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散々な初日を思い出して重い足取りで出勤するスイレン。かなり早くに出たはずなのだが、部屋に着くとすでにコハクとシエンがいて何かを話している。
「これなんてどうかな?」
「う〜ん。子供っぽ過ぎません?ウタハ君最近は年相応になってきましたし、もう少し大人っぽいほうが」
「じゃあこの辺かなぁ」
スマホを見ながらあれやこれやと何かについて相談している。邪魔するかなと思いながらもスイレンは2人に近づいて行って声をかけた。
「おはようございます」
「スイレンくん。おはよう。昨日はよく眠れた?」
相変わらずのヘラっとした笑いでコハクが返事をする。横ではシエンも微笑んでいた。
「はい。疲れてたのかぐっすりでした」
結局ホムラは寮まで行ってある程度部屋の説明をすると、またどこかへ出かけてしまった。拒絶を前面に押し出すその態度に傷つかないわけではなかったが居心地の悪い相手といるよりは楽だと割り切り、スイレンはのんびり荷物を片付けて早々にベッドに入った。
朝も起きたらホムラはいなかったので、もはや一人暮らしのような状態で羽を伸ばしている。
『もう出勤してるのかと思ったのに部屋にはいないな。まあ必要以上に関わるなって言われたし、無視だ無視』
昨日からの態度にすっかりご立腹なスイレンはホムラのことをさっさと頭から追い出した。
「そういえば、ちょっと聞こえたんですけどプレゼントの相談でもしてたんですか?」
デスクの上に置かれたスマホには数本のゲームソフトが映っていた。
「まだ先だけど知り合いの子に誕生日プレゼントをあげたくて。15歳になるんだけど、何かいい案ないかな?俺みたいなおじさんじゃ何がいいかわからなくて」
あははと笑うコハクに「コハクさんはおじさんじゃないですよ」と反論するシエン。コハクは警察官になってもう9年目とはいえまだ30歳手前。おじさんは言い過ぎじゃないかなと思いながら、スイレンはプレゼントについて考えてみた。
「何が欲しいかリクエストを聞くのが一番ですけど、難しいならシンプルに現金のほうが喜ぶ気がします」
色気も素っ気もない答えだが、たしかにその通りだった。コハクとシエンはう〜んと唸る。
「現金……かぁ」
「そろそろそういう事も教えていかないといけませんかね」
何か事情がありそうな雰囲気にスイレンは戸惑う。そうこうしているとホムラが部屋にやってきた。
「おはようございます」
「おはよう。リト班長には会えた?」
「はい。昨夜も泊まっておられたようなので。部屋に行ったら俺用の小型銃の設計図ができたと言われました」
「良かったね〜。シエンくんの案なんだろ?」
「はい。小回りがきくほうがホムラには合ってる気がしたので」
「……ありがとうございます。わざわざすみません」
嬉しいというよりは申し訳なさを滲ませるホムラにシエンは返答に困る。
「シエンくんの時も色々試行錯誤したんだ。腕付きの銃はまだまだ発展途上だからね。色んな人のサンプルがとれてリト班長は喜んでると思うよ」
「ならコハクも発展途上なのかな」
場の空気をフォローしようとしていたコハクの背後からゼンがあらわれる。本気で怒っている時の笑顔を浮かべていた。
「昨日の書類、また不備だらけだったんだけど?いつになったら間違いなくできるようになるのかな?」
数枚の紙を見せながら全身から怒りが滲み出ている。さあーっと青ざめるコハクの首根っこを掴んでゼンは自分のデスクまで連れ去って行った。
「………コハクさんの直しが終わるまでスイレンは訓練場にでも行っておいで。何人かいるはずだから」
「……はい」
置き去りにされたスイレンにシエンが指示を出す。なんとも情けない教育係にあきれながらスイレンは訓練場へ向かった。
訓練場にはシエンの言う通り2班の先輩が何人かいた。そのうちの1人、スキンヘッドの大柄な男性がスイレンに気づいて近づいてきた。
「よう。コハクは一緒じゃねえのか?」
「オラガさん。書類の直しがあるとかで班長に連れて行かれました」
「またかよ。こりね〜なぁ」
がははと豪快に笑い声をあげるオラガは、見た目の厳つさに反してとても親しみやすい。
「またって。いつもなんですか?」
「書類関係苦手だからなぁ、アイツは」
「それでいいんですか?」
「まあ。アイツなりに役目はしっかり果たしてるからいいんじゃねぇか?」
格闘担当ではないと言ったり、書類が不備だらけだったり。いったい自分の教育係は何なのだろうとスイレンは疑問しか浮かんでこない。
「さて。せっかく訓練場に来たんだ。組み手の一つでもしないともったいないぞ」
オラガにガシッと肩を組まれ広いスペースに連れて行かれる。互いに構えの姿勢になってもスイレンは全く気乗りしていなかった。
『うう。組み手キライなんだよなぁ。怖いし、痛いし、何より……』
今にもかかってこようとしているオラガの体の中に光の粒が見える。それはスイレンを昔から苦しめているものだった。
物心ついた時にはそれは見えていた。
人が糸を出そうとすると体を巡る光の粒。それが自分にしか見えていないと気づいたのは5歳の時。親に光の粒のことを聞いて変な顔をされたのだ。本能的に自分が言ってることはおかしいのだと気づき、親にはなんでもないとごまかした。
以来、光の粒が見えても見えないふりをして、必死に平凡で目立たない人生を歩んできたのだ。
見えていないふりをしても、痛みがくると思うと体が反応してしまう。相手の糸を使った攻撃を光の粒を読むことで悉くかわし、だが自分が攻撃するとなるとまったくキレのない動きになるスイレンにオルガは首を傾げた。
「お前は避けるのはうまいのに攻撃するのはヘタだなぁ」
「攻撃あたるのは嫌なんで」
「はは。まあ、それも才能かねぇ」
細かいことを気にしない明るさに救われる。どうしようもない秘密に押しつぶされそうに生きてきたスイレンには、安心して話せる相手がいることは重要だった。
「オラガさ〜ん。スイレンくんの相手ありがとうございます」
「お。やっと班長から解放されたか」
「はい。俺も成長してますからね。直しなんて瞬殺ですよ」
「成長してるんなら直しをもらうなよ」
やっぱり豪快に笑うオラガに「手厳しい〜」とこちらも笑うコハク。その様子はとても昨日会ったような怖い人達と日々やりあってる人達には見えない。そんな穏やかな雰囲気にスイレンはついていけなかった。
「まあ組み手の相手は俺がするつもりだったからな。クセはあるが鍛えがいがありそうで楽しみだよ」
「はは。お手柔らかに頼みますよ」
聞き流せない内容に顔を引き攣らせるスイレン。だが2人はあっさりと会話を終了させると、コハクがスイレンを連れて訓練場を出た。
配属2日目は初日のような危険なことはなく、コハクに色々と教わりながら1日を終えようとしていた。だが夕方になって、昨日捕まえた犯人に関する情報があるという2人組の男性に会うことになった。小さな応接室ですでに待っていた男達にコハクが声をかける。
「お待たせしてすみません。お久しぶりです。キタカさん。アイヒさん」
「突然すまないね。少し気になる話があって。……隣の子は新人さんかな?」
コハクと一緒に入ってきたスイレンを見て、キタカは優しく微笑む。
「はい。今日配属されたばかりのスイレンくんです。スイレンくん。こちらは情報提供などで色々協力してくれているキタカさんとアイヒさんだよ」
「……よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げるも何かに気を取られているスイレン。普通ならアイヒの顔の火傷痕を気にするはずだが、スイレンはキタカの手袋をした右手に視線がいっている。その不自然さに兄弟が不思議な顔をするが、コハクは気にせず話を進めた。
「それで、強盗犯について何か情報があるんですか?」
「そう。それ。犯人の1人が工房メンバーと同じ職場だったらしくてさ。ソイツ不思議な話をしてたらしいんだよ。望んだ情報を何でも誰相手でも引きだせるヤツがいるって」
「情報を引きだせる……」
その言葉にコハクが少し考え込む。突然始まったオカルトのような話にスイレンは呆気にとられているだけだ。
「強盗の際の情報が妙に正確だったんですよね。それと関係があるのかな」
「お。ビンゴか?ならお前向けの案件だろ。だから急いで知らせに来たんだ」
ニヤッと笑うアイヒは自分の勘が当たったことを喜ぶ子供のようだ。
「そうですね。俺が調べたほうが良さそうですね。ありがとうございます。やっぱりアイヒさんのネットワークは頼りになります」
「腕付き界隈ばっかだけどな。また何か情報が入ったら知らせに来るよ」
「よろしくお願いします」
情報が役立ちそうで兄弟は満足そうに帰って行った。話に全く入れなかったスイレンは疑問だらけの頭を解決したくてコハクに質問する。
「あの……今の話って?コハクさん向けの案件って?」
「ん?ん〜、何と言ったらいいか。話すと長くなるし、もう定時だね。詳しくは明日話すから今日はもう終わろうか」
「え⁉︎すごく気になるんですけど!」
「まあまあ。事務に持って行ってほしい書類があるから、それを提出したらそのまま帰っていいよ〜」
軽い感じで流されて、結局スイレンはそれ以上聞けずじまいだった。
スイレンが指示通り書類を持って行き、帰るために署の出口へ向かっていると聞き慣れた声が聞こえた。給湯室にコハクとシエンがいるのが見える。
「アイヒさんの情報は確かに気になりますね」
「でしょ?明日からちょっと動いてみようか」
先ほどの話をしてるので内容が気になって、スイレンは勝手に聞くのは良くないと思いつつも隠れて聞き耳をたててしまう。
するとシエンがコーヒーを淹れているコハクを後ろから抱きしめた。
「でも昨日のような無茶はしないでくださいね。どれだけ心配したか………少しは俺の気持ちも考えてください」
「はは。ごめんね。スイレンくんにいいとこ見せたくて」
コハクはシエンの行動を自然と受け入れている。スイレンは驚きで動けなくなってしまった。
「あなたに何かあったらキトラさんに顔向けできません」
「キトラのことはもう気にしなくていいのに」
頭に顔を埋めて甘えるシエンの腕をコハクが優しく撫でる。その甘美な空気にスイレンの顔が赤くなっていくと、シエンの手がコハクの体をまさぐりだした。
「シエンくん、ちょっとストレス溜まってる?」
「……色々あるので」
「ホムラくんのことかな。心配だよね。スイレンくんと同室なのも気になるし」
「なら寮に戻ってきてくださいよ。待っててもキトラさんは帰ってこないんですから」
「う〜ん。でもウタハくんのこともあるからなぁ。やっぱりあの家は出れないよ」
「……そうですね」
シュンとするシエンにコハクが困ったように笑う。抱きしめられていた体を反転させてシエンと向き合う形になると、自分より上にある顔を見上げて両手で頬を包んだ。
「仕方ないなぁ。落ち込み気味のシエンくんをお兄さんが癒してあげよう」
そう言うとコハクは背伸びしてシエンの顔に自分の顔を近づけていく。それ以上はとても見ていられなくて、スイレンは走ってその場を後にした。