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境界線に立つ者たちへ──その『執念』は全てを覆す  作者: まな板のいわし
本編:未来を負う者たちと、過去を追う者
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059 救援を求める声よ【メリー視点】

 一方メリーたちは、ノーグ共和国を目指していた。サントルーサで運転再開したばかりの魔術鉄道に乗り、交易都市のヴェールを目指して南下したのは数日前の話だ。

 キルシェタニア組の護衛をアイゼアに頼んだことでサントルーサで二手に分かれ、クロミツとモナカともそこで別れた。


 メリーたちは今日、海路でアルパネルテ群島国の中心都市マトゥスへと到着した。マトゥスを経由し更に海路を進めばいよいよノーグ共和国入りだ。


 メリーはスイウとフィロメナの二人と早めの夕食をレストランでとっていた。テラス席に案内されたため大通りの往来がよく見える。交易が盛んな国らしく商人が多いのか、行き交う人々はどこか忙しない。


 メリーは買ってきた新聞を開き、視線を落とす。魔物の被害のことや指名手配されたストーベルやクランベルカ家のことなど、ここ最近の異常事態のことばかりで紙面は埋め尽くされている。

 それだけでこの混乱と被害が世界的なものであることがひしひしと伝わってくる。


 新聞から視線を外しフィロメナを一瞥(いちべつ)すると、注文したシーフードピラフを黙々と口へ運んでいる。ここのところあまり元気がない、というより堕天してから少し気分が沈んでいるのが目に見えてわかった。こちらから見た変化といえば翼の色くらいなのだが、天族にとって堕天というのはやはり深刻な問題なのだろう。


「エルヴェの作ってくれたポトフってスープもすごく美味しかったわよね……また食べたいなぁ」

 マグに入った付け合わせのコンソメスープを片手にフィロメナがぽつりと呟く。エルヴェは野営で何度か手料理を振る舞ってくれたことがあった。エルヴェ自身が料理は得意だと言うだけあって、間に合わせとは思えない美味しさだったことをよく覚えている。


「なんか……寂しいわね」

「はい?」

 新聞を読むのをやめて顔を上げると、眉尻を下げてしょんぼりとするフィロメナと目が合った。


「あたし、一人でずっと喋ってるみたいじゃない?」

「そうですか?」

「そうよ。メリーもスイウも何にも言ってくれないもの。話しかけられるのは迷惑かしら」

 言われてみれば、話は聞いていたものの何か言葉を返した記憶はほとんどない。アイゼアとエルヴェがいたときは彼らが積極的に反応し、話をしていた。そのせいもあってか聞きに徹していることが多かったようにも思う。


 スイウに至っては聞いているかすらも怪しい。フィロメナが静かだったのは、話しかけても返事が返ってこないからというのもあるのかもしれない……と今更思い至る。


「迷惑じゃないですよ。話は聞いてましたし、次からは返すようにしますね」

 それを聞いたフィロメナの表情が少しだけ明るくなる。落ち込んでいてそれどころではないと思っていたが、話していた方が気が紛れるのなら極力返事をした方が良さそうだ。


 嬉しそうにしている彼女の印象は、やはりどこか子供っぽく無垢な印象を受ける。見た目だけなら人間の二十代前半から半ば程度に見えるが、中身は全く見合っていない。


「前から気になってたんですけど、フィロメナさんの年齢っていくつなんですか?」

「え? 生まれて十六年だから、十六歳ってことになるのかしら?」

 十六歳は人で換算すればまだギリギリ子供だ。それまでの言動が外見と釣り合わないのもすんなりと納得してしまう。


「なるほど、ガキなわけだ。十六じゃ生まれたてのひよこみたいなもんだな」

「ひよこ……」

 フィロメナをまじまじと見ながら、思わずスイウの言葉を復唱してしまった。スイウは元々のじとっとした鋭い目を更に細める。睨んでいるように見えるが決してそういうわけではなく、呆れているときの表情だった。フィロメナはスイウの反応に納得がいかないのか、不機嫌さを隠すことなくムスッとしている。


 あぁ、始まった……メリーはそう感じ目を細める。良くない。実に良くない兆候だ。

 こんな雰囲気になってから言い争い始め、それを仲裁するというのをここに来るまでに何度か繰り返してきた。フィロメナとスイウは立場は似ているにも関わらず、考え方は正反対に近い。


 いつもはエルヴェやアイゼアが上手く取り持ってくれるが、彼らは遠い遠いキルシェタニアへと旅立っていった。今回こそは何とか言い争いにならないでくれと祈るように二人を見守る。


「馬鹿にしてるんでしょ。そういうスイウは何年なのよっ」

「六十年だが」

「ろ、ろくじゅ……」


 フィロメナはぽかんと口を開けて固まる。予想に反した答えだったのか、フィロメナの勢いが削がれたことに内心ホッとする。


「六十歳ですか。おじさんなんですねスイウさん」

「おじさんってなぁ……六十ですら、まだ若年の部類なんだが」

 六十歳で若い方という感覚が普通なら、やはり十六歳は生まれたてのひよこだと言われても仕方ないのだろう。


「その話、アイゼアさんやエルヴェさんにしたらきっと驚きますよ」

「そうか?」

「そうかしら?」

 どこに驚くところがあるのか、と言いたげな二人の顔が同時にこちらへと向く。気が合うのか合わないのかよくわからない二人だ。


「さすがに私でも六十の方を若者とは思いませんね」

 六十でスイウの見た目を保つというのは、人間より老化の遅い霊族ですら無理だ。おまけに『若年』という感覚も全くない。人の感覚というものは、この二人には伝わらないのだろう。


 そんな雑談を交わしていると、唐突にテーブルに影が落ちる。一人の男が背中を少し丸めながら立っていた。体は薄汚れており、表情にも覇気がない。男は突然小さくか細い声で「僕たちを助けてくれませんか。お願いします……」と懇願してきた。



* * *



 簡単に事情を聞いたメリーたちは男を今日泊まる予定だった宿の部屋へと招き入れていた。ティーダと名乗った男はその背中に白い翼を生やしている。


 仲間の天族と共に捕らえられ、隙を見て何とか逃げ出してきたらしい。メリーたちの会話が偶然耳に入り、同族だと思い助けを求めたのだと言っていた。残念ながら片方は魔族、片方は堕天使なせいで、同族と呼んで良いのかはかなり微妙だ。


「仲間たちの何人かは明日の晩に開かれるオークションで売られると話しているのを聞きました。どうかお願いです、仲間を助けるのを手伝ってくれませんか?」

「残念だが他を当たってくれ」

 ティーダの願いをスイウは間髪入れず即答で退ける。その顔がありありと面倒だと語っていた。


 必要か必要でないか、得か損か。とにかくスイウは情では動かない。彼なりの価値観と合理性、自身に課せられた魔族としての使命に基づいて答えを出す。


「そんな……」

「なんでよ。まさか時間がないからとか言うわけ?」

 フィロメナはやはり助けにいくつもりだったのか、スイウの冷たい反応に食ってかかってる。目の前の人が困っている、傷ついている。相手の思いに共感し、手を差し伸べ救うのは当然の責務。フィロメナは情の塊だ。


 彼女の心と信念、天族としてのあるべき理想に基づき、たとえ危険でも飛び込んでいく。そんないつもの反応に、わざとらしいスイウのため息が聞こえてくる。


「当然それはあるに決まってる。が、落ち着いて考えろ。俺は魔族でお前は堕天使だ。下手に関わって助けた後で、天族共に襲いかかられたらどうする」


 天族は魔族を『返還』すると襲いかかってきた前科がすでにある。フィロメナも堕天した今、二人を消そうとしてくる可能性は十分考えられた。


「そっそれは僕が説得しますので」

「説得に失敗した前例があってな……なぁフィロメナ?」

 にたーっと人の悪い笑みを浮かべるスイウに、フィロメナはギュッと眉間にシワを寄せた。


「ぐうの音も出ないわ。魔族の返還命令が撤回されない限り、天族は魔族を襲うでしょうね」

「えっ? あの、魔族の返還命令は撤回されたのでその心配はないかと」

「え? えっ!」

 ぱっとフィロメナの表情が明るくなりキラキラとした瞳がスイウを見つめる。フィロメナが何を言いたいのか察したスイウは、げんなりしながら手で目元を覆う。マジかよ……という小さなぼやきが漏れ聞こえ、メリーは思わず苦笑した。


「メリーはどうする? もちろん助けに行くわよね? 天族の力を悪用されたら絶対面倒なことになるもの!」

「ここで時間を消費すると、アルパネルテ経由を選んだ意味がないんですが……ストーベルが絡んでる可能性も含めて、行くしかないですよね」

「やっぱりメリーね! あんたならそう言ってくれるって思ったわ!」


 フィロメナに勢いよく抱きつかれながら、危険な場所へ赴くのに何でそんな嬉しそうなんだ、と内心ツッコむ。天族を捕らえるような力を持っているというだけでも、かなり危険なことはわかるというのに。暢気(のんき)というか危機感が足りていないというか。


「ティーダさん、天族はどうやって捕らえられたんですか?」

「いつも通り魔物の群れを見つけて討伐していたのですが、突然大勢の人に取り囲まれたんです。よくわからない禍々しい気を受けたら抗えなくなってしまってそのまま……って感じで」

「どんな人でしたか?」

「黒いローブを着ていたことくらいしかわからないんだ。でもあの禍々しさはおそらく、魔族ではないかと……」

「はぁ? 魔族がそんなことするか?」

「すみません。僕は魔族のことはよくわからなくて」


 自分が魔族であるスイウには奇妙な話に聞こえるのだろう。実際天族だけでなく、魔族も役目には忠実な部類ではないかとメリーも感じている。と言っても、スイウとクロミツ、途中で遭遇したネリの三人しか出会ったことはないので判断材料としてはまだ不十分でもある。


 ティーダの情報は情報として扱っていいのかも悩む程度の漠然とした話ということもあり、全面的に信じるわけにもいかなさそうだ。


「とりあえずどうやってオークション会場に乗り込むかだ。ティーダが場所を知ってようが、方法とタイミングを見誤ったら終わりだ」

 四人は顔を突き合わせて悩み、室内に沈黙が流れる。こういうときに何か提案するのはいつもアイゼアだった。彼がいてくれればと思わずにはいられない。使い魔を飛ばすにしても、やりとりに時間がかかりすぎてしまうせいで厳しい。


 メリーには妙案は思い浮かばないが、潜入するにはこれしかないと思う案が一つある。少々強行的な作戦のため、これで上手くいくという自信はないが思い切って提案することにした。

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