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境界線に立つ者たちへ──その『執念』は全てを覆す  作者: まな板のいわし
本編:未来を負う者たちと、過去を追う者
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085 使イ捨テノ信念【エルヴェ視点】

 断末魔の叫びが空気を震わす。メリーの杖がストーベルの頭部を貫き、地面に突き立てられていた。辺り一帯が静まり返り、一拍遅れて嘆きの声で溢れかえる。


「父……上……? 父上が、死んだ?」

 ローアンは落ちそうなほどに目を見開き、メリーと横たわったストーベルを凝視している。それまで交戦を続けていた構成員は戦意を失い、膝を折った。ただ一人を除いて。


「メリーが、父上を……!!」

 ローアンはメリーに向かって吼え、駆け出す。

「メリー……貴様だけはっ!!」

 自暴自棄にメリーへと殺しにかかろうとするローアンを、エルヴェは立ち塞がって止める。


「貴様は何度私の邪魔をする!!」

 最短で突き出した短刀が無防備なローアンの腹部へ難なく吸い込まれていく。


「ぐっ……メリーに届かぬなら、貴様で構わんっ」

「……!」

 短刀を引き抜くより早く、エルヴェはローアンに強く抱き竦められた。ローアンのギラギラとした瞳がエルヴェを映し、瞳孔が朱色に発光し始める。


「メリー、貴様の愚行が仲間を死なせる。せいぜい後悔し──」

 その瞬間エルヴェの目の前でローアンの頭部が消し飛んだ。


「えっ……」


 頭部を失ったローアンの手が撫でるように滑り落ち、エルヴェの体に寄りかかりながら、ずるりとゆっくり地面へと転がった。

 振り返ると、雪のように青白く美しい水晶の杖が無慈悲に輝いているのが目に入る。静かに細められたメリーの目が、光の届かない深海のような色でローアンを見つめていた。


 ストーベルが死に、ローアンまでもが死んだ。絶望して無気力になった構成員たちの捕縛を、いつの間にか騎士たちが自主的に始めていた。


「待て、今すぐにやめさせるんだ」

 突然何かを思い出したようにカーラントがアイゼアへと静かに進言する。


「どうして?」

「とにかく早くやめさせてくれ。一刻も早く。説明してる時間すら惜しい……!」

「皆、一度こちらへ集合してくれ!」

 ただならぬカーラントの様子に困惑しながら、アイゼアは招集をかける。騎士たちも招集に従い、手を止めてアイゼアの方へと向かい始めた。


「お前、何だ! 手を離せ!」

 突然一人の騎士が構成員に向かって怒鳴る。手錠をはめられた手で騎士の腕を掴んで離さない。


「まずいっ……!」

 カーラントが怒鳴っている騎士の元へと走り出す。


「エルヴェさん、一緒に来てください」

「あ、メリー様……」

 返事を返すより早くメリーに手を引かれ、アイゼアの元へと足早に向かう。


「メリー、彼らは頼む」

「当然です」

 カーラントとメリーがすれ違いざまに短く言葉を交わす。後ろを振り返ると、カーラントが騎士を掴んで離そうとしない構成員の頭を魔術で吹っ飛ばしているのが見えた。


「なっ……この人でなしがっ! 無抵抗の者を──」

「いいから離れなさい。早くアイゼア殿の元へ」

 カーラントが騎士を引っ張って下げようとすると、別の場所で悲鳴と爆発音が上がる。


「な、何だあれは!?」

「始まったか……」

 カーラントがこちらへ生き残った騎士たちを守りながら引き連れて戻ってくる。あちらこちらで爆発が連鎖するようにして起こっている。

 メリーは騎士たち全員を守るようにして前方に立ち、魔術障壁を展開して守ってくれていた。その後ろへと、騎士たちが命からがら逃げ込んでくる。


「皆さん、死にたくないなら障壁から前へ出ないようにしてください!」

 何が起こっているのかわからなかった。ただただメリーの障壁に守られながら、次から次へ起こる爆発を眺めていることしかできない。カーラントも合流するとメリーの隣へと並び立ち、障壁を展開する。


「やはりこうなるか……」

「ストーベルはもう死んでる。これじゃ無駄死にじゃないか……何か止める方法は……?」 

 アイゼアが切羽詰まった表情でメリーとカーラントへ詰め寄る。顔を(しか)め、見るに耐えないといった表情に、見ているエルヴェまでもが苦しい気持ちになった。


「あるわけなかろう。父様の言葉より重いものなど彼らにはない」

「命を一体何だと……」

「先程言ったはずだ、我々は狂っていると。そして例外はない」

 目の前で起こっているのは、構成員による自爆だった。最期の希望に縋りこちらを道連れにしようとしたのか、絶望の末の自害なのか。アイゼアは悔しさに拳を握りしめ、前方に広がる惨劇を睨みつけていた。


「アイゼアさん、理解しようとしないでください。こんなもの理解できない方がいいんです」

 理解ができるということは、同じ考えを持てるということだ。きっとメリーはアイゼアに考えてほしくないのだろう。

 メリーとカーラントの背中の悲哀。言葉にはしないが、その沈黙があちら側へ近づくことを強く拒絶しているようにも見えた。


「それにしてもこの光景……フィロメナさんがここにいなくて本当によかったです」

「あぁ、あの子はそうだろうな。飛び出して行かれても厄介だ」

 目の前で繰り広げられる凄惨な光景を、まるで天気の話でもしているかのように会話を交わしている。仲間や大切な人を守り、気遣い、傷つくことを悲しむ気持ちはあるのに、敵対した者に対してはどこまでも冷淡で意にも介さない。優しいのか残酷なのか、そのどちらが二人の本当の姿なのかエルヴェにはわからなかった。


 しばらくして爆発の音が収まる。煙が晴れ、無残に散らばった死体が一面に転がっていた。まともに形を保っているものなどあるわけもなく、まるで機械の部品のように体は千切れ飛んでいる。


 その光景を前にしたとき、一瞬だけ目の前の景色がブレた。前にも似たような光景を見たことがある、そう感じると同時に壊れてかけている記憶が見えてくる。


 裂かれ、壊され、無残に散らばった同胞たちの身体。配線や金属質の内部機構が剥き出しになっていた。油と焦げついた鉄の臭い。この体に人と同じ『血』というものが流れていないことを思い知らされた。


 人類を守るために戦場に送られ、全てを捧げて戦った。痛みも、悲しみも、疑いもなく。全ては人々のために。何も悲しいことはない。それが課せられた使命であり、当然のことだった。


『エルヴェ、必ず無事にここへ帰ってくると約束してほしい』


 相変わらずその人の顔も名前も思い出せない。その人を守りたくて、その一心で戦っていたはずだ。


帰りたい……もう一度、あの場所へ。

人類を守れたら、また貴方に会えるでしょうか。

私をよくやったと褒めて下さるでしょうか。


 そんな思いを抱えて戦っていたような気がした。だからこそ理解ができた。最期に自爆を選んで死んでいった彼らの気持ちが。


 エルヴェはその思考が理解できてしまう。メリーやカーラントと同じ側の存在なのだと。守るべきものや信じるもののためにその全てをかけられる。いや、かけることそのものがエルヴェの存在意義の全てだった。


 人類のために滅私奉公し、捧げて尽くす。そのためだけに産み出された機械人形(アンドロイド)。それができないのであれば不良品なのだ。


 理解していたはずなのに、人のように扱われることに喜びを感じ、そうありたいと願うようになった。それはきっと、帰る場所をくれたあの言葉の主のせいでもあるのだろう。


 感情を覚える経験に紐付く形で断片的に残された記憶がある。そのどれもが温かく、まるで自分の息子のように接してくれる言葉ばかりであった。


 本来であればそんな扱いは許されないはずだった。だがその言葉が、エルヴェにはあるはずのない価値観を作り出している。彼らが自爆し、その全てを捧げたことに不快な感情を抱くのはそのせいだ。そうでなければ何も不思議に感じることはなかった。

 信奉するもののためならば壊れて廃棄になることも厭わないようにできている。それがエルヴェであり、彼らであった。


 エルヴェは無意識に額へと手を添える。壊れているはずの記憶回路に何かが起こった形跡を感じ取っていた。


「エルヴェ、どうかしたのかい?」

「いえ、何も……何でもありません」

 心配そうにこちらを伺うアイゼアに、やんわりと首を横に振って答える。


 壊れた記憶が一部だけ戻ったのかもしれない。今はまだ、人類のために何かと戦っていたこと、そしてどうしても守りたい主人がいたことくらいしか思い出せない。


「アイゼアさん、スイウさんたちのところへ早く行きますよ!」

「そうだね。急ごう」

 アイゼアは生き残った騎士を隊長格の騎士と共にまとめ上げ、指示を出す。


「私はここで死体を焼き払ってから追いかける」

「そんな悠長なことを……」

「死体は触媒になります。ここにカーラントを残して、一刻も早く!」

 アイゼアもなぜカーラントが残るのか納得がいったのか、それを承諾した。カーラントの元に隊長一人と数名の騎士を残して、スイウたちの元へと向かうこととなった。


「アイゼア様、私は一足先に参ります」

「頼んだよエルヴェ」

 アイゼアに一言告げてから、エルヴェは走る速度を上げる。体力を消費している彼らに合わせて走るより、自分だけでも早く駆けつけた方が良いと判断したからだ。

 背後に多くの人の気配を置いて、平原の丘を駆けていく。どこか風景には似つかわしくない冷たい空気が頬に触れた。


 丘を駆け上がると、眼下に祭壇のような開けた場所とスイウとフィロメナの姿を捉える。そこは一面が雪景色に変わっていた。そして何より驚いたのは黒く巨大な竜が暴れまわっていることだ。ただならぬ状況に、エルヴェはより一層強く地面を蹴って駆け出した。

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