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境界線に立つ者たちへ──その『執念』は全てを覆す  作者: まな板のいわし
本編:未来を負う者たちと、過去を追う者
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034 民の盾【アイゼア視点】

「こっちが来るのはわかってるから見張りが多い。単純に忍び込むだけってのはやっぱり厳しいな」


 ネレスへ到着して早々研究所へと偵察に行っていたスイウが戻ってきた。報告からわかる通り、やはり厳重に警戒しているらしい。敵の襲撃を振りきったアイゼアたちは騎士団屯所(とんしょ)で顔を突き合わせていた。


 フィロメナが連れ去られ一刻を争うのは重々承知だった。だが、そこにフィロメナがいる確証はない。


 そもそも無計画に戦力も未知数な相手へ、正面から喧嘩を売りに行くほどの突破力もさすがにない。物量の話なら騎士団に頼るのが最も手っ取り早いが、アイゼアは隊を自由に動かす権限までは持っていなかった。


 元々遂行されている任務に随伴(ずいはん)する際は、それなりに指示や意見を出す権限はあるが、それに従うかの最終決定権はその隊の隊長に委ねられている。


 あくまでその場にいる隊長に許された範囲でしか自由に指示ができないのだ。民間人の拉致と襲撃の容疑という名目で何とか人員を工面してもらったが、フラフィスで協力要請したときと同様に一分隊だけだった。


 それは当然の判断でもあった。街を襲撃される可能性は捨てきれず、防衛に人数を割かなければならない。街の人々の命と民間人一人の命を天秤にかければ、一人の命はあまりにも軽い。


 魔物を操っていることもキメラの件も本部へ報告しているとはいえ、それらをクランベルカ家と結びつける物証があるわけではなかった。


 証拠の一部としてスイウやフィロメナの存在、グリモワールのことを軽率に電報で報告するわけにもいかない。万が一(うわさ)が広がれば、取り返しのつかない自体を招きかねないのだ。


 この短時間で思い切ってくれた隊長や口添えしておいてくれたウィル、死地と知りながら志願してくれた騎士たちには感謝しかない。


「アイゼア隊長、皆準備が整いました。これより我らはアイゼア隊長の指揮下で作戦を遂行します」

「協力感謝する。よろしく頼んだよ」

「はっ」

 シュド分隊長を含む八人は、アイゼアに向かって敬礼をする。引き締まった険しい表情から少し緊張しているのが見て取れる。


 当然だ。(おとり)を引き受け、時間稼ぎの消耗戦。これからアイゼアたちが行う作戦は、相手の対応次第では死人が出てもおかしくないものだ。


 アイゼアと分隊が正面から訪問、もしくは応戦し、敵を引きつけているうちに三人に研究所へ潜り込んでもらう算段になっている。

 四人で正面突破は無謀。だが囮もなしに忍び込むのも厳しい。四人を二組に分けるのも得策ではない。この作戦は身を削るような苦肉の策だ。


「作戦は説明した通り、この隊が囮、君たち三人が救出。できるだけ迅速に頼むよ」

 勿論全力は出す。それでもこの少人数では限界があることを誰もが理解していた。


「そうできりゃ良いんだけどな」

「じゃあ、私たちは予定通り先に行って待機してます」

 スイウはそのまま、メリーは騎士たちへ軽く頭を下げて扉へ向かう。


「皆様のご武運を祈っております」

 先程の様子を見て真似たのか、エルヴェは敬礼を騎士たちへ向ける。


「……あなたもご武運を」

 シュド分隊長が感慨深そうに表情を和らげながら敬礼を返すと、それに倣って騎士全員がエルヴェへと敬礼をした。


 エルヴェはまだ子供だ。危険な作戦に参加する仲間として武運を祈ってくれる真っ直ぐな少年の敬礼は、少なからず心に響くものがあったに違いない。


 二人を急いで追いかけていくエルヴェの背中が扉の向こうへ消えるまで、その敬礼は続いた。間違いなく士気が高まったことに、アイゼアは心の中で感謝した。



* * *



 懐中時計の針がカチカチと規則正しいリズムを刻む。作戦決行時刻が近づいてくる。

 ネレスの街から研究所へ続く道の手前で立ち止まると、騎士たちも歩みを止めた。アイゼアは作戦に参加してくれる八人の目を一人ずつ見つめ、口を開く。


「聞いてくれ。今回の作戦の主目的は囮かもしれない。だが僕はここを突破して、この団体の真実を暴きたいと思っている。この戦いは時間稼ぎでも消耗戦でもない、国民の平和を守るための戦いだと心得てほしい」


 笑みを消し、強く、ハッキリと言い切った。騎士たちの目にも強く決意に満ちた輝きが宿る。彼らにも守りたいものがあるのだろう。その志の高さが伝わってきた。彼らは決して時間稼ぎのための消耗品などではない。


「くれぐれも命は大切にしてくれ」

 騎士たちは強く(うなず)いた。勝利を収め、皆揃って帰還させる。それが隊長たるアイゼアの役目だ。無論、そんな甘いものではないことは重々承知の上で。

 アイゼアは自身の得物である魔装槍(まそうやり)に魔晶石を取り付け、再び歩き出した。



* * *



 研究所の正門に見張りが二人立っているのが見える。体格からして二人共男性だ。


「その服装、王国騎士の方々ですね。訪問の予定はなかったように思いますが、何かありましたか?」

 見張りが一歩前に出ると、丁寧な物腰で対応してくる。


「この研究所の者が民間人を一名拉致したとの通報を受けている。内部を(あらた)めさせてもらうので通してほしい」

「そのような話が? 承知いたしました。私共では判断しかねますので、しばらくここでお待ち下さい」


 男性は研究所内へ入っていくと、しばらくしてもう一人男性を連れて戻ってきた。


「どうぞお入り下さい」


 男性は(うやうや)しく頭を下げ、奥へと通される。想定していたよりすんなりと事が運んでいるが、一筋縄でいくはずもない。アイゼアは見張りを担当していた男性の目に、強い殺意が宿っているのを見逃さなかった。


「研究所内は私がご案内します」

 後から連れられてきた男性は案内のために来たらしい。


「申し訳ないが案内は結構だ。こちらで自由に調べさせてもらう」

 アイゼアがその申し出を断ると、案内役の男性の顔が僅かに引きつる。それでも殺意を隠しきれてない見張りの男性よりは優秀そうだ。


 案内役の男性が扉に手をかけ、僅かに開いたその隙間を見た瞬間、ゾクリと背筋を駆け上がるような悪寒が走る。ほぼ反射的に近くにいた騎士を突き飛ばし、声を張り上げた。


「扉の前から離れろっ」

 自身も扉の正面から離れた直後、開ききった扉からまるで竜が火を吐いたかのような光線が放たれる。それは熱量を持ち、チリチリと刺すような痛みを肌に感じた。


「攻撃行動を確認、全員戦闘態勢へと移行っ」


 研究所内から出てきたクランベルカ家の構成員たちと騎士たちが戦闘を開始する。アイゼアは槍で近くの敵へ攻撃を仕掛ける。やはり魔術士というものの性質のせいか接近戦が苦手な傾向が強い。


 アイゼアの速さに対応しきれず、なす術なく急所を突かれ血を大量に流しながらその中へ沈んでいく。


 アイゼアはその先にいる案内役の男性へ狙いを定める。風は螺旋状に渦を巻いて槍を包み、突撃は鋭さを増していく。


 男性の展開した魔術障壁と槍から繰り出される鋭い風がぶつかり合い、周囲に突風が吹く。案内役の男性は先程の敵より反応が良く、槍の切っ先は首へ届かなかった。


 魔力のぶつかり合いでは敵わない。それはメリーの言っていた通りだ。スイウが偵察に行っている間に、メリーは霊族との戦闘の基本を教えてくれた。


 魔装備(まそうび)の魔力は直撃させるか、余程大きな力を持った魔晶石でなければ魔術士を名乗れる魔力を持つ霊族には通らない。大抵のものは障壁で軽減、もしくは無効化される。


 近距離戦闘訓練を受けているのが基本だが、魔力量が豊富な者ほど疎かにすることが多く、総じて接近戦は苦手な傾向がある。


 それは怠慢ではなく、魔術士としての挟持やスピリア連合国的価値観がそうさせているらしい。もし魔晶石で突破したいのであれば、複数合わせて使うこと、と言っていた。


 アイゼアは男性が放った雷撃をギリギリのところで躱す。遠くから狙いを定める敵へ風をまとった斬撃で牽制をかけながら、常に苦手な間合いを保ち続けることに集中する。


 威力よりも手数に重きを置いて攻撃を繰り出していく。相手に威圧感を与え、精神的に追い詰めて判断力を鈍らせる。小さな傷、小さな痛みの積み重なりが相手の焦りを誘う。


 一瞬の集中の途切れを見逃さず、アイゼアの槍が相手の胸を貫く。すぐに引き抜くと、男の口から血が溢れゴポゴポと音を立てる。その首を薙ぎ、地に伏していく瞬間を見守ることもなく次の標的を探す。


 慣れない霊族との戦闘に騎士たちは苦戦しているが、間合いを詰めるように立ち回っているおかげか何とか渡り合っている。


 とにかく数を減らさなければ。研究所の入り口へと侵入し、共同で術式を練り上げる三人をまとめて薙ぎ払った。これで先程の強力な光線が飛んでくることもないだろう。


 入り口の敵の殲滅へ戻らなくては。無理に進めば前後から挟撃される。入り口前の広場に戻ったとき、入る前の景色とは明らかに違っていた。敵の数もかなり減っていたが、立っている騎士の数が五人になっている。倒れた騎士の傍らに見覚えのある男が立っていた。


「よぉ。また会ったなァ、白髪(しらが)野郎」

 倒れている騎士の顔面を蹴り飛ばし、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。気を失っているのかすでに事切れているのかわからないが、蹴られた騎士は(うめ)き声一つ上げず微動だにしない。


 一気に沸き立ちそうになる感情のざわめきに目を(つむ)り、蓋をした。先刻荷馬車を襲撃したジューン・クランベルカと名乗った青年だ。


「悪いねー。ぜーんぜん覚えてないんだけど、誰?」

「はぁ? てめぇの頭はナメクジかァー?」

 早速ジューンはその笑みを崩し、不快感を全面に出している。こんな簡単な挑発に乗ってくれるとは、なんてありがたい。


「アイツ……メレディスはどこにいる? 教えてくれんならお前らは見逃してやっても良いぜ? オレはアイツが殺れんなら何でも良いからなァ」

「メレディス? そんな名前の人は知らないな」

 ここで余計な発言をして、メリーの今後の行動が制限されるようなことがあってはならない。ジューンにもわかるほどの明らかな嘘で雑にのらりくらりと(かわ)すことにした。


(とぼ)けんなっ。てめぇと一緒に居ただろうが。ピンク頭のクソ女が!!」

「まぁまぁ〜、そんないきり立たないで落ち着いて……」

 鋭い金属音と共に構えた槍とジューンの剣がぶつかり合う。じんと痺れるような痛みが手のひらから腕へと響く。それを合図に小康状態だった戦場が再び動き出す。


「短気は損気。パパからは教えてもらえなかったのかな〜?」

 挑発するようにわざとらしく嘲笑を浮かべると、ジューンは眉をピクリと引きつらせて怒りを露わにする。


 やはりと言っていいほど激情に駆られやすい性格なのがわかる。理由はわからないがメリーに対する執着心も強く、感情で動くタイプと見て良さそうだ。


 かといって油断はできない。先程打ち込んできた剣撃の強さはかなりのものだった。クランベルカに名を連ねる者なら、その魔力も侮れない。接近戦を苦にしない戦闘スタイルは苦戦必至だろう。


「先にてめぇらを皆殺しにしてやる。前菜くらいの歯応えはあるんだろうなァ!」

 空気を裂くような速さで飛ぶ火球を避け、顔面に迫る剣を受け流す。速い。剣も術も。


 とても魔術士の系譜を継ぐ者とは思えない速さと冴えた剣技だ。まだ構成員も残っており、こちらより人数も多い。戦える騎士はジューンを相手にしているアイゼアを狙わないように攻撃を引きつけて戦っている。


 このままでは間違いなく数の力で負ける。自分には一人でも多く生存させ、この場を切り抜ける責務がある。アイゼアはジューンと距離をとり、後退する。


「接近戦じゃ勝てねぇってか。でも遠距離じゃ『無能』のお前はますます勝てねぇよなァー?」

 ゲラゲラと下卑た高笑いが耳につく。勝ち誇ったような笑みを浮かべ、ジューンは両手を広げ周囲にいくつか魔力を凝縮した火球を作り出す。


「まずいな……」

「そのヘラヘラしたツラをジャガイモにしてやるよ!!」

 ジューンが腕を前へ振りかぶると同時に火球がアイゼア目掛けて飛ぶ。距離を開きながら左へ駆け抜ける。魔術で援護を担当する敵が固まっているところへ飛び込むと、迫る火球に悲鳴が上がった。


 適当な敵の手を引っ掴み火球の盾にする。掴んだ敵の正面に火球が数発直撃し、人肉の焼ける臭いと火球の衝撃に骨の折れる音がした。


「ジュー……ン、さまっ」

 仲間たちに直撃したせいか火球の攻撃が止んだ。ジューンの攻撃を受け、アイゼアの周囲には数人の敵が転がっている。


「てめぇ……ゲス野郎が!!」

「君が浅はかにやたらめたら攻撃するからじゃないか。あと、ゲス野郎とか、少なくとも君には言われたくないんだけど」


 兄妹との幸せを奪われ怒りに震えるメリーの姿が、憂いもなく微笑んで自爆したグースとハックルの顔が、アイゼアの脳裏に蘇る。残酷なことを強いておいて、自分を棚に上げるような言動に虫酸(むしず)が走った。


 戦力差がだいぶ追いついてきている。入り口前は夥しい人数の敵の死体で溢れている。この少人数でこの数は善戦してる方だと言っても過言ではない。


「これだけ味方を失ったんだ。撤退をオススメするけど?」

「馬鹿なこと言ってんじゃねぇ。むしろここからが本番じゃねぇか」

 ジューンは不敵に笑いながら剣に炎をまとう。冗談ではなく本気でまだ続けるつもりらしい。それは人数が減っても自分だけで戦況を(くつがえ)せるという自信の表れか、それとも先が見えていないだけなのか。


「それは残念だよ。どちらかが死に絶えるまで戦わなきゃいけないなんてね」

 アイゼアは息をゆっくり吐き出し、槍を握る手に力を込める。どちらにせよ、自分が果たす役目と為すべきことは変わらない。

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