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境界線に立つ者たちへ──その『執念』は全てを覆す  作者: まな板のいわし
本編:未来を負う者たちと、過去を追う者
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069 守りたいもののためならば(2)【メリー視点】

「ここよ!」

 フィロメナに導かれ、小部屋になっている場所へと辿り着く。先程の広間ほどではないが広さはそこそこある部屋のようだ。機材のようなものがあちこちに置かれており、所々瓦礫(がれき)も散乱している。


「この部屋にいるんですね。みんなはどこに……」

 振り返ると、剣を眉間へと突きつけられ言葉が詰まる。フィロメナは見たことのないような嫌な笑みを浮かべていた。


「ご苦労」

 フィロメナの横へ悠々と歩み寄るカーラントの姿にしばらく呼吸をするのも忘れるほど釘付けになった。


「やはり大人しく受け入れるわけがないと思っていたよ」

 カーラントをメリーが信じなかったように、カーラントもまたメリーを素直に信用するわけもなかったということだ。


「だが安心していい。仲間があなたを裏切ったわけではない。私が幻術使いだということ、忘れたわけではないだろう?」

 そのことは常に頭にあった。だがよく知る相手でもないフィロメナの恐ろしい再現度に、幻術を疑う余地がなかった。


「よく知りもしないフィロメナさんを、よく本物そっくりに再現できましたね」

「あなたは幻術というものをもっと知った方がいい。幻は決して私の力だけで生み出されるものではない。幻は私ではなく、あなたが見るものなのだからね」

「私が……見るもの……」

「記憶、知識、感情、思い込み。そういったものが幻術につけ入る隙を与える。このお嬢さんは私が生み出した幻影、当然自在に操れる。だが、私が命じていないときに動かしているのはあなたの中に蓄積された彼女との記憶だ」

「私の記憶が干渉して、幻影が動くなんて……」

「長く共にいる相手ほど、幻影はより本物らしく仕上がる。皮肉なものだ」


 事もなげに語るカーラントに悔しさが込み上げる。この不利な現実がストーベルの言葉が正しいのだと証明しているようだった。


「もちろん、記憶に干渉して幻影に再現させることは簡単なことではない。私もそれなりに努力はしてきているのでね」

 幻術にかけられたのは一体いつだったのか、持っている幻術の知識を一気に頭の中に並べ立てる。


 幻術には大きく分けて三つの型がある。一つめは精神や脳に直接術をかけて幻術の世界に引き込む型、二つめは現実の一定範囲に幻術の世界を展開する型、三つめは単純に幻影を作り出す型だ。


 三つめの型は他の魔術同様、幻影をその場で作り出す際に放出される魔力を感知することができる。

 少なくともカーラントと会ってから、魔術を使った瞬間は一度もなく感知できていない。だがそれは幻影を作り出したときの話で、精神を幻術に蝕まれていたり、幻術の世界に引き込まれている場合は別だ。


 一つめと二つめの型の場合、最初に使用したときのみ魔力が発生し、一度かかってしまえば後は魔力を放つことなく自在に幻影を生み出すことができる。現状から推測すれば一つめか二つめの型のどちらかだが、一つめの型の場合、直接人体へ術をかける性質上ある程度近距離である必要がある。


 フィロメナをわざわざ幻影で作り出したということは、仲間を捕らえているというのは嘘だろう。そこから推測すれば、術にかけられたのは街で一人取り残されたときからということになる。


 残された可能性は二つめの型だ。街と遺跡に幻術を展開しておけば、自然とその中へ入ったものは幻と現実の入り混じった世界を見ることになる。仲間や騎士団の者たちとメリーの双方が存在を認識できないよう幻術を二重に仕込んだのだろう。


 誘き寄せるために流していたという魔力は、幻術を緩やかに維持する目的も含まれていたに違いない。カーラントはかなり高度な技術を持ち、魔力も多く有してはいるが、街や遺跡全体を覆う規模の幻術を展開し続けるのはさすがに規格外過ぎて想像もしなかった。


「私一人にずいぶん大掛かりですね」

「研究の成果を利用すれば大したものでもない。ただ確実な方法を選択したまでだ」

 前回対峙したときに使われた幻術も、こちらが魔力を感知するより早くかけられていたことを思い出す。この規模のものをここまで鮮やかにしかけられたら適うはずもないと乾いた笑いが漏れた。


 つまり最初から手のひらの上だったというわけだ。目の前のフィロメナも幻影とはいえ、実体とほぼ変わらない。その剣で眉間を貫かれれば当然即死だ。


 剣を突きつけられたまま身動きがとれず、幻術で作り出された構成員によって瞬く間にメリーは取り押さえされた。魔力で掴まれた手を焼き切ろうとしたが、幻影は次から次へと現れ、逃げ出すこともできない。


「往生際が悪いな。もう諦めなさい」

 カーラントがメリーへと手をかざし、魔晶石に変えるための魔力が送り込まれてくる。まじまじとカーラントを見るのは人生で初めてのことかもしれない。


 覇気のない空虚な瞳はガラス玉のようで、どこかぼんやりとメリーの姿を映している。感情を切り離し、まるで人形でも演じているのかと思わせるほどだった。

 徐々に魔力が蓄積すると同時に体が熱を帯び、焼けるような痛みが全身に走る。魔力許容量の限界に近づくほどに痛みは増していく。


「すまない、メリー」

「謝る……くらいなら、やめたらどう……ですか?」

 呼吸は次第に浅くなり、言葉を口にするのもやっとだった。魔晶石にされたらストーベルの良いように利用される。それがたまらなく悔しかった。


 結局道具は人になれず道具のまま終わってしまうのか。痛みは更に加速し、内側から弾け飛びそうなほどの激痛が襲う。

 何か状況を打破する方法はないか。憎しみと怒りと苦痛でぐちゃぐちゃになりかけている思考と、どこかそれを冷静に捉えているもう一人の自分がいた。


「ミュール兄様もこんな……なんて惨いことを……」

 自分で同じように殺そうとしているくせに、カーラントはどこか他人事のように呟く。惨いと思う感性があるのなら、即刻やめればいいのにと思わずにはいられない。


 ミュールもフランもこの苦痛を与えられ、死んでいった。その判断を下したストーベルを許せるわけがない。叶うことならこの手で決着をつけたかった。


「苦しいだろう……だが、もう少しで楽になる。全てはジューンたちを救うためなのだ。そうでなければ父様に……」

 守りたいものというのはジューンのことだったらしい。ストーベルが命を盾にして脅す。それがどういうことなのか、クランベルカ家の者なら理解できるはずだ。理解していながら、カーラントは受け入れられずに現実を拒絶している。

 己の信じてきた道の過ちを。信じていた父の残忍さを。大切な者の死を。


──本当は、わかってる、はず……」


 いつの間にか固く閉じていたまぶたをなんとか開くと、視界はぼやけていた。少しずつ焦点が合ってくると、カーラントの泣きそうな顔が目の前にあるのが見える。


 掠れる声を必死に絞り出した。その言葉が自分のためなのか、カーラントのためなのか、それとも一言物申さなければ気が済まないだけなのかはわからない。


「ストーベルはっ、一度見放した者を救わ……ない」

「そんなことはない。父様は私に約束して──

「約束なんか、守ら……ない。ミュー……兄さんで、すら」


 メリーはミュールの末路を知っている。ストーベルに意見し、見放され、約束を破られ、何をされたのか。そしてその後、ミュールがどんな人生を辿ったのか。次期当主候補と名高かったあのミュールでさえ、自分の益にならないと判断した瞬間に、壊して捨てた。


「あなた……はわかって、る。ジューンは……死んで、る」

 そんな血も涙もないバケモノが、ジューンを見逃すわけがない。そしてジューンを大切にしていることを知っていてカーラントを利用した。


 ストーベルは狡猾な性格だ。人の心を利用するときは極力勘づかれないように手を回す。だが明らかに不快感を伴うような、そんな利用のされ方をするということは、カーラントもまたストーベルに見放されたということだ。捨て駒扱いだと見抜けないほど、カーラントも馬鹿ではないだろう。


「現実……から目を、背け……だけ。もう、遅い」

 きっとジューンはもう生きてはいない。必死で手に入れた魔晶石を手にストーベルの元へ戻ったとき、カーラントは絶望する。


 そうして無抵抗のカーラントの命さえもストーベルは利用するのだ。手に取るように光景が浮かび、苦笑と共に息苦しさで咳き込む。支えきれなくなった体は、構成員に掴まれて立っているに過ぎない。


 目の前が霞み、引き千切れそうな体が限界だと悲鳴を上げていた。息も絶え絶えで、もう口にした言葉はまともに伝わっていないかもしれない。だが突然痛みが和らぎ、一瞬にして体が軽くなる。


「犠牲になるのが宿命だと言ってたあなたにはお似合いの、惨めな最期ですね」


 そのせいか最後の嫌味だけは綺麗に言葉になっていたように思う。


「                 」


 カーラントが何か言ったようだが、言葉は上手く聞き取れなかった。視界は閉ざされ、闇の中へと落ちる。音が少しずつ遠退(とおの)き、自身の鼓動と呼吸の音だけが耳を支配していた。


「ミュール兄さん、フラン。私、最後まで戦えないみたい」

 二人の命を背負って、この手で決着をつけられないことが悔しい。今にして思うのは、あのフィロメナが幻影で良かったということだ。みんなが無事なら必ず自分の分も戦ってくれる。きっとストーベルも殺してくれるし、世界の破滅も止められると信じている。


「あぁでも、怒られちゃいますかね……」

 このまま魔晶石になればスイウは消滅する。契約を解消しようにも肝心のスイウが目の前にいない。一人で飛び込んだことを浅はかだったと罵倒されるだろうか。あのときは判断のしようがなかったと言い訳しても結果が全てだ。スイウからの罵倒を聞く機会ももうない。


「ねぇ、スイウさん。死んだら、ミュール兄さんやフランと会えるんですか?」

 散々人を殺し、抱えきれないほどの罪がこの手にはある。今更二人と同じところへ行けるとは思っていない。それでも。


「たった一目だけでいいんですよ……」


 どうしても会いたいと願わずにはいられなかった。やがて痛みも感じなくなり、強烈な眠気へと沈んでいく。

 ただただ体が泥のように重い。思考が鈍っていく中で、誰かの「諦めるな」という声が聞こえた気がした。諦めたいわけではない。この手でストーベルを殺し、自由な未来を掴み取りたい。


だから生きたい。まだ生きていたい──


メリーの意識はそこでぷつりと途切れた。

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