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境界線に立つ者たちへ──その『執念』は全てを覆す  作者: まな板のいわし
本編:未来を負う者たちと、過去を追う者
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060 世界の影に蠢くは【メリー視点】

 翌日の夜は叩きつけるような土砂降りの雨が降っていた。普段であれば煩わしく感じるが、今日だけは違う。


「恵みの雨ですね。音も気配も痕跡も、簡単に消えてくれます」


 メリーの小さな呟きは激しい雨音にかき消された。街外れの大きな屋敷がオークション会場らしく、天族たちもそこに捕らえられているらしい。


 屋敷へ続く暗い林の中、メリーたちの足元には気を失った四人の招待客が転がっていた。メリーとスイウは躊躇(ためら)うことなくその黒いローブと仮面を剥ぎ取りさっさと身に着けていく。


「ほ、本当に良いのかしら。こんな野蛮なことして」

 良心が痛むのかフィロメナとティーダは申し訳なさそうに顔を見合わせている。


「助け出すために仕方ないって結論になっただろ? さっさとしろ」

 この略奪作戦は提案した時点で二人に猛反対されたのだが、代替案が出ず渋々といった感じで決定した。天族は人と秩序を守ることを役目としているせいか、こんな強盗や追い剥ぎのような真似は気が引けるのだろう。


「そんなに抵抗あるなら、お前らは俺たちに汚れ仕事を押し付けて宿で温々(ぬくぬく)寝てるといい」

 もたつく二人に、チクリとスイウが嫌味を漏らす。それが癇に障ったのか、ギッと音がしそうなほどの鋭さでフィロメナはスイウを睨みつけた。


「スイウさん一言余計です。ですが、元々この人たちも善良な一般市民というわけでもありません」

 社会の裏側に関わり、その利益を受けている者が何か危害を加えられたところでそれは自業自得に過ぎないとメリーは考える。こんなところで言い争いをしている場合ではないと、今回ばかりは先手を打って間に割って入ることにした。


「フィロメナさんもわかりますね?」

 言いたいことを目で訴えかけると、フィロメナはバツが悪そうに視線を逸らす。


「わかってる、ちゃんとやるわよ。じゃなきゃ助けられないってことくらいわかってるわ!」

「うるさい騒ぐな、気取(けど)られるだろ」

「うぐっ……」

 スイウとフィロメナのいつも通りなやり取りにメリーは思わず眉間寄ったシワを指でほぐす。だがその変わらなさのおかげか潜入への緊張感は何となく紛れている。


 人の文化に馴染みのない三人に代わり応対を引き受けるのはメリーだ。こういった応対もアイゼアが引き受けて器用にこなしていたことを思い出す。


 エルヴェも礼節に関しては申し分なく、傍にいてくれればきっと頼もしかったはずだが、こういうときに限って二人共欠けているというのは心細さすら感じていた。


「この招待状がありゃ問題なく入れるだろ」

 スイウは倒れている四人を物色し、二つ折りになった一枚のカードをこちらに見せる。この一枚で全員入れるようだ。意識のない招待客を縛りあげ、調達しておいた麻袋に放り込む。


 あとは暖房用の魔晶石と催眠作用のある薬を染み込ませた匂い袋を一緒に入れ、馬車の荷物入れになっている部分へ隠した。これで意識が戻るまでに衰弱することもなく当分は目も覚めないはずだ……たぶん。

 雨で汚れを極力落とし、奪った馬車の中で濡れた服を魔術で一気に乾かせば、ほとんど怪しまれることもないだろう。




 馬車に揺られていると件の屋敷が見えてくる。豪奢な造りではあるが、屋敷というよりは商館に近い。商館の門の前に立っている男に奪った招待状を渡すとすんなりと通される。


 いわゆる闇オークションということもあり匿名性の高いシステムらしく、顔や名前を(あらた)められなかったことに安堵(あんど)した。指定の場所に馬車を停めて降りると案内役の女性が近づいてくる。


「ようこそお越しくださいました。こちらへどうぞ」

 案内役の女性は(うやうや)しくお辞儀をすると、商館の内部へと案内を始めた。中は薄暗く、静まり返った廊下を進み地下へと下りていく。いくつかの部屋の前を素通りし最奥にある部屋へと通されると、中は大きな吹き抜けのホールになっていた。


「オークション開始まで今しばらくお待ちくださいませ」

 案内役の女性は丁寧にお辞儀をし離れていった。すでにかなりの人が集まっているようで静かな廊下とは打って変わって会話の声で溢れている。


「じゃ、俺とティーダで行ってくる。こっちは頼む」

「任せてください」

 ここからスイウたちとは別行動となり、地下に捕らえられている天族たちを救出しに行ってもらう。救出した後で騒動を起こし、混乱に乗じてオークション会場に移送された天族たちをメリーたちで救出する算段だ。


「こんばんは、お嬢さん」

「こんばんは。私に何か?」

 突然声をかけられ、さり気なく警戒を強めながら挨拶を返す。目深に被ったフードの奥から落ち着きのある男性の声がした。


「女性の招待客は珍しいと思い、つい声をかけてしまいました」

「そうだったのですね。いつもは参加しないのですが、今回はとても珍しいものが見られると伺ったものですから」

「それは良いときに来ましたね」

 たおやかな女性を演じながら受け答えしていると、男性は気を良くしたのか更に話しかけてくる。


「天族という伝承の生物が出品されるのはご存知ですか?」

「えぇ、オークションの目玉と伺っております。ですが、天族とはどのようなものなのでしょうか?」

 あざといくらいに首を傾げると男性は得意げな調子で語りだす。


「翼の生えた美しい人型の生物だと聞いておりますよ。それに特殊な魔力を持っているのだとか……お嬢さんもやはり天族に興味がおありで?」

「そうですね、見たことがないので興味深くはあります。ですが生物を落札する気はないですし、何か他に面白いものがあれば良いのですが」

 何か他に情報が引き出せないかと男性の様子を伺う。


「おや……貴女は天族以外の情報をお持ちでないようだ。今回はもう一つ目玉があるんですよ。むしろそちらがメインでもある」

「もう一つの目玉……ですか?」

 そっと男性が接近するとメリーに小さく耳打ちをする。


「噂ですが、冥界に伝わる願いを叶える魔書というものが出品されるのだとか……」

 ささやかれた言葉に一瞬緊張が走る。


「そのようなものが? それはとても興味深いですね。楽しみになってきました」

 動揺が相手に伝わらないよう平静を取り繕いながら、フードの奥で愛想笑いをした。


「きっと破格の値がつくと思いますよ」


 男性の唇が綺麗な弧を描いているのが目深に被ったフードの奥に見えた。


「お集まりの皆様、これよりオークションを開始致します。ご着席くださいませ」

 抑揚のない無機質な女性の声がオークション開始を伝えている。

「始まるようですね。有意義なひとときを」

「えぇ、あなたも」

 軽く会釈をし、割り当てられた席へと座った。フィロメナがメリーに顔を寄せ、声を潜めて尋ねる。


「ねぇ、さっき何を話してたの?」

「驚いて大きな声を出さないと約束できるなら話します」

 とっさに人差し指を立てて口元に添えて見せると、フィロメナはコクコクと何度も頷く。彼女の耳元に唇を寄せた。


「グリモワールが出品されるという噂があるようです。写しかもしれませんが」

 声を潜めて伝えると、フィロメナの小さく息を飲む声が聞こえた。


「本日はお集まりいただきありがとうございます。これよりオークションを開始致します。本日最初の商品はこちらです!」

 司会の男性が舞台中央から舞台袖へとはけていくと、黒いローブをまとった男性が小さな子供を連れてくる。舞台中央にある台に乗せられたのはただの子供ではない。


 薄布を身にまとい、その背にカゲロウのような青く透けた羽が生えている。耳は人のものより長く尖り、特徴が異なる。美しい水の流れを連想させるような髪、空を映した水面を思わせるような色の瞳と仮面越しに目が合う。

 その小さな存在が放つ魔力から、視認できるほどの力を持つ水の精霊だとわかる。あの首輪は精霊が逆らえないよう何か加工がされているのだろう。


「異国スピリア連合国の西方に住まう湖の妖精です。ご覧ください! この澄んだ瞳に艶やかな髪。肌は絹のように滑らかで──」


 司会の男性が熱っぽく(まく)し立てるように商品を売り込んでいき、入札が始まると金額を叫ぶ声がホールに響き始める。


「こんな……」

 何かを口走りかけたフィロメナを片手で制す。

「余計な発言は慎むようにしてください」

 誰がどこで聞いているかもわからない場だ。醜悪だという意見はメリーも同じだが、闇オークションなのだからそんなものは承知の上で来ている。だが正義感の強い彼女にとっては見るに耐えない光景だということも容易に想像がついた。


「何とかならな──」

 小さく呟くフィロメナの口元に人差し指を添える。

「……優先順位だけは守ってください。決して引き際を見誤らないように」

 フィロメナは(うつむ)き、小さく頷いた。遠回しな表現だが何が言いたいのかは察したようだ。膝の上でギュッと握りしめた拳が震えている。その拳に手を添え、俯いたフードの中を覗き込む。


「目を背けないで、顔を上げて目に焼き付けてください。これは別に珍しい光景ではないんですよ」

 この醜悪な光景は世界にここだけというわけではない。平和に暮らす人々の預かり知らぬところで、こうしたことは日常的に行われている。


 それはクランベルカ家も似たようなものだ。名家として褒めそやされる領主としての表の顔と、違法研究や倫理を無視した実験に手を染めている裏の顔。

 大きな戦争が終結してから百余年。平和な状態こそ続いてはいるが、綺麗なものばかりかといえば当然そうではない。


「これがこの世界の影なのね……」

 フィロメナの憂いに満ちた声がフードの奥から小さく漏れ聞こえた。

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