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カグラとトカゲを2人きりにして、スイレン達は2班の部屋でニヤニヤと過ごしていた。
「ホムラさん。これが目的だったんですか?」
「ん?そうだな。スイレンに雪辱を果たさせたいのが本来の目的だったが、カグラさんとの時間を作ってあげたいのも確かにあったな」
「ホムラくんやるね〜。今頃2人はラブラブタイムかな」
「トカゲ君のことだから大丈夫だと思うが、まさか署内で手を出してはいないだろうね」
「セキトさん過保護すぎますよ。親心はわかりますが、少しは子離れしてください」
ウタハに対するカグラの態度は諭すくせに、セキトはカグラへの過保護を隠しはしない。
「だが、シエン君。あのカグラだぞ。迫られれば喜んで体を差し出すだろうし、迫られなくても自分から迫るだろう」
「それもう回避不可能じゃないですか。むしろトカゲが被害者です」
「さすがにトカゲも分別はあるでしょう。カグラさんの暴走は止めれるはずです……多分」
ホムラの言葉にう〜んと全員で考え込む。そうして1時間を過ごした後、全員でカグラ達を迎えに行った。
『これは……う〜ん……どう判断したらいいんだろう?』
ノックをして部屋を開けると2人は並んで座っていた。
慌てて離れたのは丸わかりなのだが、カグラのほうは真っ赤になって誰とも目を合わせなくなっており、トカゲは大満足の笑みを浮かべている。
「ああ。もう帰る時間なのかな。名残惜しいけど仕方ないね。また会えるのを楽しみにしているよ」
カグラを抱き寄せて頭にキスをするトカゲ。カグラはビクッと反応しただけで顔を上げられない。よく見ると服が少し乱れていて首筋に赤い痕がある。
「……トカゲ君。車へ向かおうか。色々と話し合わないといけないことがありそうだからね」
「わかりました。では、みなさん。また」
ピキピキと青筋を浮かべて車へ向かうセキトに、余裕の笑みのトカゲが従う。残されたカグラをどうしようかと一同は戸惑うが、結局スイレンとホムラが送っていくことになった。
「カグラさん。大丈夫ですか?」
運転をホムラに任せて、スイレンは後ろの席でカグラと並んで座っている。
「う……うん。大丈夫」
とても大丈夫じゃない感じでカグラが答える。なぜこんなことになっているのかスイレンは全くわからなかった。
「いったい何があったんですか?」
服が乱れたりはしているが、さすがに抱かれるまではいってる様子はない。ならばとスイレンは素直に聞いてみることにした。
「……2人きりになって、トカゲに膝の上に座るように言われたんだ。久しぶりに遠慮なくくっつけるし喜んで乗ったんだけど……」
カグラの顔がさらに赤くなる。いったい何をされたのかとスイレンはグッと耳を傾けた。
「み、耳を噛まれたり、首に吸いつかれたり……服の中に糸を入れたり少し脱がされたりもしたし………ねえ、これって何なの?」
「………は?」
何と言われても、恋人同士の触れ合い以外の何物でもない。セックスしたいと豪語していたのに今更何を言ってるのだろうとスイレンは言葉が出てこない。
「なんだか触られたところがゾワゾワするし、変な声が出るし、頭の中が真っ白になっちゃって。顔が熱くなって逃げたいのに、トカゲが可愛い可愛いって笑うから心臓が苦しくなって……」
そこまで聞いて、スイレンはやっと一つの仮説に思い至る。
「カグラさん。セックスってどうやるか知ってますか?」
「?それくらい知ってるよ」
カグラの口から語られた説明は教科書通りの内容で、そこに至るまでの過程やコミュニケーションといった部分がゴッソリ抜けていた。
『たぶん恥ずかしいって感覚も初めてなんだろうなぁ。これはとんだ頭でっかちがいたもんだ』
「カグラさん。それは恋人同士の触れ合いなんですよ。セックスの時やそれ以外でも、色々と触れ合ってお互いの想いを伝えるんです。恋人同士だけに許された最高のコミュニケーションなんですよ」
丁寧に説明したつもりだが、カグラは首を傾げて不思議そうにしている。赤い痕をつけられた姿は色っぽく、何も知らない純粋さがそれを際立たせた。
『うわ……これは……トカゲ、たまらなかっただろうな』
恋人にこんな姿を見せられたら最高の気分だっただろう。スイレンは最後までやらなかったトカゲを心の中で賞賛していた。
一方、トカゲはセキトに会議室でのことを説明していた。
「……きちんとそのへんの教育をすべきだったか」
カグラの無知っぷりにセキトは頭を抱えている。その様子にトカゲは苦笑していた。
「私も驚きましたけどね。彼の魅力は底知れない」
どう考えても無茶苦茶な人物なのに、そこを魅力だと言い切るトカゲにセキトは感謝の念が湧いてきた。
「すまないね。あの子はあんなだから苦労すると思うけど、よろしく頼むよ。……まあ、節度は持って」
親代わりとしてどうしても釘を刺してしまうのは仕方ない。その思いを汲み取ってトカゲも「はい。大切にします」と穏やかに返した。
家に着く頃にはカグラも少し落ち着き、ウタハが帰ってきたことで「今日はどうだった?」「大変じゃなかった?」と保護者モードに入っていった。それを見届けて署に戻り、仕事を終えてホムラと寮に帰る頃には、スイレンの緊張はじわじわと高まってきていた。
『ご褒美……勝ったからご褒美いいんだよね……』
都合よく明日は2人揃って非番である。これはもうやれと言われてるようなものだとホムラの様子を伺うが、いつも通りでいまいち気持ちが読めない。
食事の間も、あの動きは良かったここは反省だと今日の振り返りで時間が過ぎていく。これではダメだとリビングでくつろぎながらついにスイレンが動いた。
「ホムラさん!」
「どうした?」
「ご褒美……が……欲しいです」
勢いよく言い出したものの、自信を失ってどんどん声が小さくなっていく。だがホムラにはきちんと伝わったらしく、赤く染まった顔を隠すように俯きながらボソボソと話しだした。
「……先に風呂に入ってこい。……俺の部屋でいいか?」
どうやらきちんと考えてくれていたらしい。恥ずかしそうにしながらもホムラは用意を進めていく。
「はい!風呂にいってきます!」
ぱああっと喜びを全身で表現しながら、スイレンは風呂場へと向かった。
ホムラの部屋のベッドの上でスイレンは正座して恋人を待っている。いつも添い寝をするこのベッドで今日はそれ以上のことをするのだと考えると、心臓が破裂しそうだった。
しばらくしてホムラが部屋に入ってきた。
『……今から俺、この人を抱くんだ……』
風呂上がりのホムラはやはり色っぽく、服に隠された上気した肌に今すぐにでも触りたいとはやる気持ちを必死に抑える。
「あ、あの、電気消しましょうか……」
勝手知ったる恋人の部屋で明かりのリモコンに手を伸ばそうとすると、そっとその手を止められた。
「消さなくていい……」
そのままホムラはTシャツを脱ぎだした。露わになった上半身にスイレンがゴクリと喉を鳴らす。
「………どうだ?」
不安そうにこちらを見てホムラが聞いてくる。
「へ?どうだって……」
どうだもこうだもない。初めて見るホムラの体は、何度も想像していた姿の何倍も綺麗だった。
「……やっぱり、こんな傷だらけの体じゃ嫌だよな……」
悲しそうにホムラが呟く。たしかにその体は手脚と同じように訓練や捜査でついた小さな傷やアザが無数にあった。
「今まで傷なんて気にしたこともなかったのにな。お前に見られると思うと急に不安になった。こんな体じゃ嫌われるんじゃないかと」
そう言ってホムラは今度こそ明かりを消そうとする。その手を今度はスイレンが止めた。
「消さないでください!もっと見たいです!」
その手をひいてベッドの上にホムラを招き入れると、スイレンはジッとその体を見つめた。
「あの……触ってもいいですか?傷に」
コクリと小さく頷いたのを確認して、スイレンはそっと手を伸ばす。傷をなぞると僅かにホムラが震えた。
「……綺麗です。ホムラさんの体、凄く綺麗です」
傷を撫でながらスイレンは真っ直ぐに赤い瞳を見て言葉を紡ぐ。その赤から雫が落ちた。
「本当か?嫌じゃないか?」
「嫌なはずないでしょう。大好きな人の体なんですよ。それにこの傷はホムラさんの努力の証です。そんな尊いものを俺だけが見れるなんて、こんなに幸せなことないでしょ?」
フワリと笑ってホムラに口付ける。嬉しそうにそれを受け入れるのを見て、スイレンは更に言葉を続けた。
「もしかして、俺が怪我しないでって言ったから気にしてたんですか?」
「ああ。訓練で初めて一撃を入れられた時も顔に傷をつけたと謝られたしな。傷ついた体は嫌われるのかと」
「それは違います!単純にホムラさんが怪我するのが嫌だっただけですよ!愛してる人が大切なのは当たり前でしょう!」
「……そうか。俺の勘違いだったんだな」
安心した表情を浮かべるホムラにスイレンは言葉が止まらなくなる。
「それに、白い綺麗な肌に傷っていうアンバランスさが逆に興奮するっていうか。完璧じゃないところがいいっていうか。あ、いやいや加虐趣味なんてないですよ俺。むしろドロドロに甘やかしてそこら中舐め回して鳴かせたいです。傷跡を一つ残らず愛でてあげますからね。ホムラさんの弱いとこをもっと探すのも楽しいですけど、開発していくのもまた。あ〜ダメです。目の前にホムラさんがいるのに妄想が止まらない」
「お、落ち着け!スイレン!いったん落ち着け!」
いつもの語りが始まってしまいホムラが慌ててスイレンを止める。
「はっ!すいません。ホムラさんが可愛すぎてつい」
「……とりあえず電気を消してくれ。恥ずかしさで死にそうだ」
「え?嫌ですよ」
恥ずかしさに顔を隠すホムラの願いを、スイレンは一蹴する。
「え?なんでだ?」
「だって見たいですもん。ホムラさんの全部」
「でも……その……恥ずかしいし……」
目尻に涙を浮かべだしたホムラをスイレンがベッドに押し倒す。耳に唇を寄せて低い声で囁いた。
「今からもっと凄いことするのに?」
クスッと笑われてホムラの背筋にゾクっとした快感が走る。赤い瞳には欲の色が混じっていた。
「……いいですか?」
ホムラが目を閉じて静かに頷くのを確認すると、スイレンはその体にゆっくりと唇を落としていった。




