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境界線に立つ者たちへ──その『執念』は全てを覆す  作者: まな板のいわし
本編:未来を負う者たちと、過去を追う者
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054 謁見の間にて【メリー視点】

──人の住む地上界。

  その秩序を守る天界。

  魂を管理する冥界。

  天界には白い翼を背に生やした天族が住む。

  傷を癒やし、穢れを祓う奇跡の力を持つと言われている。

  冥界には獣の特徴をその身に持つ魔族が住む。

  魔族は死者の魂の穢れを祓い、世界へと返す役割を担っている。──


  ティム・パーシング著『終焉の黄昏と世界の再誕』

  第四章「天界と冥界」より抜粋。





 翌日、王へと謁見(えっけん)するためメリーたちは王城まで来ていた。アイゼアが早朝に本部へ(おもむ)き、申請書類を提出してくれていたおかげで予定通りに謁見できることになった。


 メリーにとって城というものの中に入るのは初めての経験だ。スピリアは王政ではなく、四つの自治区の長を中心に中央区で一国としての(まつりごと)を行い、細かな法などは自治区ごとに任されている。


 王政を廃止し、名家や御三家が台頭するようになると同時に厳格な作法はやや(すた)れ、今では形式的に何となく残っている程度だ。一応一通り身に着けてはいるが実践する機会など当然なかった。


 王の側近の一人に謁見の間へと案内される。スイウは武器を取り上げられ若干不機嫌そうだ。


「謁見申請者、騎士アイゼア・ウィンスレットをお連れいたしました」

「通しなさい」

 内側から重々しい男性の声と共に大きな扉が音を立てて開かれる。謁見の間と呼ばれる部屋の中が見えた。


 高い天井に広い空間。空気はピンと張り詰めたような緊張感に包まれている。赤い絨毯が敷かれており、数段上がったところに王が鎮座していた。想像していたより若く、人間の年齢なら四十代後半あたりといったところだろうか。


 アイゼアが人払いをするよう願い出ていたこともあってか、控えている側近の数は少ない。段の最も低い部分に敷かれている絨毯まで案内され、アイゼアが(ひざまず)くとメリーもそれを真似て跪いた。


「えっ……待って待って、座るんだったかしら?」

 声を潜めながらも戸惑いを隠さないフィロメナの声が左から聞こえた。


「そうです。アイゼアさんの真似をすればたぶん大丈夫ですから。スイウさんも」

「何で一々……」

 ボソボソと会話しながら、フィロメナとスイウが遅れて跪く。不審な者を見るような側近たちの視線が無遠慮に突き刺さってくる。メリーですらヒヤヒヤしているのだから、前で代表者をしているアイゼアは冷や汗が止まらないだろう。彼の心中を察し、少し同情した。


「遊撃部隊・特殊任務隊所属、アイゼア・ウィンスレット参上いたしました」

 アイゼアは跪いたまま恭しく頭を垂れる。


「魔物襲撃及びスピリア連合国クランベルカ家に関して重大なご報告があります」

「申してみよ」

 王の傍らに立つ老齢の秘書官の声が静かな空間に凛と響く。メリーはギュッと口を引き結びアイゼアの背中を見守った。


「クランベルカ家は伝承の魔書グリモワールを使用し、世界を破滅させようと目論んでいるようです。一連の魔物の増加や襲撃はグリモワールによる影響と考えて差し支えありません」

「グリモワール……?」

 少しざわついた後、くすくすとこらえるような笑いが漏れ聞こえてくる。やはりおとぎ話の中にしか出てこないものということもあり、信じてもらえていないようだった。


 権力者ほど人を小馬鹿にしたような不遜な態度を取る傾向が強いのはどの国も変わらないのかとメリーは小さく嘆息する。ただ一人、王だけは顔色一つ変えず静かにアイゼアを見つめていた。


「静かにせよ。その可能性も考慮して動くよう騎士団へ指示したのは我だ」

 初めて王が声を発した。その言葉に周りの側近たちは顔を引きつらせ、慌てて口を噤む。


「何か証明するものはないだろうか、アイゼア」

 常識的に考えれば、側近たちの反応が普通だろう。納得させられるだけの証拠を提示しろというのは当然の話だ。


「はい。それについてはこちらの者たちが証明いたします」

 アイゼアの声と共にスイウは耳と尾を、フィロメナは翼を具現化させる。ここまでは予定通りだ。その姿を見た側近たちはまたざわめいた。王は興味深そうにしげしげと二人を眺めている。


「獣の特徴をその身に宿す魔族、白き翼を持つ天族と伝わってはいるが……」

「察しの通り俺は魔族で、名はスイウ」

「えーっと、あたしはフィロメナ……と、申します。 少し前まで天族で、今は堕天してるから、翼は……その、白くはないんだけど」


 謁見中にも関わらず全く普段とペースが変わらないスイウと、敬語を真似ようとして何も上手くいってないフィロメナに側近たちが一際大きくざわついた。口々に無礼だ不敬だなどと憤っている。

 当然の反応だ。そんな外野の言葉を気に留めることなくスイウは語気を少し強めて王へと説明を始めた。


「冥界で管理してたグリモワールが奪われ、それを奪還するために魔族は地上界まで来てる。グリモワールで世界を破滅へ追い込もうとしてるヤツがいるのは事実だ」

「天族も同じような理由で遣わされてる、ます。基本的に人とは極力接触を避けてるけど、あたしたちは少し事情もあって彼らと行動してたの……です」


 説明をしてもざわめきは収まるどころか、より大きくなるばかりだ。急にそんなことを立て続けに言われて、信じろという方が難しいことはメリーも理解はしていた。


「この者たちは我々を陥れようとしているのではないでしょうか」

「魔族と天族が実在するならグリモワールも実在すると考えるのが妥当だろう」

「片方は魔族、片方は堕天使なのだ。天族であればともかく、こいつらでは信用に値せんっ」


 などと論争が飛び交う中、「静かにせよ」という王の声が重々しく空間に響き、場が一斉に静まり返る。


「魔族と天族。にわかには信じ難いが、グリモワールの存在が事実ならこれまでのことに説明がつくのもまた事実……だが一体誰が何を目的に持ち去ったのだ?」

「知らん。冥界は魔族か死人しか基本的にはいないし、犯人は魔族か死人のどちらかではあるな」

「貴様……! 黙っていれば先程から陛下に無礼な態度をっ!!」

「良い。彼らは我々とは文化が異なるのだろう」

 王は側近の一人を制し言葉を続ける。


「……薄紅色の髪のそなた、スピリアの霊族だな」

 メリーは初めて王と視線が合い、心臓が縮むような感覚がした。


「跪くときの手の形、スピリアでは拳を胸に当てるそうだな。セントゥーロでは開いて胸に当てるのが習わしだ」

「えっ……」

 ひゅっと音を立てて息を飲む。セントゥーロとスピリアで差異があることを初めて知った。同時に、廃れかけているはずのスピリアの文化を知っていることに驚く。


 王という立場の者は広く知識を学ばなければならないとはいえ、まさか他国の文化にまでそれが及んでいるとは。


「名は何と申す」

 そう問われ、メリーはごくりと生唾を飲み込む。蛇に睨まれた蛙のように、その強い光を秘めた瞳から目が逸らせない。


 本名を名乗るべきか、偽名を使うべきか。クランベルカ家の所業についてはすでに知られている通りだ。かといって軽率に偽名を名乗り、後でクランベルカ家の関係者と知られれば言い訳する余地はない。


「なぜ名乗らん。陛下が直々に聞いておられるのだ。早く答えよ」

 側近の威圧がメリーへとのしかかる。突然吹き出した冷や汗でじっとりと背中に服が貼り付く。


「本名で良い」

 前にいるアイゼアが小さくささやいた。スイウとフィロメナの視線がそれぞれ両側から向けられているのを感じる。本当に良いのか……この場で捕らえられたらという最悪の想像をしながら恐る恐る口を開く。


「炎霊族の……メレディス・クランベルカと申します」

「……クランベルカだと!?」

「直ちにその者を捕らえ、陛下をお守りせよっ!!」


 名乗った瞬間、空気が一転し王の前に側近の騎士たちが立ち塞がる。


「お待ちください。私は確かにクランベルカの血を引く者ですが、仲間ではありませんっ」

戯言(ざれごと)を。信じられるわけがなかろう!」

 その言い分はもっともだ。信じてもらえる証拠を提示できるわけでもない。


「そなたが他のクランベルカの者たちと違うのなら教えてほしい。彼らは世界を破滅させて何を望む?」

 ただ一人、王だけは取り乱すことなく尋ねる。メリーは一度深呼吸し、忙しなく脈打つ鼓動を鎮める。


「私も父とは確執があり、ハッキリとした理由は存じ上げません。推測になりますが、破滅後、理想の世界へと創り変えるのが目的なのだと思います。人を魔物に変えるグリモワールでしかありえない現象もこの目で見てきました。クランベルカ家とグリモワールは間違いなく繋がっています。主導しているのは私の父、ストーベル・クランベルカで間違いありません。父を止めるため、命懸けでここまで参りました」


 メリーは嘘偽りのない思いを──いや、多少偽った内容を口にした。ここまで来たのはそんな大義名分ではない。ミュールとフランの尊厳を勝ち取るため、そして未来を奪い返すため、復讐を果たす。それしか見ていない。


 しかしそんなことを馬鹿正直に言えるわけもなく、体裁の良い理由で取り繕った。どちらにせよ『ストーベルは必ず殺す』という意思に揺らぎはないのだから、最終的に嘘はついていない。


「なるほど……」

 王は何か思案しているのか静かに目を伏せ、しばらく沈黙が流れる。そしてゆっくりと口を開いた。


「ストーベル・クランベルカを指名手配し、他国へも報せるように」

 王は秘書官に言いつけると、こちらへと向き直る。


「ノーグ共和国から魔物の大量発生で救援要請が来ている。グリモワールが関係しているかもしれぬ。そなたらが本当に破滅を止めようとしているのなら応えてほしい」

「恐れながら陛下、彼らを本当に信用してよろしいのでしょうか」

「我々は完全に後手に回っているのだ。可能性のあるものは一つずつ潰していくしかあるまい。彼らの主張と行動に一つ賭けてみたいと思ったのだ」

 全て信じてもらおうとはこちらも思っていない。可能性の一つとして認めてもらえたのなら結果としては上々だ。


「ノーグ共和国のアウラという街へ行ってもらいたいのだ。街の者が一人残らず消えたと報告が入っている。危険な任務となることを心得てくれ」

「一人残らず……」

 フィロメナの呟きが漏れ聞こえる。街の人が全員消えたというのも不思議な話だ。


「当然応える。情報提供はありがたい」

 スイウが二つ返事で了承すると、王は一度頷いた。


「そなたらの協力に感謝する。騎士団にも力を貸すよう司令を出しておこう」

 そう告げた王へ秘書官が耳打ちをする。


「次の謁見が差し迫っているようだ。他に何か報告があれば手短に申すが良い」

「いえ、全て申し上げました。貴重な時間を我々に割いていただき、感謝いたします」

「報告ご苦労であった」

 メリーたちは再び頭を垂れ、側近の一人に先導され退席する。扉をくぐる寸前、王からアイゼアへと言葉が投げかけれた。


「アイゼア、そなたと会えて良かった。息子が自分の背を追って騎士になったと、ヒューゴがとても喜んでいたのを昨日のように覚えている。彼はとても志の高い騎士だった……そなたにも期待している。一層励むが良い」

「身に余る光栄に存じます」


 話の内容から、王とアイゼアの養父は比較的親しい間柄だと推測できた。アイゼアは手を胸に当て(うやうや)しく礼を返している。だがその横顔はどこか悲しげで苦しそうに見えた。

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