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境界線に立つ者たちへ──その『執念』は全てを覆す  作者: まな板のいわし
後日譚:その『執念』は、世界の果てさえ越えていく
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097 使命【スイウ視点】

 破滅を止め、冥界に戻ってからのスイウは、それまで通りの生活に戻っていた。あの期間に死んだ者たちの処理もようやく落ち着いてきた頃のことだった。


「スイウ、そなたには地上界へ欠けた魂を探しに行ってもらう」

 冥王に直接呼び出され、何事かと赴くと唐突に新たな任務を言い渡されたのだ。


 冥王はすらりとした長い足を組み、不遜な態度でこちらを見下ろしている。人使いの荒い王だ、とスイウは内心毒づいた。


「なぜ俺が行かなきゃならん。断る」

「そなたの魂の欠片だとしても、か? 自分の生前の記憶がないことを何とも思わんのか? そのせいでそなたの力や存在は常に不安定な状態でもあるというのに」


 その点に関しては、何とも思っていないわけではない。記憶の方は別になくても困らないというのが本音だが、力の制御の方には強く興味がある。

 契約解消の代償として右目を差し出したにも関わらず失われたのは視力だけで、右目に宿る読心の能力はほとんど弱まらなかった。


「魂は地上界のどこかに眠っておる。そなたは早々にこちらへ戻ってきてしまったからクロミツに頼んでおったのだが、連絡も途絶えて久しい」

「……クロミツが?」

 クロミツは軽くて馴れ馴れしい性格ではあったが、役目や任務を途中で放棄するようなヤツではなかった。であれば地上界で何かあったと考えるのが妥当だろうか。


「魂の欠片は魔物が持っておるからな。もしやクロミツは魔物に喰われてしまったのかもしれぬ」

 クロミツの実力はスイウよりは劣っていたが、それでも十分強い方の部類に入る。簡単に人間や霊族、魔物にも負けるとは思えなかった。


「それに魂同士は引き合う。そなたが地上界へ出向けば、嫌でも自ずと巡り会えるだろう。本来クロミツに探させるよりは余程その方が早かったのだが……」

 冥王は独り言のように勝手に話を進めていく。まだこちらは返事をした覚えはないというのに、すでに行く前提だ。


「そなた、拒否権などないぞ」

 こちらの考えなどお見通しだと言わんばかりに、冥王は大きな玉座の肘掛けに頬杖をつき、盛大なため息を漏らした。


「いつかは向き合わねばならぬことだ」

「何か知ってることでもあるのか?」

「ほとんど何も知らぬな。グリモワールが失われたことで、いくつかの魂が放たれた、ということくらいか」

 なぜそこでグリモワールが出てくるのか、とスイウは疑問に思う。自分の魂とグリモワールに何の関係があるのかもピンとこない。


「我も先代冥王の亡き後……一度目の破滅と共に生まれ、グリモワールを回収しただけに過ぎぬ。つまりそなたは一度目の世界の破滅より前に死んでおるということになろう」

 一度目の破滅。この世界は一度滅び、二度目の世界だということは魔族であれば常識だったが、まさか自分が一度目の世界の人間だとは思いもしなかった。


 それが本当なのかはわからない。冥王がこちらの興味を引き、魂の回収に行かせようとするための嘘の可能性もある。


「そなたは自分の目で見たものしか信じぬ傾向があるからな。つべこべ言わず、とっとと行って参れ。それに天王にも相談したら、協力者を送ってくれたぞ。喜べ」

「協力者……? 天族が?」

 天王はともかく、あの無駄に高慢な天族が魔族に協力なんかするのだろうかと疑念が湧いたときだった。


「遅くなってごめんなさい。初めまして、冥王様。天界から遣わされた天族のフィロメナよ」


 聞き馴染みのある声に振り返ると、少しくすんだ金髪と若草色の瞳、堕天の証である黒い翼が目に飛び込んでくる。


「久しぶりね、スイウ」

「はぁぁぁぁー!?」

 冥界に響く叫びが一つ。普段の自分からは絶対に出ないような声が腹の底から飛び出した。


「スイウ、やかましいぞ」

「そうよ。そんな驚くほどでもないでしょ!」

 堕天したとはいえ天族が冥界にいれば普通は驚くだろ、という反論は面倒なので飲み込む。


 フィロメナはスイウの隣まで歩み寄ると、玉座にふんぞり返る冥王へ軽く一礼した。


「待った、俺が行った方がいいって事情はわかった。だが俺は従者契約をしてたせいで新たに契約もできん。どうやって地上界で探せってんだ」


 一度でも従者契約を交わした者は、新たに別の者と契約を結ぶことができない。もし契約するとすればその相手は──


「前の契約者を探すがよい。二度目ならば契約解消はできぬし、そなたにはこれから地上界での役目を与える。魂の回収が終わり次第使者を送ろう」

 スイウに地上界での役目を与えてまで片道切符で行かせるということは、それだけ冥王も本気だということだ。


「冥界に帰れなくなっちゃうのかしら。あたしも天界には帰れないし、スイウも一緒ね」

「やめろ。妙な仲間意識を芽生えさせるな」

 いいじゃない、と口尖らせるフィロメナを無視し、冥王へと向き直る。


「……今回の役目、人一人の人生を棒に振らせるだけの価値があるってことだな?」

「そなたの言う通り、此度(こたび)の役目も重いものだ。心してかかるがよい、スイウ。とにかくそなたの魂の回収は急務となる。これは人の子らのためでもあると肝に銘じよ」

 不遜な態度に無言を貫いていると、「返事は?」と冥王にせっつかれる。


「まったく……頼もしい助っ人まで天界から送ってもらったというのに、これ以上どこに不満があるのだ?」

「頼もしい……助っ人?」

「何よ」

 スイウはじろりとフィロメナを一瞥(いちべつ)すると、不服そうなフィロメナと目が合った。


「どの辺が?」

「本人の前で本っ当に失礼ね! これでも天王様からのご指名であんたの魂の欠片を探してくるように言われて来たのよ? それだけ期待されてる人材だって証明よ!」

 それは証明になるのか、という疑問と、ふふん、と得意げな顔をするフィロメナにスイウは不安しか抱かなかった。


「こっちの王は横暴だが、そっちの王は目が節穴か……」

「ちょっと、天王様の悪口はやめてちょうだい!」

 冥王直々の命令を断れるはずもなく、スイウはこれから先の苦労を想像し、がっくりと肩を落とした。


「スイウよ、冥界の衣を持っていくがよい。これを羽織れば数日くらいは日光の中でも動けるだろう」

 冥王から渡されたのは黒いボロ布のような外套(がいとう)だった。こんなもので本当に日光から守られるのか正直疑問だが、ないよりはいいと思い素直に受け取ることにした。


「よし、ならば善は急げだ。そなたらを地上界へ送ってやろう。さーて、何処(いずこ)へ飛ばしてやろうか……」

「おいおいおい、適当なとこ飛ばすなよ?」

「冥王様、ノルタンダールでお願いできないかしら? 地上界で任務にあたってたときに、メリー……前の契約者はノルタンダールで国を建て直してるって(うわさ)を聞いたのよ」

「ほぅ、よしよし。ならば望み通り、ノルタンダールへ飛ばしてやろう。そなたはスイウと違って素直で可愛げがあるからな」


 フィロメナの提案に、冥王は上機嫌で快諾する。調子に乗るので口には出さないが、意外と役に立つこともあるらしい。前言は半分だけ撤回しておこう、とスイウは思った。


「では行って参れ。スイウ、そなたとは(しば)しの別れになるな」

 メリーが死ぬまでの時を『暫し』と表現するのは、千年以上を生きる冥王の感覚なのだろう。長命の魔族であるスイウですら、さすがに『暫し』という感覚ではなかった。


「無事に魂の欠片を回収するのだぞ」

「やるからには当然だ」

 いつも尊大で余裕のある冥王の表情が僅かにこちらを心配しているものに変わっていた。その顔も次第に、転移術の青白い光で見えなくなっていく。

 スイウは黒いフード付きの外套を羽織る。やがて浮遊感と共に反転するような感覚がし、冥王の気配が遠ざかって消えた。


「天族の娘、そして人の子らよ……スイウを頼んだぞ」



* * *



 しばらくして地に足のつく感触と重力を感じ目を開くと、平原の中に佇んでいた。


 西に沈みつつある夕日は山の陰に隠れ、そびえ立つ山脈の稜線を黒く浮かび上がらせている。黄昏色の空は宵闇を引き連れ、その後に散らばる星々が、まるで足跡のように控えめに輝く。平原の遥か遠くに見える小さな街明かりがノルタンダールの街だろうか。


 日が沈みかけていることもあってか冥王から受け取った外套を羽織っていれば、太陽に灼かれるあの独特の感覚を一切感じなかった。


「無事についたみたいね」

「街から離れすぎだろ」

 文句は言ったが、それでも前回飛ばされたときはどこに飛ぶかもわからずクロミツとも離れ離れになったことを思えば、今回はかなりまともだ。


「行くぞ」

 フィロメナに一言かけ、平原の街道を歩き始める。


「ねぇ、あんた自分の魂の回収なのに何であんなに渋ったのよ? あたしの知ってるあんたは、無駄に役目や任務を嫌がるような性格じゃなかったわ」

 フィロメナの疑問は当然だろう。スイウも自身の魂を回収しにいくことに関しては別に嫌だという感覚はない。


欠けた魂。

不完全で制御の利かない特殊能力。

失われた記憶。

なり損ないの魔族。


 特に特殊能力に関しては様々なところで支障が出ている。それらを解決する手がかりが、欠けた魂を回収することで掴めるというのであれば興味はある。


 だが地上界で活動するにはどうしても契約者が必要になる。従者契約をしてしまったスイウはメリーとしか契約ができない。

 特に再契約は普通の契約とは違うのだ。契約を解消するにはどちらかの存在を消すしかない。端的に言えば死ななければ離れられないということになる。


 だからこそ来たくなかったのだ。ただでさえ『黄昏の月』という“異質”を抱えて生きるメリーに、普通でない存在が影のようにまとわりつく。

 それも冥界に住まう魔族だ。そんな得体の知れない者と、誰が好き好んで親しくなろうと思うのか。


「もしかして、みんなに会いたくない……とかかしら?」

「さぁ、どうだろうな」

 フィロメナが不安そうにこちらを伺い見ている。スイウは適当に言葉を濁して歩調を早めた。


『……セ……シ…………』


 山脈から吹き下ろすひんやりとした風に乗って何かが聞こえたような気がした。フィロメナが何かを話した様子はない。


 冥界にいた頃から、どこからともなく声が聞こえると感じることが多くなった。今にして思えばこの声は魂の欠片の声だったのだろう。空間を隔てていても、自分の魂と魂の欠片が引き合っていたのかもしれない。



 ノルタンダールの街に着く頃にはとっぷりと日も暮れ、街中を歩く者も少ない。フィロメナは偶然通りかかった壮年の男性に声をかける。


「すみません、メレディス・クランベルカって人がどこにいるか知ってるかしら?」

 その男はメリーの名前を聞いた途端、あからさまに表情を引きつらせた。


「あ、あぁ。この通りを真っ直ぐに行った街の外れにある屋敷に住んでるよ」

「ありがとう!」

 フィロメナが明るい笑顔でお礼を述べると、男は安堵した様子で会釈(えしゃく)し、去っていく。


「変な顔してたけどすぐに答えてくれたわね。やっぱり有名人なのかしら?」

「元々領主の娘だったんだ。知られてても不思議じゃないだろ」

「言われてみればそうよね」

 何となく誤魔化したが、メリーが有名なのはそれだけではないだろう。


 霊族は黄昏の月を忌み嫌う。高い魔力を有した血統から生まれた上位の魔術士が不気味な気配をまとっていれば、人々の恐怖の対象として有名でもおかしくはない。


「ふふっ。メリー、あたしたちが来たらきっと驚くわよ〜」

「お前は暢気(のんき)でいいな」

「どういうこと? どの辺に神経を尖らせることがあったのかしら?」

 首を傾げるフィロメナは、やはり暢気なものだった。そもそも冥界を出る前から浮かれていたのだから、この緊張感のなさは仕方ない。


「早く行くぞ。寝てて家から出てこないなんてことになったら最悪だからな」

 スイウたちは男の言っていた通りに、通りをまっすぐに歩いていった。

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