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境界線に立つ者たちへ──その『執念』は全てを覆す  作者: まな板のいわし
本編:未来を負う者たちと、過去を追う者
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002 契約は路地裏にて【メリー視点】

 メラングラムへと到着してすぐ、メリーはある場所を目指して路地裏を歩いていた。


 父ストーベルが兄のミュールを連れ去ったのならば、フードつきの白い外套(がいとう)を身につけた集団だろう。


 フランも白い人たちにミュールが連れ去られたと言っていた。ストーベルは自分の「手駒」たちに白い外套を与えているのをメリーは知っていた。

 情報を集める必要はない。研究所の場所自体は知っている。だが単身突っ込んだところで勝算はない。


 メリーがこの街へ来たのは、研究所から近いという以外に、もう一つ理由があった。路地裏の奥へ向かって歩いていると、大通りに面した路地の物陰に人が(うずくま)っているのが目に入る。


 ノルタンダールほど厳しい気候ではないメラングラムだが、それでもこの季節は外で夜を明かせるほど優しくはない。


 この人もおそらく日が昇ってからこの場所に来たのだろうが、薄いボロ布一枚でとても寒そうだ。凍死する前に声をかけてあげるのが情けだろうが、今は時間が惜しい。そのまま素通りしようとしたときだった。


「おい……待てっ」

 絞り出すような、(かす)れた男性の声がした。間違いなくそこで(うずくま)っている人の声だ。周囲には自分以外に誰もいない。


「どうしましたか?」

 声をかけられた以上は仕方ないと、メリーは渋々感情が出ないよう取り繕いながら返事をした。


 声につられたように、男性が顔を上げる。ボロ布の奥から濃藍色(こいあいいろ)の髪と月のような金の瞳がギラリと光り、その目つきの悪さも相まって僅かにたじろいだ。


 おもむろに青年は右目の眼帯を外す。そちらは左目とは違う銀色の瞳をしており、メリーの髪色である薄紅色に染まる。


 珍しい色の瞳を凝視していたメリーの右手を青年は乱暴に掴んだ。強い力で下へ引っぱられ、突然のことに抗えず膝をつく。掴む力も強く、絶対に離さないという意思が痛みと共に伝わってくる。


 この青年は何をするつもりなのか。何かわからないかとじっと目を見つめたが、睨みつけるような視線からは何もわからない。


 それでもまだ気持ちに余裕はあった。危害を加えられたら焼き殺せば良い。家の内情はともかく世間的に見れば、自分は腐っても「炎霊族御三家(えんれいぞくごさんけ)の一つ、クランベルカ家の令嬢」なのだ。路地裏のならず者など、正当防衛の主張などしなくともカタがつく。ここはそういう国だ。


 僅かに魔力をまとわせ、青年の動きを待つ。霊族ばかりのこの国なら、メリーが魔力をまとえばその魔力の“異様さ”に気づくはずだ。


 しかし青年は怯えるどころか、一瞬だけ驚いたような表情をしたあと、ほんの僅かにニヤリと笑う。

「『黄昏(たそがれ)(つき)』か……お前、真名(まな)は何て言うんだ? 教えろ」

「はい? 初対面相手に何を聞いてるんですか?」


 真名というのは、霊族(れいぞく)が生まれると同時に精霊から与えられる名前だ。霊族は成長と共に自然とその名を認識する。


 基本的に真名は精霊の力を借りたり、精霊と契約する際に用いるもので、真名を他人に知られた場合、自分の命を魔術の触媒に使われたり、支配されたり、呪いをかけられたりする危険性が通常より高まる。

 真名は自分と精霊との秘密の合言葉のようなもの。それを軽率に他人に教えるのは自殺行為だ。


 突然強引に引かれ、前のめりになる。もうこれ以上付き合う必要もない。そう判断し魔力を増幅させた瞬間、青年は耳元で小さくささやく。


「汝、『     』……その御名(みな)に誓う」


 遠巻きの喧騒にすらかき消されそうなほど小さな声だったが確かに聞こえた。驚きのあまりメリーは目を見開き、集中させていた魔力を散らせてしまう。


 今起こった出来事に思考が追いつかない。言った覚えなどないのに、目の前の青年はメリーの真名を口にしたのだ。少し遅れて、よろめくように身を引く。


 状況を飲み込めないまま、とにかくまずい事態になっていることだけを理解し始める。これは精霊との契約に用いる誓いの詠唱だ。

 契約の合意となる真名を知られた以上、誓いを全て聞いてしまえば契約は締結されてしまう。


 しかし掴まれた右手はびくとも動かず、逃げることはおろか、耳を塞ぐことすらも叶わない。


「我が名は『   』。汝に名と魂を捧げ、ここに契約を結ぶ」


 青年も真名を名乗り、契約の誓いを早口で言い切る。しまった、そう思ったときにはもう遅い。


 辺りが一瞬だけ発光し、自分の中に別の気が流れ込んでくると同時に、自分の中の何かが出ていく感覚に襲われる。

 ふわっと一瞬目眩(めまい)がし、とっさに地面に手をつく。呆然とするメリーをよそに、青年はさっさと手を離してボロ布を乱雑に放った。


「はぁ……楽になった。こうして見ると太陽も悪くないな」

 青年は眼帯を元の位置に戻し、手をかざしながら空を見上げている。その勝手で暢気な様子にメリーはふつふつと殺意めいた感情が湧いた。


 気持ち良さそうに伸びをしている青年に向けて、一気に膨れ上がらせた魔力で火球を飛ばす。当たれば黒焦げになってもおかしくはなかったが、青年は平然と同じ場所に立ち続けていた。


 唯一違うのは青年の左手にある刀。冷気の魔力を帯びた気配を感じる。おそらくあの刀で火球を消してしまったのだろう。メリーが魔力を練ってから火球を飛ばすまで一秒にも満たない時間だったが、青年の反応速度はとても人とは思えないものだった。


「危ないな。殺す気か?」


 余裕を感じる笑みを浮かべながら、青年は刀を鞘に収める。その様子がますますメリーの神経を逆撫でした。「何事においても、冷静さを欠いた方が負ける」というミュールの言葉を心の中で繰り返しながら、呼吸を整える。吸って、吐いて、吸って、吐いて。ゆっくりと取り乱した心を落ち着ける。


「やっと話が通じそうになったな」

 挑発するような青年の言葉は意に介さないよう心がける。


「何で私の真名を知っているんですか? 勝手に契約して、簡単に解消できないのは知ってますよね? そもそもあなた、人ではないんですか?」

「そんなに一気に聞くな」

「では順を追って説明を──」

「時間がないんだろ? 俺はお前に協力してやる。が、俺の目的にも協力しろ」


 まただ。また何も言っていないのにこちらの事情を知っているかのようにこの青年は話す。何もかもを見透かしてくるような青年の言動にうっすらと恐怖心を抱いていた。


 この青年は何者なのか、なぜ真名を知っているのか、契約した理由は、協力させたい目的とはなんなのか。わからないことばかりがメリーの思考をどんどん圧迫していく。今の自分が言えることは一つだけだ。


「……その言葉、撤回は許しませんよ」


 半ばヤケクソだった。どのみち契約は結ばれてしまったのだ。契約は双方の真名を合意とし、主従の従者側が主側へ宣誓することで成り立つ。


 通常契約を持ちかける側が主人となり、相手に宣誓させて契約する。契約によって得られる力の恩恵や使役権は基本的に主側にあるからだ。今回の契約はメリーが格上の契約。だからこそ従者側になった青年の意図が掴めないでいた。


 契約は解消されることを前提していないため、解消には相応の代償が必要だと召喚術の学術書に記されていた。代償に差し出せるものなどあるはずもない。


 だが冷静に考えれば青年の強さは魅力的だ。即戦力になりそうな協力者の存在は、今のメリーにとって何よりもありがたい。


「あなたが勝手にした契約ってこと、忘れないでくださいね」

「あぁ、上等だ。俺は俺の目的に最後まで付き合ってもらうつもりだし、お前ほどの逸材は早々見つからんからな」

「ん? 逸材?」

 何のことかわからず眉間にシワを寄せるメリーをよそに、やれやれと大げさに肩を竦めながら、青年は路地の奥へと歩いていく。


「待ってください。せめて名前だけは今教えてくれませんか?」

「名前は名乗ってなかったな」

 青年は立ち止まってから小さく呟くと、こちらへ振り返る。


「スイウだ」

 青年はスイウと名乗った。この国ではあまり馴染みのない、不思議な響きの名前だ。


「私は、メレディス・クランベルカと申します」

 それだけ聞き終わると、スイウは興味なさそうにさっさと歩きだす。


「ボサっとしてないでとっとと行くぞ、メレディス」

 その反応に対し、メリーはしかめ面でスイウの背中を追うようにズンズンと早足で歩きだす。


 目的のために利用できるものは何でもしてやろう。相手もそのつもりならとことん使い倒してやればいい。この失礼な男にはそれで丁度良い。ぐんぐんとスイウに近づき、横に並ぶ。


「メリーで良いです」

「は?」

 初めてスイウのしたり顔が崩れた。


「名前の呼び方ですよ」

 いきなり何を言ってるんだと困惑するスイウの顔を見て、メリーは少しだけ溜飲(りゅういん)が下がる。やっとこの男のペースを少しだけを崩してやったと。


「……まぁ、言いやすいし理には適ってるか」

 案外まともな返事が返ってきたことにメリーは驚きつつ、この状態でならと再度口を開く。


「聞きたいことがたくさんあるんですけど、ちゃんと答えてくれるんですよね?」

「説明はする。ただここは場所が悪すぎる」

 その意見はもっともだ。表を歩けないような輩もいるような路地。長居は避けるのが賢明だ。


 おそらくすぐ終わらない話なのか、聞かれるとまずい話のどちらかだろう。何にせよお互いワケアリであることに間違いはなさそうだ。


 スイウは周囲を警戒するように視線を忙しなく動かす。気配を抑えているのか、歩く速度のわりにかなり静かだ。まともではないという先入観があったが、一度落ち着いて観察すると、かなり冷静な人物らしい。考えを改め、少しだけ安堵する。


「そういうことなら急ぎましょう。目的地まで先導します」

「最初からそうしてくれ……」

 警戒して時間を稼いでたのがバレていたことを、スイウの小さくついたため息から察する。急いでいるとはいえ、これから行く場所へ信用できない人を連れて行きたくなかったのだ。


 メリーは先導するために、スイウの前に出る。二人の背中は路地裏の奥へ奥へと消えていった。

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