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境界線に立つ者たちへ──その『執念』は全てを覆す  作者: まな板のいわし
本編:未来を負う者たちと、過去を追う者
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056 死ガ夜明ケヲ告ゲルマデ【エルヴェ視点】

 とっぷりと日が暮れ、辺りは暗闇に包まれている。先頭を歩くペシェの持つ照明の灯りだけが、煌々と周囲を照らし出していた。


「エルヴェ。本当に大丈夫かい?」

 アイゼアが心配そうに後ろから声をかけてくる。クズ石で何とか応急処置された体だという認識からか、最初に同行を願い出たときも反対された。


「はい、全く問題ありません。お気遣い感謝します」

 元気であることをアピールするためにエルヴェは笑ってみせた。クズ石とはいえ、三日程度は十分に持つ。いきなり動かなくなったりすることはないはずだ。


 そうこうしているうちに鉱床のある洞窟まで辿り着く。魔物の巣窟となっている場所へ向かっているだけあって魔物も相当数いたが、ペシェの風術で空中から接近したことで戦闘は最小限に抑えられていた。


「軍が近づけないって本当なの?」

 空飛べばいいのに、と言いたげなペシェの眼差しに、風霊族だからこその考え方なのだろうとエルヴェは思った。


 ペシェはゆっくりと洞窟へ入り、持ってきていたランタンで先を照らすが、ただただ真っ暗な闇が続くだけで何かが照らし出されることもない。エルヴェたちは警戒したまま洞窟へと侵入した。




 しばらく奥へ進むとカンカンと硬いもの同士のぶつかり合う音が響いてくる。誰かが採掘しているのだということはすぐに理解できた。それも大人数らしく、打ちつける音は一つや二つではない。


 三人は一層警戒を強めると気配を殺しながら慎重に歩を進める。前方の横穴から僅かに光が漏れており、近づくにつれて音も大きくなっていく。横穴へと曲がり、先が開けた場所になっているのがわかる。身を屈めて覗き込むと、下へと深く続く広い空間が広がっており、昇降機で降りられるようになっていた。


 眼下では人の形をした自動機械装置(ロボット)が数十体採掘作業に勤しんでいる。中央に置かれた運搬車には採掘された鉱石が積まれているのが見えた。隣にいたペシェが、オペラグラスをポケットから取り出して覗き込む。


「あの鉱石で間違いないわね。掘らなくていいんじゃーん」

 ニッと口角を上げたその笑みは悪党のようでもあった。これから盗みを行うのだからあながち間違いでもない。自分のために盗みをさせてしまうことを、エルヴェは申し訳なく感じていた。


「問題は気づかれずにどうやって降りて鉱石を奪うか……か」

「大丈夫よ、ここはアタシに任せなさい。成功率を上げるためにエルヴェくんの魔力借りていい?」

「もちろんです」

 差し出された手のひらに自分の手を重ねる。魔力を集める機構を通常より速く稼働させ、手から手へと魔力を出力していく。


「気が散るから、鉱石を手に入れるまでは話しかけないでね」

 そう言うなりペシェは鉱石が積まれている場所を睨む。手を前に突き出し、かなり集中しているようだ。


 するとそこそこ大きめの鉱石がゆっくりと宙に浮いた。風術の力を使い、動かずしてこちらへ運ぶつもりらしい。焦れったくなるほどの速度で鉱石がこちらへと近づいてくる。どうか見つからず無事にここまで届いてほしい、と祈るような思いで見つめていた。


「ヤバっ……」

 だがそんな願いも虚しく、突然糸が切れたようにフッと鉱石が落下する。思わず声を上げそうになるのをこらえた。


 カツーンと鉱石の落ちる音が響き渡り、ペシェの緊張と体の硬直が手を通してこちらへと伝わってくる。だが採掘をしている自動機械装置(ロボット)はそちらには目もくれず作業に没頭していた。


「あぶねー……」

 ボソリとペシェが呟くと、再び集中し始める。再び浮き上がり、じわりじわりと距離を縮める鉱石はやがてゆっくりとペシェの手の中へと収まる。ペシェは鉱石を確認した後、手早く布に包み、鞄へとしまいこんだ。


 こちらを振り返り親指を立てる。その喜びを隠しきれない表情にやっとホッと胸を撫で下ろした。見つからないよう警戒しながら来た道を戻っていく。来たとき同様、洞窟内には魔物はおらず、無事に洞窟を脱出した。



「何とか洞窟を抜けられましたね。早く戻りましょう」

「そうねー。アタシも魔力と精神すり減ってクッタクタだわ」

 深いため息をつきながらぼやくペシェの表情が豹変(ひょうへん)する。エルヴェとアイゼアを庇うように立ち、瞬時に魔術障壁を展開させた。


「何コイツ、ヤバい……障壁が持たないっ」

 雨のように降る氷の矢に障壁がガラスのように砕け散った。三人は後方へと飛び退(すさ)ってやり過ごす。


「悪いわね。アタシ魔力は凡人だから、障壁もメリーみたいにはいかないのよ。あんまり頼りにならないかも」

 魔力障壁も術者の魔力で強弱が決まるらしく、ペシェの顔に焦燥が滲む。それほど、相手は魔力の強い霊族ということらしい。エルヴェは短刀を抜き、右手に構える。


「うふふ。こんなところで会うなんて奇遇ねぇ〜。わざわざ何をしに来てたの?」

 楽しげに笑う声と共に、森の奥の暗闇から女性が姿を表す。落ち着いた青紫色の髪に、じっとりと舐める舌のような赤い瞳。


「ミルテイユ……」


 アイゼアが苦々しげに名前を呟く。ベジェの村を襲撃した女性で、ストーベルの仲間の魔術士だ。


「あらぁ、アナタ死んでなかったのねぇ。また会えて嬉しいわぁ」

 珍しく余裕もなく睨みつけているアイゼアに対し、感激したように喜ぶミルテイユは何とも噛み合っていない。


「うわっ、ヤベーおばさんが出てきたんだけど」

「お姉さん、でしょ? アナタ躾がなってないのね、かわいそうに」


 優雅な動作で素早く放たれた鋭い氷柱をペシェは呼び出した細身の剣で弾く。


「ミルテイユの背後から多数の気配がします」

 かなりの数の熱源を察知し、二人に注意を促す。


「そこの子のおかげで技術が進んでね。ここのクロノ鉱石で試作が完成したのよ。せっかくだからお披露目も兼ねて歓迎してあげる」

 ニコリと微笑んだミルテイユの背後から人の形をした何かが十体ほど出てくる。それらは洞窟で採掘していた機械部が剥き出しの自動機械装置(ロボット)とは違い、つるりとした硬質な素材で覆われている。エルヴェの表皮のない状態、素体に似た形状をしていた。


「目標ヲ確認シマシタ。戦闘モードへ移行シマス」

 硬質な体をした素体が無機質な声を発すると、目が赤い光を放つ。その様子はやはり、機械人形(アンドロイド)というよりは、人の形を模しただけの自動機械装置(ロボット)に近い。

 自動機械装置(ロボット)に加え、背後に中型の魔物が二体と細々とした魔物の群れ、彼女の部下が四人、そしてミルテイユ。こちらは自分とアイゼアとペシェの三人だけで、人数的にも圧倒的に不利だった。


「さぁ、殺し合いを始めましょう。どちらかが死に絶えるまで」

 艶やかな赤い(べに)を差した唇が三日月のように弧を描く。


「エルヴェ、アンドロイドの弱点は?」

「動力部を破壊するか、頭脳部を破壊するかのどちらかです。ですが必ずしも人と同じ位置にそれらが設置されているとは限りません」

「って言っても所詮現代の技術でしょ。小型化は厳しいから大きさ的に胸部か腹部ってとこかな。頭は……たぶん視覚とかその辺の装置入ってそう」


 ペシェはミーリャと少し知識を共有しているのか、機械にも詳しいようだった。自動機械装置(ロボット)と魔物、四人の構成員がこちらへじわじわと迫り、ミルテイユは優雅に後方に控えている。


「ペシェ、僕と二人で全員抑えてくれ」

「はぁ? アンタ何言ってんのよっ」

「エルヴェ、君に賭けるよ」

 アイゼアがエルヴェへと目配せしてくる。自分に何を求めているのかを、瞬時に察した。


「お任せください。メリー様たちを呼んで参ります。どうかそれまでは持ちこたえてください」

 槍を片手に敵へ素早く斬り込んでいくアイゼアの背を見送る。


 メリーたちは今、こちらに同行していない。嘘で援軍が来る可能性を示唆(しさ)することで、情報を少しでも撹乱しようとした。だがもう一つ、エルヴェには嘘をついた理由があった。


「ったく、扱き使ってくれるわ……」

 軽口を叩きながらも、ペシェの瞳に鋭い光が宿る。自身の足に風術をまとい、迎撃し始めた。人では不可能な瞬発力と空中戦を可能にし、不規則な動きで敵を翻弄していく。


 彼らが引きつけてくれている間にエルヴェは森の茂みの中へと走って身を隠す。どこまで有効かはわからないが、助けを呼ぶために逃げたフリを演じた。


 あとは音もなく忍び寄ればいい。機械に「気」というものはない。動きによる音も極力立たないようにし、夜の森の草木や風のざわめきと同化するように存在を馴染ませていく。


 狙うはただ一人。どんなに戦力差があろうと、将の首さえ取ることができれば形勢をひっくり返すのは容易になる。暗い森の気配をまとい、エルヴェは静かにその時を見定めようとしていた。

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