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境界線に立つ者たちへ──その『執念』は全てを覆す  作者: まな板のいわし
本編:未来を負う者たちと、過去を追う者
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065 描く未来は(1)【メリー視点】

 ポルッカから無事にエルヴェの修理が終わったと連絡が来たのは一昨日のことだった。ただでさえ一日予定が遅れているというのに、ノーグへ向かう途中で天候が荒れたせいで到着が予定より大幅に遅れてしまった。


 メリーたちはノーグ共和国に着いてから魔術鉄道でレーニスという街へと向かった。レーニスは住民が全員行方不明になったとされているアウラという街に最も近く、セントゥーロから派遣された騎士団が駐屯している街だと聞いている。街の人から情報を聞き、街外れに設営された天幕へと向かった。



 天幕の張られた区画へ近づくと、こちらに気づいた騎士が一人駆け寄ってくる。


「こんにちは。住民の方が訪ねて来るのは珍しいですね。何かありましたか?」

「メレディスと申します。騎士のアイゼア・ウィンスレットさんの協力者なんですけど、話は通っていませんか?」

 必要なことだけ簡潔に伝えると、騎士はここでお待ちくださいと言い残して天幕群へと消えていった。その後無事に滞在許可をもらえたが、動き出せるのは昨日アウラへ発ったばかりの先遣隊の報告が来てからとのことだった。その間にいつでも遠征できるよう準備を整えたり、情報収集に時間をあてることにした。



* * *



 あれから三日、アウラへ向かった先遣隊からの連絡が途切れたと伝えられた。捜索隊が組まれ、メリーたちもそこに同行することになっている。


 指揮官のいる天幕から出たメリーたちは、今借りている天幕へと戻ろうとしていた。そのとき「あっ」とフィロメナが声を上げ、走り出していく。


「エルヴェー!」


 フィロメナの背中を視線で追いかけると、サントルーサで別れたアイゼアとエルヴェの姿が視界に飛び込んでくる。使い魔から来る連絡の時間差から間に合わないと思っていたが、何とかここを発つ前に合流できたのは嬉しい誤算だった。


 まだ遠くにいるというのに姿を見つけるや否やフィロメナは全速力で駆けていく。その後ろをメリーも小走りで追いかけた。


「お久しぶりです。フィロメナさ──」


 勢いよく飛びつかれたエルヴェは数歩蹌踉(よろ)めきながら下がる。


「もう体は大丈夫なの? とにかく元気そうで良かったわ……!」

 エルヴェが無事に戻ってきた喜びが全身から溢れ出している。抱きついて離れる様子のないフィロメナに、エルヴェは少し困惑しながらも嬉しそうにはにかんでいた。微笑ましい二人の姿に、こちらの気持ちも自然と明るくなる。


「あっ! ご、ごめん。苦しかったかしら?」

「大丈夫です。苦しいというよりは、少し驚いただけですので」

 フィロメナが離れるとエルヴェも落ち着きを取り戻し、改まった様子で頭を下げた。


「皆様のおかげで再びこうして動けるようになり、本当に感謝しております」

 彼の表情は一点の曇りもなく晴れやかだ。まるで……裏切られて殺されたという事実などなかったとでもいうように。


「礼はいい。それよりアイゼアとはどうなったんだ。処遇はエルヴェの一存で決めるってことにしてあるんだが」

「そうだったのですね。私はアイゼア様のことを全面的に許しました。と言いましても元より怒ってもいませんし、アイゼア様にはむしろ感謝しているくらいですので」

 しみじみと噛みしめるように答える姿は嘘を言っているようには見えないが、自分を殺した人をこうも簡単に許せてしまうのは到底理解できない感覚だ。たとえ相手に事情があったとしても、だ。スイウやフィロメナも同じことを思ったのか、驚きを隠さずに絶句している。


「えっと……どうして固まってしまったのでしょうか?」

「まぁ、そういう反応になるよね。僕も全く同意だよ……」

 アイゼアも同じように言われたのか、困ったように笑っている。


「うーん。エルヴェがそれでいいってことならいいのかしら?」

「フィロメナさんは不服そうですね。やっぱり額を地面に叩きつけてやらないと気が済まなかったですか?」

 裏切ったアイゼアに対して、激しく怒りを露わにしていたフィロメナの姿が頭をよぎった。冗談半分に言ってみると、フィロメナはギョッと目を見開いて、あたふたとし始める。


「ちょっとメリー!」

「えっ、そんな話になってたのかい? フィロメナって意外と過激派なんだ……?」

「待って、あたしはそこまで言ってないわ! アイゼアも騙されちゃダメよ!」

 冗談に対して、もーと言いながら頬を膨らませるフィロメナが面白く、思わず口角が上がる。久しぶりに全員揃ったことが、自分で想像していた以上に嬉しいことだと感じていた。


「そうだ! あたし会ったら二人に聞かなくちゃって思ってたことがあったのよ!」

「「げ……」」

 パーっと明るくなるフィロメナの表情に対し、思わず漏れた声がスイウと重なる。


「私でわかることであればお答え致します。遠慮なく質問してください」

「それで、聞きたいことって?」

 二人とも興味深そうにフィロメナを見つめる。


「『ちわげんか』ってどういう意味かしら? ずーっと気になってもやもやしてたのよ!」

「「痴話喧嘩?」」

 アイゼアとエルヴェは二人で顔を見合わせながら目を(しばたた)かせ、なぜそんな単語が飛び出してくるのか、と言いたげにしている。


「あれ……二人とももしかして知らなかったりするのかしら?」

「いえ、意味は存じておりますよ。痴話喧嘩というのは、愛し合う男女の何気ない会話を元にして起こる喧嘩のことです」

「簡単に言うと、恋人同士の取るに足らない言い争いってとこだね」

 エルヴェがまるで辞書でも引いてきたかのように説明し、アイゼアがそれをわかりやすく噛み砕いて話す。


「愛し合う……男……じょ?」

「フィロメナ様?」

 フィロメナはピシャリと固まった後、少し遅れて頬を紅潮させた。


「こい、びと? あたしと、スイウが?」

「え?」

「えぇ〜? フィロメナとスイウはいつの間にそういう関係になったんだい? やだなぁ、教えてくれてもいいのに水臭いじゃな──」

「ちょっと黙れアイゼア」

「ちがーう!! そんなわけないじゃない!!」

「痛っ、フィロメナ叩きすぎだって……」

 とうとう頬だけに留まらず顔全体を真っ赤にしたフィロメナは、バシバシと遠慮のない勢いでアイゼアを叩き続けている。


 メリーは四人がわいわいと盛り上がってる間に少しずつ距離をとっていたが、フィロメナとスイウの恨めしそうな視線がギッとこちらへ向く。


「メリー!! よくも痴話喧嘩なんて言ってくれたわねー!!」

 走ってきたフィロメナに掴みかかられそうになりとっさに(かわ)す。


「傍から見たらそう見えますよーってことです!」

「どう見たらそうなんの!! 見えないわよー!!」

「当事者のフィロメナさんが何で言い切れるんですかっ」

 追撃を必死で逃れ、エルヴェの後ろへと身を隠す。


「あぁ〜、エルヴェさんの後ろじゃ手も足も出せませんねぇ」

「もー! 卑怯よ、メリー!! 最っ低!!」

「フィロメナ様、落ち着きましょう。仲良く見えるのは良いことではありませんか」

「そうかもだけど、そうじゃないのよぉ〜……」

 エルヴェのフォローになってないフォローにフィロメナが脱力する。


「ったく、くだらんことを」

「くだらないって何よ……スイウだって言われたときは取り乱してたくせにー」

「へぇ〜、スイウが?」

「アイゼア、その締まりのない顔をどうにかしろ」

「悪いねー、元からこの顔なんだ。君の目つきと同じで」


 にまーっとした表情を崩さないアイゼアにスイウが小さく舌打ちする。


「余計なこと言いやがって。いいかげん報告したいことがあるから真面目に話をさせろ」

「あぁ、それはそうだね。お互い情報は共有した方がいいだろうし」

 スイウがこちらを一瞥(いちべつ)し、目が合う。何を話したいのかはおおよそ見当がついていた。


「俺たちからの報告はグリモワールを奪っていった犯人のことだ」

 スイウの一言が場の空気を一変させる。穏やかな様子だったアイゼアとエルヴェが緊張した面持ちでスイウを見つめていた。


「犯人は誰だったのですか?」

「天族に襲われてた三人組を覚えてるか? そのうちの一人のサクってヤツだ」

「十四、五歳くらいの少年だったような気がするんだけど?」

「魔族だから見た目は関係ない。たぶんアイツは俺より長く魔族やってる」

「そういえばそうだったね。ってことはサクも世界を創り変えたくて滅ぼそうとしてるってことなのかな……?」

 全員が黙り込み沈黙が流れる。ストーベルと協力しているのであれば、目指すものはおそらく近しいもののはずだ。


 だがストーベルがどんな世界へ創り変えたいのか、メリーの中ですらいまだ判然としない。全てを手中に収め、世界を支配したいと思っていることだけはわかるのだが。そこまで考え、ある言葉が口をついて出る。


「天を統べ地を統べ人を統べ、我は最上に立つ王、全てを掌握する者なり……」

「メリー? その呪文みたいな言葉は何なんだい?」

「サクが消える前に残してった言葉だな」

 これはとある王の即位式での国民演説の冒頭だ。深い意味を知っているわけではないが、その言葉がどういうものかは知っている。スピリアの国民なら知らない方が少ないくらいだ。


「スピリア連合国がまだ王国だった頃、最後の王グルナード・エレメーテルが即位した際の演説の一部です」

「グルナード・エレメーテル……さすがにスピリアの歴史までは勉強してないからピンとこないね。サクがそれを言ったことに何か意味があるのかい?」

「わかりません。ですが、グルナードは『虐殺王』とも呼ばれているんです」

「虐殺……王が? どうしてかしら。王は民を守るものでしょ?」

「一般論はそうですけど、虐殺は事実だと思いますよ。グルナードを打ち倒したのが、族長や御三家の座についてる私たちの祖先で、この出来事がスピリア連合国建国の(いしずえ)になったと記されていますから」


 グルナードの言葉とスピリアの歴史、そしてサク。繋がりは見えないがやはり無関係ではないはずだ。


「あの……推測の域なのですが、グルナードに感化され、模倣しようとしているのではないでしょうか?」

「エルヴェの推測が正しいと仮定すれば、グルナードが虐殺をした動機と同じ理由で世界を破滅させようとしているのかもしれない……メリーもっと詳しいことは?」

「わかりません。あまりの暴虐ぶりに在位も僅か一年足らずで処刑されたんです。思惑どころかどんな人となりだったのかもほとんど残っていないんです。その悪行だけが記されているというか……」

「わかってるのは、名前と演説と虐殺の事実だけ、か」


 これ以上は考えても答えは出そうにない。沈みかけた空気の中、エルヴェが控えめに手を上げる。


「私たちも一つ報告しておきたいことがあります。クラルハイト近郊の洞窟でミルテイユを打ち倒しました」

「打ち倒したということは……」

「端的に言えば殺したってことだね」

 あのミルテイユを殺した。これはかなり大きな前進だ。ストーベルが重用していた幹部が一人欠けたということは、あちらの戦力を確実に削ったことになる。


──ミルテイユ……ミュール兄さんの、従者だった人。


 ミュールはミルテイユを気に入っていたが、ミルテイユは──たぶんそうではなかった。


『アナタの大好きなミュール様、死んでしまうかもしれないわね』


 私にそう教えてくれたときのミルテイユの顔を、よく覚えている。諦めたような眼差しと、力なく……薄く笑った口元。当時はその顔の意味がわからなかった。とにかくミュールを助けなければと必死だった。


 だが、後に理解した。あれは『もうミュール様なんて要らない』という、ミュールを見下した顔だったのだと、少なくともメリーはそう思った。


 ストーベルの手によって体を壊されてすぐ、彼女はミュールの従者をやめた。そしてよりにもよって、ストーベル直属の部下になったくらいなのだ。見限ったも同然だろう。


「そういえばあたしたち、もう一つ言わなきゃいけないことあったわね」

「え、何かまだありましたっけ……」

 ふと何かを思い出したようなフィロメナの声に、過去の記憶から意識が浮上する。ボヤッとしていたメリーに、フィロメナは「しかたないわね」と言わんばかりの呆れたような笑顔になっていた。


「ほら、三日前にアウラへ送った先遣隊から、連絡が途絶えちゃったって話よ。あたしたちね、明日ノーグ軍との混成の捜索隊と一緒にアウラに行くことになってるの」

「なるほど。なら僕とエルヴェも同行させてもらえるよう頼みにいかないといけないね」


 アイゼアたちも同行を決め、明日からの方針が固まる。非常事態の街、戻らない小隊。何かが待ち受けていることだけは確かだった。その後、小隊の編成や街の気候と地形、作戦中の行動について確認し、明朝の出発までは自由行動となった。

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