033 襲撃(2)【スイウ視点】
「エクリクシス」
メリーの唇が構成された魔術に名を与え、一つの術式を完成させる。前方の森の上空から、流線型の赤い何かがさながら流星……いや、隕石のように落ちていく。森の中の気配──隠れていたであろう白い外套を身に着けた者たちがわらわらと飛び出してきた。
大地が一度揺れると、噴き上がるように爆発が起きる。魔術障壁で耐えきれない者は容赦なく千切れ飛んで燃え尽きていく。
風圧と爆発の熱が離れているこちらにまで伝わってくることからも、その魔術の威力の凄まじさを感じる。爆発の起こった付近の木々は完全に燃え尽き、更地どころか地面が半球状に抉れていた。
アイゼアとエルヴェはその加減のない威力に呆けている。数はだいぶ減ったが、難を逃れた者がそのままこちらへと立ちはだかる。
だが、陣形も何もなく総崩れの状態だ。このままの勢いで突き抜けたい。メリーはそのまま左手を開くと、今度は紫に光る結晶がふわりと浮かぶ。まだ触媒を用意していたとは。
「貫通、地を這う雷撃、征く先を拓け……!」
紫の結晶が砕け、一筋の雷撃が前方へ放たれた。雷撃はまるで巨大な蛇のようにうねり、枝分かれしながら敵を蹴散らす。悲鳴を上げながら絶命していく様は残酷でありながら、どこか美しさと爽快さを内包する。ただただ圧倒される光景だった。
メリーは無表情のまま、魔術が収束するのを見届けると杖を呼び出し、残党を寄せ付けないよう容赦なく火球を放つ。エルヴェもそれに倣い、投げナイフで敵を退けていく。アイゼアは鞭をしならせ、荷馬車の速度を上げた。
「こんなに魔力を大盤振る舞いして大丈夫なのかい?」
「魔力消費は、触媒と詠唱で軽減したので。大きな術式を安定して行使するのにも、詠唱はとても有効的なんですよ。ただ、触媒と詠唱は鮮度が命ですから、それを生成する時間さえ稼いでくれれば……こんなこともできます」
眠さで頭が回っていなかったのか、相談もなく条件反射のように攻撃を仕掛けるのはやめてほしい。今回は良い方向に働いたものの、下手をすれば一気に不利な状況になりかねない。
「ったく、相談してからやれ」
一言苦言を呈すと、メリーは少し遅れてハッと息を飲む。いつもどこか不遜な雰囲気のあるメリーが、珍しく眉尻を下げてしおしおと申し訳なさそうにしていた。
「あぁ、えっとー……すみません。頭がボヤッとしてて……」
当然だ。昨日は大量に魔力を消費していた。元々朝が弱いうえ、回復も追いつききってない。体力的にも疲労していれば、眠りは深くなる。頭が回らないなりに状況を把握して動いた方だろう。
「……もう大丈夫です。頭も冴えてきました。このままここを抜けてネレスまで行きましょう」
そうメリーが言ったのも束の間、荷馬車が衝撃で大きく揺れる。後方の幕を上げると、馬に乗った追手が迫っていた。
「メレディス・クランベルカ……積年の恨みを晴らさせてもらうからなァ」
一人、メリーに向かって男が叫ぶ。赤い髪に氷のような明るい青の瞳の青年は、いかにも好戦的な顔に挑発的な笑みを浮かべていた。
「……誰?」
「知るか」
ぎゅっと眉根を寄せたメリーがスイウに答えを求めてくる。身内のお前が知らなきゃ俺が知るわけ無いだろ、と言いたくなる気持ちを抑えた。
「このジューン・クランベルカを覚えてねぇってか? てめぇクソみたいな記憶力だな」
やはり中身も好戦的らしく、安い挑発でメリーを煽る。かなり頭が悪そうだなという印象をスイウは抱いた。
「言葉遣いもまともじゃないなんて、本当にストーベルの駒? ストーベルは駒にはきちんと教育をするはず」
「何だァ? 相変わらずボソボソ気持ち悪ぃヤツ。親父に楯突いたこと、後悔しながら死ねぇ!」
ジューンと名乗った男は剣から火炎を放つ。とっさに刀を一閃し、冷気で火炎を相殺した。荷台を燃やすつもりなのか、周囲の仲間も同様に放った火球を、メリーは障壁を大きめに展開し全て防ぎきる。
「うーん……私、キャンキャンうるさい犬は嫌いなんですよね」
メリーは障壁を即座に解除し、杖を向けると小さな火球を乱れ撃つ。威力に欠ける火球は障壁で防ぎきられてしまう。だが火球に驚き、嘶く馬から落馬する者やその巻き添えを食らう者が出たため、僅かながら数を減らした。
「左右に展開しろォ!」
ジューンの指示で構成員たちが左右に割れる。
「真後ろのジューンは私が」
「俺が左を殺る。エルヴェ、右に展開したヤツを頼む」
「ま、前はどうしましょうか!?」
「そんなもんアイゼアにやらせろ」
「だよねぇ。人数的にやるしかないとは思ったけどさー」
残りの三方向は任せ、スイウは左の敵に集中する。スイウの刀の間合いでは遠距離からの攻撃と、荷馬車の上という限定された場所で圧倒的に不利だ。ならばこれしかない、とスイウは思い立つ。
「こっちへ飛んだぞ!」
火球を斬り払いながら荷馬車から跳ぶ。手前の構成員の首を斬り飛ばし、首から下を蹴り落とした。そのまま馬の背に乗り、右手で手綱を操りながら周囲の構成員たちに接近戦を仕掛ける。
魔術士として優秀な者が寄り集まっているのか、接近戦に対応できない者が殆どだ。この程度なら殲滅できる。スイウにとって魔術発動までの時間はあまりにもゆっくりと感じられる。魔術一辺倒の相手に接近戦に持ち込み、荷馬車を襲撃する余裕を与えさせない。
刀に冷気をまとわせることで攻撃範囲を広げ、人、時に馬を狙いながら確実に仕留めていく。担当していた左側の敵を殲滅し終えた頃、前方に街が見えた。
「みんな、街が見えてきた。もう少し持ちこたえてくれ!」
アイゼアの声が届く。馬の腹を蹴り、メリーに加勢する。刀に冷気をまとい、ジューンに攻撃を仕掛ける。ジューンは手綱を引き、間一髪のところでその斬撃を避けた。
「てめぇに用はねぇんだよ」
「俺はあるからな」
苛立ちを隠さずこちらを睨みつける。恨みをぶつけたいはずのメリーはどんどん遠ざかっていく。ジューンは舌打ちし、スイウを無視して馬を走らせる。それに追随するように馬を並走させ、刀を振るう。
「悪ぃがオレはそのへんのヤツらと違って接近戦の方が得意なんでなァ」
自分で言うだけのことはあって、剣でスイウの攻撃を受けきり、時には攻めてくる。馬の足が動きの速さになる分、スイウの動きはキレを失っていた。
一進一退の攻防を終わらせるべく、遠くに離れた荷馬車からメリーの雷撃が放たれる。ジューンがとっさに障壁で庇った隙に、斬撃を繰り出すが寸前のところで弾かれた。
「クソったれ……ここまでかよ」
街まで追えば騎士の増援が待っている。刀と剣がぶつかり合う。ジューンは押し負け、スイウと反対の方向へ押されるとそのまま離れて撤退していく。最後にメリーへ憎悪に満ちた視線を向けながら。
それを察したのか、残っていた僅かな構成員たちも撤退していった。深追いはせず、とにかく今は街へ向かうことを優先する。スイウは馬の速度を上げ、荷馬車に追いつく。
「さっきの戦いの間に馬を奪ったのかい?」
「スイウ様はとても器用なのですね」
そこまで驚くことでもないだろうとスイウはおもったが、アイゼアたちは馬に跨るスイウを見て目を丸くしていた。
「それより体力は大丈夫か? この後連戦みたいなもんだが」
まだこれからネレスの研究所への突入が待っている。メリーの魔力も全快のときと比べれば三分の二から半分程度まで減っている。ここで大幅に消耗したのは正直なところ痛手だ。
「あまり大丈夫ではないけど、休んでる暇なんてないんじゃない? 街ですぐに準備を整えて、態勢を立て直して向かおう」
「ストーベルがいるかもしれないんです。弱音なんて吐いてられません」
「フィロメナ様が助けを待っているかもしれません。私は一刻も早く駆けつけてさしあげたいのです」
気持ちが折れている者はいない。スイウ自身もグリモワールを奪還するために立ち止まってはいられない。願いを叶えるお方、その人物がネレスに居るというのなら行かない理由はない。たとえ何があろうとも。




