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境界線に立つ者たちへ──その『執念』は全てを覆す  作者: まな板のいわし
本編:未来を負う者たちと、過去を追う者
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039 慟哭【スイウ視点】

 予定通り次の日の早朝に、ネレスから首都サントルーサに向けて出発した。地図を見せてもらったが、ネレスからサントルーサはかなり距離がある。街を経由しながら野営を挟みつつ進むしかない。



 今日はすでにネレスを発って五日が経っていた。ここまでの道程は数回魔物に襲撃された程度で順調に進んでいる。それでも通常よりも多い頻度での遭遇らしい。


 スイウは杏を乾かしたものをかじりながら、茜に染まり始めた空をぼんやりと眺めていた。


 魔族は生命維持に食を必要とせず食欲もないが、どういうわけかこの果物を乾かした保存食はとても美味しく感じるから不思議で仕方ない。しかも手軽で簡単かつ、手で食べられるところが完璧だ。


「スイウ。ドライフルーツは保存食の中でも高価だから、むしゃむしゃ食べないように」

「はいはい」

 アイゼアの小言をあしらいながら、これが最後の一つと決めて口の中に放り込んだ。


 スイウは横目でメリーの様子を伺う。メリーは手に持ったミュールの魂──赤い魔晶石をただひたすら考え込むように見つめ続けている。口数は圧倒的に減り、最低限の返事しかしない。騎士団宿舎での一件からずっとこんな感じだ。


 あれから精霊降ろしの話はしていない。一人悩み続けるメリーの心は限界寸前だろう。あの魔晶石を砕いた瞬間にメリーの心も壊れてしまったのではないかと思うほどだ。


 良い方向へと向かっていると思っていたが、また人と人ならざる者の境界線へと帰ってきてしまった。精霊降ろしは間違いなく人ならざる者の領域へ落ちる鍵だ。一歩踏み出せば最後、二度と人の領域へは戻れない。その扉の鍵の半分はスイウが握っている。


 何とかしたい思いと何もできない現実の狭間でメリーはもがき苦しんでいる。全てを飲み込んで、バケモノになり果ててでも成し遂げたいと望むのなら、やはりそのときは──


 森の木々の隙間から傾きかけた夕日が覗き、柔らかな茜色が荷馬車内に差し込む。今日目指しているリブニークの街はあと少しだ。



* * *



 夕日が沈みかけた頃、スイウたちはリブニークに到着した。リブニークは森が近く、小さな池や湖が周辺に点在している。街の中にも大きな池が一つあるらしい。宿を確保してから、明日の準備を整えるために街へ出てきたのは良いのだが……


「わぁー! 綺麗なランタンね!」

「そういえばリブニークのランタン祭の季節か」

 建物にはたくさんの美しいランタンが吊り下げられており、夕闇に染まる街を温かく幻想的に照らしている。祭りらしく出店も出ているようだ。


 手を繋いだ親子、笑顔で声を張る出店の商人、友人同士ではしゃぐ少年少女。幸せそうに祭りを楽しむ人々とすれ違い、その明るい声が耳をくすぐる。


「ランタン祭とはどのようなお祭りなのでしょうか?」

 エルヴェが興味深そうにランタンを眺めながらアイゼアに尋ねる。その目は小さな期待に輝いている。


「一年の感謝とこれから一年の祈りを精霊に捧げる祭りだよ。ランタン飾りは七日間、出店が出る三日間は日付が変わる頃に天灯流しをするんだけど、これがまたすごく綺麗でね」

「天灯流しってどんなのかしら? すっごく見てみたいわ!」

「天灯流しは見るだけじゃなくて参加もできるけど……してみるかい?」

「やる! やるやる!」

「私も是非参加してみたいのですが……」


 アイゼアの説明にフィロメナとエルヴェが食いつく。子供っぽく好奇心旺盛なフィロメナらしいといえばフィロメナらしいが、エルヴェも興味を示しているのは、やはり少し珍しくも感じた。


 メリーの様子が気になり振り返ると、心ここにあらずといった様子で賑わう人々の往来を食い入るように見つめていた。祭りの風景には似つかわしくないほど呆然としていて、絶望に満ちた顔だった。


「メリー」

 スイウが名前を呼ぶと、メリーはハッと我に返る。一瞬だけ目が合ったが、ばつの悪そうな表情のまま下を向き、来た道を走って引き返していってしまった。


「おいっ」

 スイウの声も届かず、あっという間に往来に(まぎ)れてしまう。


「息抜きにでもなればと思ったけど、さすがにメリーには逆効果だったね。わかってはいたんだけど」

「ごめんなさい。あたし……静かにしてなくちゃって思ってたのに」

「それは私も同罪です」

 それまで楽しそうにしていたフィロメナとエルヴェは、目に見えて落ち込んでしまっている。


「いや、たぶん話は聞いてなかったと思うが……ただ、この風景は今のメリーには毒だな」

 自分は兄妹と普通に暮らすこともできないのに、ここにはそれが当たり前の人で(あふ)れかえっている。今のメリーには受け入れ難い光景だろう。


「まぁ、そうだよね。軽率だったな……」

 アイゼアまで表情が曇り、スイウはそれを少し気の毒に感じた。


「だがアイゼアは……フィロメナとエルヴェには必要だって思ったんだろ? 息抜きが」

 アイゼアはこちらを驚いたように目を(しばたた)かせながら凝視する。メリーに合わせれば全体の雰囲気は沈む。気分の低迷は行動にも支障が出ることくらい、メリーも頭では理解しているだろう。


 だが他人に合わせられるほどの余裕は今のメリーにはない。メリーはやはり「人」なのだ。少しズレたところもあるが、本当に普通の感性も持ち合わせている「人」なのだ。


 兄妹を突然殺され、ミュールに関しては殺し合いを強いられたと言っても良い。あんな思いをすれば、さすがの天族や魔族ですら怒りや憎しみのようなものは抱く。


 そんなメリーを始め、全体に気を配り続けていたアイゼアは辛い立場だっただろう。聡く、自分を律することに長けている分、自身の負の感情は圧し殺して努めて明るく振る舞う。そう簡単にできるものではない。


「メリーは俺が何とかする。お前らはのんびり祭りでも楽しんでくればいい」

 スイウはメリーが消えていった方向へと(きびす)を返し、走り出す。

「スイウ!」

 アイゼアの呼び声が聞こえても、足は止めない。


「天灯流しの池で待ってる。僕たちは二人を待ってるから」

 喧騒にかき消されそうになるその声をスイウの耳はしっかりと拾う。その言葉に含まれた真意をスイウは汲み取り、片手を上げて応えた。



* * *



 街外れの森の中。小さな池の畔にメリーの背中を見つけた。さわさわと風が優しく木々を揺らす音だけが辺りを包み、空に浮かんだ月が池の水面に映ってゆらゆらと揺らめいている。

 少し癖のある薄紅色の髪がふわりと揺れる。夜の闇に溶けて消えてしまうのではないかと思うほどに虚ろで儚げな印象を抱いた。


 気配を消すこともなくスイウはメリーの隣に立つ。しばらくの沈黙の後、先に口を開いたのはメリーの方だった。


「何しに来たんですか? 私のことは放っておいてください。今は一人になりたいんです」

 冷たく、抑揚(よくよう)のない声がスイウの存在を拒絶する。


「契約してる俺からしたら、自ら命を絶たれるなんて冗談じゃないだろ?」

 冗談とも本気ともとれる声色でそう言うと、メリーは自嘲的な笑みを浮かべる。


「まさか……まだ私は死ぬつもりありませんよ」

「ストーベルを殺すまでは、か?」

「……」

「でもお前、もう限界だろ」

 メリーはピクリと反応し、ギッと音がしそうなほど勢いで憎悪の眼差しを向けてきた。


「限界? そんなわけないですよね? ストーベルを殺すまでは限界なんてあって良いはずがない……まだ何もかも足りてないのにっ」

 言葉と語気の鋭さとは裏腹に、握りしめた拳は弱々しく震えている。

「精霊降ろし、応えてくれないんですか?」

 メリーは今にも泣き出しそうな顔になり、スイウを見つめる。たがスイウの返事は変わらない。


「俺が言ったことは理解したのか?」

 その問いにメリーは首を横に振った。


「どうしてっ……私がどうなろうがスイウさんには関係ないじゃないですかっ!!」

 メリーがスイウの腕に掴みかかり、勢いに押されて数歩後退する。確かにメリーの言う通り、メリー自身が死ぬ以外はスイウには関係のない話だ。むしろ自分の都合だけを考えるなら、精霊降ろしは悪い話ではない。


 だがその要請に二つ返事で応えてはいけないような予感があった。精霊降ろしをしたとして、その後で最も後悔するのはメリー自身だ。今はただ自暴自棄になっているだけで、きちんと考えれば思い留まるとスイウは考えている。


 メリーは涙を目に(たた)えていた。それはやがて決壊し、大きな一粒が頬を伝う。その涙に、どこかホッとしている自分がいることに少し戸惑った。悲しみの涙のはずなのに「よかった」となぜ安堵しているのか、自分でもわからなかった。


「……私はただ静かに二人と暮らしたかっただけなのにっ」

 涙声でメリーは吐き出す。苦しみが澱んで、溢れて、胸の奥に飲み込みきれなくなったように。


「人として人生を歩んで、人として最期を迎えたいと思うのは罪ですか? 一緒にご飯を食べて談笑して、そんな当たり前を夢見ることは罪ですか……?」

 涙で潤んだ瞳にスイウの姿が映る。何度も頬を伝う涙は、月の光を受けて煌めいていた。

 するりと掴まれていた手が離れ、メリーは力なくその場にへたりこむ。そんなメリーを静かに見下ろしていた。


「罪なわけないだろ」

 平穏な生活を望むことが罪なわけがない。それを幸福なことだと知らずに享受(きょうじゅ)している者もいるというのに。


 スイウはメリーの目の前までゆっくりと寄ると、同じように膝をついてしゃがんだ。そっと両腕をメリーの背中へとまわし、少しだけこちらへ引き寄せる。驚いたようなメリーの瞳が一瞬だけ見えた。


 その小さな背からじんわりとスイウの腕へ温もりが伝わる。

──苦しいとき兄妹の温もりが支えになっていた。そうメリーが話していたことを思い出し、同じようにしてみた。メリーの中で消えかけている兄妹の存在を、少しでもここに呼び戻せるように。


 幼子をあやすようにゆっくり背中をさすると、こらえきれなくなった嗚咽(おえつ)が漏れる。やがてそれは慟哭(どうこく)へと変わり、夜の池に虚しく響いた。


「フラン、ミュール兄さん……会いたいよ……」

 上擦る涙声。メリーの手がスイウの羽織を強く握りしめ、子供のように泣きじゃくる。二人の命を背負い、平気な顔して振る舞っていても、本当はこんなにも(もろ)くて弱い。


 背中へ回した腕に、無意識に力がこもった。どんな道を進もうと目的を果たす最後のときまで共にある。交わした約束は必ず守る。その涙と震えが止まるまで、ただただ寄り添い続けた。

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