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091 ハリボテ舞台の木偶人形(1)【ミュール視点】

メインキャラクターの一人、メリーの兄であるミュールの過去の話です。

メリーが語る過去の回想(本編028話後半)に繋がる話でもあります。

 ミルテイユと初めて会ったのは、ミュールが七歳の誕生日を迎えた日のことだった。魔力は高かったものの病弱だったミュールが、正式に次期当主候補として認められた日でもあった。当主候補には従者が一人つくことになっている。

 三つ年上だという少女は緩くウェーブのかかった青紫の髪を揺らし、目の前に立った。


「お初お目にかかります、ミュール様。わたくし、ミルテイユ・ジェームと申します」


 ミルテイユと名乗る少女は、簡潔に自己紹介すると(うやうや)しくお辞儀をしてみせた。『ジェーム』という姓には心当たりがある。古くからクランベルカ家に仕えている家系の一つだ。


「これからよろしく、ミルテイユ」


 握手を求めて手を差し出すと、少しだけ驚いたような素振りを見せながらも応じてくれた。


「こちらこそよろしくお願いいたします」


 ふっと微笑む柔らかな笑みと、生命力に溢れる血のように赤い瞳が強く印象に残った。


* * *


 それから十年の時が経ち、ミュールは十七歳になっていた。ミルテイユはとても優秀な人物で、この十年何度助けられたのかわからないほどだ。


 魔力量もあり、属性を三つ使役できる彼女は非常に優秀な魔術士だ。魔術や勉学についても三つ年上ということもあって教えてもらうことも多く、訓練の相手を頼むこともあった。


 体調を崩して寝込む度に看病し、街の視察や社交の場にも常に付き添っては至らない点をフォローする。ミュールの模擬戦や実験でのデータを集積して分析するだけでなく、こちらから指示しなくとも他者のデータも分析しては報告してくれている。本当に気の利く有能な従者であった。


「今回の模擬戦のデータです」

「いつもありがとう、ミルテイユ」

(ねぎら)っていただけて嬉しいです。ミュール様が当主になられるのなら、わたくしはどんな手間も惜しみません」


 その献身的とも言える姿勢には、本当に頭が上がらない。父であり現在の当主であるストーベルからの評価も格段に上がり、それは一重にミルテイユの支えあってこそだと言っても過言ではなかった。


「全体で見るなら、やはりメレディス様の魔力は侮れませんね。当主候補の中ではホワートル様とローアン様、最近ではカーラント様の勢いも脅威となりつつあります」


 当主候補の中で最年長のホワートルは、魔力量は申し分無いものの使役属性が炎しかない。ローアンはミュールより一つ年下の候補者だ。魔力も多く、属性も最大の三つを使役する。一方で魔術の制御を苦手とし、その豊富な魔力をよく暴発させている。


 最近成長著しいカーラントは五つ年下で、攻撃術があまり得意ではないようだ。同い年のメリーは攻撃術を得意とし、よく戦わされては傷だらけにされている印象がある。


 条件だけ見ればミュールはバランスが良く、最も当主に近い位置にいる。だがミュールはストーベルにとって、致命的な部分が二つある。一つは体が丈夫でないこと。そしてもう一つは性格にあった。


「メレディス様はミュール様を慕っておられますし、傘下に加えるのは難しくないのですが……黄昏の月を味方につけることが良いのか悪いのか判断に苦しみますね。その行動がストーベル様の反感を買っては意味がありませんし」

「私はメリーを傘下に加えようと思って接しているわけじゃないんだけどね」

「そうかもしれませんが、メレディス様を取り込もうとする動きが最近活発になってきているのです。一層の警戒を」

「わかってはいるよ」


 ミルテイユは、ミュール以外の人に対しては利用価値で判断することが多い。ミュール自身にそんなつもりはなくとも、ミルテイユを筆頭に周りはそういう目では見てくれない。


 メリーの利用価値が見出される前から親しくしていたのは自分だけだった。だからか彼女はミュールにしか心を開いておらず、他の候補者には塩対応なのだと聞いている。

 それを周りの候補者たちが「上手く手懐(てなづ)けたものだ」と妬み混じりに嫌味を言ってくるのだ。


「それでも私は、兄弟たちを道具のようには思いたくないんだけどな……」


 黄昏の月だからと避けられ、物心がついた頃から一人ぼっちのメリーはきっと寂しい思いをしているはずだ。持つ魔力の性質が違っていたとしても、心は人なのだから。そんな思いで接してきただけだ。


 現にメリーに声をかけると、とても嬉しそうに……微かに笑うのだ。魔力こそ異様だが、中身は他の兄弟たちと何ら変わらない。


「ミュール様はお優しすぎるのです。そのようなことでは他の候補者に蹴落とされてしまいますよ」

 もう耳にタコができるほど聞いた言葉に思わず苦笑が漏れる。毎度毎度、心底心配してくれていることは顔を見ればわかった。


「私はそうまでして当主になりたいとは思わない」

「そんなこと(おっしゃ)らないでくださいませ……」


 眉尻を下げ悲しそうにするミルテイユに罪悪感が湧く。


「ごめん、君の努力を無駄にするようなこと言って。その仕事ぶりにきちんと応えるべきだとわかってはいるんだけど」

「そのようなことを気にしているわけでは……!」


 ミルテイユは口を(つぐ)み、黙り込んだ。陰鬱とした空気がミュールの中に渦巻くもやもやとした思いを刺激する。


「先日の実験、一年ぶりに死者が出たらしいね」

「マール様でしたね」

「……ミルテイユ。お前は正しいと思うか?」

「何が、でしょうか?」


 首を傾げるミルテイユにゆっくりと口を開く。ずっと誰にも言わずに秘めてきた思いだ。だがミルテイユなら、他言せず自分を支持してくれると信じている。


「人の命を道具のように扱う父様のことだよ」


 ミルテイユは血相を変え、ミュールに詰め寄る。青ざめた顔のまま、震える唇で、声を押し殺して言葉を絞り出す。


「滅多なことは口にしないでください。どこで誰が聞いているかっ」


 ミルテイユは忙しなく警戒しながら周囲を見回す。その反応から一応はこちらの肩を持ってくれているようだ。一方でストーベルに反発する意志もないのだとわかる。


「私はいつも考えるよ。こんなことをして何になる、命より大切なものってなんなのかって。犠牲を払ってまで得たもので、父様は何がしたいのか……」

「突然何を仰るのです。ストーベル様は領民を思い、まさに身を削っておられるのですから」

「身を削ってるのは本当に父様? 違うよ、私たちの方だ」


 ミルテイユも見てきているはずだ。非人道的な実験や教育を。人の命を奪うことに抵抗のないように、父だけを唯一絶対と信じ込むように。いろんな感覚を麻痺させて思考力を奪い、これは正しいことなのだと洗脳する。


 子供たちの父への信頼は厚い。厚いなどというものではない。それは最早崇拝の域に近いものだ。事実、自分も三年前まではそうだったのだから。


「もしかして、アービュタス様のことを気にしておられるのですか?」


 アービュタス。ミュールの同腹の兄の名であり、兄弟たちの中から出た数名の犠牲者の一人だ。脳裏に当時の記憶が蘇ってくる──


* * *


──遡ること三年前。

 ミュールは兄のアービュタスを失った。彼は良く言えば優しい、悪く言えば気弱な性格で魔力が低いことから兄弟たちに馬鹿にされていた。


 それでもアービュタスの優しさが揺らぐことはなく、ミュールが次期当主候補に選ばれたときは自分のことのように喜んでくれたことを覚えている。


 あの日、たまたま通りかかった廊下で研究員たちに連れられて歩くアービュタスの姿を遠巻きに見たのは、運命だったのかもしれない。


 兄の向かう先には実験室があった。だがその日は特に予定もなく妙な違和感を感じ、時間が経てば経つほどに胸騒ぎは大きくなっていったのだ。


 とうとう兄が向かったであろう実験室の前にミュールは来てしまった。それから何時間そうしていたのか覚えていないが、突然開いた扉から台車が一台と数人の研究員が出てくる。


「ミュール様! いかがなさいましたか?」


 研究員の一人はミュールを視認するなりひどく驚いたような表情をした。台車の上には何かが乗っていて、白い大きな布がかけられている。


「アービュタス兄さんはどこへ?」

「アービュタス様? 我々は見ていないが」

「ここにお前たちと入っていくのを、私は見た」


 その一言で研究員は血相を変え、皆一様に台車の上の何かに視線が向けられる。その時点で嫌というほど察した。この布の中の何かが、アービュタスなのだと。


「アービュタス様は大切なお役目を果たされたのです」


 研究員の一人が言い訳がましくそう言った。


「では立派に勤めを果たされた兄に会わせてほしい」

「おやめになられた方が()いかと……」

「最期に会いたいという気持ちを汲んでもらえないのか?」

「ミュール様、アービュタス様はそのようなことを望みません。おやめくださいませ」


 宥めるような物言いが妙に(かん)に障る。アービュタスがミュールと顔を合わせたくないなどと言ったことはない。


 いつでも優しく迎え入れてくれる。それがミュールの知るアービュタスだ。誰がどの口でアービュタスの思いを代弁をしているのだ、と今までに感じたことのない怒りが心を支配していく。


 どうせ見られると都合が悪いからそう言っているだけだ。子供だから簡単に誤魔化(ごまか)せると勘違いしてるのだろう。そんな杜撰(ずさん)な対応で納得するわけがない。虚空から杖を素早く呼び出してつきつけた。


「アービュタス兄さんの思いを、お前たちの都合のいいように捻じ曲げるな」


 語気を強め、魔力を放ち臨戦態勢に入ると研究員たちは恐れ(おのの)く。魔力や魔術の強さに年齢はあまり関係ない。更に先に手を出したのがミュールだとしても、当主候補を傷つけたとなればストーベルの逆鱗(げきりん)に触れる可能性は十分にある。当主候補の器というのは、それほどに貴重な存在なのだ。


「ミュ、ミュール様っ」

「頭の悪いお前たちにも理解できるように言葉を変えよう。その布の中を見せろ」

「……わっ、わかりました」


 そう言いながら研究員たちは台車からそろそろと離れる。布を一気に(まく)ると、やはりそこにはアービュタスがいた。


──すっかり変わり果てた姿となって。


 体のあちこちが鬱血し、血の気の引いた死に顔は苦悶に満ちている。飛び出るのではないかと思うほど目を見開き、同様に眉も上がりきっている。口は大きく叫ぶような形で開いたまま、手は固く拳を結んだ状態で硬直していた。


 その頬に残る涙の乾いた跡をミュールは見逃さなかった。まさに壮絶な苦しみを味わって叫んだままに絶命した、という説明がしっくりくる。


 あの優しかったアービュタスの面影は欠片もない。今にも断末魔が聞こえてきそうなほどの(おぞ)ましい死に顔は、ミュールの脳裏に強く焼きついた。その頬に触れると、人とは思えないひんやりとした硬い手触りが伝わってくる。


「アービュタス兄さん、おやすみなさい……」


 開いたままの目を手で伏せ、布を被せる。


「これは全てストーベル様のご命令で行われたことです」

「父様の……?」

「そうです。アービュタス様もストーベル様の計画の(いしずえ)となられたことを誇りに思っておられるでしょう。とても立派な最期でした」


 研究員は一礼すると、台車を押しながらそそくさと離れていく。


「父様の計画……アービュタス兄さんの、誇り……?」


 じんわりと不気味な違和感が滲んでいく。ストーベルはアービュタスの死を望んだのか。実験は決して生温いものではない。

 ミュールは受けたことはないが、時折叫び声が漏れ聞こえることはある。それでも死んだ兄弟を見るのは初めてのことだった。


 ミュールは気づかれないように研究員の後をつける。導かれるようにして焼却炉まで辿り着くと、炉の中へとアービュタスが押し込まれていくところが見えた。


 身長もそれなりに高いアービュタスは嵩張る。生きていれば悲鳴を上げるような無理な体勢で乱雑に入れられると、はみ出した部分を鉄の棒で突いて押し込まれ、蓋をされた。そこに人としての敬意も尊厳も感じられない。完全に物への扱いと何も変わらなかった。


「ミュール様がいたときはさすがにびっくりしたな」

「あぁ。ミュール様ともあろうお方が、材料が一つ無駄になっただけであんな態度をとられるとは……」


 研究員たちの静かにせせら笑う声が耳障りで気分が悪くなり、すぐさまその場を離れる。

 このとき初めて、ストーベルのやることに疑念を抱いた。どうしてこんな苦しいことを強いるのだ、と。以来自分の中で折り合いをつけ、全ては当主として領民を守る使命を帯びた家系として必要な努力なのだと言い聞かせてきた。


 だがようやく、目を背けてきたものをまっすぐに見つめることができた。ストーベルにとって、魔力のない者は無価値なだけだ。アービュタスは誇りなど感じていない。きっと恐怖と苦痛だけで思考を支配されたまま、理不尽に命を奪われただけなのだと。


* * *


「……ねぇ、死体で築き上げた山から望む光景って、どんな景色だと思う?」


 ミルテイユは何も答えず(うつむ)き、じっと黙り込んでいた。答えられるはずもないか、と心の中で呟く。


「私は当主の……父様の見ている景色だと思う。私はそんなものは見たくないんだ」

「ミュール様、どちらへ?」


 ミルテイユの横をすり抜け、ドアノブに手をかける。部屋を出ようとするミュールを、彼女は不安そうな眼差しで見つめていた。


「少し一人になりたい」


 そう言うとミルテイユは追ってこなかった。



「父様、お話があります」

 ミュールはたった一人、父であるストーベルの執務室を訪ねた。


「ミュールか。何だ、話すが良い」

 ストーベルはいつもと変わらない微笑を浮かべ、優雅に椅子に腰掛けている。


「アービュタス兄さんのことです」

「アービュタス……?」

 ストーベルは眉根を寄せ、記憶を手繰(たぐ)るように視線を彷徨わせる。


「三年前に亡くなった私と同母の兄です。お忘れですか?」

「あぁ、確か魔力量を増やす実験で死んだ……あれは時間をかけてきた理論だっただけに残念だったな。だがアービュタスは我々の研究を前進させた。立派な──」

「何が立派だ!!」


 言葉を遮り、声を荒げたミュールをストーベルは(いぶか)しむような目で見据える。


「あんな(むご)たらしい死に方をして……」

「解せんな。なぜ今更アービュタスの話をする」

「今更ではありません。三年前からずっと考えてきました。先日もマールが亡くなったばかりです」

 ストーベルは面倒そうに小さく息を吐ききると、ミュールに視線を合わせる。


「ミュール、よく聞きなさい。我々クランベルカ家は強くあらねばならない。弱ければ領民を守ることもできぬ。中央区へ進出するには更なる力が必要となる。これはクランベルカに生まれた者の尊い使命なのだ。お前たちだけでなく、代々そうしてきた。賢いお前ならわかるはずだ」

「ならばなぜ、ゴミのように焼却炉に詰め込まれなければならなかったのですか! 人目を(はばか)るように、こっそりと葬られるのはなぜです? あの死を尊い使命だったというなら、それに殉じたアービュタス兄さんをもっと丁重に見送るべきだったのではありませんか?」


 ミュールはもう一つ矛盾を掴んでいる。それは一定以上の魔力のない子供は、出生が登録されていないことだ。ひっそりと死んでも世界の誰もが気づかないように。


「話が見えないな。お前は何が言いたい?」


 ストーベルの瞳が鋭い光を宿し、思わず体が竦む。幼少のときより植え付けられた、逆らってはならないという恐怖心に囚われかけ、拳を握りしめた。恐怖を押し込め、自身を奮い立たせる。


「父様が本当に望んでいるものは何なのですか? 領民を守るというのは建前だ。自分の子供を犠牲にし、人道に反してまで得たいものとは何なのですか?」

「そんなに知りたいのなら話してやっても良い。だが、お前にしてもらいたい役目ができた。それを果たしたら教えると約束してやろう。もう下がるがよい、話すことはこれ以上ない」


 ストーベルはそれ以降口を開こうともせず、悔しさに奥歯を噛み締めた。震える拳を抑え、執務室を出る。


「お前には従順さが足りんのだよ……ミュール」


 その低く唸るようなストーベルの呟きは、ミュールの耳には届かない。


──ミュールには致命的な点が二つある。


 一つは体が丈夫でないこと。そしてもう一つは、性格……父への信仰心が足りないこと。


 ずっとひっそりと抱えきたはずの猜疑心(さいぎしん)を、三年前からストーベルに見抜かれていたことに彼は気づいていなかった。三年間秘めてきたはずの思いと、ストーベルに意見するというこの選択が取り返しのつかない結末へと導き、運命は残酷な方へと転がっていく──

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