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境界線に立つ者たちへ──その『執念』は全てを覆す  作者: まな板のいわし
本編:未来を負う者たちと、過去を追う者
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048 加速度的な死【アイゼア視点】

 夕日に染まる森の中に影が二つ。アイゼアはスイウと対峙していた。


 目が覚めてからカストルとポルッカと共にメリーたちを殺すため、森へ放り出された。魔物化した二人をそのままに逃げ出したりしないとローアンは判断したらしい。


 カストルとポルッカは別の場所へ避難させ、見張りも兼ねた構成員と、ローアンの言っていた治験の経過観察のための研究員を含めて数十人ほどが同行していた。


 単身でこちらを追ってきたスイウと遭遇し、彼らの命令に従って奇襲をしかけたところまでは良かったのだが、スイウの手にかかればさほど時間はかからなかった。構成員たちは研究員含め全員、今はもう物言わぬ肉塊と化している。


 ぞっとするような鮮やかな刀(さば)きは、魔術士の戯れ程度にしか習得していない接近戦の実力で敵うものではない。魔族のことはよくわからないが、最早天性の才能のようなものだろう。味方であればこれ程頼もしいものはないと思えるスイウの強さも、今では大きくそびえ立つ障壁となってアイゼアを阻んでいた。


「それで気配を消してたつもりか知らんがバレバレだ」

「あー、やっぱり?」


 彼の気配を察知する能力の高さはよく知っている。いつもの調子で戯けて見せるのが精一杯だ。傷は塞がっているもののいつ開くかわからない。消えていなかった痛みが、渡された薬を飲んでから全く痛まなくなったのは少しだけありがたかった。これが例の治験薬で、すでにスイウに仕掛ける前に一錠飲んできている。


「どうして僕を殺さなかった? 君なら殺せたんじゃないのかな」


 不自然なことに自分だけがこの場に立っている。自分が強いから残ったのではなく、スイウが意図的に残したのだ。


「お前を問答無用で殺すとうるさいヤツがいるからな……」


 槍を構え出方を覗うアイゼアに対し、スイウは刀を構えるでもなく話しかけてくる。


「そういやエルヴェが死んだのは知ってるか?」

「彼は人じゃない」

「なら壊れたって言えばいいのか? もう直らんかもしれんがな」


 死んだ、壊れた、直らない、という単語がグサグサと責め立てるように胸を刺す。その痛みに気づかないフリをして、あくまでも平静を装った。


「エルヴェは最期までお前の心配をしてた。それと斬りつけたことを謝ってくれって。聖人っぷりもここまでくるとさすがに笑いも出んな」

「自分を殺した相手の心配だなんて……本当に救いようがないね」


 へらへらと笑いながら動揺を悟られないように誤魔化す。そうやって自分自身にも嘘をつかなければ、今にも崩れてしまいそうだった。


「救いようのない阿呆はお前だろ。破滅に加担して何になる? そんなに死にたいならこの場で殺してやろうか」

 投げかけられる鋭い視線に全身が粟立つ。まるで死という概念そのものに睨まれているような心地だった。槍を握る手に力をこめ、怯みそうになる心を奮い立たせる。


「メリー、アイゼアと会った。これから交戦する」


 スイウが頭上にいる小鳥に話しかけると、小鳥が可愛らしくさえずる。ただの小鳥ではない、あれはメリーの使い魔だ。何か会話を交わしているらしい。


「エルヴェのことも話したが、それがどうしたって感じだったな。もう殺していいか?」

『ダメよ! あんたどうせまともに話してないでしょ!』

「はぁ? 勝手に決めつけんな」

 さえずっていただけの小鳥から突然フィロメナの声が発せられる。


『アイゼアさん聞こえますか? エルヴェさんからアイゼアさんのことを助けてほしいと頼まれたんですけど』


 今度はメリーの声だ。呼びかけられても何も言えず唇を噛む。話して助けてもらえるのなら最初からそうしている、と苦い思いだけがこみ上げた。それともこれを利用して素直に話せば、同情から隙を作り出せるだろうか。


 答えは否だ。エルヴェやフィロメナならともかく、少なくともスイウ相手にそんな小細工は通用しない。知ってなお、容赦なく斬り殺しに来るのが目に見えるようだった。


 アイゼアはジャケットの内側から渡された薬を取り出し、効果が切れる前に二錠噛み砕いて飲み込む。身体能力を大幅に向上させるという単純明快な効能だと聞かされている。即効性の薬なのか、飲み込んだ直後から体が熱く麻痺するような感覚と、力が溢れる妙な高揚感が湧き上がる。


「薬……か?」

 僅かに目を細めながら、スイウはおもむろに右目につけている眼帯に手をかけて外し、首に下げる。

 月のような色の左目とは違う、銀色の瞳が露わになった。その不思議な色の瞳から思わず目が逸らせなくなる。呼吸するのも忘れ、槍を握りしめたまま立ち竦んでいた。


 刹那、スイウが行動を起こす。刀を下段に構えながらこちらへ接近し、下から斬り上げてきた。それを何とか槍で受け止めて捻り、スイウの頭上に槍を振り下ろす。


 その一撃は回避され、槍は空を切った。スイウの刀の周囲に冷気が発生しまとわりついている。魔装槍による風の斬撃を何度も飛ばすが、涼しい顔で軽やかに避けられ一気に間合いを詰められていく。


 こちらも怯まずに地面を蹴った。いつも以上に素早く跳び、槍と刀がぶつかり合う。スイウは僅かに顔を(しか)め飛び退(すさ)る。同時に放たれた冷気の衝撃波をギリギリのところで(かわ)し、たたみかけていく。


 何度もぶつかり合う槍と刀が火花を散らす。音のない、血の臭いの立ち込めた空間に剣戟(けんげき)の音だけが響く。

 スイウと互角に戦えている。それでもアイゼアの体には切り傷が増えていく。


 スイウの傷はつけたそばから治癒していった。だがそれもメリーの魔力が尽きるまでの話だ。一進一退の攻防を繰り返し、徐々にスイウを追い詰めていく。スイウの一閃を払い、返す槍を突き出そうとした瞬間だった。


 突然全身に痛みが走り硬直する。容赦なく迫るスイウの刀を間一髪のところで逸し、距離をとった。試作品というだけあって効果が切れるのが早いうえ、間隔もまちまちらしい。


 追加で一錠ずつ増やして飲むようにミルテイユから説明された通り、すぐに三錠取り出し噛み砕く。呼吸することすら激痛だった体が楽になり、力が再び溢れる。


「お前阿呆か。死ぬぞ」

「良いんだ。君たちを殺せれば、それでもね」

 この薬が急速に自身の寿命を縮めていることは理解していた。だが最終的には二人のためにグリモワールに消費される。


 スイウたちに殺されるか、薬の副作用で死ぬか、グリモワールによって命を奪われるか。そのどれも残り時間で換算すれば大して変わらない。とにかく薬と体力の尽きる前に全員を殺し、二人の魔物化を解かなければ。


 更に速度も力も増し、スイウへ槍を薙ぐ。刀で防がれたものの追撃して競り合い、スイウの刀をジリジリと押していく。


「久々に楽しませてくれるじゃねーか」

 追い詰められているにも関わらず、スイウは焦り一つ見せず不敵に笑っていた。この状況をどこか楽しんでいるようにさえ見えた。


 胸の奥がざわつく。こちらは命を……大切な者のために全てをかけて戦っているのにスイウにとっては戯れの一つに過ぎないというのだろうか。怒りがアイゼアに力を与える。戯れに負けて二人を失うなんて、あっていいはずがない。


 距離を取り、縦横無尽に斬撃を射出し最後に旋風を放った。たがスイウは高く跳躍し、旋風すらも飛び越えて上空から刀を振り下ろしてくる。


 格好の的だ。アイゼアは斬撃を放ちながら、狙い澄ました一撃をスイウへと突き出す。スイウは右手でその槍を掴み、引き寄せるようにして距離を縮めてきた。とっさに体を捻って躱すと、今度は右から左からと、目まぐるしく翻弄するような斬撃が襲いかかる。


 薬を飲んでいてもアイゼアの息は上がってきていた。歯を食いしばり、額には脂汗が滲む。少し腫れたままの左目側の攻撃へ反応が遅れてしまう。その怒涛の攻撃は反撃するような余裕もなく、攻撃を防ぐだけで限界だった。


「ハッ、結局その程度か? そんなんで俺を殺せると思ってんなら随分と舐められたもんだな?」

「ぐっ……」

 スイウの余裕さに焦りばかりが募る。このままでは殺される。防御ばかりでは勝てない。

 攻撃の合間に僅かな隙を見つけ、スイウの胸部へと槍を突き出す。しかしスイウは左足に重心を乗せ、半回転して鮮やかにそれを避けた。


 完全に動きを読まれている。いや、わざと隙を作り出しそこへ攻撃を出させたのだ。

 しまった、と気づく頃にはもう遅い。槍を弾き飛ばされ、スイウの右足が素早くアイゼアの腹部へとめり込む。


 そこまでほんの一瞬の出来事だった。槍が地面に落ちる音と共にその場で(うずくま)って咳き込みながら血を吐く。小さな水音を立てて地面を汚した。今の一撃で傷が開いたのか脇腹からまた出血している。スイウは槍を遠くへ蹴り飛ばし、刀を首筋につきつけてきた。


「動いたら殺す」

 迫り上がる鉄の味に咽せる。

「お前何で裏切った」

「僕は、何を聞かれても……」

 答えない、という言葉が紡がれることはなかった。スイウの右手がアイゼアの首を掴む。喉から、か細い息の音が漏れた。息苦しさにくらりと気が遠退くような感覚に陥る。


 スイウの右腕を何とか掴み、引き剥がそうとしたがびくともしない。顔色一つ変えず、銀色の瞳がまるで鏡のようにアイゼアの姿を映している。しばらくして手が首から離れると、急激に取り込まれる空気にまた()せた。


「弟妹を人質に取られたか」

 スイウの言葉に思わず目を見開いた。話してもいないのになぜわかったのかと。こちらを見下ろしながら、スイウはさっさと眼帯を着け直す。


「俺の右目には相手の心を読む力と記憶を追体験する力がある」

 こちらの疑問を察したのか、特別なことでもないといった様子で淡々と答えた。


「ってことは覗いたわけだ? 趣味悪いなぁ」

「趣味? 口を割らないから抉じ開けただけだろ」

 最後の抵抗の嫌味も、何の足しにもならなかった。心や記憶を読めるなんて卑怯だ。あまりの能力差に最早笑うしかない。

 薬の効果が切れてきたのか体が痛みを訴えだす。薬を四錠取り出して飲み込んだ。


 スイウは一つため息を落とすと「そんなことよりお前に重要なことを教えてやる」と、僅かな憐れみを滲ませて言った。


 一瞬だけ逡巡(しゅんじゅん)するように視線を泳がせ、彼はゆっくりと口を開く。その言葉を聞いた瞬間、アイゼアの思考は黒で塗りつぶされた。まるで全ての時間が止まった世界に、放り出されたかのように。

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