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境界線に立つ者たちへ──その『執念』は全てを覆す  作者: まな板のいわし
本編:未来を負う者たちと、過去を追う者
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052 救済の協奏曲《コンチェルト》【フィロメナ視点】

 カストルとポルッカを保護して一晩が経った。メリーが薬を分析し、体力の回復を促進する香油を薬草と魔力で効果を高めて炊いていた。


 そのおかげか治癒術の効きがかなりよくなったとフィロメナは思う。メリーが懸念(けねん)していた通り、脳に薬が作用した形跡がみられ、最優先に治療も施した。その判断もあり一命は取り留めたが、体力も生命力も大きく疲弊していたアイゼアは今も眠っている。


「でもどうして脳に問題があるかもって思ったの?」

 容態を診たとき、彼の内臓……というより筋肉も含めとにかく全身がボロボロだった。薬の力でどうにか動かしているような、薬の力でこの状態になったような、何とも判断のつかない悲惨な状態だった。


「脳には体が壊れないよう守るための機能があります。それを麻痺させる類のものなんじゃないかって思ったんです」

「それで脳……ね」

「抑止力がなくなった分、限界以上の力が出せる。限界を超えた分、全身が破壊されて激しい痛みが出る……毒草の中にそういった効果を持つものがありますから」

 まるで辞典な何かを読み上げるように、メリーはスラスラと答えてくれた。単に魔力の高い魔術士という評価をひっそりと改めた。


「そういえばあの眠っちゃう花の名前も知ってたし、植物に詳しいのね」

「学生のときに魔法薬学を専攻してたんですよ」

「だから薬の調合ができたりもするのね」

 メリーは無言で(うなず)きながら、炊き終わった香油の皿を片付けている。その傍らで、魔物化してしまった二人が片時も離れずアイゼアを見守っている。


 兄の助けになれると信じて願い、魔物化した。兄を思う二人の心を利用するような卑怯なやり口にはらわたが煮えくり返りそうになる。

 エルヴェのためにもアイゼアのためにも、絶対に二人を元に戻してあげたい。健気な二つの背中を見つめ、そう思いながらもフィロメナの決意はまだ少し揺らいでいた。



 エルヴェの修理は早朝から始められていた。ミーリャの魔術で建てられた小屋の中は五人も増えたことで、全員入るとさすがに狭い。


「しっかしこのグリモワール写しかよ。クソー……これで終わりだと思ったのに、本物はどこなんだー?」

 クロミツは前髪をぐしゃぐしゃとしながら盛大にため息をつく。


「写しでもないよりは良い! さ、早くバリバリ解析するぞー!! ほら、クロミツさっさと立つ!!」

「うぇー……もう行くのかよ〜」

 人が変わったように燃えるモナカに、クロミツは小屋の入り口まで強引に引っ張られていく。その姿を眺めながらフィロメナはまだ迷っていた。


 カストルとポルッカを元の姿に戻すならモナカの力はぜひ借りたい。試したいことがあると宣言した以上、今更迷ってやっぱりやめると言えないのはわかっているが、どうしても最後の一歩が踏み出せない。


 試そうとしている方法は、天族が魔物に対して行う『浄化』という穢れを祓う儀式のようなものだ。魔物と違い、人の心が残っている二人なら体を蝕む穢れだけを祓い、元の姿に戻せるかもと思いついた勢いで提案した。


 モナカが来てくれたことで、魔力を持った人がフィロメナを合わせて五人になり成功率も当初より上がってはいる。だが『浄化』自体をできるのはフィロメナ一人だけだ。

 全員の魔力を借り、浄化の光へと一人で変換し、尚かつ二人に施さなければならない。失敗の可能性も高ければ、成功の保証もない。それでも二人を戻せる可能性があるならすぐにでも取り掛かるべきだろう。


 しかし『浄化』のためには、冥界の気を纏ったメリーの魔力を取り込まなければならなくなる。確実に堕天は避けられない。堕天するということは天族にとって何よりも恐ろしいことだ。もう二度と天界の地を踏むことは許されず、永久追放されてしまう。天界にも属せず、人でもない、中途半端な存在になるのは恐ろしい。


 そして何より魂が穢れることで、心が穢れることが怖い。堕天し、穢れを抱えることに耐えきれず『返還』を望む者もいるという。穢れた心に生まれる悪意や邪な思い。今まで自分の中になかったものに突然蝕まれて、自分を保っていられるのかが不安だった。『気高く誇り高き天族』から外れることが怖かった。でも、それでも──


「モナカ待って!!」

「天族からまさかのご指名? え〜、嬉しいなぁー!!」


 モナカは目をキラキラと輝かせ、興奮しながら手を握ってくる。もう後戻りはできない。助けてあげてほしいと頼むエルヴェの顔と絶望に打ち拉がれるアイゼアの顔が頭を離れなかった。


 保身に走ってカストルとポルッカを見捨てることが正義だとはやはり思えない。二人が魔物として殺された後で、仕方なかったと言い訳する自分を許せるのか。


 答えは出た。きっとこんなこと天族の仲間に話せば馬鹿げていると笑われるだろう。

 天族は人の範囲を逸脱した穢れを宿す者を、守るべき者の中に数えない。天族にとってはそういうものなのだ。真っ当に生きる人々の安寧と秩序を守るのが天族なのだ。穢れた者はそれを乱す者とみなされる。


 だが知ってしまったのだ。穢れを孕んだ人にも良心や人を思う優しい心があることを。人の中に、真に悪意なき魂など存在しないということも。


「これから二人の『浄化』をするわ。だからみんな……あたしに力を貸して」


 自分の決意に全員が賛同してくれた。迷うな、後悔したくない。まだ目を覚まさないアイゼアの横顔を一瞥(いちべつ)し、小屋の外へ出た。



 法陣を術で作り出した棒で描き、カストルとポルッカに中央に立ってもらう。失敗の可能性や『浄化』についての説明もすでに済んでいる。ただ自身の堕天のことに関してだけは黙っていた。


 メリーは淡々としながらも「フィロメナさん、本当に大丈夫なんですか?」と聞いてきた。おそらく説明の時点でメリーは薄々気づいているのだろう。それでも強く胸を叩き、堂々と言い放ってみせる。


「この誇り高き天族、フィロメナに任せなさい!」


 それは虚勢であり、自分への鼓舞でもあった。左手でカストル、右手でポルッカの手を握り、その上にメリー、ペシェ、ミーリャ、モナカの手が重ねられる。


「最初に言っておくわ。何が起こっても絶対に手を離さないで。絶対よ、いいわね?」


 真剣なフィロメナの声に手を重ねた四人が頷く。白い翼を広げ『浄化』を始める。柔らかな光が優しく二人を包み始めた。自分の中から魔力が抜けていくと同時に、手の甲から四人分の魔力がじわりと熱を持って流れ込んでくる。


モナカの水の魔力。

ペシェの風の魔力。

ミーリャの地の魔力。

そしてメリーの冥界の気を孕んだ炎の魔力。


 それらをフィロメナは取り込み、体の中で混ぜ合わせ浄化の光へと変換する。それをカストルとポルッカの中へと注ぎ込んでいき、体から穢れを取り除く。二人を包む光が強くなるごとに魔力の消費が上がり、流れ込む魔力の量も増える。


 体が焼け付くように熱い。息が上がり、呼吸が荒くなる。全身に内側から弾け飛びそうな痛みが走る。やはり一人で出力するなど無茶だったのかもしれない。痛みをこらえるように固く目を閉じて必死に耐え続けるしかなかった。二人に効果が出ているのか確認もできない。


「これが浄化……? アンタ、二人の魔物化が少しずつ戻ってきてるわよ!」

 フィロメナを奮い立たせるようにペシェが教えてくれる。間違ってなかった。魔物化が解けてきているのなら二人を助けられるかもしれない。増していく痛みの中で希望が見えた。閉じられた真っ暗な視界が明滅を始める。


「大丈夫? 無理なら中断した方がいい」

「い、いいえ。このくらい平気よっ」

 ミーリャの心配を空元気で振り払う。諦めるわけにはいかないという思いとは裏腹に、痛みはどんどんと耐え難いものへと変わっていく。全身が痛みに仰け反りそうになるのを必死に二人の手を握りしめることで耐えた。ここで挫けたら二人を助けられなくなる。


「フィロメナ、翼が黒く染まってきてるけど。これ堕天でしょー?」

 考古学だけでなく、天族や魔族についても研究していると言っていたモナカの目は誤魔化しきれないようだ。それでもここでやめれば意味がなくなってしまう。エルヴェとアイゼアの顔を思い出し、負けそうになる気持ちを何とか支える。


「いいのっ。わかってて決めたんだから!!」

 痛みと本当に堕天してしまうのだという恐怖から気を逸らすように叫んだ。


「堕天じゃなくて消滅したらどうするんですか? フィロメナさんが死んだら、何の意味もありませんよ!?」

 自分が消滅するなんて考えていなかった。でももうそんなことさえどうでも良かった。


「離さないでメリー。お願い……お願いよ、堕天しようが消滅しようが絶対にあたしの手を離さないでっ!!」

 フィロメナは自分から魔力を吸って取り込むと一気に二人へ流し込む。この体が耐えきれるうちに何としても戻す。

 一際強い輝きを目の前に感じる。それは目を閉じていても視界が白く染まるほどの眩さだった。やがて光が消え、真っ暗な視界が戻る。


 全員の手がフィロメナから離れていくと同時に、激しい体の痛みがゆっくりと収まっていき、凄まじい倦怠感が残る。目を開くと視界はぼんやりとぼやけ、足元がふらついた。


「フィロメナちゃん、なんて無茶すんのよ」

 その場で崩れ落ちそうになるのをペシェが受け止めてくれた。段々鮮明になる視界に、人の姿を取り戻したカストルとポルッカが映る。アイゼアに見せてもらった写真より、ほんの少しだけ大きい少年と少女。その姿を見て力が抜けた。


「よ……よかったー」

 まだ少し体は痛むが心の底から安堵(あんど)した。何とか成功させられた、と。


「本当に良かったの? 翼真っ黒だけど、天族にとって堕天することってかなりヤバいんじゃなかったっけ」

 そう言われて翼を見ると、以前のような白い翼の面影はない。ぼんやりと黒く鈍く光を放つ翼、話に聞く堕天の証だ。


 ペシェから離れ、体をいろいろと確認する。だが翼の色が変わった以外特に目覚ましく何かが変わったような感覚はなかった。それでも天界には帰れない。それだけは確かだった。メリーが申し訳なさそうな表情でこちらへ来る。


「私が黄昏の月でなければこんなことには……」

 自身の魔力の穢れを目に見える形で目の当たりにしたことでメリーは少し落ち込んでいるようだった。


「わかっててお願いしたんだから良いのよ。メリーの魔力量じゃなかったらこの人数ではきっと無理だったもの」


『でもあたしが堕天したのは確かにメリーのせいなのよね』


 湧き上がる感情にドキリとした。嫌な汗が背中を伝う。自分で頼んでおきながら、メリーのせいだなんて言いがかりでしかない。今の声のようなものは何だったんだろう。そう不思議に思っていると、後ろから服を軽く引かれ振り返る。


「「助けてくださってありがとうございました」」

「どういたしまして」

 カストルとポルッカは丁寧に頭を下げ、嬉しそうに微笑んでいる。これでアイゼアと三人で仲良く暮らしていけるだろう。心が温かくなり、心の底から助けて良かったと思えた。思えたはずなのに。


『あたしがここまでする必要なんてあったのかしら。堕天までして、これからどうしたらいいの?』


 再びどこからともなく相反する自分の感情が湧き上がる。こんなことは今までになかった。今までに持っていた慣れ親しんだ感情と、知らない利己的で醜い感情。

 助けたのは自分の意思、自分の判断、そんなことは頭でわかっているはずなのに、二人を責めるような考えが頭に響いて離れない。


「……お姉さんどうしたの? 顔色が悪いよ?」

「だっ大丈夫よ! ちょっと疲れちゃっただけ、ごめんね」

 そう取り繕ってフィロメナは二人の元を離れる。フィロメナは自分の恐ろしさに震えていた。これが心が穢れるということなのだろうか。


 吸っても吸っても空気が足りない。目の前の景色が歪み、足元がふわふわと覚束(おぼつか)ない。自分が怖い。何も感じたくない。醜い自分なんて見たくない、知りたくない。


『気高く誇り高き天族』


 こんな穢れた心では無理だと愕然とする。穢れた心で貫く正義なんて、それは本当に正義だと言えるのか。


穢れた心で本当に自分は正しくいられる?


 自身への問いかけは不安を広げていく。何もかもが黒く黒く塗り潰されていくようだった。

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