15
ウツギの処遇が決まりカグラの家へと保護された初日。スイレンはチームのみんなと共にウツギに会いにきていた。
「おばさんに怒られたよ。大学の学費は何とかしたのにって。おばさんに迷惑かけたくなくて独りよがりになってたんだな。今回の件が解決したら前以上に親孝行しないと」
ウツギはカグラの家で暮らし、学校に行く時だけ捜査官が護衛することになった。叔母は警護をつけつつも通常の生活を送っている。
「なるべく早く事件を解決するからね。しばらく我慢してくれるかな」
「自分で蒔いた種だ。保護してもらっただけで感謝してるよ」
自分の罪を全て話せてスッキリしたのだろう。コハクに向けるウツギの顔は晴れやかなものだった。
一方、カグラはスイレンを捕まえて話をしていた。
「ウツギ君との接触の時、光はどんな風に見えた?」
「えっと、ウツギ君が質問をしだすと光がコハクさんの頭の真ん中あたりで細かく動いてました」
「なるほど。よく見えてるみたいだね」
ふむと少し考え事をしたあと、気持ちを決めたようにカグラは話しだした。
「時々この家に来てもらおうかな。研究を手伝ってもらいながら、見えてる物の意味を覚えてもらいたい。それが理解できれば君の力は幅広く活躍できるようになるはずだよ」
「ホントですか⁉︎ぜひお願いします!」
スイレンの気持ちいい返事にカグラも気をよくする。すると、余計なことまで言いだした。
「そういえばホムラ君に告白はしたの?そんなに好きなんだからとっとと気持ちを伝えちゃいなよ」
「………黙秘します」
そのまま逃げようとするスイレンに、ケチーとカグラの文句が飛ぶ。そこに遅れていたセキトがやってきて、カグラはまたこっぴどく説教されていた。
捜査は振り出しに戻ったがウツギの件がひと段落し、スイレンは非番をとることになった。今回は初めてホムラと同じ日である。
『告白はできないけど、好きになってもらうためのアクションは起こさないとな』
非番の前日。スイレンは調べに調べまくったデートスポットを武器にホムラをデートに誘おうとしていた。リビングでくつろぐホムラに思い切って声をかける。
「ホムラさん!明日って予定ありますか?」
「明日か?行こうと思ってるところならある」
初っ端で躓き、スイレンが膝から崩れ落ちる。
「どうした⁉︎気分でも悪いのか⁉︎」
「いえ。戦う前に負けてしまったので絶望に襲われていただけです」
フフフと自虐的な笑いをするスイレンにホムラが心配になってくる。
「どこか行きたかったのか?急ぐ用事でもないし予定は今度にしようか?」
「いえ。それは申し訳ないので……というか、どこに行くつもりなんですか?」
「科学捜査部の研究に協力するんだ。そうだ。お前も来るか?捜査でもお世話になる人だから会っておいて損はないぞ」
せっかくの非番なのに仕事から離れられないホムラ。そんなところすら可愛くてスイレンは結局科学捜査部への同行を承諾していた。
翌日。初めて来る建物にキョロキョロと落ち着きなく視線をさまよわせるスイレンを連れ、ホムラは科学捜査部の実験室の一つに来ていた。
「ヌイさん。今日はよろしくお願いします」
「ホムラ君。こちらこそいつも協力ありがとう。そちらは新人さん?」
水色の髪がふわふわ揺れて、穏やかな笑みを浮かべる青年がスイレンを見る。
「はい。スイレンです。これから捜査でお世話になると思うので連れてきました」
「2班のスイレンです。よろしくお願いします」
「科学捜査部のヌイです。よろしくね」
柔らかい雰囲気のヌイにスイレンはすぐに心を開く。その様子を見て、ホムラは実験用の服に着替えるために更衣室へと消えていった。
だが、着替えを終えたホムラを見てスイレンは激しく取り乱す。
『だから……なんでこの人は……』
少し伸びてきた髪を一つに結んだことで見えるうなじがスイレンの欲望を刺激する。さらに全身がピッタリとしたスーツに覆われており、体のラインが丸わかりだ。
「そう言えば研究の内容を説明してなかったな。腕付きの筋肉の動きを計測して普通の人との違いを調べているんだ。解析すれば捜査の役に立つし、将来的には医療の研究にも使われればいいと思っている」
明るく話すホムラの説明はスイレンには全く届いていない。だがホムラは気づかず動きを記録するためのカメラの前へと歩いていく。
『綺麗なんだかエッチなんだか、わからなくなってきた』
カメラの前で指示された動きをしていくホムラ。長い手脚が優雅に動く様は美しく目を奪われるが、スーツから浮かび上がる体の線は情欲を誘い目を背けたくなる。
「今日はこれくらいで大丈夫かな。ホムラ君、お疲れ様」
極楽のような拷問のような時間が終わり、ホムラが再び更衣室へ消えていく。はあーっと長いため息を吐くスイレンのそばへヌイがやってきた。
「顔が真っ赤だよ」
不意を突かれた言葉にバッと顔を上げると、嬉しそうにしているヌイと目があった。
「ふふ。そっかぁ。随分と可愛らしい片想いだね」
冷やかす感じはなく、ヌイは愛らしい生き物でも見るように話しかけてくる。
「……ホムラさんにはバラさないでくださいよ」
「言うわけないよ。がんばってね」
ポンポンと背中を叩かれて、スイレンは何とも言えない気持ちになった。
思ったより研究協力が早く終わったことで、2人は昼前には自由になってしまった。
「今からでも良ければお前が行きたかったところに付き合うぞ」
とても嬉しい申し出なのだが、先程の光景が頭にちらつきスイレンは正常な判断ができない。
「いや、えっと、ホムラさんはどこか行きたいところありますか?」
「俺か?そうだなぁ」
アゴに手を当てて考える姿すら官能的に見えてくる。どうしようもなく煩悩に侵されたスイレンに返ってきたのは意外な場所だった。
ガヤガヤと騒がしい音がそこかしこで鳴り響く空間。2人はホムラの希望でゲームセンターに来ていた。
「あれがいい。一緒にやるか?」
ホムラが指差す先にはガンシューティングゲームがあった。意外な趣味だなと思いながらもスイレンはホムラに付き合ってプレイする。
「思ったより点が取れなかったな」
悔しそうにするホムラはラストステージの途中でゲームオーバーになってしまった。それでも全く初心者のスイレンからすればかなり上手いほうだ。
「次はあれをしてみよう」
先程のとはまた違うゲームを選ぶホムラ。そうやって全てのガンシューティングにチャレンジすると、満足したように店を後にした。
「ホムラさん銃撃つやつ好きなんですね。意外です」
「ん?いや、別に好きと言うわけではない」
散々付き合わされたのに好きではないと言われて、スイレンの頭にハテナが浮かぶ。
「じゃあ、なんで」
「ゲームとはいえ、仕事で銃を撃つのに何か役立つかと思って」
その答えにしばらく動きが停止したあと、スイレンは大声で笑いだした。
「ちょ!マジですか!ホムラさん、仕事のことばっか考えすぎでしょ!」
「そんなに笑うことないだろ。お前のおかげで仕事にまっすぐに向き合えるようになったから、頑張りたいだけなのに」
子供のように拗ねる顔が愛らしい。フワフワ宙に浮かぶような気持ちになって、スイレンはホムラの手を取って走り出す。
「そんなに仕事ばっかだといつか倒れますよ。俺がリフレッシュの仕方を教えてあげます」
手を繋いで辿り着いたのは小さなクレープ屋だった。スイレンが注文の仕方を簡単に説明して、2人で店の前でクレープにかぶりつく。
「……おいしい」
ホムラが目を丸くしながら口いっぱいにクリームを頬張る。
「そうでしょう。この店、学生の時からのお気に入りなんです」
エヘンと自慢げに胸を張るスイレンにホムラがクスリと笑う。そうしてあっという間にクレープを平らげると、スイレンはまたホムラの手を引っ張って次の目的地へと走りだした。
その後も本屋で好きな漫画を紹介したり、コンビニでご飯を買って公園で食べたり、映画館で映画も見ずに次やる作品のどれが観たいか話したり。
お洒落やトキメキとはおおよそかけ離れた時間を過ごして2人の休日は過ぎていった。
「お前は楽しむのが上手だな」
「ひとりっ子なんで。何でも楽しいことに変えていかないとヒマだったんですよ」
「そうか。俺は兄がいるから家は賑やかだったかな」
「お兄さんがいるんですか?」
「ああ。優しい人だぞ。少し心配症で過干渉だがな」
『それはホムラさんが腕付きだからなのかな』
好きに気づいたからか、ホムラとの間にある違いに戸惑いが出てくる。スイレンはホムラを幸せにするにはどうしたらいいかの答えがまだわからなかった。
「今日はありがとう。こんな風に休日を過ごしたのは久しぶりだ」
「ホムラさんは仕事し過ぎです。きちんと休んでください」
「ははっ。じゃあまた色々と連れ回ってくれ」
いつもの肩に力の入った感じじゃない、自然体なホムラにスイレンは切なくなる。気を抜くとすぐにどこかへ消えてしまいそうなその体をそっと抱きしめた。
「スイレン?」
「いくらでも連れて行きます。だから俺のそばにずっといてください」
歳下で、自分より背が低くて、まだまだ真っ白な子供のようなものだと思っていた後輩に心が囚われる。ホムラの中でトクンと、静かに脈打つ心臓が燃えるように熱くなった。
『これは、何だ?』
それは人が恋と呼ぶ感情だった。