表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
境界線に立つ者たちへ──その『執念』は全てを覆す  作者: まな板のいわし
後日譚:その『執念』は、世界の果てさえ越えていく
99/111

098 繋がる縁は何を紡ぐか【メリー視点】

 窓の外はすっかり静寂と暗闇に包まれている。昨晩アイゼアと双子はロランの家へと招待されて一泊していたが、今日はメリーが住んでいる屋敷へと招いた。


 今朝、街を案内するために待ち合わせをしたとき、三人とも表情は明るかった。それだけで、とても良い時間を過ごせたのだと想像できる。

 メリーは、彼らが不当な扱いを受ける可能性を少し心配していたが、今は杞憂に終わったことに安堵(あんど)していた。


 ノルタンダールの景色や食べ物も気に入ってもらえ、メリーとしても今日は久々に楽しい一日だったと思えた。



 今は夜のお茶会をエルヴェとカーラントと共に楽しんでいる。エルヴェの焼いてくれたシフォンケーキはしっとりとしていて柔らかく、それでいて軽くて優しい舌触りだ。甘みも程良く、一人でペロリとホールごと食べきれてしまいそうなほど美味しい。

 シフォンケーキを頬張っていると、双子を寝かしつけたアイゼアがリビングへと戻ってくる。


「何から何までお世話になっちゃってごめん。宿まで提供してくれて……」

「いえ。部屋も余ってますし、私が勧めたんですから気にしないでください」

「ありがとう。それにしても二人ももうだいぶ大きいのに、いつまでも甘えたで……兄離れしてくれる日が来るのか心配だよ」

「そんなこと言ってると、すぐにその日が来ますよ。今は甘えさせてあげてもいいじゃないですか」


 アイゼアの弟妹であるカストルとポルッカはまだまだ子供だ。両親を早くに亡くし、義兄であるアイゼアもなかなか二人の元へ帰れない生活を送っている。きっとその分甘えたい気持ちも強いのだろう。心配しつつもどこか嬉しそうにしているアイゼアにほっこりと心が温まる。


 アイゼアたち三人の関係は、メリーにとって失われた過去の輝きであり、憧れでもある。ミュールとフランとの、もう二度と戻らない日々の残照を、重ね見てしまうときがある。どうかあのささやかな幸せが壊されないように、とメリーは心密かに願っていた。


「そういえばメリーに会えたときにと思って手土産を持ってきてたのをすっかり忘れてたよ」

 アイゼアは旅行カバンの中から手のひらほどの大きさの小瓶を取り出す。その小瓶の中いっぱいに入っている花に思わず視線が吸い寄せられた。


白香(びゃっこう)藍花(らんか)じゃないですか!」

「さすが、これが何かわかるんだね」

「もちろんですよ。嬉しい手土産ですね……!」

「そんなに喜んでもらえるなら持ってきてよかったよ。騎士仲間に任務のついでに摘んできてもらったんだ」


 アイゼアから小瓶を受け取り、メリーはじっくりと観察する。茎も葉も白く、花弁だけが濃藍色のその花は、花弁を煎じると安息効果を得られる薬となるのだ。花弁を紅茶に入れて飲んでもいいし、蜜漬けにしても効果を得られる。


 更にこの花の香りには集中力を高める効果もあり、精油にされているものは少なく人気も高いため、高値で取引される。希少な花とまではいかないが、スピリアではなかなかお目にかかれない種類だ。

 花を眺めながら紅茶を一口口に含むと、玄関のベルが来客を報せる。


「ずいぶんと遅くに……私が出てこよう」

 カーラントが立ち上がり、玄関の方へと向かっていく。少しして話し声が聞こえてくる。相手は複数らしく、男性と女性の声がぼそぼそと聞こえた。すぐに気配がリビングの方へと戻ってくると、カーラントと共に顔を見せた人物に思わず声を漏らす。


「久しぶり、メリー!」

「邪魔する……」

 もう二度と会うことは叶わないかもしれないと思っていたフィロメナとスイウの姿に驚いた。寝ぼけているのか、とそこまで考えたところでハッとあることに気づく。


そう、こんな偶然が続くことなどあり得ない。


「カーラント、幻術をいたずらに使うのは感心しませんね」

「冷静に考えなさい。何のために今ここで幻術を使う必要があるのかね……?」

 カーラントは呆れたような笑みを浮かべ、肩を竦める。ならば二人がどうしてここに、と思わずにはいられなかった。


「アイゼアとエルヴェもいるのはさすがに驚いたわ」

「僕たちはたまたま観光で来てたんだよ」

 フィロメナとアイゼアたちが久しぶりの再会を喜び談笑していると、スイウがいつもの仏頂面でメリーの隣へとやって来る。


「メリー、再契約を結んでくれ」


 スイウの突然の申し出に、持っていたフォークを落としかけた。最初の契約解消のときに、メリーはスイウとの契約を継続しても構わないと思っていた。だがスイウの冥界に帰るという意思は固く、解消する以外になかった。

 本人の希望で契約解消したはずだが、再契約をしてほしいなんて一体どういう風の吹き回しなのか。


「構いませんけど、再契約の解消は……」

 再契約の解消はほぼ不可能と言っていい。結べばスイウは冥界に戻ることができなくなってしまうだろう。もしくはメリーがこの世界を捨てて冥界へ行くか、だ。


 一度目の契約が互いの魂に(くさび)を打つことで一つに繋がるものだとするなら、再契約は楔の傷跡に互いの魂が入り込み、一つに癒着するようなものだ。もし解消できたとするなら、それはどちらかが魂の全てを代償にしたときだ。


「もう解消する気はない。わかってて言ってる」

 スイウの表情と声は重い。本人としては不本意だということがひしひしと伝わってくる。そんなスイウの後ろからフィロメナがご機嫌な様子で顔を出した。


「心配しなくて大丈夫よ。スイウ、冥界を追い出されちゃったのよねー」

「順序が逆だ……誤解される言い方はやめろ」

 スイウの眉間に深いシワが刻まれた。


「とりあえず俺の事情を話す。契約は納得できたらでいい」

 スイウは何の使命を課されてここへ来たのかを丁寧に説明してくれた。スイウの魂の欠片を魔物が持っていて、世界のどこかにいること。魂の欠片がスイウの失われた記憶や本来の力を取り戻す鍵になること。捜索していたクロミツが失踪したこと。できるだけ早く回収するよう命じられたこと。


 日光を避けるための外套(がいとう)を持っているようだが、とても一人でできることではないとメリーは判断し、スイウと再契約を交わした。初めてのときは驚いたが、二度めともなれば慣れたものだ。


「スイウの話は、僕としても興味深い話だね。魔物関連の報告がここ数ヶ月尽きることなく入ってきてて。ノルタンダール近郊でも最近凶暴化した魔物が出るって聞いたよ」

「……あなたは間者(かんじゃ)のようなこともしているのかね?」

「嫌だなぁ。こんなの単なる世間話の範囲だと思うけどね」

 カーラントの鋭い視線を、アイゼアは苦笑を浮かべながらのらりくらりと(かわ)す。


「あの、どうやってスイウ様の魂の欠片を探すのでしょうか?」

 エルヴェの疑問は当然だ。世界のどこにいるかもわからない魔物を探すのは相当骨が折れるだろう。だがスイウは「問題ない」と短く返事をする。


「冥王が言うには魂は引き合うらしい。嫌でも向こうから来ると言っていた」

「魔物が持ってるなら魔物を引き寄せるってことよね?」

「そうなるだろうな」

「なら情報収集とスイウの感覚頼みってことになるのかな」

 だがそれでは完全に後手だ。街にいれば街に魔物がやって来ることになる。どうせ仕掛けるのならこちらが先手の方がいい。


「とりあえずクロミツさんの無事を確認しますね。モナカさん、メリーです。会いたいので返事をください」

 メリーは使い魔のエナガを呼び出し、言付けしてからモナカへと飛ばす。

 エナガはすぐに壁をすり抜けてどこかへと飛んでいった。それはモナカが生きている何よりの証明でもある。


「モナカさんが生きているなら、クロミツさんも生きているはずです。使い魔にモナカさんの気配を追わせて合流を目指すのはどうですか?」

「私もそれが良いと思います。クロミツ様やモナカ様のお力を借りれた方が心強いはずです」

 エルヴェはすぐさま反応し、スイウとフィロメナもその方が確実だと意見に賛同してくれた。


「僕もそれがいいと思うけど、場所によっては途中でお別れかもしれないね。でもサントルーサまで二人を送ったら、追いかける。今はどの任務も魔物関連が大半だし」

 アイゼアはカストルとポルッカと共にノルタンダールへ来ている。さすがに危険な旅に二人を連れてはいけないだろう。アイゼアがいないのは戦術的にも戦力的にも落ちてしまうがこればかりは仕方ない。


「ってことでカーラント。私は明日でノルタンダールを発ちます」

「そうだな。あなたは絶望的に領主の仕事には向いていないようだし、魔物退治の方がお似合いだ」

「私もそう思います。珍しく意見が合うじゃないですか」

 皮肉っぽい笑みを向けるカーラントに、こちらも作り笑いで切り返した。


「メリー様も以前から領主のお仕事をなさっていたのですか?」

 興味深そうに尋ねるエルヴェに、メリーは否定の意味を込めて首を振る。


「したことなかったですよ。体制を潰したらその流れで補佐のようなことをやらされて……やったこともないのにいきなり言われて勤まると思います?」


 (まつりごと)が一朝一夕で勤まるほど簡単なわけがない。元々他人のために身を粉にして働くなど向いていないのだ。

 人々の声に耳を傾け、寄り添い、策を立案し、尽力する。そのどれもが圧倒的に自分には足りてない能力だろう。


 おまけに接する人々には一々怯えられるせいで仕事にならないし、非常に面倒くさい。とにかく息が詰まりそうな日々だった。魔物討伐の方が余程自分に向いている。怯えている人たちに対しても、その力が命を脅かす以外に使われている方が余程安心できるだろう。やはり適材適所なのだ。


「メリーの仕事ぶりは、それはもう酷いものだったよ。視察の度に──」

「カーラント。それ以上は灰にしますよ」

 瞬時に呼び出した杖の切っ先を、カーラントの眉間へとつきつける。同時にカーラントの剣が、首筋に向けてきた。


「すぐ武力に訴えるのは褒められたものではないな。愚妹の指導は兄の勤め、か?」

「指導役気取ってるわりに、自分も剣が出てるようですけど。説得力なさすぎません?」

「何を言う。これは正当防衛ではないか」


 顔だけなら互いに楽しく談笑しているように見えるだろうが、どちらかが打って出れば、片方が半殺しになるまで終わらない戦いが始まろうとしている。まさに一触即発の状態だった。


「メリー、どうして? そんなに怒らなくてもいいじゃない。あたしもメリーがどんなふうに頑張ってたのか興味あるわ。ねぇカーラント、詳しく聞かせてもらえないかしら?」

 手のひらを合わせ、わくわくしているフィロメナとは対照的に、エルヴェとアイゼアは驚愕の表情のまま凍りついてる。ずいぶんと暢気(のんき)なことを(のたま)っているフィロメナへ空いている方の手の人差し指を向け、手の先に火球を作り出す。


「えぇっ。待って、メリー! 何がそんなにダメなの?」

 フィロメナは何がそんなにいけないのかわからないらしく、慌てふためいている。その様子を気の毒に思ったのか、カーラントは笑みを消し先程より語気を強めて咎めてくる。


「メリー、やめなさい。それではまるで癇癪(かんしゃく)を起こした子供ではないか。少しは大人の対応をすべきだろう」

「あなたが人の嫌がることをやめればすぐに収めますよ。フィロメナさんも前言を撤回することですね」

「フィロメナ殿を壁ごと吹っ飛ばすつもりかね?」

「大丈夫ですよ。穴が空いても私は明日ここを出ますし」

「あなたの事情は聞いていない。フィロメナ殿や私のことを考えなさい」

「なぜです?」


 メリーはフィロメナへ向けて火球を放つ。フィロメナは小さく悲鳴を上げてとっさに障壁を張った。火球は障壁に当たるより前にパッと小さく弾け、キラキラと火花を散らせる。


「えっ……本気かと思ったわ。もー、びっくりさせないでよ……」

 フィロメナはぱちぱちと目を瞬かせながら、胸に手を当てて呼吸を整えている。


「そんなに魔力を込めてないってわかってて大げさなんですよ、カーラントは」

 引き払うとはいえ、この家はミュールとフランの二人と何年も一緒に暮らしてきた場所だ。ここに残る思い出こど吹っ飛ばす気になんてならない。


「おやおや……あなたが加減というものを知っているとは。兄としてとても喜ばしく感じるな」

 カーラントの物言いは一々(かん)に障る。わざとなのか無自覚なのかはわからない。これまでは指摘せずに我慢し続けてきたが、いよいよ限界だ。


「良い機会なんで言いますけど、事あるごとに『兄』とか『妹』とか強調するのやめてもらえません? 薄汚い血が半分流れてる者同士ってだけですよね、私たち」

 これまでの視察なども含め、カーラントはメリーとの関係を兄妹として強調したり、兄の立場を気取って意見してくることが多かった。


 そもそもストーベルというどうしようもないクズの血が半分流れているということと年齢が同じということしか共通点がない。


 血が繋がっているという点で言えば兄妹の条件は満たしているのかもしれないが、こちらは兄と認めたことなど一切なく、まるでミュールの座を奪わんとする強引な態度には辟易(へきえき)としていた。


「そんな不名誉な繋がりを人前で強調して、恥ずかしくないんですか?」

「恥ずかしいとは思わない。それより自分が何を言っているか冷静に考えなさい。同じ血を持つミュール兄様やフランに、あなたは同じ暴言をぶつけるつもりかね?」

 ミュールとフランの名前が引き合いに出され、初めて強い憤りを覚える。その強い憤りは憤りを通り越し、あまりの滑稽(こっけい)さに笑いがこらえきれなくなった。


「確かにそうですけど、ミュール兄さんやフランは血以上の繋がりがあるので。血だけしか繋がらないあなたが同列に扱ってもらおうなんて烏滸(おこ)がましいと思いません?」

 カーラントもまた、こらえることなく静かに笑い始める。


「さすがにそこまでは思ってない。血の繋がり自体は事実なのだから兄妹だと公言しても何もおかしくはないというだけだ。ただ私は、メリーという妹がいてくれて良かったとは思っている。それだけは伝えておくとしようか」

「わぁ、心底どうでもいいー。気ッ色悪いですねぇ〜」


 今までに言われたこともないような言葉で調子を崩されそうになる。危うくカーラントの術中に嵌まるところだったと、一瞬肝が冷えた。すぐにいつもの体裁を整えると、カーラントへコッテコテの作り笑いを返す。


「まったく、あなたは反抗期なのか幼稚なのか……」

 カーラントは深いため息をつくと、剣を虚空へと返し四人へと向き直る。


「見苦しいところをお見せして本当に申し訳ない。メリーとは今までもずっとこんな調子で困っていてね。察してもらえれば助かる」

 カーラントは苦笑しながら謝意を込めて頭を下げる。完全に保護者気取りだ。


「困ってるのは私の方です。あなたが口を慎めば大半が解決しますから」

 メリーとしてはカーラントが余計なことを言わなければ、反論したり突っかかるような真似をする必要もない。


 今回だってそうだ。カーラントが余計なことを皆に話そうとしたのがそもそもの原因なのだ。悪くないのなら謝る道理もない。それでも何となく胸に残るもやもや感を押し流すため、メリーは紅茶へと手を伸ばした。


 そうしているうちに夜も更け、皆が床につく。明日からはまた旅が始まる。メリーは少しだけ期待に胸を膨らませて眠りについた。入浴している間に、勤務態度をカーラントに暴露されていたとも知らずに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ