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境界線に立つ者たちへ──その『執念』は全てを覆す  作者: まな板のいわし
本編:未来を負う者たちと、過去を追う者
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053 選びとる道の先【アイゼア視点】

 目を覚ますと見慣れない蔦の天井が目に飛び込んでくる。体を起こしても、もう痛みは感じなかった。


「おっ、目が覚めたみたいだな!」

「……君は?」

 黒髪を一つに結った男の、夕日色の瞳が妙に印象に残る。


「オレはスイウの友人のクロミツだ。スイウー、騎士さん起きたぞー」

 男はこちらに背を向けるとスイウを呼んだ。そちらへ目を向けるとスイウの背中とベッドに横たえられたエルヴェの姿が見え、胸の奥がズキリと疼いた。顔だけこちらに向けたスイウは、変わらず淡々とした態度だった。


「調子は?」

「治療してくれたんだね。もうどこも痛まないよ」

 正直あのまま死ぬかもと思っていた身としては、まだこうして生きていられることが不思議でもある。


「みんなはどこへ? カストルとポルッカは……?」

 その問いにスイウは扉の方へと視線を向けた。

「外でフィロメナたちが魔物化を解呪しにいってる。気になるなら見てきたらどうだ?」

 言われてみれば外から人の声が聞こえてくる。どうなってるのか見るのが少しだけ怖いような気もしたが、ほぼ無意識にアイゼアは扉に手をかけていた。



 外へ出ると眩しい陽光に目が(くら)み、細める。「兄様」と呼ぶ声が聞こえ、二人がこちらへ飛び込んできた。その姿はすっかり元通りの人の形をしている。一瞬夢かと思ったが、二人を強く抱きしめると温かな体温と鼓動の音が伝わってきた。


 生きている。人の姿のまま生きている。全身から力が抜けていくような安堵(あんど)を感じながら、熱くなる目頭に瞳を閉じる。気持ちを落ち着かせてからフィロメナたちへと顔を向けた。


「二人を救ってくれてありがとう……」

「あたしの思いつきで何となく上手くいっただけの話よ。みんなの協力があってできたことだし。それより、エルヴェにはきちんと謝ってよね……」

「うん……それは当然だよ」


 先程見たばかりの、ベッドに横たえられたエルヴェの姿を思い出す。彼が動かないのは(まぎ)れもなく自分のせいだ。苦い思いがじわりと広がっていく。


「みんなにも迷惑をかけてしまって申し訳ない」

 膝を折り謝罪しようとするとカストルとポルッカに止められた。二人は庇うように前へと進み出る。


「悪いのは全部僕たちなんです。兄様は僕たちを助けるためだったんだ。罪も責任も僕たちが背負うから……」

「だからお兄様を責めないで。謝罪なら許されるまでわたくしたちが何度だってします」

「二人共何を……」

 必死に責任を負おうとする小さな背は弱々しく震えている。自分は一体こんな幼い子供に何をさせているのか。二人を下がらせようとするアイゼアより早く、メリーがつかつかと歩み寄る。


「えぇ、こんな状況を招いたのは間違いなくあなたたちのせいですね」

 表情こそ普段通りの柔らかさだが、まるで大人に接するのと変わらない厳しく冷たい言葉だった。


「二人とも反省してるんだし、そんな言い方しなくてもいいんじゃないかしら」

「だからですよ。反省してるからこそ言ってるんです」

「……どういうこと?」

「反省してるなら、もう理解できてるはずです。強くなることすら他人任せの甘ったれが、大切な人なんて守れるわけがないと」

 決して怒っているわけではなさそうだが、目には鋭い光が宿っている。今ひとつ感情のこもらない淡々とした声が無慈悲な現実をつきつけていた。恐ろしいほど鋭利な正論に返す言葉もない。


「ごっごめんなさい……」

 二人は声を震わせながら(うつむ)く。僅かに緊迫感のあるヒリついた空気を物ともせずペシェが近づいてくる。メリーの隣へと並びかけたとき、背後から手刀を彼女の頭へ振り下ろした。


「痛っ」

 恨めしそうに睨むメリーの頭をガッと鷲掴みにすると、無理矢理こちらへと戻させる。


「まったく、目ぇ見開いてよーく見なさい。この二人フランちゃんと同じくらいの年じゃない。自分で全部どうこうできるように見えるの?」

 それに異論はないのか、むぐっとメリーは口を噤む。

「アンタの気持ちはアタシだってわかる。でもね、ただ正論振りかざしゃ良いってもんでもないでしょ?」

 ペシェは少しだけ同情するような視線をメリーに向けてから、小さくため息をついた。


「ですが、気休め言ったって二人のためになるとは到底思えないです。反省してるからこそ今後のために──

「そうじゃなくて、言葉は選ぶべきって言ってんの。ほら、おチビちゃんたちも顔上げて。メリーも別にアンタたちに怒って言ってるわけじゃないのよ〜」

「そうですよ。あなたたちがやるのは謝罪じゃなく──いっいひゃいっ」

 ペシェはにこーっと笑顔を貼りつけながら、メリーの両頬を思いきり横に引っ張った。


「言葉を選べって意味、わかる? それともアタシが裏でみっっちり個別指導してあげよっかー?」

「遠慮ひまふ……」

「なら考えて発言すること。相手はまだ幼い子供よ」

「ひゃい」

 返事を聞くと、ため息を一つつきながらペシェは手を離した。メリーは両頬をさすりながら悩ましげに唸った後、少しだけ語気を和らげて語りかける。


「えーっと……良い言葉が見つからないんで、わかりやすく私の考えを示しますね」

 そう言うなりメリーは前に差し出した手のひらに小さな火球を作り出す。アイゼアは半ば反射的に二人の前に飛び出した。


「待ってくれ、二人には僕がよく言って聞かせるから」

「……どうしたんですか、アイゼアさん」

 甘ったれと評した二人のことを武力行使で叩き直すつもりなのではないかと思ったのだが、どうやら違うらしい。メリーはきょとんとした顔で不思議そうに首を傾げている。


 するとメリーたちの奥からケラケラと笑う声が聞こえてきた。大人しそうな印象の赤茶色の髪の女性が、印象が変わりそうなほど大笑いしている。


「ミーリャ、アンタねぇ……」

「だってペシェ見てー。その騎士、メリーから守ろうとしてる。血の気の多いヤツって思ってるってこと。確かにそういうとこあるけど……ぷっ……くくくっ」

 ミーリャと呼ばれた女性は笑いが収まらないのか下を向いて肩を震わせていた。そういうつもりはなかったのだが、行動に出た時点でやはり自分はメリーのことをそう思っているのか。何となく気不味いような、申し訳ない気持ちになる。


「あぁーなるほど、私の日頃の行いが反映されてるわけですね。ふふっ、これは確かに勘違いされても仕方ないですねー」

「アンタ笑うとこじゃないのよ、それ」

 メリーは気分を害するどころか、こちらの反応を楽しむかのように笑っている。そんな様子に今度はこちらが置いてけぼりにされた。


「それならメリーは何するつもりかしら?」

 訝しむような視線を向けるフィロメナもどうやら考えは同じらしく、二人に武力行使するつもりだと思っていたようだ。


「簡単な魔術を教えようかと思ったんです。ポルッカさんはハーフの炎霊族だって言ってましたよね」

「確かにそうだけど、魔術は魔力の高い人でなければダメだって言ってなかったかい?」

「魔術士になるならの話です。魔術にもランクがありますから。初級とか下級くらいまでならハーフでも何とかなるんじゃないですか?」

「そうか……」


 アイゼアは内心複雑だった。二人には積極的に武力を身に着けてほしくない。正直に言えば、養父母や自分のような道へは進まず危険に身を投じなくていい仕事に就いてほしいと思うほどだ。


「ポルッカさん、どうしますか?」

「えっ……わたくし? わたくしはっ」

「あなたが選んでください」

「えっと、その」

 ポルッカの迷うような視線がこちらへと向く。教えてもらいたいと思っているのは顔を見ればすぐにわかった。期待と不安が入り混じったような目をしている。渋っているこちらの顔色を見て悩んでいるのだろう。


 だがメリーほどの魔術士から魔術を教わる機会など、セントゥーロにいれば早々ないのも事実だ。ポルッカの選択を自分が邪魔するわけにはいかない。自分の思い描くように無理矢理従わせてしまったら、それこそエルヴェに指摘された通り“支配”になってしまう。


「ポルッカ、自分でどうしたいのか選ぶといいよ」

 そう背を押してやると、ポルッカの表情がにわかに明るくなった。


「わたくしやります! 自分のことはちゃんと自分で守れるようになりたいもの」

「決まりですね。アイゼアさん、ポルッカさんを借りていきます」

 メリーはポルッカの背を押して、少し離れた場所で早速魔術を教え始める。


「メリーに任せて大丈夫かしら……」

「大丈夫よ、フィロメナちゃん。フランちゃんに魔術を教えてた経験もあるし、あんなだけど意外と教え方は上手いのよー」

「そう。丁寧で的確……でも腑抜けてるとぶっ飛ばされる」

「あー、思い出した。頑張ったってどうせ無理ってミーリャが不貞腐れてたら、ボッコボコにされたんだっけ。懐かしーわぁ」

「大丈夫なのかしら……それ」


 一抹の不安はあるが、教え方が上手いという話は本当らしく、すでに蝋燭(ろうそく)くらいの火を手のひらの上に生み出している。ポルッカがちゃんとした魔術を使うのは今日が人生で初めてだろう。


 嬉しそうに目を輝かせるその顔を見られたことは素直に嬉しかった。生きているからこそ、皆が命を繋ぎ、諦めるなと手を差し伸べてくれたからこそ見られた光景だ。


「アイゼア、今後の方針を決める。のんびりしてる暇はないからな」

「わかった」

 二人が助かったからといって全てが終わったわけではない。破滅を止めなければ何も意味がないのだ。


「いいなぁ、ポルッカ。僕だって強く……」

「剣術で良ければアタシが見てあげよっか? お兄さんはスイウくんとお話があるみたいだし」

「いいの?」

「もっちろん。お兄さんも良いでしょ?」

「あぁ、少しの間カストルをよろしく頼む」

「任せて。アタシは魔術より剣術の方が得意だし」

「あ、ならあたしにも剣術教えてくれないかしら! いつまでも治癒術だけじゃ嫌なの」

「いいわよ。二人共びしびし鍛えたげる!」

 カストルの背をそっと押して見送る。カストルもポルッカも自分の知らないところで一つずつ成長していく。


 いや、すでに成長していた。もう何もかも手をかけて導いてやる時期は終わり、これからは自分で自分の道を選択していくのだ。そんな多くの可能性に満ちた二人を、アイゼアはどこか眩しく感じていた。

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