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ホムラに気づかれたことでスイレンの動きが止まる。部屋に入ろうとした中途半端な姿でかたまっている後輩に、ホムラは素っ気なく顔を背けた。


「……今日は1人でいたい。帰ってくれ」


全てを拒絶するようなその態度が悲しくて、気づくとスイレンは部屋に駆け込んでホムラに抱きついていた。


「何するんだ!」

「帰りたくありません!」


力いっぱい抱きついてくるスイレンを引き剥がそうとするが、必死なその姿にホムラの手が動かない。


「……今は近づかないでくれ……お前に酷いことを言ってしまいそうで怖いんだ……」


懇願する声は今にも泣き出しそうで。スイレンは絶対にこの手を離さないと心を決めた。


「言ってください!ホムラさんの怒りを聞かせてください!1人で抱えて自分を傷つけるようなことしないでください!」


純粋で子供のようだと思っていた水色が強い光を放つ。傷つき疲れ果てたホムラの心の底を照らしだす。


「……俺だって……俺だって特別な力が欲しかった………腕付きでも捜査官として認められるような………後に続く人達の希望となってあげられるような………特別な何かになりたかった………」


スイレンの頬に冷たいものが落ちてくる。見上げると宝石のように輝く赤から雫が溢れていた。


「でも俺には何もなくて……普通の人にできることしかできないなら、腕付きの俺が捜査官になる必要なんてない。なんで俺だけが必要とされないのにここにいるんだろうって思っていた時に、お前の話を聞かされた。特別な力を持っていて望まれて捜査官になったお前が妬ましくて。そんな感情を持つ自分が嫌で。お前に関わりたくなかった。………お前がその目で苦しんでるなんて考えもせずに」


温かい手がそっとスイレンの頬に触れる。真っ直ぐ見つめてくる水色を覗き込む。


「今もお前にあたってしまいそうで怖かったんだ。俺のせいでこれ以上お前を傷つけたくない」


そっと頬から手を離し、ホムラは体を離そうとする。だがスイレンは更に力をこめてその体を抱きしめた。


「俺、そんなに弱くありません。というか、強くなりました。ホムラさんが一歩を踏み出す言葉をくれたから。だから今度は俺がホムラさんを助けます!」


ホムラの胸に顔を埋めて、スイレンは必死に心の傷を塞ごうとする。


「ホムラさんは優秀な捜査官です!腕付きだなんて関係ない!強くて、かっこよくて、冷静で、優しくて……大好きな自慢の先輩です!」


シンプルな、それでいて何より心に響く言葉がホムラに届いた。深い深い心の底にあった孤独から救いだす。


「………サナが……ルームメイトは恋人の転勤について行くために辞めたんだ。腕付きが無理して捜査官なんか続けてどうなるんだって言われたって。もしかしたら仕事を続けたかったかもしれないのに。だから残された俺が、後に人が続くような活躍をしないといけないのに……」


ボロボロだった。共に立つ友をなくして、全てを背負って立ち続けているホムラはボロボロに傷ついていた。


「あなた1人で全て抱えないでください。コハクさんもシエンさんもそう思ってます。誰だって1人では何もできません」

「……サナがいなくなってから部屋に帰るのが辛くて。遅くまで訓練して署に泊まったりしてたんだ。心配したコハクさんやシエンさんが家に泊めてくれてたんだけど、それも申し訳なくて……」


寮に帰ってこないのにはそんな理由があったのかとスイレンは驚く。だがそんな生活を続けていたらいずれホムラが倒れてしまうと心配になった。


「あの……俺が一緒に帰るので、今日は寮に帰りませんか?」

「………」

「一緒にご飯食べましょう!テレビ見たりリビングでゆっくり過ごして!なんなら寝る時も隣で寝ます!」

「………わかった」


赤く腫れた目でコクリと頷くホムラ。なんとか寮に帰ってくれるとなってホッとしたスイレンだが、自分が何を言ったか全く気づいていなかった。




スイレンの説得で初めて寮に一緒に帰ってきた2人。玄関を開けて部屋に入ったところで、何かに気づいたスイレンがホムラに声をかけた。


「あの……」

「どうした?」

「………おかえりなさい」


少し恥ずかしそうに言うスイレンにホムラは驚いた顔をする。だが、フワリと微笑んで「ただいま」と言った。


『うわ……ホムラさん、こんな顔するんだ。って、なんでこんなドキドキしてるんだ、俺』


無防備な笑顔に心臓の鼓動が収まらない。自分はどうしてしまったのかと思いながらリビングへ移動した。


「……お前の匂いがするな」

「へ⁉︎クサイですか⁉︎そんな汚してないし、毎日風呂に入ってるんですけど!」


慌てて自分のニオイを嗅ぐスイレンにホムラがおかしそうに笑う。


「落ち着くという意味だ。人がいない部屋は無機質で寂しい空間になるから。この部屋なら帰ってこれそうだ」


スイッチがオフになったとでも言うべきか。仕事の時とは違う力の抜けたホムラの姿に、やっぱりスイレンのドキドキは止まらなかった。


「と、とりあえずメシにしましょう!お腹空きました!」


買ってきた弁当を忙しなく広げて食事の用意をするスイレン。その姿にホムラは優しい眼差しを向けていた。




楽しくお喋りをしながら食事を摂り、リビングでくつろぎ交代で風呂に入る。そんな普通のこともお互いがいることで幸せな時間になる。

ホムラが帰ってきてくれて良かったと感じるスイレンだったが、今、困った事態に直面していた。


「……隣で寝てくれるって言ったじゃないか」


子供のように拗ねるホムラが目の前にいる。

勢いで言っただけの提案にスイレンは苦しめられていた。


「いや、言いましたけど……まさか本気だとは思わなくて……えっ?サナさんとも一緒に寝てたんですか?」

「まさか。サナは互いのプライバシーを尊重するヤツだったから、俺の部屋に入ったことすらないぞ」

「じゃあ、なんで俺とは寝たいんですか⁉︎」

「……1人で部屋にいたくない……」


小さな子供かよ!とツッコミたくなるスイレンだったが甘えてくるその姿すら可愛くて。結局流されるようにホムラの部屋のベッドに並んで寝ることになった。


『なぜこんなことに……』


緊張でまともにホムラのほうを向けないスイレンだったが、ホムラが体をすり寄せてきた。


「!」


驚きとドキドキで身動きできなくなったスイレンの耳に、安心した声が聞こえてくる。


「……あったかい。気持ちいい……」


そのまま静かな寝息が聞こえてきた。

スイレンがモゾモゾと身を捩ってホムラのほうを向くと、安心しきった寝顔があった。


『ずっとまともに寝てなかったのかな。気持ちよさそう。良かった。ホムラさんが部屋に帰ってこれて……』


心地よい寝息にスイレンも眠気を誘われる。そして2人はお互いの温もりを感じながら穏やかな眠りについた。

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