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境界線に立つ者たちへ──その『執念』は全てを覆す  作者: まな板のいわし
本編:未来を負う者たちと、過去を追う者
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086 贄【スイウ視点】

 スイウはサクと交戦を続け、フィロメナは天界の気をまとう魔力で無の王の動きを何とか鈍らせていた。無の王はフィロメナを殺さんと、じりじりと迫りつつある。


「そんなのでいつまで持つかな!」

 サクの攻撃は冴え渡り、スイウの体は傷ついては修復を繰り返えす。


「ちょこまか逃げてくれて面倒だなぁ。これで……っ……!」

 突然サクからの攻撃が止み、立ち止まる。小さな呻き声を上げ、あれほど余裕を感じさせた笑みは完全に消え失せる。胸を押さえながら片膝をつき、苦しみ悶えながら崩折れた。


「チッ……ストーベルのやつ、死んだな……!」


 呼吸は荒く、サクは憎らしげに太陽を睨む。その様子には身に覚えがあった。どうやらサクとストーベルは契約を結んでいたらしく、おそらくメリーが復讐を果たし、ストーベルを殺したのだろう。ストーベルの加護を失ったサクは太陽にその身を灼かれている。


 これほどの好機はないと、スイウは即座にサクの体を刀で両断し、その上半身が地面へと落ちた。太陽に灼かれる叫びは途絶え、生気のない虚ろな目が太陽に照り返す白い雪を見つめている。念には念をと、その頭部を踏み抜いて潰した。


 残すは無の王だけだ。スイウも加勢に加わろうとしたその瞬間──


「グ……ワール、無……呼び……に応え……」

「嘘だろ……意識あんのか……!」


 踏み潰したはずの頭部が、歪んで変形した口を動かして言葉を紡ぐ。魔族は消滅しない限り、あの状態になっても思考があるものなのかと愕然とした。次第にサクの体が黒い霧へと変容し、無の王へと吸い込まれていく。無の王の額付近から、サクの強い気配が発せられている。


「ふふ、あははは! 残念だったね、もうちょっとだったのにー」

 無の王からサクの声が響く。


「見てよ、力が溢れてくるんだ……ボクがこの世界を壊す力を手に入れたんだ。気分がいいなぁ」

 グリモワールを使い、無の王にサクは取り込まれたようだ。意識を奪えばあとは太陽が消滅させると思っていた。そう考えたのは油断か。であれば、どうすればサクを阻止できたのか。


 後悔にも似たその思考をすぐさま打ち払う。今は過ぎたことを考えている場合ではない。放心しそうになる自分を叱咤(しった)した。


「スイウ……うるさいハエは死ねばいいよ」

 無の王の腕の一振りが暴風を起こし、スイウは姿勢を低くして飛ばされないように踏ん張る。

 だが上空にいたフィロメナはたちまち吹き飛ばされ、抵抗も虚しく地面へ一直線に落ちていくのが見える。こちらも風に耐えるのに必死で、とても助けに行ける距離ではない。


「フィロメナ様!」

 聞き慣れた少年の声が彼女の名を叫ぶ。


「エルヴェ!」

 エルヴェが駆けつけ、地面に叩きつけられる寸前のところで滑り込むようにしてフィロメナを受け止めた。風が止み、フィロメナとエルヴェへ駆け寄ると、背後に庇うようにして刀を構える。


「スイウ。無の王にサクが吸収されてから、あたしの力じゃ封じられなくなったわ。どうすれば……」

 これまでフィロメナの力で押し留めていたが、それができなくなった。おそらくサクを取り込んだことで強化されてしまったのだろう。つまり無の王を止める術がなくなったということだ。


 スイウは高く跳躍し、サクの気配を強く感じる顔面に斬撃を叩き込もうとした。だが突如現れた巨大な半球状の障壁に阻まれ、刀が弾かれる。


「これでやっと誰にも邪魔されなくて済むね。さぁ、世界を終わらせる術式を……破滅の瞬間にキミたちを招待しよう!」

 心底楽しそうなサクの声が不愉快だった。半球状の障壁の中で無の王は何かの術式……おそらく世界を破滅させるための術式の構築を始める。


「ここまできて……俺はっ」

 スイウは奥歯を噛み締め、障壁を殴りつけた。


「スイウ、一体どうなってる?」

 遅れて駆けつけたアイゼアがメリーや騎士を引き連れてやってくる。これまでの経緯と事情を手短に説明すると、皆一様に顔を曇らせた。


「これ結界でも何でもなく、凄まじい量の魔力で作られた障壁ですね。障壁を展開しながら術式の構築なんて普通はあり得ない……いえ、もしかしたらサクが障壁を張って、無の王が術式を……?」

 メリーは障壁に触れ、落ち着いた様子で観察を続ける。


「障壁を崩す方法は結界と違ってただ一つ、力で抉じ開ける以外にありません」

「力で? そんなの可能なのかしら……」

「一撃では無理でも、継続的に衝撃を与えることで劣化させていくことは可能です。障壁は張り直すまでは劣化の修復ができません。障壁が割れた瞬間か張り直す瞬間に隙ができるので、そこで突入すれば、もしまた全体を覆うような障壁を構築されても障壁の内側に潜り込めます」

 メリーは杖で雪の上に図を書きながら説明をしていく。


「これだけのものを劣化させるなら一点集中を狙うしかありません。半球状の障壁で最も脆いのは理論上ここだとされています」

「あんな高いとこへ……?」

 メリーが杖でトントンと指し示したのは、半球状の天辺であった。アイゼアが驚き、天を仰ぎ見る。


「衝撃というのは具体的に何をすれば良いのでしょうか?」

「基本的には魔術をぶつけることですが、それは私とスイウさんに任せてください」

「二人だけで大丈夫なのかい?」

「私とスイウさんの力を侮ってもらっては困ります。持てる全てをかけて絶対破ってみせますから、私を信じてください」


 メリーの表情は確固たる自信に満ち溢れ、強く言いきった。その妙な気迫に、アイゼアもそれ以上の追求はしなかった。メリーは半球状の図の隣にもう一つ丸を描く。


「アイゼアさんとエルヴェさん、騎士の皆さんは障壁が崩れたらすぐに無の王へ攻撃をしかけ、グリモワールの奪還を目指してください。それに成功したらフィロメナさんはグリモワールの浄化を」

「わかったわ。任せてちょうだい」

 フィロメナは強く(うなず)き、気合いを入れるように小さく鋭く息を吐いた。


「グリモワールの奪還って言ったけど、その肝心のグリモワールはどこにあるんだい?」

 それはきっとメリーでもわからないことだ。だがスイウには感じ取ることができる。


「無の王の額だ。あそこにサクの気配がする。そこにグリモワールがあるはずだ」

「話から推測すれば、グリモワールがサクと無の王を繋いでいる核なはずなので、スイウさんの話は間違ってないと思います」

 全員が障壁の向こう側にある無の王の額へと視線を向ける。


「額ですね、承知いたしました」

「なら、僕たちは障壁を囲むように待機しよう」

 アイゼアが騎士へと指示を出し、すぐに散らばり始める。


「フィロメナ様は万が一の際、私がお守りいたします。私から決して離れないようにしてください」

「えぇ。頼むわね、エルヴェ」

 エルヴェとフィロメナも指定された場所へと走っていく。スイウは改めてメリーへと視線を戻した。


「で、俺ら二人でどうやって障壁を破る? あれだけ豪語したんなら策でもあんのか?」

 メリーは無の王から視線をこちらへ移し、片方の口角を上げ不敵な笑みを浮かべる。


「策なんてあるわけないじゃないですか」

「だろうな」

「私はいつだって力押しですよ」

「知ってる」

 あまりのふてぶてしさにスイウもつられて、ふっと小さく笑った。


持てる全てをかけて。


 メリーの言いたいことが何となく伝わってくる。すまないな、と小さく呟いた声はメリーには届かなかっただろう。


「スイウさん、覚悟はできてますね。私と一緒に、あなたの──」

「阿呆が。約束しただろ? 最後まで協力してもらうってな。それにこれは俺の目的、頼むのは俺の方だ」


 スイウは笑みを消し、まっすぐにメリーの目を捉える。ゆっくりと左手をメリーへ差し出した。


「メリー、頼む。お前の命をかけさせてくれ」

「元よりそのつもりです」

 メリーは躊躇(ためら)うことなくスイウの左手を取った。


「契約者同士は二人で一人、二つ分の魂を使えばきっと……」

「もう死ぬ気か?」

「えっ?」


 メリーは目を(しばたた)かせながらスイウを見つめる。言葉通り持てる全てを消費していくのだから、結果はほぼ死で確定している。それでも気休めとわかっていて言わずにはいられなかった。


「地獄を案内してやるって最初に約束しただろ。俺は約束は守る」

「スイウさん……絶対ですよ」

 メリーの目に強く鋭い光が宿り、微笑む。恐れを抱いたり躊躇(ちゅうちょ)する様子は全くない。これから死ぬかもしれないというのに、むしろ希望すら感じられる清々しさだった。


「行きましょう」

 天を仰ぐメリーを抱えて跳躍し、半球状に展開された障壁の上に降り立つ。


「そんなとこ狙ったってどうせ破れっこないのに」

 サクの小馬鹿にしたような声を無視し、メリーは杖を障壁に突き立てた。スイウも杖を握るメリーの手に左手を添える。互いに視線を交わし、合図代わりに一つ頷く。メリーの息を吸う音が心地よく耳に響いた。


「母なる炎霊サラマンドラよ、我が呼び声に応えたまえ。我が名は『     』、汝の系譜を受け継ぐ者なり。名を贄とし捧げ、万物を灰燼(かいじん)と化す焔を我に授けたまえ」


 メリーは歌うように、滑らかに言葉を紡いでいく。真名を捧げるということは、魂を捧げることと同義だ。これは自身の魂を触媒にした、人が扱える中で最も強力な魔術となる。


 メリーが詠唱を終えた途端、溢れんばかりの力が全身を駆け巡り吹き飛ばされそうになる。淡い光に包まれ、辺りが煌々と輝き始めた。魂を(たきぎ)にして放つ、命の最期の輝きだ。


 杖に魔力が宿り、メリーは一際強く障壁に突き立てた。赤い炎が杖を中心に激しく燃え盛り、火の粉を散らす。

 二つ分の魂を贄にして、どこまで敵うだろうか。いや、魂を削っているからこそ意地でもここを拓かなければならない。


「ボク、自分の魂を触媒にして魔術使う人初めて見たよ。そんなに必死になっちゃってさー、どうせ無駄死にになるだけなのに」

 サクの言葉が何を意味しているのか、下で見守っている者たちは理解したようだ。衝撃と緊張が走ったのが空気感から伝わってくる。


 メリーは杖の先を睨みつけ、歯を食いしばっている。魂を内側から喰われていく感覚はスイウを襲ってこない。優先的にメリーが魂を差し出しているからだろう。スイウは添えた左手に力を込めた。


「メリー、俺にも半分背負わせろ」

「ですが……」

「でないと話が違う。むしろ俺が優先でいい」

 これは本来魔族であるスイウの戦いだ。メリーはスイウの失態を取り戻す方法を提供してくれたに過ぎない。


「いいから早くしろっ!」


 一人では耐えきれないものでも、二人で半分ずつであれば耐えられるかもしれない。メリーがか細い声で「わかりました」と言った瞬間、スイウの中に再び吹き飛ばされそうなほど凄まじい衝撃が走る。

 内側から焼き尽くされていくような強烈な痛みと熱が襲う。魂を直に焼かれていくなんて、まるで地獄みたいな話だと心の中で呟いた。


 スイウは強く念じる。自分は焼き尽くされても構わない。消滅したとしても、絶対にこの障壁だけは打ち破ってやると。


 一方的に巻き込み、魔族である自分が人であるメリーに死を迫った責任は重い。もし魂が食い尽くされるより早く障壁を打ち破ることができるのなら、メリーだけは生き延びることができるかもしれない。


 地獄を案内するなんて、メリーを鼓舞するためのハッタリだった。消滅すれば当然その約束は叶わない。だがもし助かったとしても、魂は喰われて欠けてしまっているだろう。


足りない分は、俺のをくれてやる。


 その言葉を胸にしまい込み、杖へ強く気を送り込んだ。

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