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境界線に立つ者たちへ──その『執念』は全てを覆す  作者: まな板のいわし
本編:未来を負う者たちと、過去を追う者
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061 光の剣の聖譚曲《オラトリオ》【フィロメナ視点】

 水の精霊から始まり、星晶石と呼ばれる天然の魔晶石の塊や見目の良い妖魔、人の子供、魔物や狩猟禁止動物の希少部位など節操なくステージで紹介されては落札されていく。闇オークション独特の異様な雰囲気にフィロメナは呑まれていた。


「次に紹介するのはこちら! キルシェタニアの湿原の奥地にのみ自生する月見雫草の花です」

 根が水に浸された白い花が運ばれてくる。


「あっ」

 メリーが小さく声を上げると、前のめりになりながら花を食い入るように見つめていた。


「どうかしたの?」

「どうもこうも採取禁止の月見雫草の花ですよ。月見雫草は綺麗な水辺にしか生息しないうえ花をつけるのは稀なんです。白い花弁は満月の光を受けると虹色に輝くのが特徴で、花から生み出される雫は万能薬になると言われてます」

「へ、へぇ……希少なのね」


 自分にはあの花の価値がよくわからないが、どうやら薬草になるらしい。だがこれは違法の闇オークションだ。そのあたりはきちんと(わきま)えているらしく、メリーは羨ましそうにしながら花が落札されていくのを見送った。


 私利私欲が渦巻き、金と力を持つ者が持たざる者を食い物にする。メリーはこれが世界の姿の一つなのだという。こんなものが平然とまかり通っていることなど知らなかった。


 他人を踏みつけて生きる者たちを見てみぬふりして、上辺だけの秩序を守ることに意味があるのか。自分の中の感情が「それで良いはずがない」と訴えている。


 その思いに蓋をするように、今は目の前のやることに集中すべきだと言い聞かせた。自分の勝手な思いで先走り、何度も迷惑をかけてきたことを思い返す。ローブを握りしめ、じっとこらえているとにわかに会場が騒がしくなった。


「使い魔から連絡がありました。脱出を開始したみたいです」

 メリーが顔を寄せ小声で状況を伝えてくる。騒がしくなったところからも、スイウたちが注意を引きつけている証拠だ。


「じゃあ作戦開始かしら」

「はい。せっかくですから派手にしかけますよ」

 フードの影から見える口元は挑発的な微笑みを浮かべ、ローブの奥から触媒にするための鉱石や草花を取り出し、それらを魔力で練り始めたようだ。


 メリーが普段からまとっている冥界の気配が膨れ上がり、どろりと絡みつくように広がっていく。胸の奥を鷲掴みにされるような嫌な感覚は何度体験しても慣れない。


「なっ何なんだこの気味の悪い魔力は!? まさか天族が我々を殺そうと……」

「皆様、落ち着いてくださいませ!」

 招待客の中には霊族が混じっているのか、メリーの魔力を感知し恐怖に慄く声が周囲の客をより混乱させている。司会の呼びかけは恐慌状態の招待客には届かない。入り口へと殺到する客の波を掻き分け、フィロメナたちは舞台を目指す。


 メリーは魔術を発動し、天井高く昇った光球が雷撃を放ちながら炸裂した。雷光と雷鳴が広がる中、フィロメナは舞台にいるローブの男に至近距離で閃光を放つ。怯む男の脇をすり抜け、舞台袖から更に奥へと走る。


「なんだお前は!」

 目の前に三人の男が立ちはだかり、やむを得ず翼を具現化させる。


「天族の仲間か?」

「黒い翼なんていなかったよな? こいつは捕まえたら高く売れるかもしれないぞっ」

 男たちが黒い翼を見て色めき立つ。ギラギラとした欲深く鈍い光を宿す目に嫌悪を覚えた。


 瞬時に光輪を飛ばすが弾かれ、減速する。襲いかかる男のナイフを何とか(かわ)すも、その後ろに控えた別の男のナイフが眼前に迫りとっさに腕で顔を庇った。痛みに備え、目を固く閉じる。直後男の悲鳴が鼓膜を震わせた。


「フィロメナさん走ってください!」

 メリーの声が背後から聞こえ慌てて前へと足を動かす。足元に転がった三人が視界の端に映った。


 メリーの力を借りながら、舞台裏へ辿り着くとたくさんの檻が並べられていた。その中に身を寄せ合うようにして天族が寄り集まっている檻を見つけ出す。


「捕まった天族のみんなね! ティーダの依頼を受けて助けに来たわ。鍵がどこにあるか知らないかしら」

「……フィロメナ?」

 その天族の集団の中から自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。檻に近づくその人物の姿に思わず声を漏らす。


「ヒース……!」

「どうしてきみがここに。それにその翼の色は……」

 ヒースは険しい表情でフィロメナの黒い翼を凝視していた。その不躾な視線にチクリと胸が痛むのに気づかないよう、目の前のことへ集中する。


「そんなことはどうだっていいの。とにかく今はここから逃げないと」

 ヒースは(うなず)くと鍵を持っている人を教えてくれた。メリーが魔術で薙ぎ倒した一人だ。


 会話している間に舞台裏にいた敵は一人残らず倒れている。圧倒的なメリーの実力に羨望を抱きながら、手に入れた鍵で天族以外の檻も片っ端から解錠していく。


 そんな中、助け出した天族からの軽蔑の視線が突き刺さっていることには気づいていた。口々に翼の色やメリーが『黄昏の月』であることをささやきあっている声が聞こえ、もやもやとした思いが湧き上がる。


 メリーは人なのだ。人は善意だけで動けるものではないことを、フィロメナは堕天したことで身を持って知った。ここへ危険を冒して助けに来る義理などメリーには一切ない。自分はともかく彼女まで悪く言われることに心が痛み、フィロメナの心に小さな怒りと侮蔑の感情が滲むように広がる。


「フィロメナさんまだですか? 早く撤退しましょう。噂のグリモワールも見つかりませんし」

「えぇ、こっちも終わったわ。ほら、あんたたちもボサっとしてないでさっさとここを脱出するわよ!」

 捕らえられていた妖魔や精霊が逃げていく中、天族はその大半が動こうとしない。


「何やってんだよ。逃げるぞ!」

 ヒースの声にも応じず、他の天族は怯えたようにただただ身を寄せ合っている。


「黄昏の月なんかと行動できるか! お前だって近くにいたから堕天したんだろ? 俺は堕天なんかしたくないんだよ!」

「……フィロメナ、そうなのか?」

 ヒースの目が恐怖の色を湛えてこちらを見つめていた。ずっと天界で親しくしていた友人からの怯えたような表情に再びズキリと胸が痛む。


 同時に彼の気持ちも十分に理解できた。メリーとスイウに初めて会った日のことやその時に抱いていた感情、自分の行動や発言が蘇る。


「これは違うの、一緒にいたからじゃないわ。理由は後で説明するからとにかく早く!」

 そう叫んでも動いたのはヒースを始めとする二、三人だけだった。


「なんで……黄昏の月が何なの? どうして助けに来てくれた人を疑うのよ!! なんでっ……なんで──」

 相容れない思い。善意を踏みにじられ、(けな)されるやるせなさ。悔しさともどかしさに強く手を握りしめると、目頭が熱くなる。じわりと滲む光景に弱気になりかけたとき、背中にポンッと手が添えられた。いつの間にか浅くなっていた呼吸が少しだけ落ち着く。


「行きますよ。この後は彼らの自由です」


 メリーが隣に立ち、そのままかなり強い力で肩を引かれる。彼女は傷ついている様子もなく、何の感情も宿していない目をしていた。ただ問答無用で撤退するという意思だけが淡々と伝わってくる。


 あっさりと手を離し、さっさと行ってしまうメリーの背中を見つめたまま動けない。このままメリーと行くか、天族たちを説得するかフィロメナは迷っていた。


メリーはふと足を止めると


「心中するつもりですか? 私はこれ以上付き合いませんよ」


と、こちらを振り返ることもなく言った。


 再び歩き出す背は、やることはやったという自信に満ちている。先程言われた「決して引き際を見誤らないように」という言葉がフィロメナの中で反芻(はんすう)する。


「ううん。あたしも行くわ!」

 どんどん置いていってしまうメリーの背を慌てて追いかけた。



 結局あの後、天族たちも距離を取りながらついてきていた。正面玄関を抜けて無事に脱出し、あとは庭園を通って、来た道を戻れば街まで辿り着ける。

 叩きつけるような雨の中、翼を広げ全速力で飛んだ。だが突然庭園の出口が蔦で覆われて塞がれる。おそらく草術だろう。


「大丈夫です。焼き払います」

 走りながらメリーが手を一閃すると、雨を物ともせず蔦が燃え上がり焼け崩れていく。庭園の門を潜ろうとしたがその奥に大勢の人影が見えた。背後からも二人黒いローブを羽織った人影が迫る。そのうち一人の禍々しい魔力が膨れ上がると背後から雷撃が襲いかかる。


 フィロメナは魔術障壁を広く展開し、先へ行かせた天族たちの背中を守った。天族たちは門の向こうの人影と応戦しながら退路を拓く。


「構ってる暇はありません。退きますよ」

「えぇ!」

 メリーの呼ぶ声に答え、門へ向けて飛ぶ。前方にいた大勢の人影もすでに(まば)らになっていた。


 だが次の瞬間、再び禍々しい魔力を感じ取ると前方に竜巻が起こる。フィロメナは巻き込まれないようとっさに後退したが、前方を飛んでいた天族たちは風に巻かれて傷つき、ぼとぼとと地に落ちていく。すでに背後の二人はこちらとだいぶ距離を詰めていた。


「メリーこの二人……」

「戦わないと逃げ切れないかもしれませんね」

 メリーは使い魔に魔力を流し、スイウに交戦することを報告している。後ろへ向き直り、それぞれ戦闘態勢に入る。


 天族たちは自身の傷を治しながら次々に撤退していく。穢れた者……黄昏の月も堕天使も保護対象ではない。

 それが天族の共通見解だ。助けたからといって、こちらに協力するつもりはやはりないらしかった。


「ふーん。天族って意外と薄情なんですね」

「あたしたちは天族にとって保護対象じゃないのよ、ごめんなさい」

「フィロメナさんは気にしなくて良いですよ。元々戦力として期待してないので」

 あっけらかんと言って退けるメリーは肝が据わっているのか、はたまた淡白なだけなのか。


「聞き捨てならないな。天族だって情のあるヤツもいるんだけど〜?」

「ヒース? どうして!」

 細身の剣を片手に、二人の前へ降り立ったのはヒースだ。


「協力しようかなってね。フィロメナは弱っちいし、俺がいないとダメでしょ」

 そう言ってニカッと生意気に笑うヒースが随分懐かしく思えた。


「待って、治療するわ」

 先程の風術で傷ついた体を瞬時に治療する。


「堕天しても相変わらずの手際の良さだね。助かった」

「気をつけて、あの風術使い……魔族よ」

 天族の自分が魔力を感知できるということは、つまりそういうことだ。逆に魔力が感知できないにも関わらず、草術を使用してきた方は霊族だろう。


 魔族という言葉にメリーは一瞬驚いたようだった。グリモワールを奪還するために動いているはずの魔族が、なぜ人の悪事に加担しているのかはわからない。とにかく天族にとって魔族は天敵であり、一筋縄ではいかない相手なのは間違いなかった。


「私が魔族の方と戦います。ヒースさんはもう一人を」

「いいよ、任せなって」

 メリーは即座に杖を逆手に持ち変え、ヒースと共に駆けていった。それに比べ自分は二人の背中を見守ることしかできない。前に出たところで足手まといになることは目に見えている。


 せめて何かできないかと、光輪を出現させ援護射撃を行う。魔術主体の相手に対し接近戦に持ち込んだ二人は終始優勢に見えた。だが戦闘は長くは続かず、突然メリーが立ち止まる。


「メリー?」

 声をかけても返事はない。メリーは震える手で肩に乗っている使い魔を消滅させると、上半身を捻ってこちらを向いた。


「フィロメナさん、ヒースさんと逃げてください」

 メリーは下半身が石化しており、それが上半身へと侵食していっている。


「メリー、体が……」

「とにかくスイウさんたちと合流してください。ヒースさんと二人でここを凌ぐのは無理です!」

 その言葉を最後に、メリーは石像のようになってしまった。


「フィロメナ退こう! あの子の言う通り、俺ときみだけじゃさすがに勝ち目ないし」

 魔族の方の黒ローブが石になったメリーへゆったりと近づいてく。その手には重々しい鉄扇が握りしめられていた。嫌な予感と恐怖がフィロメナを支配する。


逃げるべきだ。

自分に何ができる。


 頭の中で警鐘が鳴り響く中、ふと、メリーの笑みが脳裏に浮かんだ。


『変えられるのは今と未来だけ』


 その言葉が中に渦巻いていたどろりとした思いを払う。


「……ダメよ。ここで逃げたら──


 フィロメナは光術で剣を生成しながら、地面を蹴って弾丸のように飛んだ。メリーをかち割ろうとする鉄扇を間一髪のところで受け止める。


──メリーが殺されちゃうじゃないっ!」


 鉄扇を力任せに押し返し、追撃を狙う。


「フィロメナ、無茶するなっ」

 少し前にペシェに教えてもらった剣術の型を意識しながら剣を突き出した。勢いを緩めず更に前へ踏み込んで薙ぐ。黒いローブのフードの一部が切れ飛んだ。露わになった幼い少女の顔を見てフィロメナは息を飲んだ。


「この子、前に峠で戦った魔族じゃないか」

「ネリ……なの?」

 フラフィスへ向かっている道中で会った魔族の少女だ。ということはもう一人は体格的に契約者のヴァインだろうか。


 天族の仲間から見放されたフィロメナの問いかけに、戦いを避けられるならと魔族の事情を教えてくれた。そんな彼女たちが今、悪事に加担している。紅玉のように鮮やかだった赤い目は虚ろで、こちらを映しているようで映していない。声も届いていないのか返事もない。


「この石化は魔族の特殊能力ってことかな」

「なら解呪が効くはずよね」

 メリーの元へ戻ろうとするが、地表を突き破る岩の槍に行く手を阻まれ後退する。背後から禍々しい魔力を察知し、すぐに障壁を展開した。ネリから放たれる猛烈な突風が冥界の気を孕んで襲いかかってくる。


「ぐ……あぁっ」

「ヒース!!」


 障壁を抜けてくる強烈な冥界の気に侵食され、ヒースは泥の中へ倒れ込みもがき苦しんでいる。一方フィロメナは、堕天の影響か立てなくなるほどの大きな損傷や痛みはなかった。


 障壁を消し、光で盾を生成する。盾を構えながらヒースを狙うもう一人の敵、ヴァインらしき人物へ斬りかかる。


「フィロメナ……力が入らない。もう、俺もあの子……も、捨てて逃げ、ろ」

 荒い呼吸を繰り返し、絞り出すような声だった。

「ヒース……」

 剣を握る手により一層強い力がこもる。戦闘では役立たずの烙印を押された落ちこぼれ、それが天界でのフィロメナだった。


 二対一なんて到底勝ち目があるとは思えない。そんなことは自分が一番よく知っている。だがそれでも後退したくはなかった。メリーやヒースを死なせるわけにはいかない。そもそも天族を助けたいとメリーに言ったのは自分だ。


 にも関わらず、犠牲にして逃亡するなど矜持(きょうじ)に反する。ここで逃げ出せば、きっと落ちるとこまで落ちてしまう。目指すべき気高さからは程遠い、正しい選択ではないことは一目瞭然だった。


 だがフィロメナの弱く醜い心は甘くささやく。生き延びるためには仕方ないことだ、と。守れるだけの力のない無力な存在なのだから。弱い者が強い者を前に恐怖で逃げ出すのは本能だ。だから誰もフィロメナを責められはしない。


 生存をかけた戦略であり、生きるという観点から見れば逃げるのが賢い選択だということもわかる。怖い、死にたくない、と恐怖が心を支配するために何度も何度も囁いてくる。そんな弱くて情けない自分にどうしようもなく苛立ちを覚えた。


「あーもー、ムカつくのよっ!!」

 力いっぱい叫んでそのささやきに蓋をする。


「弱いとか無理とかそんなんあたしが一番よく知ってるわ。それでもね、引けないってときがあんのよ!」

「馬鹿。こんなとこ、で意地張ってる場合じゃ、ないだろ。大人しく、言うこと聞けって……フィロメナ……」

「馬鹿だと思うなら笑えばいい。あたしにはあたしの貫く道があるの。自分を曲げるくらいなら消滅した方がマシよ!」

 その言葉は全てが本心ではない。本当は消滅なんてしたくないし、当然覚悟もない。


 ヒースと自分自身に少しだけ嘘をついたのだ。そうでなくては剣を握る手が、地につけた足が、震えて動けなくなってしまいそうだったから。

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