17
取り調べ室に中学生くらいの男の子とコハクが向かい合って座っている。スイレン達チームメンバーはガラス越しにその光景を見ていた。
「えっと、まずは確認。名前はリイサくん。14歳だね」
「はい。そうです」
リイサはオドオドと怯えた感じで背を丸めて座っている。
「じゃあ、相談したいことを話してくれるかな」
「……火がつくんです。僕の周りで急に。ライターも何も持ってないのに」
「……それはいつから?どんな時に?」
「覚えてるのは1ヶ月前。嫌いな授業の時に早く終わらないかなと思ってたら、すぐ横にあったカーテンから煙があがったんです」
ぶるっとリイサの体が恐怖で震える。コハクは続きを急かすこともなく、穏やかな目でリイサを見つめた。
「先生がすぐ水をかけてくれたから大事にならなかったけど、原因はわからなくて。それから何日か経って、学校の近くで結構なスピードで走ってるバイクを見て。危ないなってイラってしたら運転手の服から煙が出て。燃えるようなことはなかったんだけど、それからそういうことが度々起こるようになって……」
「そう。それは怖かったよね」
「僕……僕のせいなのかな⁉︎今はたいしたこと起きてないけど、もし誰か怪我させたり殺してしまったりしたら……怖くて……でも、誰もこんな話信じてくれないだろうし……こっそりネットで呟いたら、警察の人が反応してくれて」
情報部が能力者関係の情報を見つけたら教えてくれるようになってると、シエンがスイレンに説明する。
「しかし、発火能力とは珍しいな」
「そうなんですか?」
「カグラさんの受け売りだが、糸ってのは拡張された脳と神経のような物らしい。だから脳に作用する能力、記憶を操作したり精神に干渉したりするもののほうが自然らしくて、物質に作用する力は稀らしい。まあ、無くはないが」
シエンが説明している間に、コハクはリイサを落ち着かせる。
「よく話してくれたね。ありがとう。俺はね、君のような特殊な能力を持つ人を専門に担当してるんだ。君の力がどういったものなのか、どう向き合っていったらいいのか、一緒に考えていこうか」
やっと差し出された救いの手にリイサが涙を流す。手でそれを拭いながら、「はい」と静かに頷いた。
まずはリイサの力について知らなければと、コハクとスイレンが付き添ってリイサをカグラのところに連れて行く。シエンとホムラは残って資料調べだ。
「……いらっしゃい」
本日2度目の訪問にウタハが玄関で出迎えてくれた。なぜだか非常に不機嫌だ。
「急にごめんね。カグラ、起きた?」
「ギリギリまで寝かそうと思ったからまだ起こしてない。今から起こすからリビングで待ってろ」
『そういえば仮眠するって言ってたな』
朝の眠そうな様子を思い出して、スイレンは申し訳ない気持ちになる。しばらくリビングで待ってるとカグラが出てきた。
「おはよう。今度はどうしたの?」
まだぼんやりとした様子で目を擦っている。だがコハクに事情を聞くとぱちっと目を開いてテキパキ指示をしだした。
「とりあえず庭で話を聞こうか。スイレン君はウタハにバケツを出してもらって、水を入れて持ってきて。念のためね」
全員が指示に従い動いていく。その中で、ウタハはまだ不服そうな顔をしていた。
スイレンが水を持っていくと、みんなで庭にある椅子に座って話をしていた。すでにあらかたの説明は終わったようだった。
「なるほど。話を聞く限りだと防衛本能的に能力が発生してるっぽいね。その場から逃げたいとか危険だとか。多分糸から物質を作り出しているタイプだけど、ボヤ程度で済んでるから力はそんなに強くないのかな。水もきたし試してみよう」
そういうと、カグラは急にナイフを出してきてリイサに切り付ける。ナイフはリイサの目の前で止められたが、ナイフを持っている手の袖から煙が出る。
「なるほど。スイレン君。水ちょうだい」
突然のことで動けずにいたスイレンだが、慌てて水をカグラのところに持っていく。
「やっぱり激しく燃やすほどの力はないようだね。脳の反応も今のでわかったし、荒療治だけど力が出ないようにしようか?」
話しながらカグラが手を水につける。煙の上がった近くにできた火傷が治っていくのが見えた。
「そんなこと……できるんですか?」
「うん。少し脳に負荷をかけるから今日は頭痛がするかもしれないけど、市販の頭痛薬でも飲んどけばいいよ」
風邪の治療でもするようにカグラは軽く言う。だが脳を触ると言う内容にリイサは少し警戒を示した。
「別に今日じゃなくてもいいよ。そのくらいの力ならたいしたことは起きないだろうし」
リイサは無理強いしないカグラの手を見る。治る場所だったとはいえ火傷のリスクを負ってまで自分を助けようとしている姿を見て、心を決めた。
「いえ。あなたを信じます。お願いします」
「……そう。ありがとう」
それだけ言うと、リイサの頭で光が弾けた。
「これで力は出なくなったと思うけど、何かあればコハク君を訪ねて。じゃあ、僕は力を使って疲れたから寝るね」
そのままカグラは椅子の上で丸まって寝てしまう。猫のようなその姿にスイレンが呆気に取られていると、コハクにリイサを車に連れて行くよう言われた。
「俺はカグラを部屋に連れていってくるよ」
そう言ってカグラを担ぎ、コハクは家の中に入って行く。スイレンも水のバケツを持ってリイサと共に家の中へ向かった。
しばらく待ったがなかなかコハクが来ないので、リイサを車で待たせてスイレンが呼びに向かう。玄関の扉を開けようとしたところで話し声が聞こえた。
「事情はわかるけど、カグラに無理させんのはやめてくれ」
少しだけ扉を開けて覗くとウタハがコハクに怒っている。コハクは静かにそれを受け止めていた。
「ごめんね。カグラ、相変わらず寝てないの?」
「寝ねぇし、食べねぇし、ずっと部屋に篭ってるし。そのくせ今回みたいなことあればすぐ糸を使うから、いつか倒れんじゃねぇかって……」
ウタハが目に涙を浮かべる。その体に光が走ったのをスイレンの目がとらえると、ウタハから糸とうっすら黒い霧のようなものが出てくる。慌ててウタハが自分の体を抱きしめて糸を消した。
「ここには俺しかいないから大丈夫。追い詰めちゃってごめんね。セキトさんに連絡してみるよ。カグラに休息を取らせないと」
黙ったまま頷くウタハの体をコハクが優しく抱きしめる。背中をさすって落ち着かせていた。
『普通に過ごしてるから実感なかったけど、ウタハ君は自分でもどうしようもない爆弾を抱えてるんだよな。カグラさんが唯一の救いなのに、その人がいなくなったら……』
あまりにも危うい状態にスイレンの心が沈む。周りの人が2人を支えるように、この目で何か役に立てないかと拳を握りしめた。