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境界線に立つ者たちへ──その『執念』は全てを覆す  作者: まな板のいわし
本編:未来を負う者たちと、過去を追う者
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071 声【スイウ視点】

 遺跡に入ってからというもの、絶え間なく襲い来る構成員が奥への侵入を拒む。スイウとアイゼアが先頭で道を切り拓き、後方から来る敵をエルヴェが始末し、フィロメナは援護をしながら、着実に奥へと進んでいた。


 遺跡の中程に進んだ頃のことだった。敵襲が不気味なほどぱったりと止んだのと同時に、スイウは突然息苦しさに襲われた。


 思わず咳き込み、焼けるように熱い胸元を強く握りしめる。(もつ)れる足で必死に前へ進もうとするが、体に上手く力が入らず思うように動かない。視界が霞み、ぐらりと体が傾いでいく。壁に手をついたが抗えずにずるずると崩折(くずお)れた。


「スイウ様、大丈夫ですか?」

 心配したエルヴェが駆け寄ってきたが、空気が口から漏れるばかりで上手く言葉を返せない。痛みや疲れというものとはほぼ無縁の体質だが、こんな状態に陥っているということは、メリーに何かがあったということだけは間違いないだろう。


 メリーの魔力自体はあまり減っていないことから激しい戦闘をしたわけではないことはわかる。であれば魔術をほとんど使う間もなく一方的に蹂躙(じゅうりん)された可能性が高い。なぜ一人で遺跡に向かったのかという疑問と手の打ちようのない状況に奥歯を噛みしめる。


 前へ進むために立ち上がろうと試みたが、前のめりになって転倒しそうになったのをエルヴェに支えられただけだった。同時にエルヴェの腕を掴んだ自身の手が透け、ふわふわと明滅していることに気付く。


「まずいわ……今にも消滅しそうじゃない」

「それってつまり、メリーが死にかけてるってことで合ってる?」

「間違いないと思うわ」

 フィロメナとアイゼアのいつになく切羽詰まった声が、深刻な現状を嫌というほど突きつけてくる。立ち上がることもできない自分に合わせていても事態は良い方向へ転がらない。事態が差し迫っていることは、自身の体が嫌というほど証明している。


「俺のことは構わず行け……」

 そう口にしたつもりだったが、言葉はか細く掠れて消えた。


「アイゼア様、フィロメナ様、先を急いでください。私がスイウ様を背負って追いかけます」

 必死に絞り出した声はアイゼアとフィロメナには届かなかったが、エルヴェが拾い上げてくれたようだ。


「了解した。フィロメナ、急ごう」

「わかったわ!」

 気配がランタンの灯りと共に遠退いていく。言葉が届かなかったことは返って良かったのかもしれない。


 二人の性格であれば、置いていくことを躊躇ったり抗議してくる可能性もあるだろう。置いていけない、見捨てられない、そんな問答は時間の無駄でしかない。その点エルヴェは判断に関しては迅速かつ非常に合理的でありがたかった。間もなくスイウの体がふっと地上を離れる。


「置いていけばいいものを」

「敵襲にはどう対応なさるつもりですか?」

 エルヴェの気遣わしげな声に合理性の中に僅かに秘められた優しい思いが伝わってくる。


「……わかりきったことを聞くな」

 消滅を待つ以外に選択肢がないことくらいエルヴェにもわかっているはずだ。お荷物になるなんて御免だと言いたいが、厚意を拒絶する力など残っているはずもなかった。


 エルヴェは身長も低く体格も貧相だが、機械の体であるせいか同じ体格の人とは比べ物にならないほどの力を持っている。身長も体重もそれなりにあるはずのスイウをエルヴェは軽々と背負っていた。


 ランタンを二人に持っていかれ辺りは暗闇しかない。視界は最悪だが、それもエルヴェにとっては関係のないことだった。この状況でスイウを背負って走れるのは、エルヴェしかいない。


 その華奢(きゃしゃ)な背中に、まるで泥にでもなったかのように全体重を預ける。体の重怠さと、あらゆる感覚が鈍っていくのをどこか他人事のように感じていた。


 メリーは着実に死へと向かっている。体はしんどいが、消滅することに対して恐怖は感じない。一度死んだ身で、今更消滅を恐れるというのも滑稽な話だとスイウは思う。


 消えたときは消えたとき、元より終わっていた存在なのだ。それでも頭のどこかで消えるわけにはいかないと思っている自分がいる。それは役目を果たそうとする使命感からくるものだろう。


 いつの間に自分はそんな真面目な性格になったのか。それとも魔族として蘇った時点で植え付けられる性質なのか、スイウにはその判断がつかなかった。


 あぁ、だが……と頭の中で呟く。脳裏にはメリーの姿が浮かんでいた。自分は消滅してもさほど未練はないが、もう一方の片割れはそうではない。兄妹の仇も討てず、未来に手が届くこともなく、命を奪われる瞬間に何を思うのだろうか。


 道半ばで無念の死を遂げた者たちと幾度となく対峙し、怨嗟を浴び、魂が去っていくのを見送ってきた。何度も。何度も。数えるのは気が遠くなるほどの数を、人として生きてきたであろう時間より何倍も長い時をかけて。


 にも関わらず、メリーの死を思うと妙に胸の奥がざわつくのだ。『こんなはずではなかった』という思いが頭の片隅にこびりついて、ささやきかけるように反芻している。その声が胸の奥を締め上げて軋ませている。


 それが誰の言葉だったのか、単なる想像か、そもそも何に対する『こんなはずではなかった』なのかもわからない。この意味のわからない後悔に似た感情を、柄にもなく情に(ほだ)された結果だと結論づけることにした。


スイウさん──


 徐々に鈍っていく思考の中、自分の名を呼ぶメリーの声が聞こえてくる。


──死んだら、ミュール兄さんやフランと会えるんですか?

たった一目だけでいいんですよ──


 それ以降はもう何も聞こえてはこない。単なる幻聴か、それともこれがメリーの最期の言葉で、最期に思うことだというのか。怨嗟でもなく叫びでもなく、怒りでも憎しみでも後悔でもない。穏やかささえ感じられる声をしていた。


 復讐心に駆り立てられ、時に苛烈で残酷なメリーは、不要なものを削ぎ落とせば最後に残る思いはこれなのか。


『たった一目会いたい』


どうやらそれが罪に(まみ)れたメリーの最期の願いらしかった。


「死人に会えたら終わりだろうが……阿呆が」

 届くわけもないと承知でスイウは呟く。会えていいはずがない。こんなとこで死んでいいなんて思ってないだろ、とメリーへ強く念じる。

 まだこの体は辛うじてこの世にある。諦めるわけにはいかない。スイウは薄れる意識の中で、繰り返しメリーへと呼びかけていた。



* * *



 アウラの街に戻って丸一日が経とうとしていた。スイウたちは意識の戻らないメリーとカーラントの回復を待っている。自分が意識を失っていた間に、倒れていたメリーとカーラントを発見し、三人で連れ帰ったらしい。


 フィロメナ曰く、メリーは魔力を許容限界ギリギリまで溜め込んだことで解離しかけていたようだ。解離というのは霊族が自然へ還る現象のことを指す。簡単に言えば死にかけていたも同然ということだ。


 メリーの中に溜まった魔力をフィロメナが放出したことで、今は一命を取り留めている。そのおかげでスイウ自身も目を覚まし、体調も本調子とまではいかないが支障ない程度には回復していた。


 それ以外には特に目立った外傷はなく、カーラントの方は外傷どころか魔力も溜め込んでおらず、そもそもなぜ意識を失っているのかわからないとフィロメナは言っていた。


 遺跡の探索と行方不明者の探索は騎士団によって行われ、無事に保護したという報告が入ったのは数時間程前のことだった。

 不明者たちは遺跡の奥で捕えられていたらしく、街の者たちの中から数人犠牲者が出たらしいが、薄紅色の髪の男が来るようになってからそういうことがなくなったと証言しているという話をアイゼアから聞いた。


「あ、生き……てる?」

 沈黙の流れる天幕内にぽつりと声が降る。伏せていた目を開くと、横たわっているメリーが右手を上に上げて手のひらを開いては閉じを繰り返していた。


「メリー! 良かった……目が覚めたのね!」

 フィロメナが嬉しそうにはしゃいでいるのをメリーは怪訝な表情で見つめている。体を起こして周囲を警戒するように見回し、険しい表情のまま何か考え事をしているようだった。


「メリーどうしたの?」

「ここはどこですか?」

「アウラの街の拠点よ。倒れてたあんたを連れて帰ってきたの」

「……カーラントはどこへ?」

「隣の天幕にいるわ。見に行ってみる?」

 メリーは一つ(うなず)くと、蹌踉(よろ)めきながら立ち上がる。真っ先に気にするのがカーラントというのは少々意外だった。



「メリー様! お目覚めになられて安心いたしました」

「さすがに今回はダメなんじゃないかってヒヤヒヤしたよ」

 心配して声をかけるエルヴェとアイゼアへの反応もそこそこに、メリーは今も眠ったままになっているカーラントをじっと覗き込む。


 責める気はなく謝罪がほしいわけでもないのだが、これだけ迷惑をかけたのであれば何か一言くらいあってもいいのではないだろうか。さすがのスイウもそう思わずにはいられなかった。


「意識がないですね。いや、そもそもこれは本物?」

 意味不明なことをぶつぶつと呟きながら、カーラントの体を足でつつきだしたメリーを見て思わず顔を見合わせる。

 皆一様に何が起こってるのかわからず、奇妙なものを見たような顔つきだ。その異様な行動に無意識に溜息が漏れる。


「頭がイカれたのか? フィロメナ、頭も治療したんだろうな?」

「治療はちゃんとしたわ。そもそも頭を打ったような怪我はなかったはずよ」

 自分の治療の不手際ではないと、フィロメナの視線が不服そうにスイウを睨みつけている。


「失礼ですね。私はおかしくなんてないですよ」

 微妙にピリついた空気を無視し、メリーがようやくカーラントから視線を外してこちらへと向き直る。


「幻術と現実の判別がつかないんです、なんて……もし幻影なら言っても無駄かもしれませんが」

「幻影? どういうことか説明してもらってもいいかな?」

 アイゼアが尋ねたことで、メリーは快くこれまでの経緯を話し始める。一人でいなくなったことから救出するまで、メリーの身に何があったのかを理解し、疑問に思っていたことの大半は解消された。


 代わりにこちらもメリーがいなくなってからここに戻ってくるまでのことをアイゼアが話し、やっとこれが幻術の中ではないとメリーは判断したようだ。


「起きてくれませんかね。ここ敵陣なんですけど」

 メリーは半眼でカーラントを睨みつけながら再度つつき……軽く蹴り始める。さすがにそれを不快に感じたのか、カーラントが小さく呻くとゆっくりとまぶたが開かれた。


「ここは……」

 というカーラントの声と共に、冷たい手錠が音を立てる。手錠をかけられた手でカーラントはゆっくりと体を起こした。カーラントは緊張した面持ちで周囲を観察し、最後にメリーと視線を合わせて表情を緩めた。


「メリー、生きていたのか」

 カーラントの声は落胆というよりどこか安堵したような響きを持って耳に届く。


「えぇ、なんとか。残念でしたね」

 メリーの皮肉を込めた言葉にカーラントは静かに首を横に振った。


「これで良かったんだろう。あなたの言った通り、ジューンはもう殺されていた」

「その金糸雀(カナリア)、使い魔ですか」

「えぇ。あなたにジューンは生きていないと言われたことが腑に落ちなくてね。この使い魔がジューンの元へ飛んでくれたら、あなたの言葉など方便に過ぎないと思えただろうに」

 手錠をかけられた両手で鮮やかな黄色の小鳥を掬い上げると、パッと光の粒子となって消える。


「ジューンのところへ行けずに留まっているのが何よりの証拠だ」

「使い魔は死者の元へは飛べませんからね」

 ジューンという名に、あの好戦的な赤い髪の少年の姿が浮かぶ。カーラントと同じ氷色の瞳をした剣術使いだったことを覚えている。


「ちょ、ちょっと……殺されたって誰に? メリーやあたしたちが殺したと思ってるなら、それは濡れ衣よ」

「わかっている。殺したのは父様なのだよ」

「……何よ、それ。慕ってくれてた自分の子供まで殺したって、こと……?」

「あぁ、そういうことになるのだろうね」

「許せない……人の命を、何だと思ってるのよ……!」


 フィロメナは拳を握りしめ、義憤に駆られている。カーラントたちのしたことを考えれば全く同情の余地などないのだが、それを差し引いて素直に胸を痛めて怒る感性に、ある種の天族らしさが滲む。そしてそこがフィロメナの長所であり短所でもある。


「フィロメナ、落ち着いて。今ここで怒っても何も変わらないよ」

「わかってるわよ! でも、これじゃまるで使い捨ての道具じゃないっ……」

 そして天族として生まれたからこそ、人は守るべき対象であり、人の善性を限りなく信じている。魔族より、天族より、魔物や精霊や妖魔より、人は恐ろしくどこまでも残酷になれる生き物なのだと知らないのだろう。


 その残酷さの根源もまた『人の心』からくるものなのだ。ストーベルの欲望に忠実なところは、まさに人の心の悪い所を煮詰めたかのように『人間らしい』と言える、とスイウは思っている。


「使い捨ての道具、か。私の信じていたものは一体何だったのだろうな。虐殺を見過ごし、弟を失ってまで……」

 カーラントの瞳により一層深い影がおちる。それだけでカーラントにとってジューンが大切な存在であったことは理解できた。それもあれだけ信奉していた父親に殺されたとなれば、カーラントの胸中は複雑なものだろう。スイウにとっては、よくある話の一つでしかないが。


 一方でメリーはただじっとカーラントを見つめ、黙ったままだ。その目はいつか見た、深海のように底の知れない昏い色を宿している。今はまだ冷静だが、拭えない復讐心がメリーの中に(よど)んでいることだけは間違いなかった。

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