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境界線に立つ者たちへ──その『執念』は全てを覆す  作者: まな板のいわし
本編:未来を負う者たちと、過去を追う者
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081 歪な愛と歪な者たち(2)【アイゼア視点】

 ジュニパーが死んだという事実だけが目の前にあった。ただただ呆然と立ち尽くすしかなかった。何か言葉を放ち、メリーの気配が離れるのと同時に、隣に誰かの気配が並ぶ。


「苦情はなしでお願いしたい。ジュニパーを吸収されたら、いよいよ手に負えなくなる」

 その言葉で、カーラントがジュニパーを魔術で殺したのだということをようやく理解した。


「狂ってる……こんなの正気じゃない」


 思わず零れた言葉はジュニパーへなのか、ストーベルへなのか、それともカーラントやメリーへ向けたものなのかはわからなかった。


「おや、さすがの騎士殿も引いてしまわれたか」

 最初から変わらない薄ら笑いを浮かべたままのカーラントに戦慄(せんりつ)した。


「まだ人を思いやる心が残ってた。あの子にも生きる道はあったはずじゃないか……」

「心優しい騎士殿に教えておこうか。クランベルカの名を持つ者は皆、どこかが壊れて狂っている。その部下たちもだ。例外はない」

 カーラントは顔色一つ変えず淡々と言い切り、襲いかかるバケモノの攻撃を魔術で退けていく。


「それはメリーも君自身もそうだって言いたいのかい?」

「例外はないと言ったはずだ。私やメリーを人だと思わない方があなたのためでもある」

 静かな声で答えたカーラントの横顔には諦観が滲んでおり、僅かに寂しそうに見えた。


「それより、あなたも手を貸してはくれないか……やはり私一人では攻撃を抑えるだけでも限界なのだ」

「……了解したよ」

 今はこんなところで惑わされている場合ではないと動揺を押し殺す。立ち止まっている暇はない。


 バケモノの攻撃を(かわ)し、カーラントと二手に分かれる。泥が何本も触手を伸ばしては襲いかかり、それらを躱し、槍で断ち切った。

 だが切っても切っても泥は本体に吸収され、全く傷を負わない。やはり核となっている魔晶石を破壊する必要があるのだろうが、今はすっぽりと泥に覆われてしまっていた。


 カーラントが放った火球が爆ぜ、数か所に穴があく。それも束の間、すぐに泥によって塞がれてしまう。


「中で混合魔晶石の位置が移動している。見ての通りいくら攻撃しても当たらないのだよ」

「え、メリーみたいに一気に爆破して泥を退けるか、泥ごと燃やし尽くすことはできないのかい?」

 メリーはこれまでも小さな街くらいであれば簡単に壊滅させてしまうのではないかというほど強烈な魔術を使うことがあった。であれば当主候補のカーラントにも同程度の魔術を望めるかと思ったが、カーラントの表情は渋い。


「攻撃しか能のない魔力オバケと私を同列に見られては困る。それに大規模な術式は、メリーとて触媒や準備に多少の時間がかかるものだ。あなたは魔術というものをまったく理解して──」

 カーラントは縦横無尽に襲い来る触手をギリギリで飛び退り、双剣で一気に切り払った。動きは魔術士のそれとは思えないほど鋭敏で軽く、戦闘慣れしているのがわかる。


「ともかく……メリーは攻撃特化、私は支援型。それも対人戦特化だ。しかし弱いと侮られるのも癪ではあるな。あなたの部下が全滅して構わないなら、幻影たちを全てこちらに呼びつけるが?」

「……僕が悪かったよ」

 つまり本来、魔物相手は専門外なのだろう。そしてカーラントは幻影で作り出した戦闘員が魔術による主な攻撃手段でもあるということだ。


 幻影の騎士たちは今も維持され、構成員との戦闘を多方面で継続している。幻影は出したらそれで終わりなのか、常に魔力を与え続けているのかはわからないが、それでも神経をすり減らして戦っているのがわかる。

 余裕そうに見える笑みの奥に疲労の色が見え、よく見れば体は傷だらけだった。攻撃を引き付けるだけの防戦では、いずれ体力負けして殺されるのは目に見えている。


「魔晶石の場所が特定できれば、壊すのは簡単かい?」

「あれだけ大きな混合魔晶石だと簡単というわけにはいかないかもしれないな」

「……僕の槍は魔装備なんだ。石は風属性しか持ってないけど、使えそうかな?」

「どの程度あの体に通る威力なのかが知りたい」

「やってみる。背後は頼むよ」

「わかった」


 アイゼアは槍を握り直し、触手を跳んで避ける。横からくる触手を薙ぎ払いながら触手の上を疾走し、槍に風をまとわせていく。触手を蹴り、泥の巨躯へと向けて跳んだ。槍を軸に流線型に発生した風が威力を上げて泥の中へとめり込むと、そのまま地上へと突き抜けた。


 ボトボトと上から泥の塊が降り、巨躯の修復に巻き込まれないよう距離を取っていく。魔装槍の威力でも十分泥を貫けるようだ。とはいえ元々この泥自体の耐久性は高くない。どちらかといえば修復力の方が問題だった。


「どうすれば修復を遅らせられる……?」

「アイゼア殿!」

 カーラントが攻撃を往なし、こちらへ近づきながら叫ぶ。


「あの泥は核を守る魔術障壁だ。障壁は内側からの衝撃に弱い。私が魔術で中央を開く、君はその開いた裂け目で竜巻を起こせないだろうか?」

「竜巻!? 無茶苦茶言うねぇ……これは魔術とは訳が違うんだけど!」

 そんな自然を操るような大規模な魔術のようなことはできない。起こせたとしても旋風、それも中規模程度のものだ。いくら理論上内側からであれば崩しやすいとしても厳しいのではないだろうか。それも敵の中に入って失敗すれば、そのまま上から泥に押し潰されて死ぬことになる。


「大丈夫だ。君が修復の時間稼ぎをしている間に私も飛び込んで泥を崩す。あとは魔晶石を探して──

「破壊する、だね。失敗したら冥界行きか……」

「私が飛び込むべきとは理解しているが、成功率が優先だろう。我慢してもらおうか」

 本当は逆にアイゼアがこじ開け、カーラントが入り、アイゼアがあとから援護する計画にしたかったのだろう。だが、アイゼアがこじ開けるには隙が大きすぎるうえ、突き抜けてから戻るのでは遅すぎる。


「やるしかないか」

 怖気づいていても始まらない。危ない橋はこれまで何度も渡ってきた。カーラントが詠唱を始めると火球がいくつもできては滞留する。アイゼア自身も魔装槍を起動させ、はめられた魔晶石へと魔力を蓄積させていく。


「合図したら走ってくれ」

「了解」

 カーラントが生成した火球の第一陣が射出される。続けざまに泥の体に当たって爆発を起こし、裂け目ができていく。


「アイゼア殿、走れ!」

 合図と共にアイゼアは地面を強く蹴って前に出る。風をまとわせた槍を振るい、攻撃が掠めていくことも怯まず、速度を落とさないよう駆けていく。


 第二陣の火球がアイゼアを追い越して炸裂した。吹き飛ばされぬよう槍を前に突き出し、爆風を裂く。煙が払われ、ぽっかりと口を開けた泥の体が見えてきた。


 まるで地獄へでも繋がっているのではないかという真っ暗な空洞と重々しく真上に浮かぶ泥の山に恐怖を感じるより先にアイゼアは飛び込む。槍に蓄積させた魔力を一気に放出し、槍をぐるりと一周回転させ突き立てた。


 そこからみるみるうちに旋風が巻き起こる。上へ上へと泥を裂いて撒き散らし、風は螺旋状に登っていく。威力が減衰していくにつれ、退くなら今のうちか、まだ粘るべきか、と一瞬の間に様々な考えが駆け巡る。泥が真横に水分を含んだような重々しい音を立てて落ちた。


 死ぬ。ここが限界か。ひゅっと吸い込んだ息が音を立てた。その瞬間、真上で起こった爆発がアイゼアの体を震わす。


「すまない、遅れた」

「まったく……(だま)されたかと思ったよ」

 カーラントが上へ向けて絶え間なく火球を放つ。威力は先程のものよりも幾分か弱い。アイゼアは槍に再度魔力を集め始める。槍が流線型の風を纏い、徐々に増幅していく。槍を上に掲げ、一点に集中させて風の突撃を放った。


 まるで巨大な弾丸のように周囲を削り、空を目がけて突き抜ける。できた隙間から太陽の光が差し込むと、色の混じり合った混合魔晶石が妖しい光を放って浮かんでいるのが見えた。


「あれだね」

 修復の始まる前に破壊しなければ。アイゼアは風術の浮力を使って高く跳躍し、泥の壁を蹴って更に高く跳び上がった。


 カーラントは目を眇め、人差し指を向けて狙い澄ます。魔力を鋭く固めた小さめの火球が魔晶石に命中し、大きなひび割れを作る。そこへアイゼアの槍が振り下ろされた。


 混合魔晶石は砕け散り、破片が落ちていく。覆っていた泥は地に還るようにして消えていった。落下速度を風の力で弱めて着地し、何とも呆気(あっけ)ない終わりに、強張っていた体の力が抜ける。


「ジューン……皆も、すまなかった。今まで慕ってついてきてくれたこと、感謝する」

 カーラントは混合魔晶石があった場所を見上げて、小さく呟いていた。



 カーラントはクランベルカ家の者は皆狂っていると言った。だがそれはストーベルによって歪められて狂わされてしまっただけなのだろう。


 ジュニパーに優しい心がなかったわけではない。こちらが優しく接すればそれを返そうとしてくれていた。だがその行動はとても人として正常とは言えなかった。倫理や道徳というものが著しく欠如しているからだ。そのちくはぐさは、メリーやカーラントにも通ずるものがある。


 どんな人にも何か守りたいものがあって、それを害するものとは戦う。程度の差はあれ同じ傾向の反応になるだろう。それでも相手の命を奪うとなったときには考えることがある。


 その先にいるであろう相手の家族や友人の存在。命を奪い、罪を負うことへの葛藤。それらを飲み込んで、それでも自分の守りたいもののために戦う。ただ、メリーたちはその迷いが常人よりも極端に薄い。


 仲間や大切なもの、信じるものや目的。守るべきもののためならどこまでも強く優しく、それを害するものには命を命と思わないほど残虐で冷酷にもなれてしまう。


 それは、人として大切な想像力や感情を破壊されてしまったからなのかもしれない。それでもメリーとカーラントは自分の中の壊されたものを少しずつ取り戻そうとしているのではないか、とアイゼアは思う。


 ミュールとフランを失い、死の悲しみを知ったメリーは少しずつ外を知った。今では二人のような犠牲を減らしたいと見知らぬ者の苦しみに目を向けている。


 カーラントはスティータでの虐殺を止められなったことを悔いていた。なぜそんな気持ちを抱いたのかアイゼアは知らない。それでも彼が見知らぬ民に対して心を痛めるという感情がある人物だという証明にはなる。


 ストーベルが支配する歪んだ秩序と常識で作られた狭い世界の中で、懸命に何かを守り、信じ、愛情を傾けていた。人と呼ぶにはあまりにも歪で、バケモノと呼ぶにはあまりにも哀しい。


 だからこそアイゼアは思う。皆が彼女たちを恐れても、自分だけは正面から真剣に人として向き合っていたいと。

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