096 来客は突然に【メリー視点】
メリーとカーラントがスピリア連合国に帰国してから、スピリア国内は大きく変わっていく。
違法行為に手を染めていた族長家や御三家等を改めて告発し、次々に捕らえられ、権力や資産を剥奪された。それによりスピリア連合国の中枢から大幅に人員が失われたが、新たに選出された代表者がここに加わることになる。
中央と各自地区、自地区内での領地区分の構造は残したまま、権力の世襲を廃止。各自治区の代表者は族長という名称を保ち、これまで領地を与えられ統治してきた御三家は領主という名称へと統一される。
これらの全ての役職は一定の任期での交代を義務付け、領民から選出された代表者たちによって統治がなされることとなった。これまで行ってきた御三家の業務の一部は公的機関へ委譲され、権力や権限が一極に集中しないように分担された。
更に魔力至上主義は差別的であるとし、魔力による人の選別の禁止が法律により制定。これにより学校教育の場において魔力での選別も禁止され、皆が等しく均質な教育が受けられるように義務付けられた。
このスピリア連合国での政変は、世界征服を目論んだとされるストーベル・クランベルカをきっかけに、それを打倒し国に変革をもたらしたメレディス・クランベルカ、カーラント・クランベルカ両名の姓から『クランベルカの政変』と呼ばれ、後世まで語り継がれていくことになる。
* * *
時は流れ、ストーベルとの決着が着いてから数カ月が経とうとしていた。
現在この国は、そのまま残った族長家及び御三家と新たに選出された代表者が共に手を携え、国家の安定を急務として日々奔走している。目まぐるしくも新体制は比較的順調に滞りなく立て直されつつあった。
メリーとカーラントは現在も生まれ故郷であるノルタンダールに滞在している。
クランベルカ家も法を犯した他家同様に権威も資産も何もかもを剥奪されたのだが、新体制の発足を支えるために残留しているのだ。現在の領主の傍らで、統治に関わっていたカーラントが引き継ぎを兼ねて補佐役をしている。
体制が落ち着けばカーラントは贖罪のためにセントゥーロ王国へ戻ることになっているため、カーラントの近くにはセントゥーロの騎士が常に見張りとしてついている。
旧クランベルカ領の引き継ぎは国内でも早い方で、おそらく近いうちにセントゥーロへ戻されることになるだろう。そうすればこの騎士も長期遠征任務を終え、晴れて帰国だ。
メリー自身はというと、変革に関わった者としてその手伝いのようなことをして……させられていた。
スピリアを壊し、体制や法律などを変えてしまえればそれでいいと思っていた。正直ここまで政治に関わるつもりはなかった、と静かにため息をつく。
政など専門外もいいところで、統治に近いことをしていたカーラントさえいれば十分だろうとも思う。それも無給でやらされているのだからたまったものではない。カーラントはともかくなぜ自分までが奉仕を強いられているのか甚だ疑問だった。
「メリー、こちらへ来てくれないか」
すっかり立場が逆転し、生き生きとしているカーラントに呼ばれ、メリーは重い足を動かす。『領民のために犠牲になることは領主として当然の責務』と豪語し、こちらを殺しに来たこともあるだけあって、ストーベルの下についていた時期に積み上げた功績がカーラントにはあった。
そのせいかクランベルカ家の実態が露呈しても変わらずカーラントに感謝し、慕う領民が大半だった。こんな高待遇なのはこの自治区内だけで、セントゥーロに戻れば針のむしろだが。
「何ですか?」
面倒くささを隠しもせずに声をかけると、カーラントの前にいた領民二人がビクリと体を震わせる。
旧クランベルカ領において『メレディス・クランベルカ』は名前だけは知られすぎていた。恐ろしい『黄昏の月』という忌むべき存在として。
『黄昏の月』は人々に不幸や災いをもたらすと言われている。魔力は御三家出身という圧倒的な血統で保証されていた。
その辺の霊族程度で当然敵うはずもなく、まるでこちらを魔物か何かのように扱い、怯えた視線を向けてくるのだ。慣れているので今更どうでもいいが、冷静に考えれば本当に失礼極まりない。機嫌を損ねたら殺される、とは考えないのだろうか。
「メリーさん、ほら笑顔笑顔ー」
困ったようにこちらの機嫌を取ろうとしているのは、ロラン・アペルシーンという名の男性だ。少し気弱だが気性が穏やかで人々にも親身な人柄が受け、領民の推薦で新領主になった。
元々そこそこの名家の出身かつ役所勤めだったこともあり、カーラントと共に視察や業務などをこなしながらの引き継ぎは比較的上手くいっているように思う。
「あなたがそれではいつまで経っても黄昏の月の誤解は解けないな。あなたたちも、怖がらせてすまなかったね」
「いえ、メレディス様はカーラント様と共に戦われたと伺っております。黄昏の月とはいえ、メレディス様はご立派な方です。さすがはカーラント様の妹君でいらっしゃる」
ここでもカーラント、カーラント、カーラント、全てカーラントありきで話が展開される。本来はカーラントの方がこちらへ寝返った側だというのに、だ。
「それは違う。私の方がメリーたちに説得されて目を覚ましたのだよ。メリーは……黄昏の月は災いをもたらすような存在ではないのだ」
それを説明するのも心底面倒で、誤解を解くのは全てカーラント任せにしている。
領民たちは皆、にわかには信じられない、といった顔をするところまでがお決まりでそろそろうんざりだった。
「メリーも何か声をかけてやりなさい」
相手には聞こえないほどのカーラントのささやきが耳元で聞こえる。眉間のシワをとり、平常時の顔を取り繕う。何かと言われても、知らない人に何も言うことなどないのだが。
「“様”をつけないでもらえませんか? 私もカーラントも今はただの平民ですし、カーラントが調子に乗りすぎますので」
「そっそんな、敬称はとれませんっ」
「メリー……」
カーラントは目元に手を当て大げさにため息をついた。事実を言っただけだが、長年染み付いた感覚というのはやはり簡単には抜けないのだろう。
「あのっ、カーラント様のおかげで今年も無事に野菜が収穫できました。これは皆さんでぜひ召しあがって下さい!」
「ありがとう。困ったことがあればこれからは役所に申請するといい。新領主のロラン殿たちが応えてくれるだろう」
カーラントは籠いっぱいに入った野菜を受け取り、にこやかに微笑む。
炎霊族自治区はとりわけ土地が痩せていて自然環境も厳しい。小さな街や村は貧しく、ここ近年まで飢えに苦しむところも多かった。
カーラントはその中でも農業改革に力を入れ、街や村の食糧事情を大きく改善したのだとロランが話していたのを思い出す。こんなことにでもならなければ一生見ることも知ることもなかったことだな、と思いながらメリーは籠の中身を覗き込んだ。
馬車と鉄道を乗り継ぎノルタンダールへ帰ってきたのは夕方より少し前のことだった。
季節は晩夏、もう一月か一月半もすればこの街に雪が降り始める季節になる。少し冷えた風を頬に受けながら、カーラントとロランと見張りの騎士と共に、駅から役所へ向かって歩いていた。
「メリー!」
と大きな声で名前を呼ぶ声がする。メリーと略称で呼び捨てにしてくるのは、この街ではカーラントしかいない。
「そんな大声出さなくても聞こえてますよ。名前を呼ばれると人目を引くのでやめてくれませんか?」
「いや、私ではないのだが……」
「え? じゃあ誰ですか?」
不思議に思い振り返ると、こちらを見て駆け寄ってくる姿が見える。
「あ……」
「えぇっと、どなたですか?」
「メリーの友人だ」
銀髪に赤紫色の瞳の青年と、浅葱色の髪に藤色の瞳をした少年、傍らにはまだ幼い双子の兄妹が見える。メリーの心に、曇天だった空が急に晴れていくような喜びが湧き上がる。
「アイゼアさん、エルヴェさん、お久しぶりですね! カストルさんとポルッカさんも、遠い所から大変だったんじゃないですか?」
「いや、二人が母様の故郷に行きたいって聞かなくてね。行くなら夏季の長期休暇中じゃないとって思って」
アイゼアの判断は正しい。サントルーサの穏やかな気候で育った者にノルタンダールの冬は厳し過ぎるだろう。
「お二人の母親はノルタンダールの人だったんですね」
「そうそう。祖父母の顔まで見たいとか言い出すし、ふりまわされっぱなしで……エルヴェがいてくれて本当に助かってるよ」
「私はとても楽しかったので、気になさらないで下さい」
アイゼアはこれまでの苦労を語りながらエルヴェを労う。肝心のカストルとポルッカは怯えたようにアイゼアの後ろに隠れ、こちらを睨みつけていた。
「兄様を……よくも!」
「カストル!?」
そう言ってカストルが飛び出してきたかと思うと、カーラント目掛けて殴りかかろうとする。メリーはとっさにカストルを後ろから抱きしめるようにして止めた。
「放してよ!」
「この自治区を出るまで、カーラントの悪口は言わない方が身のためですよ。生きてサントルーサに帰りたいなら」
「い、生きて……?」
カストルは驚いた様子で体を硬直させた。その目は恐怖に怯えきっている。
「俺、カーラントさんが悪く言われてるの初めて見たかも。本当にストーベルに加担していた頃があったんですよねぇ……」
ロランが感心したように呟き、カーラントが恨みを買うようなこともしてきたのだという実感が彼の中でやっと湧いたようだった。
「メリー、少し脅し過ぎではないかね?」
「脅し? とんでもない……石か火球くらいは飛んでくると思いますけどねぇ」
公の場でカーラントに悪口を言えば、白い目で見られる。その発言者が人間の子供だと知られたら、それくらいのことがあってもおかしくはない。
悪口を言っても何もされないのは、それこそ自分くらいのものかもしれない。石でも投げようものなら逆に殺される、と街の人々は思っているに違いないだろう。
当然投げつけてくるような不届き者には火球をお見舞いする気満々であり、それによってうっかり死んでも自業自得だと思っている。よって街の人々の認識は何ら間違ってはいない。
カーラントはカストルへ歩み寄ると、膝をついて視線の高さを合わせる。
「あなたたちとあなたの兄には本当に申し訳ないことをしたと思っている。謝って済むことではないこともわかっている。あなたの怒りは当然だ」
そう言って頭を下げた。カストルは何も言えず、その様子をひたすら凝視し、唇を引き結んだ。しん、と辺りが静まり返る。
「あの、やめません? 物凄く人目引いてるんでめちゃくちゃ嫌なんですけど」
往来はさほど多くないが、それでも「カーラント様が膝をついて頭を下げておられる」とざわつく声が遠巻きから聞こえてくる。
「役所が近くにあるから、そこにお連れしては?」
というロランの提案に乗り、四人を連れて役所まで戻ることになった。
四人を役所の応接室へ通し、メリーは改めて話をすることにした。
「先程、祖父母に会いたいと言ってましたが、私は正直お勧めしません」
「「えーっ!」」
まさかここまできて止められると思っていなかったのか、双子は顔を見合わせて目を瞬かせる。
「それはやっぱり霊族は人間を差別してるって話、かな?」
「そうです。心無い言葉を言われる前に、この街だけ観光して帰った方が無難です」
アイゼアの問いかけをメリーは肯定した。魔力至上主義廃止の機運は高まっているが、人々に根付いた偏見や差別意識は簡単に消えるものではない。
魔力が弱く虐げられてきた者は差別の視線を逸らすため、魔力を持たない人間を見下すという構図がある。人間に対しての偏見や差別は、魔力の弱い者たちへ向けられていたものよりも遥かに苛烈なものだった。
それも特に排他的な性質の者が多く住まう炎霊族自治区なら尚更その傾向は強まる。
「メリー、そう頭ごなしに否定しなくてもいいではないか。私の方で調べてかけあってみてもいいと思っているが、どうかね?」
「それならお願いしてもいいかな?」
「もちろん。私にできることがあれば応えよう。それで、名前か住所か何か知っている情報は?」
カーラントの質問に、ほとんど情報がなくて……とアイゼアは苦笑する。
「母様の名前はラランジャ。旧姓はアペルシーン。でもこれだけじゃさすがに……」
「え!? ララさんの、子供?」
「……え? ララさん?」
目を見開いて声を漏らしたのはロランだった。ロランの姓がアペルシーンであることを思えば、双子の母親であるラランジャとも親しい間柄なのかもしれない。
「俺、ロラン・アペルシーンって言います。ララさんは俺の父の妹で叔母にあたる人だけど……」
「調べるまでもなかったな」
「あぁ、いや、待ってください」
ロランは言葉を濁しながら表情を曇らせる。しばらく悩んだあと、ゆっくりと家族のことを語り始めた。
祖父母は今も出ていったラランジャを怒っていること。人間や魔力の低い人々に対しての偏見や差別意識が強いこと。ロラン自身の魔力は平均程度しかなく、祖父母からあまり愛されなかったこと。その代わり両親はそういった偏見もなく自分を育ててくれたこと。
そして今の自分が人間や魔力の少ない人々に偏見なく接することができるのは、両親の教えや祖父母から反面教師として学んだからだと。
「祖父母には会わない方が良いと思うけど、せっかく来たんだし君たちさえ良ければ俺の両親と会っていかない? 特に父さんは喜ぶと思うし」
ロランはにこにこと隠しきれない誠実さを滲ませて笑っている。
「ぜ、ぜひお会いしたいです!」
「わかった。じゃあ、今晩の夕食に招待するよ。母さんに連絡を飛ばしておくから」
ロランは使い魔に言付けをして飛ばす。気弱で優柔不断そうに見えて、こういう行動の早さも新領主に選ばれた彼の魅力でもあるのだろうなとメリーは思う。
ロランとカーラントは仕事へと戻り、アイゼアたちはロランの仕事が終わるまで応接室で待つこととなった。メリーは使い魔のエナガを呼び出し、アイゼアの肩へと乗せる。
「この街にいる間、万が一何かあればそれで私を呼び出してください」
「ありがとう、メリー」
人間ということが露呈して即座に危険に晒されるということはさすがにないだろうが、先程のようなことで口を滑らし、突然攻撃を受けることもあるかもしれない。
この街では自分以上に最高の護衛はいないだろう。立っているだけでも人を払える自信があった。
「あとエルヴェさんにお願いがあるんですけど」
「……私、ですか?」
アイゼアはおそらく双子についてロランと共にいくだろう。だが、エルヴェは迷っているはずだ。行くべきではないが、待っている場所もないと。
「今日野菜のお裾分けがあったんです。たぶんいくつか分けてもらえると思うので、それで晩御飯を私に作ってもらえないかなーって思ったんですけど」
途端にエルヴェの表情はパッと花が咲いたように明るくなる。嬉しそうにしているのを見て提案してよかったと心の底から思った。表情だけで返事がどちらであるかわかるほどだったからだ。
「お安い御用ですよ。メリー様のご自宅へお邪魔してもよろしいのですか?」
「はい。綺麗なところではないですけど」
今メリーはカーラントと共に、ミュールとフランと過ごした屋敷で暮らしている。この屋敷も滞在の間残してもらっただけに過ぎず、ノルタンダールを出るときには差し押さえられる。そのため部屋の傷は修繕せずそのままになっていた。
だがそんなことが気にならなくなるほど、久々にエルヴェの手料理が食べられることに胸を踊らせていた。




