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境界線に立つ者たちへ──その『執念』は全てを覆す  作者: まな板のいわし
本編:未来を負う者たちと、過去を追う者
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073 復讐者と咎人【アイゼア視点】

 自身の行いを後悔するカーラントの姿に、アイゼアの視線は釘付けになった。彼が何を思い、何を信じて屍を積み上げてきたのか、その理由は知る由もない。

 だが絶望して膝を折り、まるで斬首されるのを待つかのようなその姿が、かつての自分と重なって見えた。


 貧民街で暮らす子供だったアイゼアは拉致され、『裏闘技場』という醜悪な見せ物に参加させたれたことがあった。身寄りのない同じくらいの年齢の子供とナイフ一本で殺し合いをさせられた。


 親しくなっていた友を……罪なき者たちをその手にかけてアイゼアは生き延びた。生きるためには仕方なかったのだと言い聞かせ、幼い自分は心を必死に守ろうとした。


 それでも足元に折り重なった屍が訴える。なぜお前だけが生き延びた、と。いくら謝罪の言葉を重ねようと、命を差し出そうと許されることのない罪と業を背負った。


 殺して生き延びたからこそ死ねないという思いと、償いとして死ぬべきなのではないかという思いの狭間にいた。


 惨たらしく死ねば、それがほんの僅かだったとしても罪滅ぼしになるかもしれない。救われたいという思いが、まるで影のように背に張り付いて追いかけてきた。カーラントは自分と同じなのかもしれない。そう思わずにはいられなかった。



 ジューンを失い絶望しきったカーラントへ、メリーは容赦なく杖を振り上げる。罪悪感から救われたいだけの死にたがりが『復讐』という蜜をチラつかせて(そそのか)している。アイゼアの目にはそう映った。


 仕組まれたかのような断罪のときを……カーラントは待ち侘びている。贖罪のために命を差し出すという行動に内包される本質を、アイゼアは痛いほどに理解していた。


──メリーにこのまま殺させてはいけない。


 直感のような、衝動のような、妙な焦燥感に突き動かされ、気付けば杖を握るメリーの腕を掴んでいた。こちらを見上げるメリーから、容赦のない殺意と怒りの視線が刺さる。


 いや、刺さるどころではない。八つ裂きにされかねないほどの苛烈な感情に晒されていた。その昏い瞳の色をアイゼアは何度も見てきた。自分の未来を取り戻したいと前向きに願えたとして、復讐心までもが完全に消えることなどあるはずもない。人の感情はそこまで美しく単純にはできていないのだ。


 カーラントの行いを省みれば、決着をつけなければ収まりがつかないというメリーの気持ちも理解できる。だがここでカーラントを殺したとして、その先にメリーはどんな未来を見ているのだろうか。思いに決着がつくどころか、先へ続く未来そのものを破壊しかねないとアイゼアは考えていた。


「このまま殺せば、君はカーラントを救うことになる」

「カーラントを救う? 殺させないようにしているのはアイゼアさんの方じゃないですか」

 メリーの掴まれていない方の手に炎が宿る。彼女の性格を考えればこれは脅しではなく、きっと本気だ。

 聞くに値しないと判断された瞬間、消し炭にされかねない。ひりつくような緊張感の中、慎重に、それでいて自分の思いに限りなく素直な言葉を選ぶ。


「僕が言いたいのはカーラントの命の有無じゃない。罪の意識に苛まれる者にとって、被害者からの制裁は救済になることがあるって言いたいんだ」

「制裁が……救済?」

「擬似的な断罪行為……罰を受けて償った気になれるってこと」


 メリーはきつく口を引き結び、更に表情を曇らせた。カーラントの方は顔を(うつむ)かせたまま無言を貫いている。アイゼアはカーラントを一瞥してからメリーへと視線を戻し、問いかけを続ける。


「犠牲になった者たちが何を思うかなんて知りようもないけど、犠牲者の遺族である君は間違いなく代弁者だとみなされる」

 死者の本当の声など聞こえるはずもない。でもその代弁者たる人物が目の前に現れたら。その人が復讐に縛られ、自分の命を狙っているとしたら。


「僕なら許されたい。罪を償う絶好の機会を逃したりはしない。だから君に殺されることを望むと思う」

「……殺されてくれても、私は許さない。勝手に許されたつもりに──」

「関係ないんだよ。死ねば君の声はもう聞こえない。僕は君の望みに最大限に応えてる。僅かでも償いになったと思い込むには十分なんだ」

 腕を握る手に痛く感じるように力を込めると、メリーの視線が振り上げられたままの手へと移る。


「思わず(すが)りたくなる……この手が終わりのない罪悪感から解放してくれるって」

 自分にもまだ贖罪のためにできることがあったのだと思うに違いない。遺族を復讐から解放してやること。それが死者へのせめてもの手向けになると信じて縋りたいのだ。


 命を奪おうとする復讐の手は、終わりなき罪悪感という呪いから解放してくれる救済の手なのだ。そうして勝手に救世主として仕立て上げられた彼女は、カーラントを殺した罪をずっと背負っていくことになる。


「それでも殺す覚悟はあるかい?」


 掴んでいた手を放すと、メリーは下唇を強く噛み締めて俯き、杖を下ろす。一旦冷静さを取り戻したことにアイゼアは静かに安堵(あんど)した。


 間接的とはいえ、大切な者たちを奪った者を生かしておきたいと思うはずもない。だが殺すことが相手に何よりも救いを与えてしまうと知ったとき、それが殺した後では手遅れだ。自分の選択を後悔し、呪うことしかできなくなる。


 もしカーラントに罪の意識が芽生えなければ、命を差し出すという行動をとらなければ、メリーの選択はほんの少しだけ易しいものになったのだろうか。カーラントはアイゼアの言葉を否定も肯定もせず、相変わらず沈黙したままだった。


「死んで楽になるなんざ、人間の発想だな」


 スイウが興味なさそうに一つあくびをしながら、アイゼアを一瞥する。


「果たして殺すことが救いになるか? ここでカーラントが死ねば、死んだ後も苦しむのは確定だ。贖罪のためのもんじゃないが、魂に背負った穢れの清算は相応の苦痛を伴う。しかも今は冥界の機能が絶賛停止中。死者の責め苦のフルコースがあっちでは待ってるだろうなぁ?」

 スイウの低い声が、どこか楽しげに死後の話を告げる。


「残念なのは、メリーにはそれは見えないってとこか?」

「ちょっと……! あんた冥界のことぺらぺら喋ってメリーをけしかけてどうすんのよ!」

「は? けしかけるって何の話だ」

「恍けてんじゃないわよ!!」


 血相を変えて掴みかかるフィロメナをスイウが鬱陶しそうに引き剥がす。もう言い放ってしまったものを撤回するのは不可能だと悟ったのか、フィロメナはメリーの腕を引いて顔を覗き込む。


「メリー聞いて! スイウは簡単に言うけど、人一人の命はとっても重いの。罪を償う意思があるなら生きて償わせるべきだとあたしは思うわ。人はやり直せる生き物のはずよ……あたしはそう信じてる。ねぇ、そうよね?」

 同意を求めるようにフィロメナがこちらへと目配せする。その言葉に同意する権利がアイゼアにはない。


 生きて償うなど、被害者にとっては綺麗事にしか聞こえないのが事実だ。加害者が軽々しく口にして良いものではなく、清廉に生き、人の善良さを信じる純真な者の理論でしかない。そしてアイゼアは、それを肯定するにはあまりにも汚れすぎていた。


 憎い相手に単純に苦痛を与えたいならば、スイウの言葉は強い力を持つだろう。スイウは死後の世界で死者がどうなるのかを知っている。それは『死んだらそこで終わり、悩むこともなく楽になってしまうかもしれない』という歯止めに似た想像を簡単に否定できてしまう。


「フィロメナ様の話だと、もしここで殺せばメリー様は一つ罪を背負われるのですよね?」

「当然よ! やむを得ない罪がこの世界にあることはあたしだってわかってるわ。それでも……一つでも背負うものは減らしてほしいって思うのよ」

「背負えば背負うほど死後の清算は過酷になる。善行を積めば軽くはなるが、私情では軽減されん。冥界で身の上話は時間の無駄だと覚えとけよ」


 フィロメナの言葉を補足するようにしてスイウは説明する。スイウはメリーだけでなくカーラントも含めて話しかけているようだった。メリー自身、理由はどうあれ罪を背負うことは理解しているだろう。それでもやらねばならないと覚悟を決めて戦っている。


 それはアイゼア自身も同じだ。だからこそ殺そうと決めてしまえばカーラントの首など即座に跳ね飛ばせてしまう。


「ならばメリー様にはできるだけ罪を背負ってほしくありません。もし殺すと仰るなら代わりに引き受けましょう」

「待って待って、エルヴェ……それはさせられないよ」

 エルヴェの言葉にギョッとし、とっさに牽制の言葉を口にした。確かに機械である彼に魂の穢れや死後の話は関係ないのだろう。だからといって進んで人を殺させるわけにはいかない。


 人のような感性を持ち、人よりも優しく、憎しみを理解できなかった彼の言動を思い出す。まるで自分を剣か何かだと思っているかのような口ぶりに、エルヴェの危うさと脆さを感じずにはいられなかった。


「君は兵器じゃない。自分を道具扱いする悪い癖が出てるよ」

「あ、申し訳ございません……」

 どの道殺すことを決めたとしても、メリーがエルヴェにさせることはないだろう。というより、自分の手で決着をつけなければ気が済まないはずだ。


 だが生かすも殺すも、どちらを選んでもメリーは苦悩することになる。杖を握る手は力がこもり過ぎて小刻みに震え、やりきれない思いが痛烈に伝わってくる。迷い続けているメリーに、スイウは一つため息を零してから問いかける。


「メリー、お前は何のためにストーベルを殺すと俺たちに言った?」

「未来を勝ち取るためです。私は、未来を自由に生きたい」

 メリーは悔しそうに目を伏せ、震える声で噛み締めるように呟く。


「なら何を迷う必要がある。答えは簡単だろ? 未来の自分にとって最良だと思える選択をすればいい」

 スイウの言葉にレーニスの天幕で一泊した日、世界の破滅を止めた後の未来をメリーと話をしていたことを思い出す。兄妹二人の墓を建てることや、二人のように犠牲になる人々を減らしたいと語っていた。アイゼアはどこか祈るような思いで、ただただ選択が下される瞬間を待つ。


 メリーはしばらく考えた後、フィロメナの手を振り払うと、杖の切っ先をひたりとカーラントの胸元へ突きつける。


「メリー!」

 メリーを止めようとするフィロメナの腕を掴み、メリーから引き離した。


「アイゼア! あんたもメリーを止めてたじゃない。どうしてっ!?」

「それは違う。僕は止めたわけじゃなくて、あくまで事実の一つをメリーに提示したかっただけだよ」

 本音を言えば踏みとどまってほしい。だがきっと自分自身で決めなければ、必ず強い後悔が残る。もしまだ自分にできることが残っているとすれば、それは──


「全てを覚悟の上で導き出した選択なら、僕は支持する。どちらを選んでも、ね」


──彼女の決めた選択を肯定することくらいだろうか。それが選択に関わった自分の責任であり、自分の答えだ。


「そんな……」

「フィロメナまで僕に倣って肯定する必要はないよ。ダメだと思うことは否定し続ければいい。でも選択はメリー自身が決めないと、メリー自身が一生後悔することになる」

 フィロメナは胸元で手を組み、祈るような視線をメリーへと向けていた。杖の切っ先から辿るようにして、カーラントがゆっくりと顔を上げる。


「殺すことに決めたか。それでいい。クランベルカ家の者に、今までの行いを悔いる者などいない。それはあなたもよく知っているだろう。ならば私は、その行いの罪深さに気づいたクランベルカ家の者として贖罪と宿命に殉じる」

「あなたを殺しても、私は一切許すつもりはないです。だからといって贖罪に生きる道を受け入れるつもりもない」

 淡々としたメリーの声は軽蔑しているようにも、諦めているようにも、憎んでいるようにも聞こえるようで、はっきりとした感情を汲み取ることはできなかった。


「わかっている。私とて別に許されたいわけではない。これが私にできる最良の選択というだけだ」

「そうですか。死を受け入れることがあなたにできる最良の選択だと……」

 事態は良くない方向へと向かい始めている。メリーは殺すことを選択したのだろうか。


 カーラントは何も望んでいないようで、死という救いを求めている。でなければ、自ら死を受け入れる理由などないはずだ。

 罪を背負っているから死ぬべき、犠牲者のために死ぬべきという独りよがりな考え自体に、罪悪感を和らげて逃げようとする自己満足が含まれているのだから。


 メリーは杖を振りかぶる。その瞬間、エルヴェは静かに目を伏せ、フィロメナはとっさに顔を背ける。アイゼアとスイウは、ただ静かにその光景を見守っていた。

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