18
スイレン達が署に戻るとホムラがある資料を持って待っていた。
「おかえりなさい。少し気になる報告を見つけたんです」
そう言って差し出されたのはある少年の捜索願だった。
「マシロ君という17歳の少年の捜索願なんですけど、この子の情報がおかしくて。両親がこの子について何も覚えていないというんです」
「覚えていない?」
資料には真っ白な髪に赤い瞳をした少年の写真が載っている。住所も学校名も載っていて一見普通の失踪人届けに見える。
「公的な記録も写真も、家には少年の部屋も存在するんです。でも両親や周りの人間の誰一人、少年に関する記憶がないんです」
まるで幽霊のように痕跡だけが残る少年。
「記憶を消せる能力……この少年がいなくなったのが10年前か。スイレンくんは科学捜査部に行って、当時の写真をもとに今の姿を予想してもらって。シエンくんとホムラくんは捜索願を受け取った職員の話を聞いてきて」
「「「了解」」」
僅かに掴んだトカゲへの手がかり。スイレン達はそれを離すまいと駆け出した。
その日できることをやりきり、スイレンとホムラが寮に帰ってくると夜の10時をまわっていた。
『色々ありすぎて忘れてた……』
カグラに渡された訓練の紙を思い出し、スイレンが途方に暮れる。
「スイレン。風呂は先に入る……どうした?」
スイレンの様子がおかしいことに気づき、ホムラが紙を覗き込んでくる。
「目隠しして相手に糸を出してもらい、粒子の流れを感じ取る。その時、粒子の動きを感じ取りやすいように必ず相手を抱きしめること?」
「あわわわわわ」
内容を音読されてスイレンが大慌てでホムラから離れる。だが、すでに手遅れだった。
「もしかして、コハクさんに話してた訓練ってこれか?」
ポンと手を叩き納得したように確認される。スイレンが何も言えずにいるとホムラが部屋からタオルを持ってきた。
「これなら目隠しにな」
「なんであっさりやろうとしてんですか⁉︎」
何の抵抗もなく指示を実行しようとしているホムラにスイレンが喚く。
「なんでって。毎日しろと言われているんだろ?俺はお前の役に立てるなら何でも協力するぞ」
訓練の役に立てるのが嬉しいのか、ホムラの目はキラキラと輝いている。そうなるとスイレンにはもうどうしようもなかった。
「じゃあ目隠しするぞ。転ぶと危ないから座れ」
リビングで座らされ、タオルで目を覆われる。視界を塞がれると近くにいるホムラの匂いや気配を敏感に感じ取ってしまう。
「あとは、俺を抱きしめるんだったか?ほら。ここにいるぞ」
手を掴まれ、ホムラの胸に当てられる。温かい鼓動に心臓が跳ねた。
『何何なんなのこれ!どんなプレイ⁉︎』
「場所がわかりにくいか?俺からいこうか?」
フワリといい香りがしたかと思うと、ホムラに体を抱きしめられる。温かくて柔らかいその感触にスイレンの思考は停止した。
「糸を出してみるぞ。……どうだ?わかるか?」
ホムラは真剣に訓練に付き合っているのだが、スイレンにはいやらしいことをしているようにしか感じられない。そのまま、ただただ不毛な時間が過ぎていった。
僅かな手がかりを手に入れたとはいえ、やはりトカゲには簡単に辿り着けない。2班の捜査官達にも協力してもらいながら、コハク達は地道に情報を集めていた。
「スイレンくん。今日はカグラの調子がいいみたいだから訓練の相談に行っておいで。カグラからも何か話があるみたいだし」
結局毎日チャレンジはしているのだが、集中できないせいなのかスイレンは粒子を感じることはまだできないでいた。
相談といってもどう言えばいいのか悩みながら、スイレンはカグラの家に着いた。
「いらっしゃい。カグラは部屋にいるぜ」
この間のことで心配していたが、玄関で迎えてくれたウタハはいつも通りだった。
「ありがとう。ウツギ君は学校?」
「ああ。学校に行ってる間にやる宿題を残してった」
家庭教師としてしっかりやってるんだなぁと感心しながらカグラの部屋を覗く。今日はクマもなく顔色も良さそうだ。
「こんにちは。体調はどうですか?」
「すっかり元気だよ。毎日セキトが来て強制的に寝かされるからね。セキトは過保護だ。僕はいい大人なのに」
ブーと子供のように膨れる姿を見るとセキトの気持ちもわかってしまう。スイレンは苦笑した。
「で、訓練はどう?少しは感覚を掴めてきた?」
「それが全然で。他の方法ってないんですか?その……ホムラさんを抱きしめるとか集中できないんですけど……」
赤くなるスイレンにカグラは首を傾げる。
「コハク君はキトラ君のために愛の力で色々と奇跡を起こしてきたんだけどなぁ。ホムラ君のこと好きなんだよね?」
「……好きだから集中できないんです」
イマイチ伝わらないカグラにスイレンが呆れる。すると違う話題を振ってきた。
「ちなみにこないだのリイサ君の粒子の動きは見えたのかな?」
「それが、いきなりのことで驚いて見えなくて」
「まあそんなもんだね。咄嗟のことでも反応できるように鍛えていかないとね」
ふむふむと納得しているカグラ。スイレンはふと思い出したことが口から出た。
「ウタハ君の粒子は見えたのにな」
「……ウタハが糸を出してるところを見たの?」
急にカグラが険しい表情に変わる。
「え?はい。すぐ消しちゃいましたけど」
「黒い霧は出てた?」
「はい。少しですけど」
おもむろに紙を出してきてカグラが何かを書き殴る。簡単な人の全身図の書かれた紙をスイレンに突きつけた。
「粒子はどう動いてた?」
「えっと…たしか、こんな感じだったかな」
記憶を辿りながら全身図を指でなぞる。それを見てカグラが目を輝かせた。
「やっぱり、これで間違いなかった。これならあの理論でいける!」
紙を投げ捨てて部屋を出て行くカグラを、スイレンが慌てて追いかける。
「急にどうしたんですか⁉︎」
振り向いたカグラの顔は希望に満ちていた。
「ウタハの毒の力を消せるかもしれない!」