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境界線に立つ者たちへ──その『執念』は全てを覆す  作者: まな板のいわし
本編:未来を負う者たちと、過去を追う者
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037 空を掴む手は【メリー視点】

 もう何度立ち上がり、何度弾き飛ばされたのだろう。地面に叩きつけられながら何度も転がった。


 魔力が尽きたのかわからないが、フィロメナの魔力から生成される膜のような障壁はいつの間にか消えていた。フィロメナはガラスの中でぐったりとしているが、僅かに上下する肩から死んでいないのは確かだった。


 何度試みても魔晶石を破壊するために放った攻撃は届かない。感覚のない右手。左手に杖を握り、それを支えにふらつく足で立ち上がる。見える部分だけでも相当焼け(ただ)れている。もう立ち上がることだけでも精一杯だった。


「ミュー……ル、兄さん……」


 熱風で焼け付くように痛んだ喉。掠れた声で必死に名前を呼んだ。吸い込んだ空気に(むせ)ると喉の奥から少量の血を吐いた。

 よたよたと歩み寄るメリーを、ミュールの炎が容赦なく襲いかかる。残り少ない魔力を絞り出して障壁を作り出し、炎から身を守った。


 蓄積した魔力負荷の飽和が近いのか、体が内側から千切れ飛びそうだ。焼け死ぬのが先か、解離が先か。メリーに残された時間はあと僅かだった。


「良いデータが取れた。さぁミュール、愛する妹の息の根を止めてやれ。死に損ないへの最期の慈悲だ」


 今までにない程の熱量がメリーへと迫る。もう自分に残された魔力では、これを防ぎきることはできないと悟る。ただ静かに跡形もなく焼き尽くされるのを待つだけなのか。膝が震えて動けず、目の前がゆっくりと赤く染まっていく。


「ミュール兄さん、フラン、ごめんなさい。私……何もできなかった」


 それが言葉となっていたかはわからない。いろんな思いが渦巻いた。

悔しい、苦しい、悲しい、憎い。


……憎い。


憎い。憎い。憎い。

自分の弱さが。

現実の理不尽さが。

神のような顔して、命を(もてあそ)ぶストーベルが。


 体はとうに動くことをやめても、心の中に(くすぶ)る憎悪の炎だけは消えなかった。


お願い、ミュール兄さんを救う力をください。

お願い、フランの最期の願いを叶える力をください。

お願い、ストーベルを殺せるだけの力をください。

お願い……どうか……


 赤く燃える炎を見つめ、願うことしかできない自分が許せない。このままで良いのか。


──良いわけがない。


 諦めたくない。最期まで抗ってみせる。諦めなければ勝機が生まれるかもしれない。


 虚ろだったメリーの目に光が戻る。辛うじて動く左手を前方へ向ける。力を込めても込めても、やはり障壁は展開しない。


「お願い……!!」

 障壁は出ては消えを繰り返すばかりだ。視界の全てが赤く塗り潰される。終わった、そう思った瞬間世界が一変した。


 赤い世界から脱出し、無機質な冷たい色の床と自分が元いた場所が燃え盛っているのが見えた。知っている人の匂いに少しだけ安心感を覚える。スイウの匂いだ。


「お前と心中なんて冗談じゃない。この阿呆が」

「……すみません」


 ヒュウと喉が鳴り、掠れた声で言葉を絞り出した。


「一人で勝手に突っ走りやがって」

 苛立ちと優しさの入り混じった罵倒がメリーの耳へと届く。地面へ降り立ち、メリーは杖とスイウを支えに何とか立つ。


 よく見ればスイウもボロボロで、傷は治りきっていない。こちらの魔力が枯渇(こかつ)しかけているのだから無理もない。供給が減り、こうして動いていることもしんどいはずだ。


「おかしいな。通路は封鎖しておくように命じてあってはずなのだが。まぁ良い。両方殺してやろう」

「アイツ何なんだ?」

「あれが、ごほっ……ストーベルです。幻影なので殺せません」


 ゆらりとミュールがこちらへと向きを変えた。バタバタとした足音と共に部屋の中へ誰かが入ってくる。見知った銀髪に騎士の制服、アイゼアと数人の騎士たちだった。彼らも深い傷を何ヶ所も負っている。アイゼアと視線が合うと、その表情が不安げに歪む。


「スイウ、それはその……大丈夫なのかい?」

「あまり大丈夫じゃない。ストーベル……あの男は幻影らしい。あっちの魔物を倒せ」

「ストーベル……あれが……とにかくわかった」


 アイゼアから不安の色が消え、強い決意の眼差しで頷く。


「雑魚がわらわらと集まったところで何になるというのだ。殺れ、ミュール」

「え……」

 ミュールの体から、騎士たちを焼き尽くすように炎が放たれる。騎士たちは皆ギリギリのところで回避した。


「ミュールって、メリーのお兄さんの名前じゃないか。これはどういう……」

 アイゼアが明らかに狼狽(うろた)える。それをストーベルは決して見逃さない。人の弱さにつけ込むのは常套(じょうとう)手段だ。ストーベルの前では、人の心は弱さにしかならない。


「騎士殿も知っての通り、メリーの敬愛する兄……ミュールだ」

 ストーベルが、面白がるように狡猾な笑みを浮かべる。アイゼアは目を見開き、ミュールを見て、次にメリーを見た。

 ギュッと眉間にシワを寄せ、見るに耐えないといった様子で目を背ける。火傷を負っている姿を見て、今までミュールと殺し合いをしていたことを悟ったのだろう。


 アイゼアの目には明らかな迷いがあった。それは部下の騎士たちにも波及(はきゅう)する。ストーベルの視線は、騎士たちへと注がれていた。


 関係のないアイゼアがどうしてそんな顔をする必要がある。そんなふうに人の心を剥き出しにしていれば、弱みにつけ込まれるだけなのに。


 ストーベルの嘲笑は、メリーの中で燻る憎しみの炎を燃え上がらせるのには十分過ぎた。頭に血が登っていく。終わらせなくては。これ以上犠牲が出る前に。たとえ刺し違えになったとしても──


「メリー、動くな。お前はもう……」

「死んだらすみません、スイウさん」

「お前、また一人でっ」

 スイウの静止を振り切り、騎士の前へと躍り出る。怒りで痛みが麻痺(まひ)したのか、右手以外はまだ動いてくれる。自分でもどこにそんな力が残っていたのか不思議なくらいだった。


「メリー!?」

 アイゼアの驚愕する声が背後から聞こえる。騎士を狙って放たれた炎を、もう自分の体のどこから出しているのかもわからない障壁で打ち払い、すぐにミュールへ向かって駆ける。


「私は間に合わなかったっ。その責任は全て私が引き受ける……ミュール兄さんにこれ以上、人を殺させたりしない……!」


 ()えるように、自身を奮い立たせるために叫んだ。今度こそ魔晶石を破壊する。杖を虚空へ返し、水術を込めた試験管の、最後の一本を左手に握りしめた。


 泣き言を言っている場合ではない。これが自分ができる最後の賭けだ。水術の試験管は何度か試みたが、ギリギリで届かなかった。だが今回こそは必ず、必ず成功させる。


 降りかかる炎を左へ(かわ)し、メリーは重症を負っているとは思えないほどの速さで駆け抜ける。


「メリー……行ってはダメだっ」

 アイゼアの悲痛な叫びを後ろに置きざりにし、ミュールに近づけるギリギリまで近づく。前より近く。もっと近く。試験管の栓を口で開け、投げつけた。


 ミュールに当たった瞬間水術が発動し、その体の炎の勢いが弱まる。杖を虚空から呼び出しながら跳ぶ。重力に任せて心臓部にある魔晶石へ突き立てた。それでも反発する力は衰えることなく拒む。水術で弱めた炎もすぐに勢いを取り戻し始める。


 自分の焼ける臭いがした。何かを叫んでいた。僅かに届かない杖の切っ先は少しずつ魔晶石から離れていく。


今度こそ……これが最後なのに……

お願い、届いて──


 その願いも虚しく杖は吹っ飛ぶ。間もなくメリー自身も吹き飛んだ。どうにも体が重くて、自由に動かない。次に地面に落ちたとき、果たして自分は動けるのだろうか。

 投げ出された体は落下を始める。だが痛みを感じることはなかった。痛覚が麻痺しているからだろうか。


「闇雲に突っ込んでもダメだ。君は死ぬ気か!!」

 アイゼアが落ちていくメリーを受け止めていた。表情や声から怒っているのがわかる。アイゼアが声を荒げて叱責する声を、メリーは初めて聞いた。


 悠長に会話を交わす暇などない。まだ自分は生きている。試験管がなくなっても、諦めるわけにはいかない。この命が燃え尽きるまでは。離れたところに落ちた杖を拾うため、アイゼアを押し返しすぐに体を起こす。


「メリー、君はそんなになってまで、まだ立ち上がるのか……」

「わた、しは……ミュール……兄、さんを、止めるまで、死ね……ないっ」


 自分の言葉が、何より自分を奮い立たせる。感覚を失いかけた両足で、蹌踉(よろ)めきながら杖を取りに歩く。触れていなければ杖を虚空へ返すこともできない。

 もう少しで杖を拾える寸前、ミュールの放つ火球に杖が飛ばされていった。


「メリー、冥土の土産に良いものを見せてやろう。己の無力さと愚かさをその目に焼き付けていくといい」

 ストーベルは狂気に満ちた笑みを浮かべ、くつくつとメリーを嘲笑う。同時にミュールがメリー以外の人間を攻撃し始める。


 魔力の読めない者たちはその攻撃に翻弄(ほんろう)され、炎に苦戦する。このまま蹂躙(じゅうりん)されていく様をただ眺めているしかできないのか。

 この手は届かない。伸ばしても伸ばしてもこの手は届かない。大切なものは全てこの両手をすり抜けていく。


また届かないのか。

どうしてこの手は何も守れない。


 ギリリと噛み締めた奥歯が音を立てる。

「おい、諦めたのか」

 上からスイウの声が降ってくる。

「兄を助けるのがお前の目的だろ。簡単に諦めて良いのか」

 余裕ぶっているが、スイウの呼吸は荒く浅い。


「諦めるつもりなんてない……でも私の力ではどうしても届いてくれないんです」

 悔しいがそれが現実だった。何度あがいてももがいても及ばない。


「阿呆か。俺たちを使え。一人で勝手に突っ込んで死ぬな」

 スイウから杖を受け取る。スイウは左手に刀を持ったまま、メリーを背中に背負った。


「アイゼアたちが道を拓く。俺があの石まで届くようにこじ開ける。お前は俺を踏み台にして破壊しろ。何度もできるもんじゃない。必ず、一発で決めろ」


 メリーを背負ったスイウが、アイゼアの元へと駆け寄っていく。重怠い体が、スイウの背中へと沈んでいくようだった。油断すれば手放しそうになる意識を何とか繋ぎ止める。


「アイゼア、お前の作戦に乗る。やるぞ」

「任せてくれ。メリー、君とお兄さんのために僕たちは盾になるよ」

 アイゼアのふてぶてしい笑みに勇気が湧いた。騎士たちも強く(うなず)く。全員が傷だらけだった。それを見た途端、なぜか、ギュッと胸の奥が押し潰されるような息苦しい感覚を覚えた。


「総員、突撃!!」

 アイゼアの号令と共にミュールへ向かって走り出す。放たれた炎をアイゼアと騎士全員の魔装備を最大出力で結集して弾いていく。

 弱い魔力も寄り集まれば強い魔術に対抗できることがある。一直線に距離を縮め、ギリギリまで肉薄する。


「スイウ!」

 アイゼアの声と共にスイウがメリーを背負ったまま跳躍し、冷気をまとった刀を魔晶石めがけて突き立てる。炎と冷気がぶつかり合い、少しずつゆっくりと刃先が魔晶石へと近づいていく。

 一瞬の水術と違い、継続して冷気を扱えるスイウだからこそ成せる技だった。あとは自分の魔力が尽きないことを祈るだけだ。


「俺が合図する。それまでは熱風が当たらないように隠れてろっ」

 スイウの指示に従い、背中に隠れる。熱気は伝わってくるが直撃を受けているときとは比べ物にならないほど、体は楽だ。


「これ以上は無理か……メリー! やれっ!!」

 その声と共に杖を握る左手に力を込める。ギリギリまで粘ってくれたおかげですんなりと魔晶石の寸前まで切っ先が届いた。スイウの肩に足をかけ、蹴り飛ばすように踏み込んだ。スイウの気配が一気に後方へ遠退(とおの)いていく。


「届けえぇぇぇぇっっ!!」


 全ての力を総動員し、魔力をまとわせた杖を捩じ込む。切っ先が魔晶石に触れた。そこを起点にゆっくりとヒビ割れていき、固い音と共に魔晶石は砕ける。

 同時に魔晶石にまとわりついていた炎が跡形もなく消えていく。メリーと魔晶石はそのまま地面へと落ちた。


 体に衝撃と鈍い痛みが走った。だが、そんなことはどうだっていい。メリーは視線を動かし、砕けて散らばった魔晶石を探す。手の届く距離にある赤く輝く破片の一つに手を伸ばす。握りしめた手に冷たい石の感触が伝わってきた。


「ミュール兄さん、フラン……ごめん……ごめんなさい」


 結局こんなことしかできない自分の無力さが悔しくて悔しくてたまらない。悲しみとも悔しさとも怒りとも判断のつかない感情に、心が砕かれていくようだった。その痛みに、たまらず体を抱え込むように(うずくま)る。


「ミュール、手をかけてやってもこの程度とは……良い出来だと思ったのだが勘違いだったようだな。役立たずは所詮役立たずということが証明されただけか。仕方ない、このデータと研究結果は次に活かすとしよう」


 どこまでも神経を逆撫でる声が、まだ終わったわけではないことを思い出させる。ストーベル。殺さなくてはならない者の名。


 怒りと憎しみと激しい殺意が腹の奥底から迫り上がる。魔晶石になったミュールの欠片を固く握りしめ、蹲っていた体を起こしストーベルを睨んだ。


──殺してやる、殺してやる……!


 腹の奥底よりずっと奥の方から迫り上がる叫びが咆哮(ほうこう)となって喉から溢れ出す。


「メリー、メラングラムの研究所でお前が何をやったのか覚えているか?」

 忘れるはずもない。ミュールを探して忍び込み、最終的に爆破した。中にいた人は残らず死んだはずだ。


「だから私も同じように意趣返ししようと思っていてな」

 そう言って幻影のストーベルは何かのスイッチを取り出して見せる。それがこの研究所を爆破するためのものだということは、ストーベルの言葉からすぐに理解した。


 逃げ出すような時間はもう残されていない。あのスイッチが押された瞬間に全てが爆破されてしまうのだから。

 こんなところで死ねない。死ぬわけにはいかないのに。ストーベルをこの手で殺してやるまでは。悔しさに震えながら焦燥と殺意が胸の内に渦巻く。


「研究所を失うより、生かしておく方が後々面倒だ。お前のような存在を単なる消し炭にしてしまうのは口惜しいが……仕方あるまい。その詰めの甘さを地獄で後悔するといい」

 そう言い切ると、ストーベルは躊躇(ためら)いもなくスイッチに指を掛け──押した。

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