6
相変わらず寮には帰ってこないホムラだが、訓練場の件でグッと距離が縮まった気がしてスイレンは浮かれている。
だが、仕事では喜ばしくない方へと事件が進展していった。
「やっぱりこの少年が怪しいな」
コハクが指差す先には高校生くらいの少年が映っている。
チーム4人で防犯カメラの映像を調べていたら出てきたもので、被害にあった店の一つである宝石店の店内の映像だ。少年はふらりと店内を見て回ると、店員と何か話して店を出て行った。それだけなら普通の映像なのだが、問題はその店員が少年を全く覚えていないことだった。
その店はかなりの高級店で少年が入るには不釣り合いだし、そもそもそんな年齢の子供が1人で入ってくるなどほぼない。にも関わらず店員が少年を覚えていないというのはあまりにも不自然だった。
「記憶を消せる協力者がいるのか。はたまた少年自身がその能力者か。なんにせよまずはこの少年を探してみよう」
そう言うコハクの隣で、スイレンは難しい顔をしている。
『なんだろう。この子、どこかで見たような……それも最近、すごく記憶に残るようなことがあった場所で……』
そこまで考えて、あっ!と大きな声をだす。突然のことに他の3人が驚いてスイレンを見た。
「スイレンくん、どうしたの?」
「俺、この子見ました!聞き込みのあとコハクさんと別れて1人で帰っていた時に。ガラの悪い男達に囲まれてました!」
薄暗い路地だしすぐに逃げられてしまったが、たしかにこの少年だった。
「…詳しく話して」
コハクの表情が険しいものに変わる。
「はい。コハクさんと別れてすぐ、ビルの間の路地から怒鳴り声が聞こえて。厳つい感じの男が5人、その子を囲んで脅してたんです。でも俺が止めに入ったらその子はすぐ逃げちゃって。あっ、でも男達は捕まったから、ソイツらに何か聞けばわかるかも」
「捕まったって、誰に?」
「あれ?そういえばあの人、何なんだろ?うちの署の人じゃないしな」
話が見えなくなってきて、聞いていた3人が困惑する。それに焦ってスイレンはとにかく思い出せる情報を口に出していった。
「えっと、黒髪に金の目ですごく強くて。かっこよかったです。俺のことも心配してくれて」
ぽわわ〜とスイレンがまた夢見る乙女モードに入る。それを見てホムラが眉間に皺を寄せた。
「でも俺達のこと知ってるっぽかったな。2班所属だって言ったら何か言おうとしてたし」
その言葉を聞いてコハクがピクッと反応する。シエンが「あっ」という顔をした。
「……それって、もしかして俺より少し背が高くて目つきが鋭くてやたらと糸の力の強い男だった?」
「そうです!男達5人を軽々と糸で運んでました!凄いですよね!………あれ?コハクさん、あの人のこと知ってるんですか?」
問いかけてから自分がやばい話題をだしたことにスイレンは気づいた。コハクから抑えきれない怒気が放たれている。
「ソイツが俺の予想通りなら、ものすご〜くよく知ってる人物だよ。へぇ〜。毎日毎日どこほっつき歩いてんのかと思ったら、そんなとこにいたか」
ふっふっふと笑う声が地の底から響いているようで恐ろしい。震えるスイレンをホムラが庇うようにそっと自分のそばに寄せた。
「スイレンくんのおかげで少年の情報は得られそうだよ。ちょっと連絡を入れてくるから待っててくれるかな」
笑顔なのに全く目が笑っていない状態でコハクが部屋から出ていく。それを見送って、スイレンははぁっと息を吐き出して脱力した。
「あの……あれはなんだったんですか?」
「あ〜。ちょっとね。コハクさんのプライベートな事情だよ。もう少ししたら全てわかる」
やや呆れた感じでシエンがサラッと答える。全く説明になっていない内容にホムラに助けを求めるも、こちらも首を横に振るだけだった。
「まあ、謎だった名前が少しわかるかもしれないから、とりあえず待て」
そのあとは2人とも完全に沈黙してしまったので、スイレンも黙るしかなくなってしまった。
しばらくしてもコハクが戻ってこないので、いたたまれなくなって飲み物を買うためにスイレンは部屋を出た。
しかし自販機に向かう途中で聞き覚えのある声に呼び止められる。
「あれ?お前。こないだの2班の新人か」
「……あっ!あなたはこの間の!」
路地で男達を捕まえた男が廊下の向こうから歩いてくる。
「こないだは悪かったな。すぐ戻らないといけなくて」
「いえ。助けてくださってありがとうございました」
スイレンは丁寧にお礼を言いながら、この人がここにいるということはコハクに呼ばれたのだろうかと思い至る。
「あの、コハクさんに呼ばれて来たんですか?」
ダンッ!
コハクの名前を出した瞬間、男に壁に押しつけられる。いわゆる壁ドン状態だ。突然の行動に『壁ドンって本当にされると割と恐怖を感じるな』なんて思いながら男を見ると、可哀想なくらい青ざめた顔がそこにはあった。
「あああああいつ何か言ってたか?俺のこと殺してやるとか捨ててやるとか」
物騒な言葉を発しながら、何にそこまで怯えているのだろうというくらい男は青ざめている。
この間のかっこいいイメージが完全に崩壊するその姿に、スイレンは戸惑いなから質問に答えた。
「そんな物騒なことは何も。なぜか酷く怒ってはいまし」
「な・に・を・し・て・る・の・か・な?キトラくん」
スイレンの言葉を遮るように低い声が響く。キトラの後ろに仁王立ちするコハクがいた。
「コ、コハク……これは、その……」
振り返ったキトラが見たのは世にも恐ろしい表情で笑う恋人の姿だった。
「家に全く帰ってこず連絡もいれず、何をしてるのかと思ったら。まさか髪を染めて変装までして若い子に手を出してるなんてねぇ。しかもうちの可愛いスイレンくんに」
「ご、誤解だ!ちょっと話を聞こうとしてただけで……」
情けなく言い訳をする姿は完全に浮気男にしか見えない。その口をコハクが思いっきり鷲掴み言葉を遮った。
「浮気男の言い訳なんて聞くのは時間の無駄だよねぇ。シエンくんにも昔言われたし。なら俺も自由にしてもいいわけだ。ねえ、ミソラさん」
「そうだねぇ。これは完全にキトが悪いねぇ」
コハクの圧力に気を取られて気づかなかったが、コハクの隣にやたらと顔のいい男が立っている。
「今夜空いてますか?食事にでも行きましょう。今なら朝まで付き合いますよ」
「おやおや。君の誘いならどんな予定があってもキャンセルするよ。もちろん朝まで離さないさ」
「おい!やめろ!ソラ兄はほんとにその辺のモラルだけは無いんだ!冗談ですまないから!やめてくれ!」
必死に懇願するキトラを無視して、2人はそのまま腕を組んで去っていく。そのあとを慌てて追いかけるキトラを見送りながら、スイレンは何が起きてるのか途方に暮れていた。