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境界線に立つ者たちへ──その『執念』は全てを覆す  作者: まな板のいわし
本編:未来を負う者たちと、過去を追う者
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042 梔子の花【アイゼア視点】

 メリーを追いかけていったスイウが、何を話したのかはわからない。だが、帰ってきたメリーの顔つきは別人だと勘違いしてしまうくらいに変わっていた。


 もちろん、良い意味でだ。自分の未来を勝ち取るためと助けを乞われれば応えたくなる。多くのしがらみに雁字搦(がんじがら)めになっているメリーが、自分の人生を取り戻そうと、もがいている。仲間なら手を差し伸べたくなるのは当然の事だ。


 そして何より、精霊降ろしを思いとどまってくれたことにアイゼアは安堵(あんど)していた。五つだけ浮かぶ灯火は天灯流しに比べればずいぶんとこぢんまりとしていたが、それはそれで情緒があって美しい光景だった。


 次はみんなで見られると良いわね、というフィロメナの言葉に弟と妹の姿が頭をよぎる。もしそのときはカストルとポルッカも連れて来られたら良いなと思った。


 兄らしいことは何もしてあげられていない。寂しい思いばかりさせている二人に少しでも何かしてあげたいと思わずにはいられなかった。



* * *



 アイゼアたちを乗せた荷馬車がサントルーサへと到着したのは空が茜に染まり始めた頃だ。見慣れていたはずのサントルーサの街が少し懐かしく感じてしまうのは、きっと気のせいではないだろう。


 四人を騎士団本部に近い宿屋で降ろし、自身は本部へと向かう。長旅で疲れた体を癒やしたいところだが、アイゼアにはやることもやりたいことも山積していた。とにかく最優先すべきはストーベルたちの動きや研究所がどうなったのかなどの状況把握と情報収集だ。


 その前に王への謁見(えっけん)が滞りなく進むように、申請書類の記入だけでもしておかなければ。四人にも謁見の際に同行してもらうようお願いしてあるため、明日訪ねたときに時間の相談をしてから提出するつもりだ。


 特務騎士、家も一応貴族とはいえ、やはり謁見ともなるとそれ相応の手続きが必要になる。何とも煩わしいがこればかりは仕方ない。それを済ませれば遠征帰りの習慣になっている養父母の墓参りに行ける。


 あとはカストルとポルッカの二人に会いに行くだけだ。明日からまた忙しくなる。今晩だけでも二人と長く一緒にいたいと思っていた。会えばきっと、しばらく顔を見せなかったことを二人に怒られるだろう。その姿が鮮明に想像できて小さく苦笑した。


 荷馬車を預けてから本部内へと入ると、すぐに申請書類を事務所で記入する。それを自身に割り当てられた机の引き出しへと入れ、鍵をかけた。


 事務所を後にすると本部と宿舎の間にある談話室へと向かう。騎士は勤務時間が不規則なため、ほぼ常時談話室には誰かがいる。


 問題は話を詳しく聞き出せそうな見知った顔があれば良いのだが、いなければ知らない騎士に尋ねることになるかもしれない。そんな考えも談話室に入ればあっという間に吹き飛んだ。


「えぇ? アイゼアじゃん。戻ってたんだな!」

「久しぶりじゃないか」

 真っ先に声をかけてくれたのは、騎士の養成学校時代からの友人であるサヴァランとブリットルだ。


 人懐っこい笑顔を向けて、勢いよく手を振ってる小柄な男性がサヴァラン。逆に、僅かに口角を上げる程度でやや堅物な印象を与えている女性がブリットル。スラリとした長身でサヴァランよりも高い。


 この性格も見た目も正反対のデコボココンビは意外と息が合う。今ではサヴァランが中隊長でブリットルがその副隊長を勤めている。


「二人共元気そうで良かったよ」

 そう話しかけながらサヴァランの隣のソファに腰掛けた。


「今回の遠征どうだった? 確かベジェの救援に派遣されたんだっけ。大変だったんじゃない? こっちに戻ってくるのめっちゃ遅かったじゃん」

「まぁね。寄り道しながら帰ってきたんだ。鉄道が使えないから今回はなかなか大変だったよ」


 ベジェを奪還し、鉱山での出来事、魔族と天族との出会い、白フードを追いかけて遠回りしながらもサントルーサへ着いた。その間に起こった出来事は一言ではとても言い尽くせないほど本当にいろんな事があった。


「お前がここに来たということは、何か聞きたいことがあったんじゃないか?」

「さすがブリットル、話が早くて助かるよ」

 ブリットルは養成学校時代、座学ではトップの成績だった。賢く、察しも良い彼女はアイゼアの目的をすぐさま見破ってきた。


「クランベルカ家の話で何か聞いてないかい? サントルーサにある研究所が今どうなってるかとか、研究員たちの処遇とか」

 やはりその話か、といった様子でブリットルは腕を組む。


「研究所は制圧したんだが中はもぬけの殻だった。機材は全て破壊し尽くされ、人も物証も大したものは残ってない。構成員の捜索もしてはいるのだがな……」

「でも何するつもりなんだろ? スピリアはセントゥーロを内側から崩して戦争でも起こすつもりなんかなー」

 サヴァランはうーんと唸りながら首を捻る。アイゼアは恐らくそれはないと思っている。


 メリーに聞かなければ断言はできないが、これまでの行動や話を照合すれば、スピリアが戦争を起こすために主導しているという線は確率としてかなり低い。


「サヴァラン適当なことを言うな。スピリアにはこちらを侵略する理由が何もないではないか」

 ブリットルの言う通りだ。そもそもこれまでの歴史を省みても、スピリアは排他的な国民性で侵攻を受ける側に立つ事が大半だった。


 国民のほぼ全員が魔力を自在に操るため資源にも然程困らず、かつ広大な国土を有するスピリアはわざわざ他国を侵略する理由に乏しい。どちらかといえば内紛が激しい印象だ。


「今って研究所の立ち入りは許可されてる?」

「うん、騎士なら大丈夫だよ」

「それなら良かった」

 早速明日全員で研究所へ向かわなくては。自由に出入りできるうちに行くべきだろう。


 メリーなら破壊された研究所からでも何かわかるかもしれない。魔族や天族であるスイウとフィロメナなら、人とは違う着眼点で見てくれるはずだ。エルヴェは魔工学に詳しく、破壊された機材からでも何か掴める可能性はある。


 ならば自分は騎士団の権限を遺憾(いかん)なく発揮し、その手助けをする。騎士たちには何もないように見えても、彼らに見てもらえば何か手がかりはあるかもしれない。


「そろそろ僕は行くよ」

「えっ、ちょ……もう行くの? 相変わらず忙しそうだなー」

「無理しすぎないようにな」

「二人共ありがとう」


 アイゼアは二人に軽く手を振って談話室を出る。窓から差し込む夕日の光はもうほとんどない。かなり時間が経ってしまったようだ。淡いオレンジ色の照明が照らす廊下を歩き、本部を後にした。



 仕事帰りの酔っ払い、慌ただしく働く店員、楽しそうに語らう人々。平穏な日常を街灯の明かりが柔らかく照らし出している。

 その間をすり抜け、閉店間際の花屋で買った花束を片手にアイゼアは墓地へと向かっていた。墓地へと続く人気のない道に石畳の上を歩く足音が一つだけ響く。


 日が沈むと少しだけ肌寒くなった。まだうっすらと明るい空に星が瞬く。夜に墓参りする者などおらず、墓地はひっそりと静まり返っている。申し訳程度に設置された街灯が、薄暗闇の中に墓石をほんのりと浮かび上がらせていた。


 アイゼアは墓地の中程にある墓碑の前で足を止めた。その墓碑には『ウィンスレット』の姓が刻まれている。


「父様、母様、ただいま戻りました」

 アイゼアは屈んで花束を供え、祈りを捧げる。

「今度は母様の好きな梔子(くちなし)の花を供えられるといいんだけど」

 生前、養母は梔子の花が好きだと言っていた。ガーデニア──アイゼア・ガーデニア。それがウィンスレットに姓が変わる前のアイゼアの姓だった。


 ガーデニアはの梔子別名だ。弱者に「口無し」と虐げられたことは数しれず、アイゼアは自分の旧姓が好きではなかった。だが、養母はその名前を聞いたとき「とても綺麗な名前ね」と微笑みかけてきたことをよく覚えている。


 生まれたときから貧民街で生きてきたアイゼアにとって、見知らぬ人から笑いかけてもらうという経験はないに等しかった。


 ウィンスレット家に迎え入れられた日は、ちょうど庭に咲いた梔子の花の甘い香りがしていたことを覚えている。カストルとポルッカが生まれた日も。そして二人が冷たくなって帰ってきた日も──思い出しかけて思考を止める。これ以上は……良くない。


「僕はまだ父様のような騎士には程遠いけど、父様と母様の分もカストルとポルッカが立派な大人になれるように手助けするよ。だから二人を見守っててほしい」

 いつも帰り際に必ず口にする言葉。その声が養父母へ届かないことはわかっている。二人の成長する姿を見ることができないのも、わかっている。アイゼアには二人を守ることくらいしか恩を返す術がない。


「また来ます」

 立ち上がり、街の方へと暗い道を引き返していく。屋敷ではカストルとポルッカがいつ帰るかもわからない自分を待っているだろう。


早く会いたい。

少しでも長く一緒にいたい。


 そう思うと自然と歩調が速くなった。ふと、前方に人の影が見える。その影はこちらへ近づいてきているようだ。


 この先には墓地しかないがこんな時間に墓参りとは珍しい。今まで夕方や夜に立ち寄ることが多々あったが自分以外の人が来ているのを見ることはほとんどなかった。珍しいこともあるものだと目を凝らすと、その影が女性であることが何となくわかる。


「騎士様……」


 その姿が視認できるか否かというところで、その人物から突然声をかけられた。やはり女性の声だった。周囲には誰もいない。騎士様、というのは自分のことで間違いないようだ。


「どうかしましたか?」

 穏やかに答え歩み寄るアイゼアの耳に、女性の甘やかな声が響く。少し話を聞いてほしいのだけど、と。

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