051 戦うは己が理想の為か(2)【メリー視点】
カーラントの小さな揺らぎを見逃さず、メリーはわざとある言葉を口にした。
──導手再誕計画。
以前研究所で得た書類に記されていた、謎の計画名。その詳細を語ってくれるとは思えなかったが、カーラントの虚を突くには十分だった。
その微かな動揺の一瞬の隙をつき、メリーは素早くカバンから投げナイフを取り出し後ろ手に握る。
「答えられないでしょうね、大義なんてないんですから」
「答える義理はない……それに、あなたにも大義などないだろう」
「もちろん。私は最初から大義とかどうでもいいので。あなたとは行動原理が違います」
メリーが登っている木が溶岩に焼かれて傾く。瞬時にカーラントめがけて跳んだ。後ろ手に持っていた投げナイフを投擲し、すぐにもう一本取り出す。
「甘すぎる」
カーラントは投げナイフを斬り払い、後方の木へ飛び移っていく。溶岩によってどんどん倒されていく木々をナイフを投げながら乗り継ぐ。
だが突然周囲の木々が全て燃え上がり、カーラントは炎の向こう側へと消えていってしまった。進むことも戻ることもできず、メリーが乗っている木はゆっくりと倒れ、溶岩に飲まれてその面積を減らしていく。
こんなにも強大な魔術は未だかつて見たことがなかった。恐怖で体が竦み、熱気が肌を焼く。呼吸をする度に肺が焼け付くように熱い。こんなところで死ぬわけにはいかないが、魔力は全く湧き上がらない。周囲に飛び移れそうなものも一切なかった。
やがてブーツの先が溶け、足から溶岩へ飲まれていく。それはミュールと戦ったときの比にもならないほどの痛みだった。足の先からゆっくりと体が焼け溶けてなくなっていく。あまりの痛みと恐怖に絶叫した。
足が、手がどんどん溶岩に溶けてなくなっていく。死にたくないと必死に伸ばした手は肘から先がなく、骨が剥き出しになっていた。後頭部から頭が飲まれていく。声を発する喉が、口が、鼻が、そして右目の視界が奪われたとき──
「メリー!!」
確かに聞こえた。スイウの声だ。残った左目がその姿を探した。声は出ないのに、何度もスイウの名前を呼んだ。私はここにいる、となくなったはずの手を伸ばして。
なぜかその手を握られるような感覚があった。痛みが溶けるように消え、失ったはずの体や感覚が元に戻っていく。視界が開けてくるとカーラントと対峙した最初の場所に帰ってきていた。
同時になぜかメリーはスイウに丸太のように担がれているのに気づく。手を握っているのはずいぶん久しぶりに見る意外な人だった。
「お久しぶりですぅ、メリー。モナカですよぉ、覚えてますかぁ?」
気の抜けるような声で白いフードマントを着たモナカが立っていた。メリーはスイウの肩から下ろされ、改めて周囲を見渡す。スイウとモナカの他に白いフードマントを着たクロミツ、その前にジューン、構成員たち、そしてカーラントがいた。
「あの人から幻術をかけられたみたいですよぉ」
モナカが指をさしたのは紛れもなくカーラントだった。
「幻術……」
光術を使った魔術の一種で、自身も使えはするがあまり得意な方ではない。
いつかけられたのかもわからないほどに鮮やかで、現実と見紛うほどの完成度の高い幻術だった。あの生々しさは思い出しただけで身の毛がよだつ。
カーラントは右肩を斬られ血を流し、彼を支えるように傍らにはジューンがいる。おそらくあの斬撃のおかげで幻術から解放されたのだろう。
「てめぇら……オレらを裏切ってただで済むと思うなよ」
ジューンが忌々しげに吐き捨てる。それをクロミツとモナカは顔を見合わせて首を傾げた。
「オレ、裏切るも何も潜入してただけだしなー。騙された方が悪いんじゃね?」
あっけらかんとクロミツが言い放ち、カラカラと高らかに笑う。
「クロミツ。もう逃げちゃえば良いんじゃない。グリモワールも奪ったし〜」
モナカはシレッとグリモワールを手に持っている。自分が間抜けにも幻術にかかっている間に相当事が進んでいたらしい。
「ダメだ。スイウとメリーちゃんを放置してくわけには行かないだろー?」
「はぁ〜い……早くグリモワール解析したいんだけどなぁ〜」
モナカは虚空から弓を呼び出す。スイウが一歩前に出て刀を構えた。
「メリー、いけるか?」
「大丈夫です」
モナカから杖を受け取り握りしめる。
「……もう少しで精神を崩せるはずだったんだが、想定外の邪魔が入ってしまったな」
カーラントは斬られていない左手に剣を呼び出し、幻術を応用した霧を発生させる。
「時間を稼いでください。一気にカタをつけます」
メリーは鞄から取り出した触媒の核と魔晶石の欠片に魔力を込め、より強力な触媒の生成に取り掛かる。
「霧? ま、オレには関係ないけどな!」
「……魔族がもう一人か」
クロミツは狼のような耳と尾を生やすと、刀身が青白く輝く刀を前へ突き出す。刀を中心に広がる暴風が霧を一瞬にして吹き飛ばした。
「メレディス……今日こそ死ねぇぇ!!」
弾丸のようにこちらへ跳んでくるジューンに怯むことなく、触媒作りに専念する。メリーの眼前に迫る剣をスイウの刀が受け止め弾き返す。
「邪魔すんな、退けっ」
スイウとジューンの剣戟の音が絶え間なく響く。モナカは魔力で矢を生成し構成員たちへ向けて放つ。その矢が拡散して雨のように降り注ぎ、構成員たちを足止めする。
「何をしている。メリーの術式を中断させるんだ」
カーラントの指示に分散していた構成員の攻撃がメリーへ集中する。
「無理無理。近づかせないよ〜」
モナカは氷の刃を生成し浮遊させ、刃を剣のように振るいながら牽制する。三人を信じ、とにかく触媒の生成に集中した。
足りない触媒を次から次へと継ぎ足し魔力で圧縮していく。触媒の輝きはより強く強固なものへと変化する。杖の切っ先で四人入れる程度の大きさの法陣を手早く描き、出来上がった触媒を手に詠唱を始める。
メリーは魔術の完成イメージを強く思い描く。先程幻術で受けたあの溶岩のイメージを。触媒へ術発動に必要な大量の魔力を送り込む。メリーの呼び声に精霊はあまり応えてくれない。精霊に隠れるように潜む妖魔に語りかける。目には見えないが魔力に呼応し寄り集まるのを感じる。大きな術式には精霊や妖魔を集めることも重要だ。
メリーの唇が語りかけるように、ささやくように、誘惑するように言葉を紡ぐ。言葉の一つ一つに丁寧に魔力を乗せていく。魔力を持った言葉を霊族は言霊と呼ぶ。言霊と言霊を繋ぎ、詠唱にしていく。多くの力を借りるような大きな魔術ほど怠ってはならないことだ。魔術のイメージが伝われば詠唱の言葉は何でも構わない。
「煮え滾る業火、圧縮、溶解の波濤……」
その場でイメージだけで構築する即興魔術に名前はない。妖魔たちが詠唱に応え、触媒が輝きを放ちながら砕け散った。法陣が赤く煌めき溶岩が溢れ出す直前、三人は法陣内へと避難する。カーラントはすぐに戦線から下がった。
「即興魔術か…… 全員に告ぐ、撤退しろ!」
その命令に従い構成員たちはすぐさま撤退を始める。
「ぐぁっっ、クソっ! こんなとこで死ねるかっ」
「ジューン!!」
かなり接近していたせいか、逃げ遅れたジューンは片足を溶岩に飲まれ走れなくなる。カーラントがすぐにジューンを拾い上げ、素早く木の上へと飛び乗った。
「ミュール兄様……罪作りな人だ……」
こちらを見もせず吐かれたカーラントの言葉には僅かな怒りと戸惑いが滲んでいた。撤退していく背中をじっと睨みつける。構成員の一部は逃げ惑い、溶岩の中へ飲み込まれて消えていく。
あたり一帯は全て溶岩の池のようになっていた。途中から失速し、範囲もあまり広がらなくなる。魔術を維持するだけでもかなりの集中と魔力を要する。どうやらこれが自分の限界らしい。
「もう良いぞ、メリー」
「……そうですね」
スイウに言われ、術を解除した。溶岩は少しずつ消えていくが周囲に生えていた草も木も、散らばっていた死体も魔術によって消失していた。
「黄昏の月の魔力って何とも言えないけど、すっごくゾクゾクして病みつきになりそ〜。解剖してみたいな、死んだあとでいいから〜」
「よくないです」
「ホントモナカは変態だよなー……」
通常黄昏の月の魔力は気味が悪いと嫌われるが、研究対象にしているモナカにとっては興味深いものの一つなのかもしれない。とはいえ解剖はさすがに勘弁願いたい。
モナカの恍惚とした声とクロミツの呟きの緊張感のなさに、ようやく戦闘が終わったのだと実感する。
緊張の糸がぷっつりと切れると強烈な疲労と睡魔に襲われた。幻術を受けるというのは想像していたよりかなり精神力を削られるらしい。メリーはその甘やかな誘いに抗えず眠りに落ちていった。




