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境界線に立つ者たちへ──その『執念』は全てを覆す  作者: まな板のいわし
本編:未来を負う者たちと、過去を追う者
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041 五つの灯火に願いて【メリー視点】

 時刻はすでに深夜を過ぎ、日付が変わっている。待っていると言ってくれたらしいが、天灯流しの時間はとうに過ぎているらしく、すでに宿に戻っている可能性も高い。


 祭りの喧騒は嘘のように、辺りはすっかり静まり返っていた。池へ続く坂を、ランタン飾りの明かりを辿りながら登り、頂上の池へと着いた。

 人気のない池の近くに佇む、三人の人影が目に飛び込んでくる。本当に待っていると思わず、一瞬息が詰まった。


「やっと来た! んもぉー、おっそいのよ! 天灯流し終わっちゃたじゃないっ」

 少し離れたところからフィロメナの甲高い声が飛んでくる。


「おかえり、メリー」

「きっと来てくださると思って、待っておりましたよ」

 互いに歩み寄ると、アイゼアとエルヴェも声をかけてくれた。誰一人、これまでの態度を責めてくる者はいなかった。


「あの……ご迷惑をおかけしてすみませんでした」

 メリーは頭を深く下げて謝罪した。意を決して発した声は、緊張して少し上擦(うわず)る。その姿勢のまま、動けずにいた。


 許されないと思ったからではない。そもそも許してもらおうとは思っていない。自分の心に決着をつけるために、筋を通しただけに過ぎない。

 だが……自分の格を自分で貶めた自覚から、顔を上げるのが少し怖く感じられた。


「まったくよ。あんたが遅いからランタン流し損ねちゃったじゃない」

「えっ」

 思いもよらないフィロメナの言葉に思わず顔を上げる。謝罪したのはこれまでの態度の話で、天灯流しに遅れたことに対してではないのだが。


「あれ、違ったの?」


 フィロメナはわざとらしく首を傾げる。こちらが心苦しく思わないように、という配慮なのかもしれない。それにしてはわかりやすすぎるが、そんな不器用な優しさに胸の内側がじんわりと温かくなった。


 それでも、それに甘んじてはいけない。メリーは唾を飲み込むと改まって向き直る。それでも顔を見るのは少し躊躇(ためら)われ、視線が下がった。


「私は……みんなを騙してました」

 その言葉をどう受け取ったのかはわからない。誰も声を発することなく、次の言葉を待っているようだった。


「善意につけ込んで利用することばかり考えてたんです。ご迷惑をおかけしたこと、打算的に利用したこと、私の愚かさ、その全てを謝罪します」

 メリーは再度、深く頭を下げた。沈黙が流れる。頭を上げず、そのままの姿勢でただただじっと待つ。批判も罵詈雑言(ばりぞうごん)も覚悟の上だ。そんなメリーにかけられた言葉は、またしても意外なものだった。


「それで、メリーはこれからどうしたいんだい?」

 ゆっくりと顔を上げ、声の主であるアイゼアへと視線を向ける。


「君が今まで僕たちをどう見てたのかとか、申し訳なく思ってるってのはわかった。でもこれからどうしたいのか僕にはわからない。君の目的はお兄さんを助けることだってずっと言ってたけど、それはもう決着がついてしまったよね」


 アイゼアの声は決して責めているものではなく、穏やかでこちらを気遣うような温かさがあった。全員の視線がメリーへと集まる。これも話そうと決めてきたことだ。


「私はクランベルカ家の者として、身内の愚行を止める義務があります。簡単に言えば、ストーベルを殺さなくてはいけないんです。ミュール兄さんとフランも、このまま野放しでいいなんて言うと思えませんし」

「やっぱりそこは譲れないんだね」

「はい。ですが私の力ではこの体たらく……とてもストーベルを殺す力はありません。だから──


 それ以上先の言葉を口にするのが……怖くなる。また騙そうとしている、利用しようとしている、そう思われても仕方ない。ただ、怖いのはそこではなく、自分の弱さまで認めてしまうような気がしたからだ。

 固く拳を結び、大きく息を吸って、ゆっくりと吐いた。まだ唇は震える。


──助けてください」


 それでも精一杯言葉にした。やはり声は震えていた。そこからは(せき)を切ったように言葉が溢れてくる。


「私だけじゃダメでした。ミュール兄さんに殺されそうになって……でもみんなが助けてくれたから止められたんです。きっとまた私一人で突っ込んでも今度こそ殺されるだけ」

 ミュールの魔晶石を砕いた瞬間を思い出し固く目を閉じた。これ以上ストーベルの好きなようにさせたくない、強くそう思いながら。


「つまり身内としてストーベルの野望を阻止し、復讐を果たしたい。でも一人では無理だから助けてほしいってことかな?」

 アイゼアの言葉にメリーは否定の意を込めて首を横に振る。


「半分合ってて、半分違います。誰かのためじゃなく、自分のために戦うんです」

「自分のため……どういうことかしら?」

「私は自由に生きてみたい。ストーベルを殺して自分の未来を勝ち取りたいんです!」


 かつてミュールが言っていた。自由に生きてみたかった、と。

 自由に生きることがどういうことか、メリーの中ではまだ漠然としている。だがこの手でストーベルの支配を、呪縛を断ち切りたい。その思いだけは強く胸の内にある。メリーの必死の訴えを四人は真剣な眼差しで聞いてくれていた。


「ストーベルの生きてる世界に私の自由なんてないんです。この先の未来を生きていくためにお願いします。どうか私を……助けて──」

「当然よ!」

 そう言い終わるよりも早く、フィロメナが両手でメリーの右手を掴む。


「他の誰が何と言っても、あたしだけはあんたに協力するわ……必ず!」

 そのあまりの勢いの良さに、メリーは気圧される。


「即答……脊髄(せきずい)反射か? お前また良いように使われるだけとか少しは考えないのか?」

 スイウはわざとらしくフィロメナを試すように嫌味を言うが、フィロメナはそんなもの痛くも痒くもないといった様子で不敵に口角を上げる。


「愚問ね。誇り高き天族を何だと思ってるのよ。助けを求める声に応えるのは当然のことじゃないかしら? 馬鹿だって言われても、あたしはあたしの正しいと思う道を貫くだけよ」

 片手を腰に当て、片方はメリーの右手を握ったまま、堂々とそそり立つフィロメナはこの上なく頼もしく見えた。その潔さが羨ましく、眩しく、どこまでも純粋だった。


 フィロメナはよく泣く。だから一見(もろ)いように見えるが、本当のところは強い。自分が傷ついても相手を許し、思いやりを向けられることは簡単ではない。仮に天族の気質がそうさせてるのだとしてもだ。


 スイウは嘆息しながら、「コイツの馬鹿は消滅しても治らんな……」と呟いた。


「あの、私の力でもお役に立てるのであれば、微力ながら協力させてください」

 エルヴェが柔らかく微笑むと、メリーの左手をそっと優しく包む。まさか協力させてください、なんて言われるとは。こちらがお願いする立場だというのに。


「僕もストーベルは野放しにできないし、一緒に旅してきた仲間に助けてって言われたら、助けなくちゃって思うよね。騎士としても、一個人としても」

 アイゼアも穏やかな表情で、メリーの両手に片方ずつ手を重ねる。三人の温もりが両手から伝わり、その寛大さと優しさが全身を巡っていくようだった。


「つくづくお人好しだな、お前ら」

「あははっ、スイウに褒められたよ」

「は? 阿呆か。貶してんだよ。そもそも何なんだ、この訳わからん光景は」

 三人の手に包まれているこの両手のことを言っているらしい。


「スイウ様もお手をどうぞ」

「やらん」

 心底嫌そうに、ギュッとスイウの眉間にシワが寄った。その様子にアイゼアとフィロメナが笑う。


 久しぶりの感覚だった。慣れた日常になりつつあった光景が帰ってきた。いや、憎しみばかりに囚われてその日常を見失っていただけなのだろう。やっと少しだけ、笑えるような気がした。


「メリー様、スイウ様。二人の分の天灯も貰ってきてるんです。良かったら、一緒に上げませんか」

「そうだったわ。早くやりましょ!」

 エルヴェはメリーとスイウにそれぞれ一つずつ、白く薄い紙の袋でできたランタンを手渡してきた。


「メリー、ここに火をつけてよ」

 アイゼアに促され、五つのランタンに魔力で火を灯す。池の前に並びその時を待った。熱せられた空気が紙袋の中に溜まり、やがてふわりと空へと昇り始める。すっかり黒に塗り潰された空に、柔らかな橙の灯火が五つ浮かんで小さくなっていく。


「みんなが飛ばしてたときはもっといっぱいで、すっごく綺麗だったのに〜」

 フィロメナは少し残念そうに口を尖らせる。少し物寂しいような幻想的な光景。真っ直ぐに昇るその光をメリーは目に焼き付けた。


 自分自身も、闇夜を照らすあの美しい灯火のようになりたい。どんな暗闇も、強く輝きながら突き進めるように。そう、願いながら──

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