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境界線に立つ者たちへ──その『執念』は全てを覆す  作者: まな板のいわし
本編:未来を負う者たちと、過去を追う者
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062 破滅の狂詩曲《ラプソディ》【フィロメナ視点】

 どのくらい戦い続けただろうか。自分にしてはよく保った方だと、フィロメナは自身を褒めたいくらいの気持ちだった。満身創痍の体は動きも鈍り、鉄扇の直撃を受けてふっ飛ばされる。


 雨で泥濘(ぬかる)んだ地面に叩きつけられ、泥に塗れながら転がる。泥水を吸った服は重く、濡れた体は冷え切って震えが止まらない。


 それでも(うずくま)っている暇はない。追撃を避けるため、すぐに翼で飛び上がる。無言で不気味に立つネリと、もう一人はやはり契約者のヴァインだった。


 二人を含めみんなを助けたい、殺したくないというのは、やはり甘さだと言われるのだろうか。ただでさえ力不足な自分では無理に限りなく近い。それでもここまで持ったのは二人が魔術を主体としているからだ。


 これで近接戦闘を得意としていたら、すでに消滅させられていたに違いない。それでも体中は傷だらけで、真っ赤な血があちこちから滲んで雨水と混じる。


 治癒術士として天界で働いていたフィロメナにとって、怪我は見慣れている。だが自身がこれほどの怪我を負うのは初めてのことだった。瞬間的に行える簡易治癒術を施すが、回復はとても追いつかない。


 体中が痛い。痛くて苦しくてたまらない。たくさんの怪我を一度に負うということがこんなにもしんどいものだと初めて知った。荒い呼吸はいつまで経っても整うことはない。


 そんな弱りきったフィロメナとは対照的に、ネリとヴァインは傷が修復していくせいで傷一つついていない。追い詰められている。敗北と消滅の足音は一歩ずつ確実に忍び寄っていた。メリーとヒースにトドメを刺そうとする二人へ光輪を飛ばし牽制する。


「あたしがいる限り二人には指一本触れさせないわっ!!」


 二人へ向けた言葉ではなく、今にも逃げ出したい気持ちでいっぱいな自分を必死で抑えるために叫んだ。地面を思い切り踏み込み前へ飛ぶ。放たれる雷撃をギリギリで避け、襲い来る蔦を剣で切り裂き、ヴァインへと肉薄する。


 上空から振り下ろした剣はヴァインのメイスに弾かれる。その隙にネリの鉄扇から生み出される風を受け、再びふっ飛ばされた。

 地面に叩きつけられ呼吸ができなくなる。咳き込みながら必死に空気を吸い、四肢に力を入れる。体は鉛のように重く、今にも意識が飛びそうだった。


「あぁ……痛い。すっごく痛いわ。あんたたち……何してくれてんのよ」

 思わず弱音が声になる。何とか起き上がると二人がこちらへ近付いてくるのが見えた。何度も妨害してくるフィロメナを邪魔に感じたのか、消してから二人を殺すことにしたのかもしれない。


「やっぱりあたし一人でなんて、無理よね……」

 ゆっくりと迫る圧倒的な死の気配に身が竦む。恐怖心が再びフィロメナを誘惑する。たった一人でここまで十分に頑張った。もう逃げてたっていいじゃないか。自分の命以上に大切なものなどない。見捨てて逃げてしまえ、と。


「ふふっ……なんてこと考えてるのかしら、あたし」

 最低だ。メリーにもヒースにも何度も助けられた自分が、我が身可愛さに二人を切り捨てようかと考えている。


 堕天し、穢れて生まれた利己的で醜い思い。それに屈したくないという感情。何度も挫けそうになる心を叱咤し、踏みとどまってきた。負けるな、負けるなと何度も言い聞かせる。


「逃げないって言ったじゃない。このフィロメナに二言はない、そうでしょ?」

 自分へ向けた言葉で弱さを封じ込める。力を振り絞り、再び前へ飛んだ。


「当たれぇ!!」

 縦に振った斬撃を(かわ)され、とっさに横に払う。それすらも当たらず鉄扇によって剣が手から弾き飛ばされる。それでもフィロメナは前進をやめなかった。左手に持った盾を横薙ぎにし、隙のできたネリへ力任せに叩き込む。


「ぁ……がっ」

「えっ、当たった!」

 盾がキレイにネリ胸部へと直撃し、後方へと吹っ飛んで倒れた。すぐさま迫るヴァインのメイスを上空へ飛んで躱し、突き出した右手から光の矢を乱れ撃つ。


 ネリが冥界の気を乗せて風術を放っていたように、天界の気を乗せて光の波動を放てば確実に弱らせられる。今までそうしなかったのは、ネリを殺してしまう可能性があったからだ。


 矢を浴びせたことで二人が怯んでいる今が確実に食らわせる好機でもある。迷っている暇はない。一か八か、瞬時に両手に残り少なくなった魔力をありったけ集め、気を乗せていく。


「お願い、これで何とかなって!」

 祈るような気持ちで光球をヴァインへ向けて放ち、当たって弾けると眩い閃光が走る。やがてそれが収束していくと眼下には石化が解除されたメリーと倒れたヒースが見えた。


 ヴァインは蹲っているだけだが、魔族のネリには閃光だけでも効果が強かったのか、もがき苦しみのたうち回っている。ネリの様子に気を乗せて術を放ったことを僅かに後悔した。それでもやらなければこちらが死んでいたかもしれないと思うと、内心複雑だった。


「私……元に戻って……? えっと、ネリさんとヴァインさんが何で?」

 メリーが状況を飲み込めずに辺りを見回す。


「ネリが弱ったから特殊能力の効果がなくなったのね」

「特殊能力?」

 フィロメナはまずヒースの隣に降り立ち治癒術を施す。すでに意識はないが、傷が治ってくると苦しそうな表情が和らいだ。


「魔族にはそれぞれ人や天族には扱えないような特殊な力を持ってるの。ネリの力は石化能力だったってことね」

「フィロメナさん、ボロボロじゃないですか……どうして逃げなかったんですか」

「そこは褒めてほしいわ、メリー。あたし逃げずに一人で頑張ったのよ? もし逃げたらあんた粉々に叩き割られてたんだから」

「それは……ありがとうございます」

「怪我なんてほら、少しすればキレイなもんでしょ」


 治癒術を使い、すっかり治った姿をメリーへと見せる。痛みも傷も綺麗に消えている。あるとすれば大量に魔力を失った倦怠感と、継戦による疲労感だけだ。ヴァインがメイスを支えにゆらりと立ち上がる。


「まだやる気かしら? そもそも何であんたたちがこんなことやってんのよ!」

 ヴァインは苦しげに(うめ)きながら、鋭い視線をこちらへ向けた。そしてその口がゆっくりと「逃げろ」と動く。


「えっ」

 呆気にとられていると、その言葉とは裏腹にヴァインはメイスを握りしめてこちらへ駆けてくる。メリーはフィロメナを庇うように前へと飛び出し、メイスの一撃を杖で往なす。ヴァインの背後で苦しげな声を漏らしながらネリが立ち上がる。


「メリー、石化には気をつけて」

「わかってます! けど……石化は魔力を放たないから判断がつかないんです」

 メリーはネリの動きに強い警戒を示す。ネリは俯いていた顔を上げ、血のように赤い瞳が鋭く妖しい光を放つ。鉄扇を振るうと旋風が巻き起こり、勢いを強めてこちらに向かってくる。


 メリーに引き寄せられ、横たわるヒースごと半球状に展開された障壁の中へ匿われた。障壁と旋風がぶつかり合う直前、上から突然黒い影が降り、旋風は届くことなく消失した。

 旋風のあった場所に二つの人影が見える。一人は濃藍の羽織に生成り色のマフラーを、もう一人は薄水色の服に白い翼が生えている。


「スイウ、ソレッタ天使長……どうしてここへ」

 思わず二人の名前を呼んだ。誰も助けを呼びに行ってなどいないはずだ。


「ヒースを助けに来ただけのことです。それにしてもその堕落した翼の色……呆れて言葉も出ません」

 ソレッタの遠慮のない侮蔑の視線がフィロメナに刺さる。


「メリー、ネリの目を見るな。目が特殊能力の起点になってる」

「わかりました」

 スイウとソレッタが来てくれたおかげでフィロメナは僅かに安堵(あんど)していた。戦闘は任せ、ヒースを抱えて距離をとる。


「……こいつらも特殊能力の餌食になってるな」

 スイウが突然とんでもないことを呟く。


「どういうこと? もしかして様子が変なのはそのせい?」

「たぶんな。別の魔族に何かされてるのは間違いない。ネリの気に他の妙な気配が混じってる」

 スイウはネリを斬りつけ、あっという間に組み敷く。ソレッタとメリーはヴァインと交戦を始めた。


「どうしたら助けてあげられるの……?」

 ヒースを巻き込まれないよう少し離れた位置に降ろし、スイウとネリに駆け寄る。


「助けたいなら、ネリに呪術解除しろ。魔族の特殊能力は呪術の一種だから効果があるんだろ?」

「待って、人に対してならともかく魔族にかけたら消滅しちゃうかもしれないわ! さっきだって──」

「構わん。役目を全うできない魔族は消滅して当然だ。術者を殺すのも手だが探すのは手間だ。近くにいるとも限らんしな」

「そんな……」


 天族の術には大きく分けて、攻撃術、治癒術、補助術とある。攻撃術はもちろんのこと、魔族は治癒術に分類されるものも受け付けない。正確に言えば、補助術と違い治癒術には天界の気が多く含まれるため効果より負荷が上回ってしまうのだ。


 解呪の術が魔族に上手く作用するかは未知数だ。だがこのまま放置というわけにもいかない。


「出力を間違えれば死んじゃうわ」

「魔族はもう死んでる。気にせずとにかくやってみろって」

「どうしてそんな冷たいこと言えるのよ!」

「……事実だろ。それとも、お前にネリの命がかかってるって圧力かけられたいのか?」

 どんな言葉がほしいんだ、とでも言わんばかりにスイウは鼻で軽く笑う。


「何笑ってんのよ。そういうことを言ってるんじゃない。あんたに思いやりはないのかって言いたいのよ!」

 挑発的な笑みはフィロメナの心をざわつかせるのに十分過ぎた。一人の存在を蔑ろにするスイウの薄情さと冷淡さはどれだけ共に旅をしても理解できないものだった。


「思いやりなんざないってことで構わん。何でもいいからさっさとやれ」

 やらなければネリは助けられないのだから、やるしかないのは頭ではわかっていた。なら早い方が良い、スイウが急かすのも理解できる。


 だが失敗するのが恐ろしいのだ。のたうち回って苦しむネリの姿を見てしまった。もし次こそ自分の力が彼女にトドメを刺してしまったら。考えれば考えるほどにかざした手が震え、自分の不甲斐なさに苛まれる。


「治癒術の手際だけは俺も認めてる。 フィロメナは失敗しない」

「は、はぁ? なっ何よ、何なのよ急に」

「急? 最初からそう言ってんだろ。お前の力で無理ならそもそも助かる見込みがないってことだ。気に病む必要もない」

 スイウの言葉はいつも鋭くて厳しくて冷たくてわかりにくい。ずっと鬱陶(うっとう)しがられていると思っていただけに、スイウに認めてもらえている部分があることに驚いた。我ながら呆れるほど単純だが、手の震えが収まっている。


「スイウ……ありがとう」

「ったく、余計な労力使わせやがって。くれぐれも術を俺に当てるなよ」

「わかってるわ」

 フィロメナは、スイウの拘束を解こうと暴れて抵抗しているネリに手をかざし、できるだけ魔力を抑えて施す。ふわっと光を放ち、ネリの体に吸い込まれる。ガクッと動かなくなったのも束の間、悲鳴を上げながらのたうち回ろうとする。


 その体をスイウは冷静に押さえ続けていた。フィロメナはその恐ろしい光景を固唾を飲んで見守る。しばらくすると体の動きが落ち着き、大人しくなった。


「ネリ!」

 と後方から男の声が聞こえた。


「この霊族の男は解呪できた」

 ヴァインがネリへと駆け寄り、心配そうに顔を覗き込んでいる。ソレッタが呪術解除を施したのだろう。


「フィロメナさん、頑張ったんですね。かなり弱っていたのですぐにヴァインさんを制すことができましたよ」

「え、えぇ……それより、ネリが」

 今度はピクリとも動かなくなってしまったネリに不安が募る。体が消えていないということは消滅は免れているのはわかるが、かけられている能力が解けたかまではわからない。


「ヴァインだったか? お前、誰の特殊能力に引っかかったかわかるか?」

「それなんだけど──」


「ボクだよ」

 ヴァインの言葉を遮る少年の声。ヴァインはその少年を憎悪の瞳で睨みつけながら名を叫ぶ。


「サク!!」

 その視線を追うようにして全員がサクの姿を視認する。十五歳前後くらいに見える見覚えのある少年の姿。

 ネリとヴァインと共に同行していたもう一人の少年だ。灰色のストレートな髪と、黄金色の瞳がギラギラと夜の暗闇に映える。


「魔族のわりには、契約相手が近くにいないみたいだな」

「さーてどうしてでしょーか。ボクに勝てたら教えてあげてもいいよ」

 サクはにこにこと笑いながら一冊の本を取り出した。


「あんた何でグリモワールを?」

「冥界からグリモワールを奪い去ったのはお前か」

 スイウはネリから手を離し、刀を構えながら歩み出る。


「だったらどーする?」

「消す」

「怖いなぁ」

 全く悪びれる様子もないサクに、全員の警戒が集中する。


「ネリ、殺っちゃいなよ」

「ぁ……ぅう……ダメだよ、また体が言うこときかなくなってく」

 ネリがまるで操り人形のように異様な動きで立ち上がる。だが僅かに意識が戻っているようだった。


「ヴァイン、ネリの言うことよく聞いて」

「ネリ……?」

 ネリは切羽詰まった表情で、瞳に悲しみを湛えながらしっかりとヴァインを見据えた。


「我『    』の名を代償に、汝──」

「ネリ!!」

 ヴァインはとっさにネリを押さえ言葉を遮った。


「まさか魂を代償に契約解消する気か? 俺は絶対に認めない!」

「これしか……ネリはっ。またみんなを傷つける。役目を全うできない魔族は消えるべきなのよ。元々ネリたちは死人、今更魂なんて惜しくないから」

「あなた、フィロメナって言ったな。ネリに呪術解除を施してくれ」


 ヴァインは操られて暴れだそうとするネリを必死に押さえつけながら、こちらを懇願するような目で見つめる。


「でもさっきすごく苦しんで……」

 先程のネリの悲鳴とのたうち回ろうともがき苦しむ姿が蘇る。


「意識が戻ったんだ。何度か繰り返せば解呪しきれるかもしれない。頼む……!」

「でも消滅するかもしれな──

「構わない。どのみち魂を代償に消える気だったんだ」

「ダメ! ネリが主だから解約しないまま消滅したらヴァインが死んじゃう!!」

「いい、そのときは俺も一緒に死んでやる。フィロメナ頼む!!」


 契約は主側が死ぬと、従者側を道連れにしてしまう。メリーとスイウは霊族のメリーが主だが、ネリとヴァインは魔族のネリが主らしい。


 そんなに必死に乞われたら助けないわけにはいかなかった。どの道このままでは状況は良くならないことは目に見えている。


「わかった。でも、どうなっても恨まないでよね!」

「恩に着る」

 フィロメナは手をかざし、魔力を抑えながら手のひらに力をこめる。 


「ヴァイン、一緒に死んであげるの? 優しくて泣けちゃうな」

 茶化して煽るサクを反射的に睨みつけた。


「ネリの判断は正しいよ。ねぇ、スイウ。キミもそう思うでしょ? 魔族は死人、命なんてない。ただ役目を果たす操り人形なんだからさ」

 スイウは黙したまま何も言わない。ただその背中から少しだけ、怒りの感情を抱いているのが伝わってきた。こんなヤツに二人を殺されるわけにはいかない。フィロメナは出力を抑え、慎重に呪術解除を施した。

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