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『やっぱり捜査官なんてならなきゃ良かった………』


水色の瞳が絶望を滲ませて周囲を見渡す。映るのは獲物を狙う獣の顔、顔、顔。

コンクリート剥き出しの廃ビルでどう見てもカタギではない男達に囲まれ、白い髪の青年が途方にくれていた。


「あら〜。まさかのビンゴだったね」


隣にいる茶色い髪の男性が全く緊張感のない声で話しかけてくる。


「スイレンくん持ってるね〜。配属初日からこんな大物捕まえるなんて、なかなかないよ」

「いや、まだ捕まえてないですし。むしろこっちが捕まえられた感じなんですけど」


恐怖に顔を引き攣らせながらスイレンは後ろに下がろうとするが、すぐに壁に背があたり逃げるのを遮られてしまう。


「コ………コハクさん。大丈夫ですよね。きちんとコイツらを捕まえられると踏んだ上でこんなことになってるんですよね?そうだ。数少ない腕付きの捜査官ですもん。こんなの楽勝ですよね?」

「う〜ん。でも俺は格闘担当じゃないしなぁ」


縋るように聞いてくるスイレンをコハクは軽く突き放す。そんな………と絶望の色を濃くするスイレンに、コハクはパチリとウインクした。


「でも大丈夫。捜査官はチームで動くものだからね」


その言葉を合図にピシュッピシュッと乾いた音がしたかと思ったら、目の前の男達が次々と倒れていく。


「えっ⁉︎何⁉︎」

「シエンくん!ナイス!」


コハクが声をかけたほうに顔を向けると、10メートルほど離れたビルの入り口に人が見える。紫の髪の男性が銃を構えて立っていた。


『あんな遠くから?』


狙撃者に気づいた男達が、入り口に近い者から数名そちらに向かう。


「ホムラ」

「はい」


シエンは自分に向かってくる者は気にせず、スイレン達に近い者からどんどんと狙って行く。

その後ろから黒い影が飛び出た。


「あぁっ⁉︎なんだ、てめぇ!」


影めがけて男達が糸を出して攻撃を加えようとする。だが、その糸は悉く床に落ちていった。


「………は?」


まるで踊るように黒い影が男達を床に沈めてゆく。長い脚が顔を蹴り上げ、最後の1人の頭を鷲掴みにした手が容赦なく地面に叩きつけた。

およそ人から出たとは思えない音の後に影が立ち上がる。赤い瞳と目があって、スイレンは心の底が凍るのを感じた。


『黒い炎だ……』


地獄の炎のような青年だった。

光も温かさもない冷え切った瞳が男達を見下ろし、1人の顔を踏みつける。すでに気を失っている者への仕打ちにスイレンが口を開こうとすると、シエンが先に声をかけた。

気づけば20人はいた男達は全て地に沈んでいる。


「ホムラ。もういい。班長に制圧完了の報告をしてくれ。俺達だけでは全員運ぶのは無理だからな」

「了解」


まるでゴミでも落ちてるかのように男達を一瞥すると、ホムラと呼ばれた青年はスマホを出してビルの外へと出て行く。代わりにシエンがスイレン達のところまで駆け寄ってきた。


「コハクさん。大丈夫ですか?」


シエンは銃を撃っていた冷徹な顔とは180度変わり、眉をひそめてコハクに怪我がないか調べている。


「大丈夫だよ。来てくれてありがとう」


緊張感のないヘラヘラ顔で答えるコハクにシエンが脱力する。


「まったく。糸で繋がってるからって無茶しないでくださいよ」

「ごめんね。ちょうどアイツらをまとめて捕まえるチャンスだったから。シエンくんのいる場所はわかってたし、絶対来てくれるって信じてたから」


信じてるの言葉にシエンが嬉しいような困ったような顔をする。その瞬間、スイレンの目にコハクとシエンの中で何かがキラキラ光ったのが見えた。


「!」


自分が見えたものが恐ろしくなってスイレンは2人から顔を背ける。コハクはそれに気づいたが気づかないふりをした。


「今、ちょっと俺の怒りを抑えたでしょ。やめてください。心配かけられたことはあとで説教しますからね。あと、新人を危険に巻き込んだことも」

「やだな〜。そんなに怒らないでよ」


目の前で繰り広げられるよくわからない応酬を見ながら、スイレンはこんな事になった原因を思い返していた。




スイレンはなんの特徴もない平凡な人生を送ってきた。優しい両親のもと一人っ子として温かい家庭で育ち、成績も運動も全てが平均レベル。特に悪さをするわけでも優等生になるわけでもなく中堅の学校に進学し、食いっぱぐれないかなという理由でなんとなく警察学校に入った。

駐在員として町の平和を守っていけたらいいやと思っていたのに、待っていたのは捜査官になれという辞令。それも花形の班への配属という一切望まないものだった。

自分に捜査官なんて絶対に無理だと震えながら迎えた初日。教育係だと紹介されたコハクが腕付きの捜査官という特殊な立ち位置ながらも穏やかで優しそうな雰囲気だったため少し安心したのだが、それが間違いだった。


「ちょうど今追ってるグループの情報が入ったから、とりあえず行こうか」


それだけ言われてロクな説明もないまま連れ出されると、コハクは時々何かを確認するように止まりながらどこかへ向かって行く。新人としてただついていくことしかできなくて素直にしたがっていると、まさに今銀行へ襲撃しようとしている男達に遭遇し冒頭の状態に至ったわけである。




『まだ初日だけど、既に仕事を辞めたい………』


あまりに散々な目に遭ったため、勤務数時間で既に辞表ってどうやって書くのだろうと考えて始めたスイレン。遠い目をしているその姿にシエンが心配になって声をかけてきた。


「スイレン。大丈夫かい?初日から大変な目に遭ったね」


宝石のようなピンクの瞳が覗き込んでくる。どこか色気のある美しい顔にスイレンの心臓が跳ねた。


「だ、大丈夫です!ちょっと怖かっただけです!」


子供か!と自分でつっこんでしまいながらスイレンは必死にシエンから距離を取る。


「スイレンくん、よく頑張ったね〜。君のおかげで連続強盗犯達を捕まえられたよ」


ヨシヨシと頭を撫でられ、危険に巻き込んだ張本人のはずなのにコハクをいい人だと思ってしまいそうになる。


「応援、20分後に来ます」


連絡を終えたホムラが戻ってきた。気絶している男達を道に落ちた石ころみたいに避けてスイレン達の所へやってくる。その顔は氷のように冷たく無表情だった。


「ご苦労様。麻酔銃の効きも十分保つし、応援が来るまでは休憩しててくれ」

「麻酔銃、大活躍だね。リト班長大喜びなんじゃない?」

「はい。銃の問題点だった高すぎる殺傷力を解決できましたから。麻酔の調整をしてくれたヌイさんにも報告しないといけませんね」


嬉しそうに銃のことを話すシエンの隣で、ホムラの無表情がほんの少し歪んだ。それに気づいたコハクが優しく声をかける。


「ホムラくんも凄かったね。体術はすっかり抜かされちゃったなぁ。いっぱい努力してたもんね」

「……コハクさんには別の役目がありますので。俺はこれしかできませんから……」


新人のスイレンにもわかるほどホムラの立ち回りは見事だったのに、本人は先輩の賞賛すら届かないほど自分に納得していないようだった。コハクは困った顔で笑い、シエンは難しい顔をしている。

いたたまれない空気をなんとかしようとスイレンができるだけ明るい声で3人に話しかけた。


「でも、みなさん凄いですよね!腕付きの捜査官っていう新しい道を切り開いてるんですから!俺なんてほんとに平凡で。なんで2班に配属されたんだか。今日も何もできなかったし……」


スイレンとしては精一杯3人を褒めたつもりだったのだが、どうやら何らかの地雷を踏んでしまったらしい。コハクとシエンが「あっ」という顔をし、ホムラの顔が一瞬で怒りに染まった。


「自分の境遇に甘えるな!何もできなかったなんてヘラヘラ笑うな!」


燃え盛る炎のような怒りにスイレンが怯える。その様子にさすがにシエンがホムラを止めた。


「ホムラ」


ただ名前を呼んだだけだったが、ホムラはそこに込められた意味をよく理解していた。「頭を冷やしてきます」と一言残し、ビルの外に出ていった。


「すまないね。ホムラも難しい立場なんだ。かと言ってまだ入って1日目の君にあの物言いはないな。俺からきちんと注意しておくよ」


謝ってくるシエンにスイレンのほうが申し訳ない気持ちになる。「いえ。俺も悪かったので」と言いながら、スイレンはこの先が不安で仕方なかった。




強盗犯達の移送も終わり、書類の手続きやら雑用やらをしているうちにその日は定時を迎えた。初日から残業では可哀想だと、コハクがスイレンに今日はもう帰るよう言ってきた。


「寮に入るんだよね。たしか今日からだっけ?」

「はい。本当は昨日に入れる予定だったんですけど、急に空きができてそっちに入って欲しいから1日ずらしてくれって。まあ代わりに荷物は運び込んでくれてるらしいんで、荷解きはボチボチしていきます」

「そっか〜。なら、尚更早く帰らないとね。……ん?急遽空いた部屋ってもしかして……」

「俺の部屋です」


ちょうど2班の部屋に戻ってきたホムラが会話に入ってくる。


「サナが寮を出たんで、新人を俺の部屋に入れると言われてました。まさかお前とは……」


嫌がってるのを隠しもせず言われてスイレンは少しイラッとする。


「シエンさんに今日はもう終わってソイツを寮に案内するよう言われました」

「それは……えっと……」


2人のピリピリした空気にコハクは「はい、そうですか」とは素直に言えなくなってしまう。


「そうだ。シエンくんも今日は終わってもらって、一緒に寮に帰ってもらおうか」

「この忙しい中、シエンさんに負担はかけれません。銃の報告も急ぐでしょうし。新人の世話くらい俺がします」

「う……まあ、そう言うなら……」


どっちが先輩なのかわからなくなるくらいコハクはホムラにやり込められてしまう。そのまま「行くぞ」とだけ言われてスイレンはホムラについていくしかなくなった。




ひたすら前だけを見て歩くホムラにスイレンは必死についていく。その姿から相手に合わせる気など一切ないのが伝わってくきた。


「あの……さっきは……その……」


なぜ怒らせてしまったのか理由はまるでわからないのだが、今日から一緒に住む相手である。とりあえずは謝ろうとスイレンは勇気を振り絞って話しかけた。


「すみま」

「謝罪などいらない」


急に止まられ、スイレンは黒い後ろ姿にぶつかりそうになる。慌てて止まると赤い瞳が振り返ってきた。自分より背の高いホムラを見上げる水色に、感情のない顔がうつる。


「お前と分かりあう気なんてない。仕事上で必要なコミュニケーション以外をとる気もない。俺は着替えを取りに帰る時くらいしか寮に来ないから、共有スペースは好きに使え。その代わり掃除も何もかも全てお前がしろ。くれぐれもくだらんことで俺に話しかけたりしてくるなよ」


言いたいことだけ言うと再び前を向きホムラは歩き出してしまう。その一方的な拒絶に最初は呆気にとられていたスイレンだが、しだいに怒りが湧いてくる。


『俺………コイツのこと嫌いかも………いや、多分、絶対………大嫌いだ』


理不尽な仕打ちにスイレンが体を震わせる。そのままズカズカと怒りに任せた乱暴な歩き方でホムラの後を追いかけていった。

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