5
スイレンが署に戻るとシエンが2班の部屋で待っていた。
「おかえり。コハクさんから連絡あったよ。今日は戻れないと思うからあとは俺達と捜査資料を調べようか」
「はい」
資料室に移動するとホムラがファイルの山に埋もれていた。
「どうだ?何か気になる事件はあったか?」
「ダメですね。ひとまず3年分は見ましたが、それらしいものは見当たりません」
「そうか。………スイレンのほうも特に情報はなかったんだろ?」
「そうですね。アイヒさんに聞いた以上のことは」
「仕方ない。あとはオルガさん達の情報を待って、明日から被害者に話を聞きに行くか」
そのまま翌日から話を聞きにいく被害者のリストアップをして、その日の勤務は終わりとなった。
寮に帰ったスイレンは路地で会った男のことを思い出していた。
『かっこよかったなぁ。あっという間に5人も倒しちゃって。また今度なって、また会えるってことかな?会いたいなぁ』
ポワポワと好きなアイドルに夢中な女の子のように浮かれているスイレン。意外とミーハーらしくキャッキャとはしゃいでいる。
だが、ひとしきりはしゃぐと少し寂しくなってきた。
『ホムラさん、やっぱり帰ってこないのかな。仲良くなれたと思ったのにな……。色んな話してみたいのに………』
もしかしたら帰ってくるかもとなかなかベッドに向かえぬまま、夜は更けていった。
翌朝。ホムラを待ったまま寝てしまったスイレンはリビングで目が覚めた。
『しまった!そのまま寝ちゃった!』
ガバッと起き上がると体に毛布がかけられている。しかもテーブルに突っ伏して寝たはずなのにきちんと横になって寝ていた。
「あれ?この毛布どこから……」
自分のではない毛布に戸惑うスイレン。だが、部屋にルームメイトが帰っていた雰囲気を感じ取るとストンと納得がいったように落ち着いた。
「ホムラさん……」
さりげない優しさが嬉しい。スイレンは毛布に顔を埋めてその温かさを噛み締めた。
温かい気持ちのままスイレンが出勤すると、ホムラはもう2班の部屋にいた。ニコニコと嬉しそうに近づきスイレンが毛布のお礼を言うと、ホムラは照れくさそうに答える。
「本当はベッドに運んだほうが良かったんだろうが、勝手に部屋に入るのも悪いかと思って……」
優しさが漏れ出す発言にスイレンがニヤニヤしているのに気づいて、ホムラは赤くなった。
「そ……そもそも!リビングで寝たら風邪ひくだろう!体調管理もできないなんて捜査官失格だぞ!」
威厳を保とうと必死なホムラだが、スイレンのニヤニヤは更に深くなるだけである。そうこうしているとシエンが出勤してきたため、逃げるようにシエンの元へ向かうホムラをスイレンが追いかける。
「シエンさん。おはようございます」
「おはようございます!コハクさんは今日は来れますかね?」
「おはよう。昨日連絡があってもう大丈夫だと言ってたよ。そろそろ署に着くからあと5分もすれば来るだろう」
シエンの言う通り、きっかり5分後にコハクが部屋にやってきた。
『本当にお互いの位置がわかってるんだ。不思議だなぁ』
班員にとってはもはや日常のことだが、スイレンにはお互いに人間GPSになってる2人が不思議でたまらなかった。
「おはようございます。カグラさんに何事もなくて良かったですね」
「良かったも何もただの寝不足だよ。3徹してたんだって。急に倒れたっていうから心配したのに寝落ちしてるだけだった」
「相変わらず研究漬けなんですか?」
「ここまで酷くはなかったんだけどね。今日セキトさんが説教しに行くってさ」
「セキトさんも大変ですね」
『また知らない名前がでてきた』
困ったように話すコハクとシエンの会話を、スイレンは置いてけぼりのようにぼうっと聞いている。すると隣にいたホムラが気づいて話しかけてきた。
「また改めてみんなを紹介するから。とりあえずは協力者が大勢いるとだけ覚えておけ」
気を使ってくれたくせにぶっきらぼうな言い方をしてくる先輩に、やっぱりニヤニヤしそうになってスイレンは口を引き締めた。
その後は4人で手分けして強盗の被害に遭った人達の話を聞くために会議室で準備をしていた。すると、オラガがやってきた。
「遅くなって悪いな。取り調べの結果がやっとまとまったぞ」
昨日は何人もの捜査官で犯人達を取り調べていたため、それぞれの情報をまとめるのに時間がかかったらしい。コハク達が聞き込みに行く前にと急いでオラガが伝えにきたようだ。
「情報提供者がいるのは確かみたいだな。と言うより、そいつから話を持ちかけられて集められたメンバーで強盗してたってのが実際のとこらしい」
「首謀者は別にいるってことですね。ソイツの特徴は?何か情報は得られましたか?」
「それがな。指示は全部スマホ越しだったらしくて声しか知らないそうだ。ただ、1回だけ直接指示をするために呼び出されたことがあるらしい。でも来たのは声の主とは違う、高校生くらいのガキだったってさ」
「高校生?」
何かに引っかかったらしいコハクが立ち上がる。
「……シエンくん。今回犯人達を捕まえるキッカケになった通報ってさ、若い男の声だったって言ってたよね」
「え?ああ。そうですね」
「……聞き込みと同時に被害にあった店の防犯カメラも調べようか。高校生くらいの男の子が映ってないか」
事件に関与するのが子供というところに、そこはかとなく不穏な空気が漂う。一際暗い顔をしたコハクを心配しながら、スイレンは聞き込みに行く被害者のリストを握りしめた。
結局被害者達からは何も情報は得られなかった。というよりは、不自然なくらい何も出てこない。
防犯カメラは量が膨大なので翌日から調べることとなり、スイレンは帰り支度をしていた。
『……ホムラさん、今日も帰ってこないのかな』
毎日どこに行ってるのかわからないルームメイトは、帰る用意をするでもなくどこかへ向かって部屋を出て行った。
『どこに行くんだろう?』
後をつけるのは悪いかなと思いつつも、好奇心に勝てず荷物を持って追いかける。すると、ホムラは訓練場に入って行った。
『今から?もう誰もいないと思うけど』
覗き込んだ訓練場には案の定誰もおらず、動きやすい服に着替えたホムラが筋トレしたり動きの型を確認したりしている。
『やっぱり綺麗だなぁ……』
初日の立ち回りの時も感じたが、長い手脚が踊るように敵を地に沈める様はとても美しい。もっと近くで見たいと身を乗り出したために扉に力が加わり、ガタリと大きな音がしてしまった。
「誰だ⁉︎」
警戒しながらホムラが視線を向けると、間抜けな顔をしたスイレンが扉にしがみついている。その姿に拍子抜けして、ホムラが近くまでやってきた。
「そんなところで何してる」
「あっ、えっと、ホムラさん、いつもどこに行ってるのかなぁって気になって………すみせん。後をつけて来ました」
素直に謝る後輩が可愛くてホムラがフッと笑みを見せる。その柔らかな表情になぜか切なくなって、スイレンはこの場を離れたくないと思ってしまった。
「その……もうちょっと見ててもいいですか?」
「それは構わないが、別に面白くも何ともないだろう」
「そんなことないです!ホムラさんの動き凄く綺麗です!」
思いっきり言い切ってから、それは褒め言葉にならないだろうと慌てて言い直す。
「じゃなくて、参考になります!だからもう少しいさせてください!」
「……好きなだけいたらいい」
照れているのか、それだけ言うとホムラは訓練に戻ってしまう。許可が出たからとスイレンは堂々とその近くまで移動していった。
しばらくただただ訓練する人とそれを見る人という2人がいるだけの時間が続き、ホムラが休憩のためにスイレンの横までやってきた。
「しかし、本当に見てても面白いものではないだろう」
「いえ!凄く綺麗です!…じゃなくて、ためになります!まあ、俺はホムラさんみたいに手脚長くないから同じようにはできないでしょうけど。スラーッとしてて長くて、綺麗な手脚で羨ましいです」
そこまで言って、スイレンは己の失言に気づく。
『しまった!腕付きの人に手脚が羨ましいなんて、嫌味になるんじゃ……』
今まで腕付きが近くにいたことがないので気の遣い方がわからないスイレンは、恐る恐るホムラを見る。だが、その表情は驚きと少しの喜びに染まっていた。
「……綺麗か。そんな風に言われたのは初めてだな」
どうやら嫌がってはいないようなので、スイレンはここぞとばかりに畳み掛ける。
「それは周りが見る目がないです!本当に綺麗ですもん!立ち回りの時なんて踊ってるみたいで、俺、ずっと見てられます!なんなら動画撮って何度も見返したいくらい!って、いや、撮りませんよ!さすがにそんな気持ち悪いこと!俺もそこは弁えてます!ただ頭の中で何百回でも再生できるというか!いや、そのほうが気持ち悪いですよね!何言ってるんだ、俺!」
最後の方は支離滅裂になってワタワタと慌てだすスイレンを見て、ホムラが声を出して笑った。
「お前、そんなに喋るタイプだったんだな」
「うっ…語り出すと止まらないんです。ひかないでください」
「ひかないよ。それだけ一生懸命になれるということだろ。お前の長所だ」
ホムラが優しい顔をしている。ずっと不機嫌な顔か無表情かしか見てなかったため、今になってスイレンはホムラがとても整った容姿をしていることに気づいた。
『本当に綺麗だなぁ……』
所作も、滲み出る気高さも、傷つきやすくて優しい心も。全てが美しい。
気づくとスイレンは満面の笑みをホムラに向けていた。眩しいくらいに純粋なその笑顔は、ホムラの心の中に感じたことのない愛しさを生み出していく。
「……きょ、今日はそろそろ帰れ。慣れない仕事で疲れが溜まってくる頃だろう。きちんと休んだほうがいい」
「えっ?でも、もっと見てたいで」
「いつでも見せてやるから。とりあえず今日は帰れ」
そう言ってスイレンの背中を押して無理やり訓練場から追い出す。扉を閉めたあとではーっと深いため息をつくホムラの顔は真っ赤に染まり、心臓がドキドキと跳ねるように鼓動していた。