの始まりだ」


遠くから、ブラスバンドの演奏と、生徒たちの歓声が聞こえてくる。

その中心にいるであろう蛇神と璃々花。

今、この瞬間が彼らにとって人生の頂点であり――そして、断崖絶壁の縁であることに、彼らはまだ気づいていない。


俺たちは並んで歩き出した。

光溢れる学園という名の、処刑場へ向かって。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ